【5-3】
メアのスマホをズボンのポケットに突っ込む。再度。屋上に向かい、扉の前に歩み出る。すると。扉に浮かび上がったままだった蛍光色の奇妙な文字がフッと消えゆき――独りでに扉が開いた。
意を決して外に出る。宙に止まった雨粒で視界が悪く、眼を凝らす。左から右に続く舗装されたトラックの通り道、奥側にはウッドデッキや芝生やらが見えるが――その中間地点で、病衣姿の彼女の背後を捉えた。
「――ッ!? メア……ッ!!」
その背に向かって叫ぶも……皆と同様に固まったまま動かない。ニメートル以上はありそうなフェンスの天辺にちょうど片手を掛けよじ登ろうとしている……正に一歩手前の段階だった。
すぐさま駆けつける。メアの腰に両腕を回し抱え込むようにしてフェンスから引き離そうと試みるが、中々上手くいかない。少々強引に引っ張ったところでなんとか離れるも、
「~~~~ッ」
重みで床に倒れ込み尻を強打する。けれど、ちゃんと受け止められたので彼女は無事だ。
背後から彼女を抱きしめたまま、横から顔を覗き込む。皮肉にも、まるで命からがら何かから逃げ出してきたかの必死さが色濃く形相に残されていた。眼光を失った瞳からは、もうこれしかない、というやり場のない思想……終点に踏み込んだ物言わぬ死相が漂っていた。
「……メア……、…………ッ」
込み上げてくる感傷に、ぎゅっと彼女の体を抱きしめる。間に合ったと安堵する気持ちよりも哀愁が優り……胸の奥底まで深く突き刺さる。
「――――、う……っ」
ふと。耳元で息を吹き返したかの呼吸が聞こえた。
「――メア!?」
彼女の体を横向きにし、顔を突き合わす。
「…………? リックス……?」
寝起きみたいにクマが残る眼をしばしばさせながら、メアが僕の名を薄らと呼ぶ。……なんだか久方ぶりにそう呼んでもらえた気がした。
「良かった……。このままだったらどうしようかと思った……」
僕を見つめ――一足遅れで思考が覚醒したのか、
「――やっ、離して……っ」
途端に俯くと、顔も見たくないと言わんばかりに僕を突き飛ばさんと両手でグイグイと押し退ける。
「ちょっ、メア……! 落ち着けって……!」
暴れ出す彼女をどうにか宥めようと両手首を掴むも……収まる気配はない。
「何で……!? 何でここにいるの……!? 邪魔しないでよ……っ」
ここまで急いで全力疾走して来たのに、流石にその言い草には僕も頭に来るものがある。
「……っ。邪魔って、何の邪魔だよ……! 自殺するのを黙って見てろってことか……!」
その通りだと主張するかの叫びが返ってくる。
「私にっ、助けてもらう資格なんかない……っ」
「何言ってんだよ!」
「離してよっ。いいから死なせてっ」
聞く耳持たず自暴自棄になっているメアの――両肩をぐっと掴む。
「この……っ。簡単に死ぬとか言うなよっ。残される側の気持ち考えたことあんのかっ。カレンさんだってクレールさんだって悲しむだろがっ。こっちの身にもなれよっ」
「――――ッ」
両親を引き合いに出されメアの攻勢に怯みが生まれる。決死の表情が……徐々に崩れていく。
「だって……っ、もう、こうするしか……っ、こうするのが、一番だと思って…………っ」
急変した冷淡な態度が剥がれ落ちていくほどに……彼女の心がひどく揺れ動いている。
届いてくれるのを願って。一旦一呼吸置き、落ち着き払ってから――言葉にする。
「死ななくていい方法を探そう――一緒に」
張り詰めていた彼女の糸がブツンと切れた音が聞こえた気がした。逆巻いた種々雑多な喜怒哀楽が瞳に雪崩れ込んで……ろ過された二滴だけが、音もなく両頬を伝っていく。
「…………う、うぅぅ……、うああああ、うああああぁぁぁん…………」
そのまま両手を床につけ背中を丸めると……みっともなく大声を上げ泣き出してしまった。
「…………」
それ以上は何も言わず……慟哭するメアの肩に静かに手を回し、抱き寄せた。彼女が泣き止むまでの間、背中を擦り続けた。今し方までは突き飛ばされるほど嫌われてしまったのかと思わなくもなかったが、大人しく僕の肩に顔を埋め震え泣くメアの様子を見て、初めから嫌われてなどなかったのだと安堵した。
