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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第102話 王子エリック君の一日

「ファレル! 石鹸だ! 村にある全ての石鹸と香草を持ってこい! 鼻の粘膜ごと洗い流すんだ!!」


 昨日の「堆肥の臭い」を全否定するように、エリックは宿屋の風呂場で叫んでいた。



俺の配合した『ガイウス特製・超完熟堆肥』は、栄養価だけでなく「生存本能に訴えかける臭いの持続力」も一級品だ。そう簡単に落ちるものではない。


一時間後。 湯気と共に現れたエリックは、肌が赤くなるほど磨き上げられ、村中のミントとラベンダーを煮詰めたような、凄まじい「香り」を放っていた。


「……ガイウス殿、どうだ。今の私は、王子に見えるか?」

「ええ、見た目だけは。ただ、歩くたびにミントの香りが強すぎて、虫一匹寄ってこないレベルですよ」

「それでいい! あの美しいエル殿の前に、一欠片の悪臭も残すわけにはいかないのだ!」



開拓地に向かった俺たちを待っていたのは、今日も元気に岩を砕く魔族チームと、差し入れを持って微笑むエルだった。

「あら、エリック様。……今日はとても清々しい香りがいたしますわね」

「は、はいっ! 昨日は失礼いたしました、エル殿! これがほ、本来の私です!」


エリックは、エルに見せつけるようにクワを構えた。

「カイン殿! 昨日の約束通り、地脈の調整……いや、この大地の『調律』を手伝わせてもらおうか!」

カインは「あぁん?」と眉を寄せたが、エリックのあまりの気合に、ニヤリと不敵に笑った。


「いいぜ。じゃあ、その端から端まで、魔力で土を均してみろ。だがエルが見てるんだから、格好悪いところは見せられねえなぁ?」


「望むところだ!!」

エリックは魔力を全開にした。

王族としての高度な教育を受けた彼の魔力操作は、本来なら精密だ。

だが、意識が「エルにいいところを見せる」に百分の一、いや、百二十分の一くらい偏っていた。

「見よ! 王家に伝わる……『閃光の整地ロイヤル・ティリング』!!」


彼が地面を叩いた瞬間、土が華麗に舞い上がった――が、勢いが良すぎて、調整したての堆肥が花吹雪のように空中に散布された。


「へっ?」

「……あ」

「あー」


風下には、純白のワンピースを着たエルが。

「危ない!」と俺が防壁シールドを張ったおかげで彼女は無事だったが、エリック自身は、空から降ってきた自分の「努力の結晶(堆肥)」を全身に浴びて、風呂に入る前の状態に戻った。


「……エリック様。……その、また汚れてしまいましたね‥エルの優しい微笑みが、逆にエリックの心を深く抉った。


泥まみれのままでは終われない。

エリックは不屈の精神で立ち上がった。

「え、エル殿! もしよろしければ、この村の……私の『第二の故郷』を案内させていただけないだろうか!」

「まぁ、喜んで」


泥を軽く拭ったエリック(と、心配でついていく俺とヴェルダ)による、村案内が始まった。

エリックは必死にエスコートしようとするが、体が「農家イズム」に染まり始めていた。


「エル殿、見てください。この美しい小川……。おっと、ここの水路は少し泥が溜まっていますね。今すぐさらいましょう」 (※デート中なのに、無意識に水路の掃除を始める王子)


「エリック様、あちらの畑の花が綺麗ですわ」

「ええ、ですがあの葉の食われ方は『アブラムシ』の初期症状ですね。今すぐ木酢液を撒かないと……!」 (※ロマンチックな会話を、農業的危機管理で上書きする王子)


リナが通りかかって、そんな二人の様子を見て呆れ顔で声をかけた。

「ちょっとガイウス、あの王子様、何してるの? デートっていうより、ただの『巡回中の農夫』じゃない」


「リナさん、あれが彼の精一杯なんです」

「もう、見てられないなぁ。あ、エルちゃん! 今夜、グラントさんの店で歓迎会やるから、変な王子の話は忘れて美味しいエール飲みに来なよ!」


リナのフランクな誘いに、エルは楽しそうに笑った。

「ふふ、はい。リナ様、楽しみにしておりますわ。エリック様も、ご一緒しましょう?」

「……あ、ああ! もちろんだ!」


エリックは、案内が失敗したことに気づいていないのか、誘いに乗ってくれたことに感激して、その場でガッツポーズを決めた。



夜、グラントの酒場。

魔族も人間も入り乱れての宴会は大盛況だった。 エリックは、グラントのエールを煽りながら、少しだけ素の自分に戻ってエルと話していた。


「……実は私、王都では自分の手が汚れることを何よりも嫌っていたのです。ですが、ここで土に触れ、皆と笑っていると……不思議と、誇らしい気持ちになるのです」


「……素敵なことですわ、エリック様。あなたのその真っ直ぐな瞳、私は嫌いではありませんわ」

その一言で、エリックは幸せそうに昇天した。


「……ガイウス。あの王子、チョロいな」

ヴェルダが焼肉を頬張りながら呟く。

「俺もそう思いますが、まあ、やる気に繋がるならいいんじゃないでしょうか」


俺はエールを最後の一口飲み、エリックがエルの前で椅子から転げ落ちるのを見守った。


王都の策略や野望すらも、今は恋に落ちた王子のドタバタにかき消されていく。


スローライフは、今日も――王子の恋路を(生暖かく)見守りながら――順調だ。

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