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【1-3】

 翌日。七月十三日。

 昨日と同じ時間、同じ場所で、同じように太い枝に――以下略。いつも通り木を背にして隠れ、背後にある例の告白スポットの辺りの様子を物陰からうかがう、ほぼ代わり映えしない服装の僕。

「………………」

 まだ誰の姿も見えないが……。でもまさか今日もこうしてここにいるとは昨日の時点では夢にも思わなかったな。これも何かの因果なのか、少なくとも三時間ほど前にあの話を聞くまではここに来るつもりはなかったのに。

 今朝登校したら、同じ必修授業を受けているテンション高めの友人Aからビッグニュースがあると言われ、『メア先輩が実は同性愛者でしかもマッスルレディにぞっこんらしい』という噂が学内のあちこちで広まっている、と聞き、いても立ってもいられなくなった僕は、ここに来ればメア先輩がどういう状況になっているのか分かる気がして、昼休みのチャイムが告げると同時に飯も食わずに急いでここまで走って来たのだ。

 どうしてメア先輩のヒミツがもれたんだろう。この場であの話を聞いたのはオサレオサゲと僕だけのはずだが……もしや、オサレオサゲが誰かに…………。でも、親友と言っていたオサレオサゲが言い触らすようなマネをするだろうか? もちろん自分だって誰にも話してないし、うっかり口に出して考えていた……なんてことはあり得ない。

 なぜ広まったのか真相は謎だが、二度あることは三度あるって言うし、また何か起こりそうな胸騒ぎがしてならない。単なる気のせいだとは思えない。

 別に何も起きなければそれはそれで一人で考え事をする時間が欲しかったし、と言い訳がましい理由で自分を納得させる。暑苦しい天気だが木の葉のおかげで多少は日が当たらない分だけマシか、と木の上で悠長に構える。

 時折吹く風を浴びて待つこと――二十分ほど。

 予感は的中し、踏みならされた雑草が茂る道を通ってメア先輩が例の告白スポットのもとにやって来る。――いつも通りの格好だ。

 不安そうに両手の拳を胸元の前で握り、誰かを探す風に少し前屈まえかがみの姿勢で周囲をうかがっている。……見つからないように僕も木の陰から覗き見る。

 指輪は……今日もつけていない。今のところメア先輩一人だけど、腕時計で時間を確認しているところを見るに誰かと待ち合わせしているに違いない。ってことはたぶんキタコレ。

 これで今日もそうなら三日連続だ。先輩のモテモテ度には感服する。というか、僕が知らないだけで、ひょっとしたら連続モテ記録はもっと何日も前から続いているのでは?

 額を伝う汗をハンカチでぬぐつやっぽい仕草の先輩を眺めながら、さらに待つこと五分。

 そこへ偶然通りかかった一匹の巨大トロールが――――って何を言ってるんだ僕は……。こんなとこにそんなファンタジーよろしくの架空生物がいてたまるか。よく見ろ、ちゃんと薄橙うすだいだい色の皮膚だし一応ギリのギリで人間だ。

 注意深く観察すれば五割方は僕らと同じ身体的特徴を有している人間であり、残り五割はトロールと同じ身体的特徴を有しているモンスターでもあり、かなりハイブリッドな種である可能性を秘めている。

 二メートル以上ありそうな巨体は全身がごつごつとした岩を彷彿させる筋肉に包まれていて、所々に傷跡が残る出で立ちはまるで歴戦の狂戦士の如き貫禄がある。ピチピチのピンクのタンクトップと、パツパツのデニムのショートパンツという、いかにも分かりやすい記号のファッションで筋肉を着飾っている。

 確かに女性とおぼしきおかっぱ頭が猪首いくびの上に見える。ちなみに国民的漫画『ジョリの異常な毛根』に出てくる主要キャラ『ジョリーナ・ジョリジョ・ジョリー』並みに彫りが深く、顔と眉がゆい。あとアゴが割れているところもそっくり。

 ……なんというか、今回はあらゆる点で雰囲気がパないのでとりあえず一旦ラスボスと命名しておくか。

 かくして。両者が向き合う。

 さてさて。数多の恋心を斬り捨ててきた不敗の勇者メアと、その伝説に挑む者たちの熱き告白バトルが今日も幕を開ける時間が来ました――実況は僕こと、リックスがお送りします。

 第一ターン。先攻はラスボス。

「あら? 予定より早く来たつもりでしたが、お待たせしてしまったようですわね。ごめんあそばせ」

 開幕早々、先に動いた〔ラスボスは謝罪とともに丁寧なお辞儀の構え! 渋味のあるアルトボイスで口撃こうげき!〕していくぅ~!