やがて。すっかり泣き止んだものの、感情の整理には今しばらくの時間を要するようで、占拠された僕の肩が解放されるまでにはもう一辛抱かかりそうだった。
「……何が、どうなってるの……?」
ようやく整理が一段落ついたメアが、その姿勢のまま口を開いた。
事態の異変に脳のリソースを割く余裕が出てきたのだろう。辺りを包む不気味な静寂、宙に浮かんだ雨粒、見上げれば静止画と化した真っ黒な曇天、加えて飛び降りようとフェンスをよじ登っていたところに突如ワープしてきたかのように登場した僕――。こんな状況じゃメアがよりパニックにならなかっただけまだマシだと言える。
「……時間が止まってるみたいなんだ。そのおかげでメアを助けることができた」
「時間が、止まってる……」と、耳元で僕の発言を反芻する。
「ああ……。メアも最初は止まってたけど……たぶん、今この世界で動けるのは僕らしかいないんじゃないかな」
「…………」
メアはしばし黙考した後、消え入りそうに、凍えるように……、
「全部、私のせいだ……」
そう、ぽつりともらした。
「…………」
これを訊いたら……もう後には引けない。彼女がこんな状態になるまで隠し通してきた秘密を……、パンドラの箱を……ついに開けるときが来たんだ。
「それは……あの日記に書いてあったことと関係あるの?」
真実を知る恐怖で……心臓が縮み上がる。
「……見たんだ?」と、メアがひっそりと呟いた。声色から……彼女に遺された一握りの心の破片が風化してさらさらと風に流れていくのを感じた。
「……ごめん」
「…………」
返事の代わりに。僕の背中に置かれたメアの手が、フリースジャケットの生地を心許なく掴んだ。
「メア、言ってたよな? もっと大事なことに気づいたからって……。日記にも書いてあったけど……大事なことって何?」
耳元で発する彼女の声が一段と弱々しくなる。
「……君は、巻き込まれただけ……。こうなったのも……ううん、全ての元凶は……私にあるの」
「……何があったの?」
「…………。それ以上は言えない」
「……どうして?」
そう返すのが当たり前のように尋ねたが……薄々察してはいた。
「それを知ったら……、君は……、――――っ」
と……、そこまで言いかけてから、メアは息を呑んだ。
「ごめん……。やっぱ忘れて……」
ここに来てまた口を閉ざそうとする彼女の意志――その裏には、殊更のっぴきならない特大の事情があるのだろう。そして。それを言ってしまったが故に僕がエンダーの力で身代わりになる悲劇を恐れているんじゃないのか?
この身を案じてくれているメアに、
「忘れられるかよ」と、少し緩んだ口元で言う。
「…………」
重苦しい沈黙の後、
「君に……、嫌われたくない……」と、メアが本心を零す。
「こんだけ傍にいて今更嫌いになれると思う?」
自信を持って言う僕に。
「…………」
またも沈黙が返ってくる。息苦しく流れる間を、
「それはどうかな……」と、彼女は自虐的なニュアンスで埋めた。
座礁して立ち行かなくなったメアの孤独を目の当たりにして、
「そんな……、寂しいこと言うなよ……」
彼女の腰を――より一層抱きしめる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
抱き合ったまま、思考がまとまらないまま……時間が浪費されていく。どれだけそうしていたか分からなくなった頃、やっと形になってきた話を切り出す。
「あのさ……、考えてたことがあるんだけど」
「……何?」
この世界を止めている何かの意思が存在している可能性について、屋上のそこの扉に浮かび上がった奇妙な文字について、以前にも似たような奇妙な意思に導かれた経験があることについて、いるはずがない毒蛇にアーシュが噛まれたのにその記憶を失っていたことについて等……、僕らの周りで起きたこれらの不可思議には一連性があるのではないか、という推論を伝えた。
「もしかしたら……メアが話してくれるまで世界はずっと止まったままなんじゃないかって」
この世界を止めている何かの意思がこうしてメアと僕を引き合わせたんだとしたら……目的は何だ? メアを助けても世界が止まったままなら理由はそれだけじゃないはずだ。それがメアが隠している秘密に関係しているのでは?
