【5-2】
小走りで戻る。T字路の突き当たり、メアが運ばれていった扉の前に、メアと似た顔立ちをした葵色のショートボブの女性――カノンさんと、さきほどの医師も一緒にいるのが見えた。
上はグレーのニットに白のロングコートを、下は黒のロングスカートとアンクルブーツを、手にはシルバーのハンドバッグを抱えているカノンさんが、僕らに気づきこちらに振り向く。
「クレール! 早く来て!」と、呼ぶ声にピリピリとしたものを感じる。
到着して開口一番に、
「メ、メアは!? 大丈夫なのか?」と、心配するクレールさんの様子に、
「まだ混乱してるみたい……」と、落ち着かない顔でカノンさんが返す。
カノンさんの視線がクレールさんの隣にいる僕に一瞬移り、ドキリとするも、
「彼は?」
と再度クレールさんを見て首を傾げる。
「あ、ああ……」と、クレールさんは悩ましげにチラッと僕を見ては、
「――メアの友達のリックス君だ。彼が救急車を呼んでくれた恩人だ」と、紹介する。
ひとまず、クゥの件は内緒にしてもらえてホッとする。
「あら、そうだったのね」と、今度はカノンさんが感謝の眼差しを僕に向け、
「おかげで助かりました。ありがとうございます」
畏まり頭を下げる。
「あ、いえ……」と、反射的に僕もペコリと下げる。
「お話よろしいですか?」と、医師が切り出し、一同がそちらに注目する。
「メアさんなんですが、まだ意識が不安定で混乱が見られますので、面会はまずはご家族の方だけでお願いします」
クレールさんは眉を八の字にさせ、僕に視線を送るが……医師からそう言われたら従うしかあるまい。
「すまないね、リックス君。少し待っててもらえるかい?」
「はい。大丈夫です」
スライドした扉の先。通路を進んでいく医師とメアの両親を見送った。
近くの壁に背中を預け寄り掛かりながら考える。まだ混乱しているメアに『何があったのか』と理由を聞き出そうとしたらもっと追い詰めてしまうんじゃないか? ここは訊きたい気持ちをぐっと堪えてメアの意識が完全に回復するまで辛抱するべきかな……、と次に自分がメアと話せる番が来たときのことを考えながら待つ。
約十分が経過した頃。開いた扉からクレールさんだけが戻ってきた。
「どうでしたか?」と、駆け寄る僕。
「ああ。僕らの顔と名前はちゃんと覚えてたよ」と、胸を撫で下ろした様子のクレールさん。
続けて。言いづらそうに口を開く。
「ただ……。君が来ていることも伝えたんだが……今は誰とも会いたくないと言っているんだ。助けてもらったお礼はするように言っておいたんだけど……せっかく待っていてくれたのにすまないね」
「そう、ですか……」と、意気消沈のあまり肩を落とし俯く。
そうだよな……。会うのはこれで最後だって言ってたのに会いたいわけないよな……。逆に僕がここにいる方がメアを追い詰めてしまっているのだろうか。すぐそこにメアがいるのに話もできないなんて……。
申し訳なさそうな顔をしてクレールさんは言う。
「個室に移って二、三日入院することになったから、落ち着いたらまた会いに来てくれるかい?」
「……はい」
うなだれながら返事をすると、見かねたクレールさんが僕に労う言葉をかける。
「この土砂降りの中じゃ帰れないだろ? 家まで送っていこう」
「すいません……。ありがとうございます」
駐車場に向かうクレールさんの後ろを暗澹とした気持ちで黙って続き、病院を出た。
地下の駐車場に駐めてあった恰幅の良い白い車(SUVっぽい)がそうらしい。先にクレールさんが運転席側に乗り込むのを見て自分も助手席側に回り乗り込んだ。シートベルトを着用したところで、ウチの住所をクレールさんがカーナビに入力し――出発。
地下口から出た途端、雨粒がごうごうとフロントガラスを叩く。「こりゃひどいな……」と、堪らずクレールさんはワイパーを最速に切り替えた。
