第100話 お菓子作りは「科学」ではなく「愛情(と加減)」でした
前回作って失敗した「消しゴムプリン事件」は、俺のプライドに深い傷を残した。
魔導薬草の調合なら、地脈の揺らぎさえ計算に入れて完璧なポーションを作れるこの俺が、卵と牛乳の混合物に敗北するとは。
「……リナさん。お願いします。私に、お菓子の基礎を叩き込んでください」
翌朝、俺は宿屋の厨房で、リナに深く頭を下げていた。
「ふふっ、ガイウスさんがそんなに真剣な顔で頭を下げるなんて。いいわよ、任せなさい!」
リナはエプロンをきゅっと結び、楽しそうに笑った。
彼女の隣では、すでにヴェルダが「試食係」として、フォークを両手に持って待機している。
「まずは昨日のリベンジ、プリンから行きましょうか。ガイウスさん、昨日のは火が強すぎたのよ。魔力で無理やり温度を固定しようとするから、卵がびっくりして固まっちゃったの」
「……卵が、びっくり……?」
俺は思わずメモを取った。
【教訓:卵には感情(のような熱反応)がある。急激な魔力加熱は禁忌】
「材料は昨日と同じ。卵3個に、牛乳300ml。砂糖60gにバニラエッセンスを少々。カラメルは砂糖50gに水大さじ1ね」
俺はリナの指示に従い、慎重に卵を割り、砂糖を加えて混ぜる。
昨日はここで「分子レベルでの均一化」を目指して超高速回転(魔法)を加えたが、今日はリナの「泡立てないように、優しくね」という言葉を守り、手動で静かに混ぜた。
「そうそう、いい感じ。温めた牛乳も、少しずつ。……最後はちゃんと漉してね」
漉し器を通る液体の滑らかさを見て、俺は直感した。 (……これは、成功すると確信した!)
カップに注ぎ、鍋での湯せん。
俺が魔力で「摂氏85度を1秒の狂いもなく維持」しようとすると、リナにピシャリと手を叩かれた。
「ダメですよ! 魔法は使わずに、お湯の揺らぎを見ててね。蓋を少しずらして、弱火でじっくり。……これが『加減』」
数十分後。
冷やし固めたプリンを皿に出すと……そこには、昨日の「噴火跡」のような物体ではなく、光を優しく反射する黄金色のプルプルとした塊が鎮座していた。
「……おお」
「成功だな! ガイウス、これだ、これこそがわらわの求めていたプリンだ!」
ヴェルダが速攻でスプーンを突き立てる。
一口食べた彼女の顔が、とろけるように緩んだ。
俺も食べてみる。……滑らかだ。舌の上で溶けるような食感と、カラメルの心地よい苦味。
「……完璧です。リナさん、私は今まで、火の“精霊“と対話しすぎて、水の優しさを忘れていたようです」
「大げさね! さあ、次は応用編よ。マドレーヌに挑戦しましょう!」
リナが取り出したのは、小麦粉、バター、そして可愛らしい貝殻の形をした型だった。
「マドレーヌはね、バターを溶かして、粉と混ぜて焼くだけ。でも、混ぜすぎないのがコツなのよ」
リナの指導のもと、俺は再び計量を開始した。 だが、プリンの成功で、俺の「精密オタク」な血が再び騒ぎ始めていた。
(……プリンは熱凝固の制御だった。ならばマドレーヌは、小麦粉のグルテン形成と、ベーキングパウダーによる炭酸ガス発生の流体計算……!)
俺は、バターを溶かす工程で、魔力を使い「最適な粘度」を維持しようと試みた。
さらに、粉を混ぜる際、つい「完全に均質な構造体」を作ろうとして、指先に高周波振動(魔法)を乗せてしまったのだ。
「ガイウスさん、そんなに激しく振らなくても……」
「いえ、リナさん。気泡のサイズを均一にすることで、熱伝導率が最大化されるはずです」
焼き上がりの香りは最高だった。
オーブンから出てきたのは、見た目こそ完璧な、美しい貝殻の形をしたマドレーヌ。
「……よし。見た目は合格ですね」
俺は自信満々に、一つをヴェルダに差し出した。
「では、わらわが味見を‥」
ヴェルダが元気よく、その黄金色のマドレーヌに噛み付こうとした――その瞬間。
ガキンッ!!!
「い、痛ぁぁぁぁぁっ!?」
ヴェルダが涙目で顎を押さえた。
皿の上には、歯が立たなかったマドレーヌが虚しく転がっている。
「……硬い。何だこれは。鉄鉱石か?」
「えっ!? そんなはずは……」
俺が手に取ってみると、それは驚くべき重厚感を持っていた。
見た目はマドレーヌだが、構造が極限まで密に詰まっており、まるで「貝殻の形をした弾丸」だ。
俺が全力でテーブルに叩きつけても、傷一つ付かない。
「ガイウスさん……魔法で混ぜすぎです……。グルテンが鉄板みたいに固まっちゃってますよ……」
リナが呆れ顔でため息をついた。
俺の「精密構造化魔法」のせいで、お菓子ではなく武器が出来上がってしまったらしい。
そこへ、今日の「堆肥運び」のノルマを終えたエリックが、幽霊のような足取りで戻ってきた。 全身から漂う香ばしい(?)堆肥の匂いは、ガイウスの特製ハーブ水でもなかなか消えそうにない。
「……お、おやつか……。何か……何か固形物をくれ……」
「あ、殿下。ちょうどいいところに。新作のマドレーヌ(?)です」
「おお……感謝……」
エリックが何も考えずにマドレーヌを口に運び、全力で咀嚼しようとした。
ゴスッ。
「……んぐっ!? ……あ、顎が……顎の骨が外れるかと思った……。ガイウス殿、これは……新しい暗器か何かか……?」
「すみません。少し、構造を強化しすぎました」
結局、俺たちはリナが横で作ってくれた
「普通の」ふわふわなマドレーヌを食べながら、反省会をすることになった。
(解せん‥)
俺の作った「マドレーヌ弾」は、のちにカインが面白がって「これは飛んでくる魔鳥を落とすのに丁度いい」と開拓地へ持っていってしまった。
「ガイウスさん、明日は『手抜き』の練習をしましょうね」 リナの優しい(?)指導は、まだまだ続きそうだ。
王都の策略や野望すらも、今は農作業の合間の賑やかな喧騒のように感じられた。
スローライフは、今日も――マドレーヌで防衛設備(?)を作りながら――最高に順調だった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
記念すべき100話でした。
まさかこの回で100話になるとは‥。
せっかくなので記念回をあげようと思います。
お楽しみに!
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