「このまま何もしなければ僕らだけじゃなく、世界の人々もここに囚われたままかもしれない……。だから……話してくれないか?」
自分でも卑怯だとは思ってる。でも……こうでも言わなきゃメアは心を開いてくれない。
「…………」
それでもメアは頑なに黙り込み、口を割らなかった。これ以上打つ手のない僕も、彼女が閉ざした城門が自ら開くのを待った。
――やがて、
「……言えない……、いえないよぉ……っ」
啜り泣きながら、メアは胸の内を吐露した。
「だって……っ、それを知ったら……っ、君は……、君は…………っ」
その先の言葉は嗚咽に呑み込まれ消えていった。
「…………」
それほどまでに僕の身を想ってくれるメアの後頭部を、そっと撫でた。それを嫌がるように……彼女は僕の肩に頭を埋めたまま、首を横に振った。
そんな折。一向に進まぬ僕らのやり取りに、何かの意思が痺れを切らしたのか、
「――――ッ?!」
急激に。首が絞まる感覚に襲われる。
息が……ッ!? できない……ッ!?
ロープのようなものに首を絡め取られ後ろから引っ張られた勢いでメアからずるずると引き離される。抗って立ち上がり反射的に自分の首を押さえるも……そこに何かあるわけでもなく、何もない。なのに……ギリギリと物理的に絞められている感覚がして脳がパニクる。
「――リックス!?」
藻掻く僕を見て。メアが手を伸ばし叫んだ。
「…………ッ!!」
必死にメアの手を掴み取ろうとするも――首が上空に吊るし上げられ、体が宙づりになる。足をバタバタと動かすも地面に着かず虚しく空を切る。意識が……っ、持って行かれそうになる……っ! …………ッ、マズい……!? このままじゃ……!! 確実に死ぬ……ッ!!
「――――ッ」
メアの戦慄して引き攣った顔が――一瞬にしてハッとした表情に変わる。
「――分かったからっ、言うから……っ、やめて……!!」
直後。ここよりも低い隣のビルに天から稲妻が降り注ぎ――轟音が鳴り響いた。
「イヤ……ッ」
悲鳴をもらしビクビクと体を震わせたメアが、再度言い直す。
「お願いします……! やめてください……!」
そう、メアが地面に両手をつき懇願して叫んだ途端――乱暴に解放された僕の体は無様に落下し、
「……ッ」
ドンッ、と尻餅をついた。
ゲホゲホッ、と喉を押さえ咳き込む僕に、
「リックス……ッ、ごめん、ごめんなさい……ッ」
青ざめた顔で駆け寄ってきたメアが再度僕の胸に抱きつく。何度も謝る彼女に、
「今のも……そうなのか……?」
たった今起きた出来事にぞっとして眼を瞬かせながら、問う。
「…………。ごめんね、どこから話せばいいのかな……」
メアの震える口から……ようやっと真実が語られる。
上手く説明できるか分からないけど、と前置きを入れてから、
「……私ね、本当は……五歳のときに一度死んでるの」
メアは辿々しい口調でそう言った。既に知ってはいたが、本人が死亡していた事実を認めるのとでは全然重みが違う。
「……クレールさんからも聞いたよ。生まれつきの心臓の病で五歳までしか生きられないって医者から言われてたって」
「うん……。でも……私は生き返った」
ある取り引きをして、とメアは囁くように続けた。
「取引……?」
訊き返した僕に、「そう、取引」とメアが繰り返す。加えて――
「沈むイルカ一四六一零、枝にしがみ続けるナマケモノ一零九五七、真っ黒な嘴のインコ三六五二……」
唐突に脈絡のない言葉が続く。
「夢の目覚め五二五一、春の終わり二六零、私の魂七三零五……」
謎の羅列と数字。
「何のこと?」と、僕が問うと、
「何だと思う?」と、わざとらしくメアが問い返す。
彼女の口から転がり落ちた、言葉の殻を被せただけの虚無感を、
「……分かんないよ」と、
拾い上げ、そのままに返す。
「……じゃあ私から君への、最後の宿題」と、
受け取らないまま不穏な言葉を残し――メアの回想が始まった。
――私は五歳のときに一度死んで、魂だけの存在になったの。手足もない、宙をふよふよと浮遊するだけのちっぽけな球体。何も触れない、何も答えられない……ただいるだけの存在。