ビル街の大通りをしばらく直進する最中、これまでの疲弊やメアと話せなかった失意が尾を引き、呆然と窓の外を流れては消えていく街並みを眺めていた。向こう風に抗い傘を差して歩道を歩く疎らな通行人を意味もなく数えていたところ、
「そういえば……僕はまだ君の性別を決めあぐねているんだけど、どうすればいいかな?」
横から飛んできた思わぬ質問に、そちらを振り向く。
そっか……。そういや女装の件、まだ説明できてないんだっけ……。
「騙しててすいません……。男で問題ないです」
女の子だと偽って僕の家に一週間もメアがお泊まりしてたのがバレたのだから、さぞお叱りの言葉があるのだろう――と思いきや、見るにクレールさんの横顔は和やかなままで、
「いや~、全然分からなかったよ~。あのときは普通に女の子だと思ってたからね」
と屈託のない様子だ。
怒られ待ちだった気構えが宙ぶらりんになり……口を衝いて出てくる。
「あの……嘘吐いて一週間もメアが僕の家に外泊してたこと……怒らないんですか?」
クレールさんは苦笑いを一つ零してから言う。
「もちろん、父親としてはもう少し節度ある付き合い方を望んではいるさ。ただ……メアは僕ら両親の前じゃいつも良い子の優等生でいたから、まさかそんな嘘を吐いてまで君と勉強合宿をしたがるなんて思わなかったよ」
前を見て運転するクレールさんの表情に――懐古するような色が浮かぶ。
「あの子は昔から気張り過ぎるきらいがあるんだ。――メアがまだ小学生の頃に、初めてのテストで良い点を取ったのをカノンや僕が褒めたらそこから勉強にのめり込むようになっていってね。勉強しなさい、と言ったわけじゃないのに、いつしか毎回テストで満点を取っては褒めてと言わんばかりに僕らに点数を見せるのが当たり前になってしまって……。最初は僕らも喜んでたけど、あの子がそうまでして頑張る動機が両親を喜ばせたい想いから来るものだと気づいたときに、本当はもっと自分のやりたいこともあるだろうに窮屈そうに勉強ばかりしている娘が段々と不憫に思えてきてね……」
そう言って――一瞬、横目に僕を捉えたクレールさんの視線はどことなく希望的に見えた。
「悪く聞こえたらすまないが、君はメアのいい息抜きになってると思うんだ。両親の前じゃ聞き分けのいい良い子でいたいのか、ワガママ一つも素直に言えない子だから。もし、娘が君にワガママなお願いをしても、毎回じゃなくていいから聞いてあげてくれないかい?」
クレールさんからの要望に。『両親を何よりも大切にしてるメアのことだから、困らせたくない想いも人一倍あるんじゃないか』と思いを巡らせながら「――はい」と頷く。
「というか……僕の方が日頃メアのお世話になってるんで、それくらいどうってことないですよ」
「ありがとう」と、クレールさんは横顔に笑みを浮かべつつ、
「早くメアが元気になれるように君からもよろしく頼むよ」と、本心を口にする。
後ろ向きな気持ちが邪魔して応えるまでに少し時間がかかったけれど、気持ちは同じなので「……はい」と頷く。クレールさんのメアを大切に想う愛情をひたと感じる一方で……嘘を吐いていた罪悪感も募っていく。
「あ、でも……!」と、せめて娘さんには手を出していないことだけは言っておかねば、と言うことがまとまらないうちに口が動く。
「勉強合宿では本当に勉強ばっかりしてたんで……! や、やましいことは、何も……!」
お風呂上がりの裸体を目撃したり、一緒のベッドで寝たりもしたが、実際に何も起きなかったので嘘は言ってない……はず。
唐突にしどろもどろになる僕を見て、クレールさんは「ハハッ」と笑みを零す。
「その様子じゃメアとは本当に付き合ってるわけじゃないんだね」
と、一瞬で見抜かれてしまった。
「それはその……、なんていうか……」
返答に困り果て、前を見て運転するクレールさんの様子をチラっと窺うも。そこには、昔ながらの『どこの馬の骨かも分からん奴に娘はやらん』といった頑固親父特有の厳めしさは見当たらなかった。それどころかまだメアの容体も安心しきれないというのに、眼鏡越しの碧い瞳――その柔和な眼差しの奥にはちょっぴり嬉しそうなニュアンスさえ感じられた。
