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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第10話 再開、懐かしい顔


朝、工房でポーションの抽出を行っていると、村の入り口のほうがにわかに騒がしくなった。


普段は穏やかなエーデル村だが、たまに血気盛んな冒険者が騒ぎを起こすことがある。

だが、作業場に顔を出したリナの表情は、困惑と苦笑いが混ざった奇妙なものだった。


「ガイウスさん、また来客。……なんだか、すごく大変そうな人が来てるわよ」

「冒険者の勧誘ですか?それなら断っておいてください」

「違うの。魔術師っぽい格好をした女の人なんだけど。青い三つ編みに丸眼鏡をかけて、地図を五枚くらい広げながら、道端の石ころに向かって『北はどっちですか!』って叫んでるわ」


俺は手にしていたフラスコを静かに置いた。

その「方向音痴」と「魔術への没頭」が同居した特徴には、心当たりが一つしかない。

村の入り口に向かうと、そこには案の定、本人より巨大なバックパックを背負った少女がいた。


エリア・フォス。

俺が王立魔術師団の筆頭だった頃、最も手を焼いた――そして最も才能を評価していた部下の一人だ。


「……エリアか?」

声をかけると、彼女は広げていた地図の山に埋もれながら顔を上げた。

俺の姿を認めた瞬間、彼女の丸眼鏡が衝撃でずり落ち、抱えていた羊皮紙が空に舞った。


「――っ、だ、団長ぉぉぉ!!」

全力で駆け寄ってきた彼女は、俺の数歩手前で見事に自分の足に引っかかって転んだ。

五枚の地図が彼女の頭の上にひらひらと降り注ぐ。

……五年経っても、彼女の「整理整頓」と「歩行」のスキルは初期値のままのようだった。


宿屋の食堂で、エリアはリナが出してくれたハーブティーを、まるで砂漠の旅人のような勢いで飲み干した。


「……よく、この村に辿り着けましたね」

「見つけられませんでした! 途中の街で『世界で一番不愛想だけど、最高に美味い薬を作る男が住んでいる村を教えてください』って聞いて回って、ようやく……!」

「不愛想は余計ですが」


エリアは俺の顔をじっと見つめると、少しだけ安堵したように息を吐いた。


「……元気そうで、本当によかったです。団長が追放された時、私たちは何もできなくて……。あんな無能な連中の派閥争いに、団長が巻き込まれるなんて」


「気にする必要はありません。見ての通り、今の俺は今まで生きてきた中で一番いい顔をしている。そう思いませんか?」


エリアは少し目を細め、俺の顔を観察した。

「……。……悔しいですけど、王城にいた頃の、死んだ魚のような目で書類を処理していた団長より、ずっと素敵です」


「死んだ魚は余計ですが」

彼女が語る王立魔術師団の現状は、惨涌たるものだった。

俺という「重石」が取れたことで、研究室は予算の奪い合いで分裂し、俺が夜な夜な無償でメンテナンスしていた防衛結界は、今や崩壊寸前だという。


「団長がいなくなって、みんな初めて気づいたんです。団長がどれだけ、目に見えないところで『当たり前の平和』を支えていたのかを」

エリアは魔術師団を辞めたという。

俺のいない組織に居続ける理由は、彼女にはもう残っていなかったらしい。


「それで……団長に、どうしても見てほしいものがあるんです」

エリアが巨大なバッグの底から、しわくちゃになった羊皮紙を取り出した。


それは、彼女が独自に研究していた「魔力転写による補助術式」の完成図だった。

魔導具の基礎を応用し、布や革に魔力を定着させる高度な術式。


設計は非常に美しかった。だが、数式の一部にわずかな不協和音がある。

「三ヶ月、ここで詰まってるんです。どうしても魔力の循環が安定しなくて、数秒で霧散してしまうんです」

俺は羊皮紙に目を落とした。


彼女の構築した数式は、極めて高次元だ。

安定性を求める定数 を求めるには、位相の整合性が不可欠となる。


「……エリア、第七層と第八層の連結部分です。ここで魔力の位相フェーズがわずかにズレている。第七層の出力を 3% ほど落としてください。そうすれば、第八層との干渉が消えて安定します」


「3パーセント……? 出力を、下げるんですか?」

エリアはおずおずと、外の空き地で術式を起動させた。

小さな布切れに魔力が流れ込む。

いつもなら数秒で火花を散らすはずの術式が、俺の指摘した調整を加えた瞬間、穏やかな青い光を放って布に定着した。

「……できた。定着した……!」

エリアはその布を震える手で拾い上げた。


「三ヶ月……毎日寝る間も惜しんで考えて、わからなかったのに。団長は、たった数秒で……」

「俺は最後の3パーセントを教えただけです。そこまで積み上げたのは、あなたの努力ですよ」


エリアは布を胸に抱き、眼鏡の奥を真っ赤に染めた。

リナが隣で、感心したように腕を組んでいる。

「ガイウスさんって、本当に教えるのが上手よね。……本人は無自覚みたいだけど」


その夜は、四人で賑やかな夕食を囲んだ。

グラントが振る舞うエールを飲みながら、エリアは懐かしい話をたくさんしてくれた。


研究室で誰かが爆発事故を起こしたこと。

ガイウスが黙ってそれを片付けていたこと。

リナはリナで、ガイウスが村に来てからの話を語り、エリアを驚かせていた。


翌朝、エリアは再び巨大な荷物を背負い、村の入り口に立った。

「……また、来てもいいですか?」

「構いませんが、弟子は取りませんよ。俺はただの農家ですから」

「わかってます。……『農家さんの友人』として、また迷いに来ます」


エリアはリナから手渡された「絶対に迷わない(はずの)地図」と、俺が渡した予備のポーションを大事そうにバッグにしまい、何度も振り返りながら歩いていった。


角を曲がる直前、彼女は一度立ち止まり、王宮の礼式ではなく、一人の魔術師としての深い敬礼を送ってきた。

「いい子ね。……でも、きっとまた迷って戻ってくる気がするわ」

リナの予言に、俺は少しだけ口角を上げた。


「その時は、またポーションを一本持たせてやるだけです」

俺は畑に向かった。

昨日はエリアの相手で水やりが少し遅れてしまった。

土は正直だ。

手を抜けば、その分だけ応えは遅れる。

空はどこまでも高く、澄み渡っている。


スローライフは、今日も――かつての教え子の成長を眩しく思いながら――順調だった。


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