それでも。何もできなくなっても、私は両親から離れられずにいた。
霊安室のベッドに横たわる私だったものにしがみ付いて、泣きじゃくったままいつまでも離れようとしない父と母を……ずっと眺めていた。
咽び泣く二人を見て……こんなに悲しませるぐらいなら生まれてこない方が良かったのかなって。せめてあともう一ヶ月……その半分でもいい、頑張って生きてあげたかったなって。
そんな望みを言葉に発することもできなくなった私の、魂の願いを聞きつけたのか――どこからともなく男の声が聞こえてきたの。
――『オマエの望みを叶えてヤロウ』――
大の大人の重厚な声。父や母、祖父母、担当医やナースさん――当時の私が知っていた数少ない大人たちの誰とも違う、耳にしたことがない人間味のない冷徹さを孕んだ響き。
当然。怖くて「誰……?」ってびっくりした。その心の声に、姿なき声はこう答えたの。
『我が名はニズロック。オマエたちニンゲンが言うところの悪魔ダ』――と……。
ニズロックという悪魔は、私にこう持ち掛けた。
『我と契約を結ベバ、オマエを生き返らせてヤル』――と。
初めは、悪魔かなんだか知らないけれど、「そんなことできっこない」って思った。現代のエーテル治療を以てしても不可能な、医者も匙を投げるほどの不治の病だもん。治せるわけがないって。例え生き返ったところで、どうせまたすぐに死んじゃうんじゃ意味ないもん。
そう思った私の心を読んだのか、
『戯けメ。我が秘術にかかればオマエの病を治すことなど造作もナイ』と、
悪魔は蔑むように答えた。
その悪魔曰く、『我は魔神族切っての美食家で、ニンゲンの魂でも特に恋の味付けがされたものが好物なのダ』と。『オマエを生き返らせる代償ニ、オマエが恋をして最高の実りを迎えたトキ、その魂を貰い受ケル』と……。
どうやらその魂の鮮度にもこだわりがあるらしく、二十歳を越えると徐々に品質が落ちるから『例え恋をしなくてもオマエに貸し出す命の期限は二十歳までダ』と言われたの。
私は悩んだ。でも……まだ五歳だった自分には難しい話で、これが良いことなのか悪いことなのか、善悪もつかなかった。悩んだ末に――傍らで泣き崩れる父と母を見つめ、二人が喜んでくれるなら、と……その一心で、私は悪魔と契約を交わした。
謂わば、恋をする権利と引き換えに二十歳までの余命をもらったの。
「だから私ね、恋をすると悪魔に魂を取られちゃうの。これが――私が誰とも恋をしてこなかった、恋を恐れる理由……。魂に課せられた、恋の呪いなの」
契約を結んで次に気づいたときには――私の魂はそこで横たわっていたはずの自分の肉体に戻っていた。目を覚まし起き上がった私を見て、父と母は最初こそは心底びっくりした顔をしていたけれど、「奇跡だ……!」って、泣いて私に飛びついて……二人に抱きしめられて、二人の体温を感じたら、さっきまで孤独だった私もやっと本当に生き返ったんだって実感が沸いてきて、日付が変わるまでその日は家族三人でずっと泣き合ってた。あのときの両親の喜びようは今でも鮮明に思い出せる。
悪魔の言った通り、なんの不自由なく体を動かせるようになった私は、もらった寿命、限られた時間を最大限使うために、恋なんてしない、と自らに誓いを立てた。そして。残りの人生を両親が喜んでくれるものに使おう、とそう決意した。
クリスティアを早期卒業したかったのも、医術技師の資格を取りたかったのも全部その為。生きているうちに偉業を達成できれば、ここに生きていたんだって証を残せれば、例え私がいなくなっても記憶には強く残る。私の存在を身近に感じてくれる。そしたら、父も母も少しは寂しがらずに済むかもって。寂しさに優る誇らしい気持ちを両親にあげたかった。
だから。死に物狂いで勉強を頑張った。その甲斐もあってクリスティアにも飛び級で合格できたしね。嫌なことが何もなかったわけじゃないけれど、私の人生は間違いなく順風満帆で軌道に乗ってた。誰が見ても計画は完璧だった。