 対する後攻、メア先輩のターン。

「えーっと……」

 お~っとぉ? こちらは想定以上のボス級が来たので面食らっているぞぉ~。ラスボスを見上げぇ、二度三度目をぱちくりさせながら〔勇者メアはようすをみている〕~。

 第二ターン。機先を制したのはメア先輩。

 ぎこちない笑みをたたえているがぁ~、ここは様子見の姿勢からすぐさま立て直しをはかっていきたいところぉ~。――おや? 肩から引っ提げたトートバッグからぁ? 何かを取り出したぞぉ?

「あなたが……この手紙をくれたのかしら?」

 なんとなんとぉ~!? 出てきたのは花柄のたたまれたレターセットだぁ~! コマンドの〔どうぐ〕から〔レターセット〕を選択して反撃する気だぞぉ~!?

 対するラスボスはしおらしい面持ちでこくりと頷いて見せたぁ~。

「ええ。差出人の名前がなくてもきっとメアさんなら来てくれると信じておりましたわ」

 これは両者になんとも言えない気まずそうな空気が流れているぅ~。先に沈黙を破るのはぁ――ラスボスだぁ。緊張をほぐそうと顔をほころばせぇ~、努めて明るく話し始めるぅ~。

「あらごめんなさい。これはとんだご無礼を。自己紹介が遅れましたの。わたくしの名は」

 おっとこれは! 〔ラスボスは自己紹介しようと意気込んでいる!〕

「ポピー・ポップウェル、ですよね? 確か二年生で専攻はスポーツバイオメカニクスと聞いてます」

 だが! 〔しかし、勇者メアは既にラスボスのことを知っていた!〕

「まあ! わたくしのことをご存じなのですね。メアさんみたいな高名なお方に知っていただけるなんてとっても光栄ですわ」

 これにはラスボスも満面の笑みだぁ~! 〔ラスボスのテンションが20あがった!〕

 第三ターン。

「手紙には時間と場所しか書いてなかったんですけど、私に何のご用でしょう?」

 手紙をトートバッグにしまったメア先輩がぁ、表情を引き締めて身構えるぅ~。相手の出方を見るため〔勇者メアはみをまもっている!〕

 両者お見合い状態になるがぁ~? 何やら不意にラスボスがぶつぶつと呟き始めたぁ~。……どうやら自分を鼓舞する言葉で勇気づけているみたいだぁ~。締めに自分の両頬をパチンと叩き気合いを入れていくぅ~!

「実は……わたくし前からメアさんのことおしたいしてましたの。でもメアさんには婚約者がいらっしゃるのは有名な話でしたから。だからいつも遠くからこっそりメアさんを眺めていましたの。ですがここ最近、婚約者も婚約指輪も嘘で本当は女の子のが好きだという事実を知って心が揺らいでいたところに、追い打ちをかけるように昨日になって筋肉女子が大大大好きだということも知って、わたくし、ずっと……ずっと我慢してきたこの想いを抑えきれなくなってしまったんです」

 呪文のような詠唱のあとぉ、ラスボスが大きく息を吸い込んだぁ~。想いの強さが表情に表れぇ、濃い顔が倍増しで色濃くなっていくぅ~!

「メアさん、愛してます! わたくしのこの筋肉と! 熱く燃える想いで! どうかメアさんのハートを受け止めさせてください!」

 激しく荒ぶる情熱を言葉に込めぇ、〔ラスボスは愛の告白をとなえた!〕

「………………」

 おぉ~っとこれは!? メア先輩が死んだ魚のような目をしているぅ! 手痛い痛恨の〔ミス! 勇者のハートにダメージをあたえられない!〕

 第四ターン。

 メア先輩が首をひねっているぅ~。何か思うところがあるような顔つきだがぁ~?

