「■■■■■■」する、春
「――あのぅ、私……っ、リックス先輩のことが好きなんですぅ!」
「………………」
二学年に上がって早々。昼下がりにアストラル観測研究棟の裏手にある庭、いつからか告白スポットとなった例の一際大きな大樹の前に呼び出され、新入生から何故か告られる僕。
相手の子は何度か見かけたことはあるが、話すのは初めてだ。
幼さがまだ残る愛らしい容姿に、栗毛色のふわっとしたセミロング。チュール付きのトップスにアイボリーのジャケットを羽織り、下は桜色のミニスカ、足元は白のソックスにローファー――と、新入生ほやほやなのでオシャレにも気合いを入れている季節感のある見た目。
因みに。僕はと言うと、白Tとライトブルーのデニムシャツ、下は黒のボトムと白のスニーカー。通学用のバッグはロッカーに置いてきた。
両手を胸に置き、どこぞの少女漫画の主人公みたいなうるうると潤んだ瞳で見上げてくる、まだ自己紹介も済ませていない相手の子。
――そうだな。ここは一旦、きゅるるんアイズヒロインドラゴンと呼ばせて頂こう。……何でドラゴンって単語が出てきたのかと言われたら僕にも説明できないが、ざっと見積もるにそのきゅるるん光線の攻撃力はおよそ三千ほどだ。並大抵の男子の守備力じゃ到底太刀打ちできず即座にハートにダイレクトアタックからのワンターンキルだろう。……何を言ってるのかは僕にもさっぱり分からん。
きゅるるんアイズヒロイ――長いな……。略してきゅるインさんには申し訳ないけど……深々と頭を下げる。
「ごめん、気持ちは嬉しいけれど……。僕、大事な彼女がいるからさ」
確実に相手のライフポイントを削りきるだろう返答をしてから面を上げるが――きゅるインさんの、そのきゅるるんアイズはまだ輝きを失っていなかった。
一層ときゅるるん光線を放ちながら食らいつく。
「いいんですぅそれでもぉ! 二番手でもぉ三番手でもぉ! なんなら列の最後尾でもいいんでぇ!」
まだ私のきゅるるんフェイズは終わっちゃいないZE☆、とでも言うような猛攻っぷり。
「いや、そんな予約待ちの有名店みたいな感じで言われても……。僕に彼女待ちの列なんてないから……」
どうしたもんかと頭を悩ませる。僕の手持ちの最強カード『彼女がいるから君とは付き合えないんだ』はあっさりと返されてしまった。……これは想定外だ。きゅるインさんの愛戦士ソウルがルール以上の怒濤の連続アタックを可能にしている。
「これ私の連絡先ですぅ! いらなかったら後で破り捨ててもいいんでぇ受け取るだけ受け取って下さぁい!」
そう言って。おそらく電話番号が書かれてある二つ折りにされた便せんを僕に差し出す。
「う~ん……」
とりあえず。受け取っておけばきゅるインさんの気も済みそうだし……後でメアに会う前にこっそり捨てておこう。
「じゃあ受け取るだけ……」
僕が便せんに手を伸ばした矢先――。
「ふ~ん? 受け取るんだ?」
急に身の毛がよだつ声が聞こえてきたので振り返ると――こっそり覗き見していたのか、近くの木の陰から野生のメアが現れた。
「メア!? いつからそこに……!?」
いつの間にかセットされていたカウンタートラップ『彼女ご本人の登場』が勝手にオープンした。
口をへの字に曲げ腕組みしながら、季節が巡り僕らが出会った頃の、彼女独自の春夏の通学服姿で、メアがすたすたとこちらに近づいてくる。ついこの前まであった目の下のクマや少し痩けた頬も、今じゃすっかり元に戻り血色良好。以前よりも元気そのものだ。
メアは隣にぴたっと位置取ると、僕の顔に視線を突き刺すようにまじまじと見る。
「いやメアさん、これは誤解というやつで……!」
「へぇー、そう? へぇ~?」と、メア。
まるで毬栗でも含んでいるかのような言い方。あの……宜しければ殻剥きましょうか?