「僕とメアは…………単なる友達です。知っての通り、成績が振るわない僕に勉強を教えてくれる頼れる先輩っていうか、師弟って感じですかね」
少なくともメアにとってはそうだったのだろう……。ただの友達。なんなら同盟協定がなくなった今はもうそれすらも怪しい。
自信がなくなって俯く僕に反して、
「そうなのかい? 男の子に苦手意識があったあの子がただの男友達をウチに連れて来て、カノンや僕にまで紹介するとはあんまり思えないけどね」と、横からクレールさんが反対の意見を述べる。
「それはでも……勉強合宿を許してもらうために必要だったからで……」
「形はどうであれ、メアがウチに連れてきた男は君が初めてさ。そんなに卑下しなくてもいいんじゃないかい?」
「…………」
娘の友達だからという理由だけじゃ足りないほどに自分を肯定してくれるクレールさんの言葉に……重かった胸の内が軽くなる。心に溜まっていたものが自然と口を衝いて出てくる。
「正直、よく分からないんです……。メアからの好意は確かにあったと思うんですけど……それが恋愛対象としてなのか、単なる友達としてだったのかが……」
頭の片隅に押し込めた難問が頻りに思考を小突いてくる。――やっぱり、メアが僕の気持ちに気づいて、それで彼女の恋愛恐怖症の部分がこれまでは平気だった僕にもついに出てしまったんじゃないか、とか……考え出したらキリがない。
…………。よもや、意中の相手の父親に対してお宅の娘さんとの関係を相談する日が来ようとは……。自分でもこんな話されても困るだろうに何で切り出したんだろうかとモヤり出したところで、
「まあ、そればっかりは僕にも分からないね」と、すぐにクレールさんからあっさりと返されてしまった。
「ですよね……」
一拍置いてからクレールさんは言う。
「――ただ、少なくともリックス君を嫌いだとは思っていないはずだよ」
「だと良いんですけど……」
「これは自信をもって言えることだけど、メアはウチでは何かある度にクゥちゃんの話題ばかり口にしていたよ。勉強以外であんなにのめり込んでるところはこれまで見たことなかったから、ようやく他にも興味を持てるものができて良い傾向だと思っていたくらいさ」
「そ、そうだったんですね……」
途端に。気恥ずかしくなり視線を横の窓に向けるも、クレールさんは構わずに続ける。
「かく言う僕も君のファンの一人なんだ。娘の話題の中心にいるクゥちゃんがどんな人物なのか、いつも興味深く聞いていたからね。こうやって君と娘の悩みを聞くのも今時風に言えば、推し活って奴なのかな?」
「それはちょっと違うような……」
やけに好意的に感じたのもそういうことだったのか、という思考を結論付けるかのように、クレールさんは言う。
「やっぱりリックス君はメアの話で聞いてた通りの人だよ。きっと君は、自分の気持ちよりも人の気持ちを気にしてしまう優しい性格の持ち主なんだろう」
「いえ……単に優柔不断なだけだと思います」
「それは思慮深いとも言えるんじゃないかい? でも確かに、今の君に必要なのは、どう想われているかよりもどう想うのか、だと思うけどね」
「メアを……どう想うのか……」
自分の気持ちがメアに傾いているのは間違いないと思うけど……そもそも僕は何でメアを好きになったんだろう。――思えば、初めてメアを見たときから何か特別なものに惹かれていた。魂が揺さぶられるような感覚を……。あの衝撃を忘れられなくてメアを意識するようになり……気づけば彼女に声を掛けていた。結果的に自分の感覚は正しかったと言える。
考え込む横でクレールさんがさらっと言う。
「もっと単純に考えたらどうだい? 例えば――メアのどこを好きになったのか、とかさ」
一瞬考えるも――脳裏に浮かんできた映像が正しくそれだった。