「あの……お答えする前に、参考としていくつかうかがってもよろしいですか?」

「え? ええ……。問題ありませんわ」

「まず……私が筋肉女子が好きだなんて、そんな降って湧いたような話どこから出て来たんですか?」

「それはメア様ファンクラブのグルチャから流れてきたのですわ。わたくしも実は会員で会員ナンバーは203番ですの」

 そう言ってラスボスがぁ、胸……というよりかは胸筋の谷間から光り輝く小さなカードを取り出して見せるぅ~。会員カードが放つ眩しい光を見た途端にぃ、メア先輩は目を覆いフラフラとよろめき始めたぁ~!

「う……っ。前より会員が増えてるし、カードが豪華になってる……っ」

 メア先輩がまるで格ゲーの気絶状態みたいにピヨピヨしているぅ! 〔勇者メアの目がくらんだ!〕 これは何もできなぁ~い!

 第五ターン。

 さあ! チャンスとばかりに会員カードを再び胸筋にしまったラスボスがコンボをたたみ掛けていくぅ~!

「今、公式サイトの交流チャットでもその話題で持ちきり状態……と言いますか、軽く炎上したりしてまして、あまりの騒ぎに一時サーバーダウンしてしまったほどですの」

 〔ツッコミどころが多すぎるラスボスの口撃!〕 爆裂的な猛攻に耐えられるのかぁ~!?

「公式サイト……?? 交流チャット……?? 炎上……?? サーバーダウン……??」

 四ヒットォー! 〔勇者メアのメンタルに998のダメージ! 勇者の残りのメンタルライフはおよそ1!〕 これはほぼほぼリーサル確定だぁ~!

 苦悶くもんの表情でメア先輩が頭を抱えているぅ~。想定外の出来事にぺたんと足を八の字にしてその場で地面にへたり込んでいくぅ~。

「……こんなことに……なるなんて…………」

 情報量の多さにメア先輩の脳内で処理が追い着かなぁ~い。おそらく今ぁ、脳内では現実からショットダウンする方法をシミュレートしているに違いないだろぉ~。

 急に電源が切れたかのようにうなだれたままメア先輩が硬直してしまったぁ~。全然動く気配がないぞぉ~? 大丈夫なのかぁ? 残りの試合時間が不安になってきたがぁ~……ようやくここでぇ、唐突に先輩が空を見上げる動きを見せるぅ~。

「あばばばばばばば」

 表情から魂が抜け出てぇ、半開きになった口から奇声がもれ出てるぅ~! 現実逃避に成功したのか失敗したのか分からないがぁ~、その影響で視線はここではないどこか遥か遠くを見つめているぅ~! 完全に目がイッちゃってるぅ~!

「メアさん!? どうしたんですの!?」

 あまりの出来事に心配したラスボスがぁ、勇者の顔を覗き込みながら背中をさすり始めたぁ~。脳内設定だと違和感しかない光景が目の前で繰り広げられているぅ|~。

 どうやらシャットダウンする以前にぃ、既に先輩の脳内CPUは壊滅的ダメージを受け正常に機能していないようだぁ~。誰がどう見ても〔勇者メアはこんらんしている!〕

 第六ターン。

 ――もう勝負はついたろ。これ以上やってもしょうがないし、ここからは普通に見てこ。

 ラスボスが介護した甲斐かいもあり、正気を取り戻したメア先輩が立ち上がって膝を払う。何事もなかったかのように咳払いを一つしてから、普段の穏やかな表情と口調で言う。

「ゴホン……ッ。その言葉遣い……ポピーさんって、もしかして女学院ガールズスクールの出ですか?」

 ラスボスは頬に片手を添えにこやかに答える。

「流石メアさん、よくお気づきで。わたくしアスセナガーデン出身でございますの」

「あの茶道や華道で有名な伝統校にいらしたんですね。聞いた話では、最近は武道にも力を入れていて大会でも良い結果を残しているとか」

 先輩は朗らかに話すが、

「メアさんご出身のフォルス女学院ガールズスクールの武芸と比べたら大したことありませんわ。――先ほどの質問はそのことと何か関係がございますの?」

 意図がめず、当惑したラスボスは話を流し聞き返す。

「いえ、その……」

 少し間を置いて。メア先輩は遠慮気味にたずねる。

女学院ガールズスクールを選んだ理由は…………男性が苦手だからですか?」

 図星からか、ラスボスは少し俯き、沈んだ表情を浮かべる。そして、静かに語り始める。

「……ええ。その通りですの。わたくしこんななりですから、幼少の頃から男子たちのイジメのターゲットにされ、それがトラウマで男の方が苦手になってしまいまして……。それ以来、元々両親が武道家なのもあって、男よりも強くなりたい一心で武の道に入り日々精進してきた次第ですの。そして、磨き上げたこの肉体のおかげで、ついにはイジメてた男子たちも恐れて逃げ出すまでに成長しましたの」