一旦僕のことは棚に上げ――メアはきゅるインさんの方を向き、
「ひィ……っ」
キリッと目に力を込める。
僕の片腕をがっつり抱きしめると、ちょっぴり恥ずかしげに両目をぎゅっとしながら――高らかに宣言する。
「この人の予約は私で一生分埋まってるんですっ。――お引き取りくださいっ」
流石にこれにはさっきまで攻勢だったきゅるインさんもたじたじとなり、
「ごぉ……、ごめんなさぁ~い!」
サレンダーするや否や、踵を返して走り去っていった。
その背が見えなくなるまで見送ると、
「なぁメア」と、隣で腕をホールドし続ける彼女に呼びかける。
「……何よ」と、不満を言いたげなジト目上目遣いの視線が返ってくる。
「今のって、ひょっとしてプロポーズ?」
「な……っ」
メアは頬を紅潮させ、開いた口をあぐあぐしていたが、
「もぉ――そんなわけないでしょっ」
僕の二の腕にじゃれつくように猫パンチを繰り出す。
……まあ、僕は全然それでも構わないんだけどな、と思いつつも。実は近々迫っているメアの誕生日に、今度こそ偽物じゃない婚約指輪をプレゼントしようか、等と分不相応なことを思いつき、密かに日払いのバイトを始めた。言うても、本物は買えないので安物になるだろうけど……。
まだ学生の分際で付き合って早々に婚約指輪を送るなんて愛が重すぎるかな、と思わなくもないけれど、この先の人生できっとメア以上に運命を感じる人は絶対に現れないだろう、という事実だけは確信をもって言える。
っとまあ、今はその話は置いといて。
メアの反応が見てみたくて、敢えて拗ねた感じで、もう一つ付け加えてみる。
「あと、さっきの言い方だと僕のこと引き取ってくれって意味にも聞こえなくもないんだけど……」
「ちがっ!? そうじゃなくて……っ」と、今度は慌て出すメア。
こんなこと言わせて……後で覚えておきなさいよ、という恨みがましい視線で僕を見上げてから、もじもじとはにかみながらぼそっと言う。
「んぅぅ~……っ。誰にも……あげないもん……」
「あぁ~……効くうぅぅ……」
彼氏の恩恵をフル活用して口にするには照れ臭いセリフをメアに言わせるのが最近の僕の日課というか、楽しみでもある。今日も今日とて、これぞ彼氏の特権といった感じで悦に入る。
それはさておき。
これまで告白なんてされたことがなかった僕が何故こんな事態になってしまったのかと言えば、メアにエンダーの力を使った際に、彼女にかけられていた魅了の術とやらも少しばかり引き継いでしまったようで……どうやらそれが悪さをしているらしい。
きっと。メアがこっそり僕の跡をつけてきたのもそういう心配があってのことだろう。
――その後。
うらうらとした春の陽気に誘われ、僕らは大樹の傍に腰を下ろした。
今日はメアも僕も午後の講義はなく、ゆっくりとした時間を過ごせる。
――ああ、そういえば、メアは留年してまた三年生をやり直すことになった。本来ならクリスティアでは留年が許されることはないが、メアのこれまでの数々の功績により特例的に認められた。
あと、早期卒業は諦めたみたいだ。もう焦る必要もないし、むしろこれからはじっくりと時間をかけて知識を身につけていきたいらしく、博士号の取得を目標に頑張るそうだ。
隣で。木漏れ日を見上げていたメアは、膝を抱えながらしみじみと言う。
「――結局私たち、当初のルール破っちゃったね」
ルールとは言わずもがな、『私たちの間に恋愛感情を持ち込むのは禁止』という協定のことだ。夏休みが始まる前日にメアとポロで指切りをしたのが随分と昔のことのように感じる。
「……もう時効だよ」
もうそんなルールも必要なくなった。僕らを縛るものは何もない。……ただ、自由故に今度は僕がメアを縛り付けていないかが気になるところだ。
「あのさ」と、切り出す。
「ん?」と、メアはこちらを見て首を傾げる。
「僕らこうして晴れて付き合うことになったわけだけどさ、メアが僕と付き合おうと思った理由には、少なからず罪悪感みたいなものもあるんじゃないかなって気になってて……」
「……そんなこと考えてたの?」と、メアの視線がちょっぴりいじけた感じに変わる。
「もしそうなら、メアを縛る呪いはもうどこにもないんだからなんにも気にせず自由に恋愛を謳歌して欲しいんだ。というか、そういう君の姿を見ていたい」
「…………」
「なんていうか、その方が僕も報われるしさ。僕と付き合うのに罪悪感があるっていうなら無理してまで付き合ってくれる必要は――」
そこまで言いかけたタイミングで、
「……リク、目瞑って」と、神妙な顔をしていたメアが割り込む。
「え……? ここで?」
「早く」と、急かされる。
「え、うん……」
言われるがままに目を閉じるが、
「――いてッ」
おでこにビシッと一発もらい、思わず目を開ける。
僕にデコピンを食らわせたメアは、眉尻を上げ熱心に言う。
「そうやって自分よりも人の幸せを願っちゃうところが、リックスの良いところでダメなところだぞ?」
おでこを擦る僕に。メアは口を尖らせる。
「そりゃ罪悪感はないって言ったら嘘になるけど、もっとずっと前からちゃんとリックスのこと好きだったもん」
「改めて言われると照れるな……。因みに、いつから好きだったの?」
「さあ? いつからだろうね?」と、流し目しつつ人差し指を顎に当て、とぼけた感じで首を傾げる。