――そう、君と出逢うまでは…………。
三学年に上がった私が初めてエーテル学部棟で君を見かけたとき――心臓がドクンって高鳴ったの。これまで一度も感じたことない経験で……とにかくめちゃめちゃ焦ったことだけは覚えてる。幸いにも、その日そのときまではこの心が誰かに靡くことなんてなかったんだよ? 魂そのものは平穏な日々だったのに……ここまで無事に死守してきたものがかつてないほど脅かされている現実に、「魂を取られちゃう……!」って、とてつもない恐怖を君に感じた。
そこから君を見かける度にドキドキするようになって……こそこそと隠れるようになった。避けるようになった。残りの寿命があと一年を切った大詰めの年に、恋のせいで全てを台無しにはしたくなかった。
でも。君を避ける日々が続いていたある日。
ほら? アストラル観測研究棟の裏庭で私がたまたま三日連続で告白されてたときがあったでしょ? 普段は告白されてもドキドキすることなんてなかったのに、あの三日間だけはどうも様子が違って……ずっと胸がドキドキしてたの。おかしいな、とは思ってたんだけど……。後々、君の口から君もあの場にいたんだって事実を知って……気づいたんだよね。
――例え姿が見えなくても傍にいるだけで、私のハートが君に反応してるってことに――
これが恋の影響なのかって……ショックだった。愕然とした。私にとって恋をするってことは、自殺するのとなんら変わりなかったから。
正直言えば、どこまでが恋で、どこからが恋じゃないのか。恋をしたことがない私には分からなかった。けど……。こんなことされちゃそりゃ普通の子なら運命感じちゃうなって、君にはそう思ったよ?
でもね……。いよいよもって追い詰められた――って、焦る気持ちの一方で……この状況に対して、ある疑問が脳裏に浮かんだの。
――もし、これが本当に恋なら、どうして私はまだ悪魔に魂を取られていないんだろうって――
私と契約を交わして以降……少なくとも君と初めてお話しした時点では、あの悪魔はずっと沈黙を保ったまま干渉してこなかった。ってことは……ひょっとしたら恋じゃないのかもって。
このドキドキの正体を――確かめたかった。知りたかった。……本能には抗えなかった。
だから。君をもっと知るための口実が欲しかったの。勉強を見て欲しいって言う君のお願いをまんまと利用させてもらった。協力を仰ぐフリをして君と同盟を結んだの。
そこからは君も知っての通り――色々あったよね。
夏休みに勉強合宿したときのこと……覚えてる?
合宿初日の夜は、君がすぐそこで寝てるって思ったらすごい心臓がバクバクして全然寝付けなくって……。なのに、君は呑気なもんですぐに寝ちゃってさ、あのときは私だけこんなにドキドキさせられて眠れないのは不公平だって思って、君の隣でその憎たらしい寝顔をずっと眺めてたんだ。
あの頃は楽しかったなあ……。二学期が始まったら、また毎日君に会えるって思ったら、明日が来るのが待ち遠しかった。明日が来る度に私の残り少ないカウントダウンは減っていくのに、そんなの全部忘れさせてくれるくらいに楽しかった。
二学期が始まってもやっぱりそれは変わらなかったから。私が早期卒業するまではこんな日々が続いていくもんだと、そう信じていた。
だけど……。十二月二十五日――。
病院で目覚めた君から……君がエンダーで、デッドロータスシンドロームを発症したのは本当は君だった真実を知って…………。芽生えた黒い疑念が、私の心を闇に閉ざした。
真実に打ち拉がれ絶望する君を目の前にして……私は君を慰めるでもなく……、自分の胸に芽生えた疑念を確かめることを優先した。……最低な人間だって罵ってくれていい。
そして――。それは確信へと変わった。
私もね、自分が蘇ってから一度も考えてこなかったわけじゃないの。あの悪魔は秘術だと言ってたけど……その秘術で、一体どうやって私の心臓を治したんだろうって――。
……それだけじゃない。
私が一度死んだ日。つまりは私が悪魔と契約した日は――十五年前の、八月九日。