 …………。少々ヘヴィな話に、ラスボスと呼ぶことに抵抗を感じるほどの同情心が芽生える。まあ申し訳ないが……この決着がつくまではこの名を使わせてもらうとしよう。

 ラスボスは自慢の腕を上げ力こぶを作って見せるが、表情は暗いまま、すっと腕を下ろす。

「ただ……いくら体が強くなろうとも、心はまだ男の方を受け入れられないままなのです。武道とは心技体を鍛えるもの。ですが、どれだけ鍛錬や修行に明け暮れても、この心は男性に触れられると胸の内にしまい込んだ暗い過去を思い出してしまい、体が石のように固まってしまうのです。武道だけではこの恐怖を拭えないのだと悟りました……。このままではいけないと思い至って首都で一番大きなカレッジであるクリスティアに入学したのですが――神の導きのおかげでようやく巡り合えたのです。わたくしの影に光をもたらしてくれるメシア様に」

 祈りを込めるように両手を組んだラスボスが顔を上げる。表情から先ほどまでの重苦しさがすっと消え、代わりに初々しく頬をポッと染める。どれだけ体が大きかろうが、はにかんで微笑む姿は正しく恋する乙女の顔だった。

「あなたを初めて見たその日に、長年胸の内につかえていた重みが嘘みたく消え去るのを感じたのです。それからというものの、度々物陰からこっそりと眺めるようになり、メアさんを知れば知るほどその人柄に惚れ、メアさんと会えるだけで毎日が楽しくなって、もう男なんてどうでもいい、一生この方について行こう――と心にそう決めたのです」

 熱のこもった乙女の真摯な眼差しがメア先輩を刺す。純情さ溢れるその姿に、

「…………」

 先輩は無言で、けれど昨日よりも真剣な表情で受け止める。

 そろそろ決着のときが近付いてきた気配に……僕はズボンのポケットに忍ばせていたマナマックスΩを取り出し、それをキッと睨む。こんなこともあろうかと急いでここに来る途中にいつもの自販機で買っておいて正解だった。

 今再び、僕の腹筋力が試されようとしている……。過去の二戦では予測不能な事態に腹筋が耐えきれず思わず噴き出してしまったが、今回の僕はなんたって心構えが一味違うぜ。

 そう、今日ここに来た理由はただ一つ。――純粋に面白そうだったからだ! 絶対面白いことになるっていう確信があったからだ! そうさ! メア劇場は二度も劇的な結末を見せてくれた! はたして三度目のミラクルは起きるのか、その瞬間をこの目でしかと見届けなければ! そして今日こそは噴き出すもんか! ここまで来といてこいつを飲まないなんて選択肢はない! ――よし、いくぞ!

 マナマックスΩに勢いよくストローをぶっ刺し、口いっぱいにエナジー注入を開始する。……こっちはこっちで謎の戦いが始まっていた。

 本題に戻り――。

 十秒以上の長い沈黙が過ぎた頃。先輩は……過去を懐かしむように、瞳にうれいの色をにじませ頬を緩める。

「…………やっぱり。ポピーさんって、なんだか私とちょっと似てるなって思ってたんです」

 ラスボスが、きょとん、として聞き返す。

「メアさんが……わたくしと、ですか?」

 柔和にゅうわに目を細め、メア先輩は頷く。

「はい。私も以前は、男の子から何度もしつこく交際を求められたりするうちに男の人が怖くなって、それが理由で中高一貫のフォルス女学院ガールズスクールに入りました。でも、そこで……ある友達と出会えたおかげで、苦手意識を克服することができたんです。今では気後れせずに男の方とも接しられるようになって、自分の世界が大きく広がったんです」