「教えてくれたっていいじゃんか~」
責任感が強い君は、私たちが数奇な運命に巻き込まれたのは自分のせいだ、と悔いる気持ちを完全には払拭できずにいるみたいだけど、二人ならばこの悲劇をいつか喜劇にだって変えられる、と僕は信じている。
あと――。僕にはもう一つ。気になっていることがある。
「なあ、母さんとどんな話したの?」
僕の質問に。
「んー……」と、メアは気まずそうに眉を顰めて、
「それはヒミツ」と、小悪魔っぽく笑った。
「そうやってまたはぐらかす……。いつだって僕の訊きたいことは何一つも聞けやしないんだなあ」
「強いて言えば、お人好しの君の優しさがどこ由来の成分なのか分かったってことくらいかな」
そう、さらっとメアに言われ、僕は「うっ……」と、照れ臭くて頬を掻く。
自分を褒められる以上に母を褒められるのはなんともこそばゆい。
そんな僕を見て。メアは屈託のない笑顔を向ける。
「親子って似るものなんだね」
それから。
二学年になっても相変わらず難解な講義が多い上に、ネヒリム教授が隙あらば自分の血を僕に舐めさせようとペロハラしてくる話や、ダグやアーシュとたまに活動しているバンド練習に最近メアもキーボードで参戦したのでその話題で盛り上がったり、彼氏になった僕を改めて紹介して欲しい、とメアが両親から言われたらしく、再びハーヴィッツ邸にお邪魔する日の段取りを相談したりした。
――そんな折。メアからいつものお願いをされる。
向かい合ったまま、メアは僕の胸に――、僕はメアの胸に――、それぞれ手を宛てがい、お互いの鼓動を確かめ合う。僕らがやる新しい形のスージングタッチだ。
メア曰く。たまにこれをしないと心臓がそわそわと拗ね出して落ち着かないらしい。ちょっと前までは僕に近づく度にSOSを発信していたのに、僕に気づいてもらった今では逆に傍にいる方が安定している、というから不思議だ。
目を閉じて……互いの心音に触れたまま――穏やかな時間が流れる。
「――ねえ」と、不意に呼びかけられた。
「ん?」と、目を開けてみれば、
女の子座りをしたメアが口元に笑みを湛え、
「サイコロジカルハートレートシンクロニーって知ってる?」
と……聞いたこともない用語を投げかけた。
「サイコロ……?」
膝を駆使したプロレスの技名……ではないよな。
「――長っ、何それ」と、僕が言うと、
「えへへー」と、何やらにまっと笑う。
「な、なんだよ……」
「なんでもない」と、ニコニコと何かあるときのフレーズをもったい振って返す。
……毎度、この笑顔にいいようにあしらわれてしまう。付き合ってからも僕らの日常は相変わらずだ。
「――で、何なのそれ?」
僕が促すと、メアは嬉しそうに答える。
「えっとね。ハートビートマッチング効果ともいうんだけど、自分が泣いたり笑ったりしたときの心拍数の変動の仕方が相手と近しいほど、本能的にその人から安心感や信頼感を得られるんだって。だから私たちが惹かれ合ったのもそういうことなんじゃないかな?」
今日一の笑顔を咲かせて。メアは続けて言う。
「だって、私たちの心臓は――」
「待った!」
そこで。彼女の言いたいことが分かり、手の平を見せ制止した。
きょとん、と首を傾げたメアに、
「せーので言おう」と、提案する。
彼女は朗らかな笑みを見せ、「うん!」と頷いた。
春風――恋の季節が吹く中で。この春が始まった大樹の下で。
「「せーのっ」」
向かい合った僕らは声を一つにし、
「「シンクロしてるから!」」と、息ぴったしに合わせる。
その後は見つめ合い――どちらからともなく同時に顔を寄せ合い、目を瞑る。今ここにお互いが欠けることなく存在している証を分かち合うように――唇を重ねる。
――メアは今、僕の心臓で生きている――
そう思うと、この先君と共に歩んでいく未来にどんな困難があってもそれを忘れなければ乗り越えていける気がするんだ。
僕たちだけの特別な絆に勇気が湧いてくる一方で、この心臓に宿る母から託された想いを大切にしなくちゃって戒めの気持ちもそこにはあって、二つの想いが胸の奥で混ざり合うとじーんと満たされて心が引き締まる感じがするんだよね。
自分が母の犠牲のおかげで救われたんだって知ったときはとても心苦しくて、助けてもらわない方が良かったって生きていることを重荷に感じるときもあったけど、今なら命を懸けてでも自分を救ってくれた母の気持ちが痛いほど分かるよ。
いつの日か、またエンダーの力を使うかどうか決断を迫られる日が来るのかもしれない。迷ってしまうときもあるかもしれない。――でも、きっと母から受け継いだこの意志が、どんな形であれ僕を前進させてくれると信じてる。
ここに……。胸に手を当てて握り締めると、いつだってそこにいるのを感じられるんだ。
胸の内で脈打って息づくこの温もりを。今度は自分が後世にも伝えていく番なんじゃないかって、今はそう考えてる。
いずれ僕にも子供ができたらこの嘘みたいな奇跡の物語を聞かせてあげたい。もちろんそのときは、隣には君がいて、いつもの笑顔で相槌を打ちながら僕らの物語を聞いてて欲しい。
――えっ、題名? 物語の?
んー、そうだなあ……。きっと、これがぴったりなんじゃないかな?
ENDER ~嘘吐きな君に「「シンクロ」」できたなら~