「メアの……笑顔が好きです。メアが微笑んでくれるだけで、どんなに勉強がしんどくて挫けそうになっても、辛いことがあってもここまで頑張ってこれたんで、あの笑顔からたくさんのパワーをもらいました」
……少し前までの自分だったら恥ずかしがってこんなこと言えもしなかっただろう。皮肉にもメアから距離を置かれたことで改めて彼女への気持ちを再確認できた。
僕の本心からの言葉に。隣でクレールさんが声を弾ませる。
「僕も娘の笑顔が一番のご褒美だよ。君とは気が合いそうで良かった」
「――僕もです」
和やかな空気に変わりつつあったのも束の間――カーナビからチェチャの着信音が鳴る。次いで『カノンからの電話です』と音声アナウンスがスピーカーから流れる。
運転しながらクレールさんが「電話に出て」と指示するや否や、
「――クレール!? 大変……っ、大変なの!!」
第一声からかなり興奮している様子のカノンさんの声が聞こえてきた。
「どうしたんだい? 何かあったのかい?」と、眉を顰めたクレールさんが受け答える。
音割れせんばかりの「メアが……!」と喚き叫ぶ声がスピーカーからもれ出た後――一呼吸を置いてなお、興奮した様子で続ける。
「メアがいなくなったの……!」
「なんだって?」
釣られて今度はクレールさんが驚きの声を上げると、スピーカーからはわなわなと震える声が返ってくる。
「メアが喉が渇いたって言うから飲み物を買いに行っている間に病室からいなくなったの! それにメアのスマホに……遺書みたいなメッセージが残ってて……!」
「遺書だって!?」と、クレールさんの上擦った声に、僕にも緊張が走る。
啜り泣く音とともに、いっぱいいっぱいといったカノンさんの様子が伝わってくる。
「『お父さん、お母さん、今までありがとう。最後まで親不孝な娘でごめんなさい』って書いてあって……。あの子、まさか死ぬ気なんじゃないかって……っ。クレール……、私、どうしたら……っ」
…………っ。何か思い悩んでいるのは分かってはいたけど……まさかそこまで思い詰めていたなんて思わなかった。やっぱり僕が原因なのか……? 僕のせいで……メアがこんなにも……、…………っ。
隣で聞いていたクレールさんも血相を変える。
「と、とにかく! 落ち着くんだカノン! 病院の人にも聞いてすぐに探すんだ! まだそんな遠くには行ってないはずだ!」
嗚咽混じりにカノンさんが「分かったわ……」と返答するのが辛うじて聞こえた。
先ほどまで穏やかだったクレールさんの横顔が一変してますます険しくなる。
「――リックス君、すまない……。今すぐ病院に戻らせてくれ」
「だ、大丈夫です! 急ぎましょ……!」
僕がそう言った直後――。急に車がピタッと停車した反動で飛び出しそうになった体がシートベルトによって守られる。
「――――ッ」
代わりに座席に背中と頭を打ち付ける羽目になったが……。衝撃に顔を歪ませつつも何事かとびっくりしてクレールさんの方を見遣る。
「…………?」
――焦りが見える血走った目に、額に刻まれた皺、唇を固く引き締め……険しい横顔のまま固まっていた。瞬き一つもなく、睫毛の一本すら微動だにしない……完全なる静止。まるで写真でも見ているのかと錯覚させられそうだ。
それだけなら僕もまだ完璧なパントマイムだと騙されていたかもしれない。でも……そうじゃなかった。
周りを見て驚愕する。フロントガラスを引っ切りなしに叩き続けていた無数の雨粒が――ビー玉みたいに宙に浮き止まっている。……それだけじゃない。三車線の真ん中で急停止した僕らを乗せた車に後続車がいつ追突してきてもおかしくはないのに……周囲を走行していた車やタクシー、トラックやバスの大型車も、反対車線の車も……軒並み停車している。
先の交差点に見える青信号も待てども一向に赤に変わる気配はない。歩道で傘を差して歩く疎らな人の姿も、ビルを彩る看板のネオン文字やデジタルサイネージに流れていた広告映像も……その全てが静止している。加えて、一切の静寂がこの場を支配している。