 お互いの陰と陰が重なり合ったのだろう。ラスボスの表情に同情めいた曇りが帯びる。

「それは初耳でしたわ……。メアさんも苦労なされたのですね」

 寂しげな笑みを一つ残し、メア先輩は軽く頷く。

「ええ……。ポピーさんのトラウマがどれほど過酷なものだったかは想像だにできませんが、ちょっとした些細なきっかけで私は変われました。もちろん、今のままを望むなら無理して変わる必要はないと思います。けれど……私の目には、ポピーさんの心は変わりたいってまだ叫んでいるように見えます。だからきっと――これからなんじゃないでしょうか? ……恋人としてのお付き合いはできませんが、同じ苦労を分かち合った身として、私に何か手伝えることがあれば是非協力させてください」

 先輩はちょこんと首を右に少し傾け、屈託くったくのない笑顔をラスボスに向ける。

 メア先輩からの激励に、ラスボスのうるんだ瞳から涙がぽろぽろとしたたり落ちる。彫りの深い濃ゆい顔が丸めた銀紙みたいにしわくちゃに歪む。何度も腕で涙を拭い、しゃがれた声でうめく。

「う、うぅぅ……。メア……さん……、ありが……とう……ござい……ます…………」

 笑顔を保ったまま先輩は傍に寄り、ラスボスの手を取って両手で握る。優しく包み込まれそうな温かな口調で琴線に触れる言葉をつむぐ。

「いずれポピーさんの繊細な心を癒やしてくれる、そんな殿方が現れることを陰ながらお祈りしてますね」

 まるで女神の如き佇まいに、目の錯覚か、後光が見える。あれ? 変だな……。ここんとこ夜遅くまで勉強していたから、たぶんそのせいで目が疲れているのかもしれない。

「うぐ……っ。グうぅぅ…………っ」

 もはや言葉にできず嗚咽おえつをもらすだけのラスボス。それを柔和にゅうわな眼差しで見守るメア先輩。そして、そんな二人を紙パック片手に口いっぱいにエナジードリンクを含んだ頬張りリス状態で眺める僕。

 ……どうやら決着はついたみたいだ。流石に三度目のミラクルは起きなかったか。がっかりした気持ちと口いっぱいのエナジーを一緒に飲み下し、自分何やってんだろ……、とふと素に戻る。手にした紙パックを見ながら、何でコレ買ってきたんだろう、と冷静に考える。

 でもまあ、ちょっと期待していたものとは違ったけど胸にジーンと来るものがあったし良しとしよう。なんだか感動系映画をた後の高揚感に近いものがある。先輩の知られざる過去話も聞けたことだし、思わぬ収穫があったので手ぶらで帰らずに済んだ。

 あの二人がいなくなるまで見届けたら昼飯でも食べに行くか、と早々に気持ちを切り替え残ったマナマックスΩを飲みきろうとストローを吸い上げた矢先、

「わたくし……決めましたわ!」

 突如。ラスボスの雄叫び染みた声が雑木林に響く。

 今度は逆にラスボスがメア先輩の片手を両手で握り締める。感銘を受けたと言わんばかりに涙腺を崩壊させ声をふるわせる。

「メアさんのお言葉とても心に響きましたの……っ。むしろメアさんへの想いが……より一層高まりましたわ……っ。やはりわたくしにはあなたしかいません……っ。メアさん……、いえ……これからはお姉様と呼ばせていただきますわ……!」

「お、お姉様……?」唐突な姉呼び宣言に当人も引きった笑みを浮かべ聞き返す有り様だ。

 …………えー、ここでお知らせがあります。先ほど終わったと思われた試合が延長戦に突入した模様です。えー、繰り返します。まさかの延長戦に突入です、はい。

 ここに来て巻き返してきたラスボスのあつに押され、メア先輩もたじたじで半歩後ろへ仰け反る。空いている方の手を横に何度も振りながら狼狽ろうばいした色が透けて見える愛想笑いでラスボスを見上げ、断る算段を模索する。

「えっと……ごめんなさい。お気持ちは嬉しいんですけど……私、早期卒業して医術技師になるまでは誰とも恋愛しないって決めてるんで…………」

 対するラスボスも一歩も引かずに声を張り上げる。

「でしたらお姉様が医術技師になるまで待ちますわ! いくらでも待てますの!」

 メア先輩は笑顔を取り繕ったまま眉を八の字にし、言いにくそうに述べる。

「んぅぅ~、待つのは個人の自由ですけど……お待ちいただいても気持ちは変わらないっていうか……。そもそも、筋肉女子が大好きって話が事実無根のデマで、チェチャで拡散されてる情報もたぶんフェイクニュースの可能性が高いっていうか……」

