蝋翼亭その3
アランは団員の輪の中にあって酒を酌み交わしていた。改めて左右を見回してみても、誰も彼も最強と目されるクランに籍を置く腕利きの冒険者である。みな纏う空気が違うというか、独特の雰囲気を持つ者たちであった。特にアルビオンの連携戦法の要であるところの三人の魔法戦士らは別格で、高貴さすら感じさせる威光があった。その内の一人、アルビオン一番手の冒険者、ジェイクは杯を片手に数人と歓談しているようだ。身なりからして貴族だろうか。ジェイクは精悍な表情を柔和に崩して、時折人々の笑いを誘っている。その姿が遠くからでもよく映えて見えた。
それに引き換え、などとは考えるものでは無いのかもしれない。だが意識するなというのも難しいものだ。あの時、アランが巨大百足に立ち向かった時、結局何もできなかった。百足に止めを刺したのはあのジェイクだった。このアルビオンというクランで前衛に立ちたいと思えば、ジェイクの様な冒険者と肩を並べなければならない、という事だ。それは今のアランにとって遥か遠い道のりのように思われるのであった。
何となく居心地の悪さを感じてアランは窓際に立つ。蠟翼亭の二階からは陽が登れば白い漆喰の壁を基調としたズズリの街並みが見えるのだが、今は夜の闇に沈む家々しか見えない。元は小さな鉱山の町だったというズズリ。それがある時、アランが生まれる遥か昔、坑道の壁の一画が崩れ、その向こうから誰も知ることのなかった空間が発見されたのだという。つまりそれが今も探索が続く迷宮の発見譚だったという訳だが、以来大陸中の腕利きがこの街の迷宮を目指す事となった。迷宮から持ち出される文物が高値で取引されると分かったからだ。迷宮の内部は魑魅魍魎としか言いようのない魔獣の巣でもあったのだが、それでもなお、いや、それだからこそ己を剣豪、豪傑、勇者と恃む者は次々と迷宮の闇に潜っていった。無論、そのまま地上に帰らなかった者も数多い。しかしそれは人々を迷宮から遠ざける逆風とはなり得なかった。迷宮がもたらす富と名声に比べれば、同僚や戦友の一人や二人が斃れる事ぐらい些事に過ぎなかった。そうしてズズリは迷宮の街として拡大していったのである。今ここにアランがいるのも、そうした歴史の折り重なりがあっての事であった。
「よっ」
背後で男の声が聞こえて振り返る。
「シロウさん……」
「楽しんでるか」
「ええ、まあ……」
伏目がちなアランの横に長身のシロウが立つ。
「改めておめでとう。誰もなし得なかった第八層到達、お前は立派だよ」
「僕はおまけみたいな物でしたよ」
「そんな事はない。あの百足はお前の得物だった。ハッ、あっちのキザにうまいこと掻っ攫われたな」
シロウは相変わらず上流階級との会話を楽しんでいる様子のジェイクをわざとらしく睨んで見せる。
「そんな、僕に出来たかどうか……」
「自身を持てよ、下ばっかり向いてたらお天道様がやきもちを焼くぞ」
「はあ……」
気持ちの晴れない様子のアランにシロウは話題を変える。
「アルビオンに来てからどうだ?」
その問いにアランは少し迷ったようにしてから口を開いた。
「毎日が勉強ですよ。訓練でもすごく高度な事をしている。配置に応じて体の向きや軸足の置き方にも細かい決め事があるのに、臨機の変化が常に求められる」
「ふうむ、なるほどな」
仕事である以上、シロウの頭には主だったクランの成り立ちや現在の有り様、団長の性格や冒険者との関係性の良し悪しまでひとしきりの情報が入っている。アランが述べた事はシロウにとって既知ではあるのだが、それは言わずにアランの言葉を聞いてやる。あの探索でアルビオンが見せた連携戦法、流れるような冒険者たちの動きと機を見定めた攻撃と防御の切り替え。思い返しても見事と言わざるを得ない。あの美しいとさえいえる戦闘機動も日々の厳しい訓練が支えているのだ。
「やっていけそうか?」
「……やりがいはありますよ」
微妙にズレた答えをアランは返した。それがシロウの問いの意味を理解した上での逃げの答えであることはシロウでなくても分かる。シロウは僅かに落胆したが、最後に質問を投げかけた。
「1つ聞かせてくれ、お前はアルビオンの団員である前に冒険者か?その逆か?」
「えっ、それはどういう……」
「言葉通りの意味さ」
「……」
アランは沈思した。その間シロウも静かに待つ。やがてアランは金髪を揺らして顔を上げた。
「僕は僕の剣技がどこまでのものなのか知りたい。僕がどれほどの者なのか、何者かになれるのかが知りたいんです」
その声には真摯さがあった。それが切羽詰まったような後の無さからくる真摯さであったとしても、シロウはそれがアランの本心だと確信した。真っ直ぐな眼差しがシロウを射抜いている。それがシロウの行動を規定したといって良い。
「わかった。お前の気持ちを聞けて良かったよ」
「シロウさん……」
「邪魔したな、パーティを楽しめ」
シロウはそう言って蠟翼亭を後にした。




