第103話 異文化交流も悪くない
エーデル村の朝、エリック王子の叫び声が響き渡った。
「決めたぞ、ガイウス殿! 私は今日、魔族の集落へ赴く! 農業の……そう、さらなる『多角的連携』を深めるためにな!」
建前は立派だが、その瞳には「エル殿に会いたい」という煩悩色に輝いていた。
俺とヴェルダは、放っておくと彼が国際問題(あるいは個人的な大恥)を引き起こしそうだったので、監視役として同行することにした。
村の北、険しい岩山を越えた先に魔族の暫定集落はある。
人間なら「呪いの館」と勘違いしそうな、黒い石と巨大な魔獣の骨を組み合わせた建築物が並んでいたが、驚くべきはその清潔感だ。
「……な、なんだ、あの建物は。禍々しいが、窓が一つも曇っていないぞ」
エリックが震えながら指差したのは、共同浴場らしき建物だ。
「殿下、魔族は合理性の塊ですからね。見た目の威圧感はただの趣味で、中身は驚くほど機能的ですよ、たぶん」
「ふん、わらわにとっては、あの煙突から漂う『燻製』の匂いこそが、この村の真の美しさだと思うぞ」
ヴェルダはすでにお目当ての獲物(食べ物)を見つけたようで、よだれを垂らしている。
集落の中央広場で、エルが魔族の子供たちに読み聞かせをしていた。
彼女の姿を見つけた瞬間、エリックはミントの香りを振りまきながら優雅に歩み寄った。
「……あら、エリック様?ようこそ村へ。」
「え、エル殿! お近づきの印に、王家に伝わる秘蔵の『白真珠の首飾り』を持ってきた。君の気高さに相応しいと思ってね」
エリックが差し出したのは、王都なら城が建つほどの逸品だ。
だが、エルはそれを見て、不思議そうに首を傾げた。
「ありがとうございます。ですが……この丸い石、何に使うのでしょうか? 重りにしては軽いですし、食べられそうにもありませんわ」
「えっ? ……い、いや、これは装飾品で……」
「……あ、もしかして弾丸かしら! 滑らかで飛びが良さそうですわね!」
エルは満面の笑みで、数億円の真珠を「命中精度の高そうな投擲武器」として解釈した。
魔族の文化において、美しさとは「強さ」や「機能」に直結するものなのだ。
そこへカインがやってきて、エリックの肩を叩いた。
「おい王子。そんな軟弱な石っころより、俺たちの集落では『魔銀製のクワ』の方がよっぽどモテるぞ。……それより、昼飯だ。魔族流の『歓迎』を受けろ」
案内された席に出されたのは、真っ赤に煮え立ち、時折ボコッと不穏な泡を吹くスープだった。
「……カイン殿。これは、溶岩か何かか?」
「失礼な。魔族のソウルフード、『爆炎牛の心臓煮込み・デスソース添え』だ。魔力を活性化させるには、これくらいの刺激が必要なんだよ」
エルは「美味しいですよ」と涼しい顔で、一口で口の中を火傷しそうなスープを優雅に飲み干している。
「ゴクリ(ここで醜態を晒すわけには、ええいままよ!)」
エリックは愛する人の前で引くわけにいかず、覚悟を決めてスプーンを口に運んだ。
「――っ!! ぐ、あ……あ、熱……いや、痛い! 喉が、喉が物理的に焼けるぅぅ!!」
「殿下、水、水です!」
「ははは! いい飲みっぷりだ、王子! これを完食できなきゃ、魔族の女は口説けねえぞ!」
カインが豪快に笑う横で、エリックは涙と鼻水を流しながら、真っ赤なスープと格闘し始めた。
王族のプライドと初恋の情熱が、魔族の激辛文化という壁に真っ向から衝突していた。
食後、エルがエリックに言った。 「エリック様、食後の運動に、あちらの岩盤を一緒に砕きに行きませんか?」
「……が、岩盤……? 散歩ではなく?」
「ええ。私たちの集落では、共に汗を流し、大きな障害(岩)を排除することこそが、最上のコミュニケーションなのですわ」
エルはそう言うと、手近にあった巨大な鉄鎚を軽々と担ぎ上げた。
エリックは胃袋を焼かれ、足元がフラフラになりながらも、「喜んで……!」と、これまた巨大なハンマーを握りしめた。
「……ガイウス、あれ、もはやデートじゃなくて『解体工事』だな」
「ええ。ですが、エリック殿下も魔族の『飾らない強さ』に、さらなる敬意を抱き始めているようですよ」
夕暮れ時、ボロボロになり、掌に豆を作りながらも、エルと共に一つの巨大な岩を粉砕したエリックは、今までにないほど晴れやかな顔をしていた。
「……エル殿。私は、君たちの文化を……少しだけ理解できた気がする。……次は、私が君に、人族の『甘いお菓子』の素晴らしさを教えよう。……マドレーヌ(物理)ではないやつをな」
「ふふ、楽しみにしておりますわ、エリック様」
王都の策略や野望すらも、今は魔族の集落に響くハンマーの音にかき消されていく。
スローライフは、今日も――異文化交流の激辛スープを飲み干しながら――順調だった。