 チェチャとはチェインチャットというエルトバエル国民のおよそ九割が利用しているSNSアプリの略称だ。もちろん自分も使っているが、僕のスマホは基本息をしていないので大変物静かだ。

 それはさておき。メア先輩の発言を受け、ラスボスの表情に衝撃が走る。咄嗟とっさに握った両手を離し口を押さえわななく。

「そ、そんな……!? あの話は全部でまかせだったと言うのですか!? だとしたらとてもショックですの……! 一体誰が何のためにそんな嘘を!」

 率直な疑問をぶつけられたメア先輩の視線が横に泳ぐ。半笑いを浮かべ立てた人差し指を頬に当てる。

「あー、あはは……。誰でしょうね? ほんと困った人ですよねえ」

 眉間にしわを寄せたラスボスが怒りをあらわにする。組んだ指をポキポキと鳴らし、背中に燃えたぎる闘志を宿らせ吠えたける。

「乙女の純情をもてあそんだ挙げ句、お姉様までおとしめようとするなんて……断固として許せませんわ! 必ず犯人をとっちめてみせます! 今なら相手が男だろうと負ける気がしませんの!」

 熱気溢れる剣幕に圧倒され、メア先輩の笑みが固まる。両手を軽く上げじりじりと後退あとずさる。

「まあまあ、一旦落ち着いて……。ね?」

 どうにか制しようとメア先輩がなだめるが、

「落ち着いてなどいられませんわ!」

「――ひゃっ!?」

 突発的に響き渡ったラスボスの咆哮におののいた先輩が尻餅をつく。

 転んでお尻をさする先輩を見て我に返ったラスボスはばつが悪そうな表情で謝罪する。

「あ……っ、すみませんお姉様……。わたくし、つい熱くなり過ぎてしまいましたわ……」

 すぐにラスボスがしゃがみ込み手を差し伸べるが、

「………………」

 メア先輩は視線を地面に落とし硬直したまま反応がない。垂れた前髪で表情はうかがえない。

「お姉様……? ひょっとして、どこかお怪我を……!?」

 心配したラスボスが慌てて顔色を変えると、

「…………いえ、大丈夫です」

 少し経ってから、メア先輩は手を借りずにすくっと立ち上がる。

「……ポピーさん」俯いたまま、前髪で顔の上半分を隠した先輩が張り詰めた声で呼ぶ。

「はい?」返事をしてラスボスが立ち上がり、「どうかされましたか?」と、なおも心配する様子で声を掛ける。

 ラスボスの気遣いなどどこ吹く風といった具合に、ひどく真剣な調子でメア先輩が問う。

「そんなに私と付き合いたいんですか?」

 誇らしげに胸に手を当てラスボスが即答する。

「もちろんですの。お姉様と一生を過ごし添い遂げる覚悟ですわ」

「…………」

 一瞬吹いた強い風に草木が揺れる。うつむく先輩の肩から垂れたあおい色のサイドテールがうるわしく軽やかになびく――と、ともに。風にあおられ片腕を押さえた彼女の、その細い肩も揺れている。

「そうですか……。ですが、あなたと私とではどうしても付き合えない決定的な問題があるようです」

 先輩の言葉に僕の直感が、ピキーン、と何かを告げる。――こ、この流れは!? 今度こそ来るか!? ここぞとばかりに握り締めたマナマックスΩを全速力で吸い上げ口に溜めていく。

「……それは一体、何ですの?」怪訝けげんな面持ちでラスボスが聞き返す。

 メア先輩は口をもごもごさせながら、ゆっくり切り出す。

「その……。私、実は……あ、アレが……、あ、ありゅん――――んぅぅぅ~~ッ」

「アレ……って何ですの? 分かるように教えていただけませんか?」

 主語を問う当然の返答に、

「だから、その……なんていうか…………。アレってのは――つまりはコレのことです!」

 メア先輩は素早い動作でラスボスの手首を引っ掴み、自身のまくったフレアスカートの中に突っ込むと自ら股ぐらをまさぐらせる。

「お姉様ァァッ!? 一体何をなさってェェェッ!?」

 けたたましい絶叫を上げるラスボス。しかし。すぐに異変に気づき全身を強張こわばらせる。

「ハ――ッ?! こ、ここ、この、二つのまるっとゴリっとした感触は……まさか…………」

 ラスボスが目を白黒させて盛大に発狂する。

「ゴォォォルデンボォォォォォォォォル?!」

「ブッフォォォォォォォォゥ――――ッ?!」

 完膚かんぷなきまでに噴き出した。なんなら噴いた反動でバランスを崩し木の上から落下した。

 〔勇者メアの会心の一撃!〕でラスボスの巨体が地面に仰向けに沈みゆく様が刹那せつなに見えた。象が倒れるかの如く地響きが鳴り、長き死闘の末、ついに勇者が〔ラスボスを倒した!〕

「~~~~ッ」雑草の上でのたうち回る僕。

 体中が痛いが幸い足から順に落ちたおかげでおそらく軽い打撲だけだ。子供の頃に何度か木の上から落ちた経験がこんなところで役立つとは。というか、別にわざわざ木の上で見張る必要なかったな……、と今さらながらに後悔する。

 ひとまず。急いで近くの腰ほどの高さの茂みに潜り込み身を隠す。バレてないか茂みの陰から慎重に先輩たちの様子をさぐる。

 すぐにメア先輩がぺたりと地面に女の子座りの格好で、スカートの上から股ぐらを押さえているところを見つける。こちらに目もくれずにうつむき、何やら耳まで真っ赤にして泣きそうな目でぷるぷると小刻みに震えている。

「うぅぅ……。いっそ……消えてなくなりたい…………」先輩が涙声で呟くのが聞こえた。

 …………どうやらラスボスが倒れたときの轟音に掻き消されこっちの騒ぎには気づいていないみたいだ。バレたらどうしようかとひやひやしたが、ほっと胸をなで下ろす。

「――ッ。いけない……っ、こんなことしてる場合じゃないっ。――ポピーさんっ。大丈夫ですかっ? もしもーしっ?」

 傍らで仰向けで倒れているポピーさんの肩をぺちぺちと叩き意識の有無を確認しているが、離れたこの位置から彼女の容体を見る限りでは、目は白目を剥いており、口からは泡が吹きこぼれ、体は石のように固まり動いていない。……明らかにダメそうだ。

「呼吸は……大丈夫。脈拍は…………異常なし」

 ポピーさんの口を開けて覗き込んだり、首の頸動けいどうみゃく脈に手を宛てがい脈の確認をしている。

「あとは気道確保だけど……。んぅぅ――――っ、うごいて…………っ」

 ポピーさんの体を横向きに寝かせようとするが、先輩の華奢きゃしゃな腕じゃびくともしない。

「どうしよう……。とりあえず、誰か呼んで来なくちゃっ」

 メア先輩は立ち上がり来た道を慌てて駆けて行く。

 先輩の姿が見えなくなるのを見届け茂みから出てきた僕は、一応自分の目でもポピーさんが無事かどうか確認するため近くまで寄る。一通り手当の確認を済ませた後、

「ふんぬぅぅぅ――――っ、お、おもっ…………」

 体を横向きに寝かすのにチャレンジしてみるが男一人の力じゃ到底持ち上がらなかった。

 素直に助けが来るのを待った方がいい、と諦め、ポピーさんの肩から手を退けた際に、

「――ん? これは……?」

 足元に転がっていたものに気づき拾い上げる。

「これって……もしや…………」

 脳裏に一つの可能性がぱっと思い浮かび、途端に顔が熱くなる。

 いやいやまだそうと決まったわけじゃない、と一旦冷静になって思案しようとするが、

「――用務員さん! こっちです!」

「…………ッ!?」

 遠くからメア先輩の声が聞こえ、ドキっとした拍子に手から滑り落ちたそれを放置して急いで人気ひとけのない方向に向かって走る。ひとまず、早くここから離れる方が先決だ。

 逃げる最中も脳内裁判では、五人の僕の分身である陪審員たちにより『メア先輩の股間に二個玉事件』の黒か白かを決める審議がもっぱら行われていたが、荒れに荒れた暴言が飛び交い乱闘騒ぎになった末に、脳内では判決がくだらないまま裁判は閉廷した。

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