「……時間が……、止まってる…………?」
そう思わせるには十分だった。僕以外の全ての動きが……止まって見えている……。
途端に。何かとんでもないことに巻き込まれたんじゃないかと恐怖が湧き上がり……一抹の希望を胸に、ハンドルを握り締めたままのクレールさんの肩を揺すってみる。
「ク、クレールさん……? 大丈夫ですか……?」
「………………」
表情が変わることもなく……クレールさんの体は硬直したまま僅かに揺れるだけだった。予想を裏切って欲しかったが……反応はない。
状況が掴めず……周りの非日常的世界を隅なく見渡す。見たところで何が何だかさっぱりだけど……脳をフル回転させ導き出された、これは人為的なものじゃない、という答えだけは定かだと言える。突如侵略してきたエイリアンによってこの星の時間が止められてしまった、とか……最早そういう異次元のレベルだ。
「……何が、起きてるんだ……?」
メアの異変に始まり、一体何が……。
「――そうだ……。メアを止めなきゃ……!」
ハッと我に返る。本当に時間が止まっているなら、メアがこれからやろうとしていることも止められるはずだ。
慌てて車のドアを開け外に飛び出した。病院から真っ直ぐ走ってきた道を、道路を逆走して駆ける。宙に浮いた雨粒の層を突っ切ってがむしゃらに駆ける。いくら服が濡れようが知ったこっちゃない。頼む……っ、間に合ってくれ……っ。
――とにかく駆け抜けること二十分以上。やっと病院まで戻って来られた。
入り口の自動ドアはダメ元で近づいたら開いたので、病院内のエレベーターも作動しているんじゃないかと思ってボタンを押してみるも……なぜかこっちは動かなかった。
休む間もなく汗ばむ体をせっつき、階段から最上階を目指す。第一ラボの屋上に呼び出されたことといい……今日はやたらと屋上に縁がある。だが……。あまり想像したくはないが、今すぐにも死のうとしている人間が行き着くところはそこくらいだ。
何階まで続いているかも分からない階段を必死で駆け上がる。またも息切れしながらもようやく最上階の十二階を越え屋上に続く最後の階段を上りきる。逸る気持ちを抑えきれずにスチールドアのL字型のノブに手を掛けるも――鍵がかかっているのか、ビクとも動かない。
「――――ッ、何でだよ……っ」
焦りから扉を二度三度叩く。すると――自分でも何を言っているのか分からないが……目の前のスチールドアに蛍光色の奇妙な文字が浮かび上がるのが見えた。
「この先に行くには……メアのスマホを調べろ……、…………」
思わず読み上げてしまったが……一体、この世界は今どうなってるんだ……? この異変の原因がメアと僕に関係しているのなら……答えはそこにあるのか?
待てども扉は開きそうにないので仕方なく指示に従い踵を返す。階段を下り、個室がある階からメアの病室を一室一室探し出す。十二階……は探しても見当たらず、十一階……もなくて……、十階……にて、どうにかカノンさんがいる部屋を探し当てた。
ベッドのすぐ脇に立って硬直していたカノンさん――服装は変わらずグレーのニットに白のロングコート、下は黒のロングスカートとアンクルブーツ――の手には、見覚えがある三角形の猫耳がついたメアのスマホが握られていた。ちょうどメアのスマホの画面を見ながら、もう片方の手でおそらく自分のスマホを持ちクレールさんに電話をしていた最中……といった姿だった。
カノンさんの両頬には伝った涙が落ちきらずに残っていた。悲愴感たっぷりの視線が見つめる先にある――メアのスマホをカノンさんの手から拝借する。
いつもならパターンロックがかかっているはずが、普通に画面を開けた。スマホに映っていたのは……カノンさんが言っていた通り『お父さん、お母さん、今までありがとう。最後まで親不孝な娘でごめんなさい』という感謝と謝罪を告げる簡潔なメッセージだった。そして。画面の左上の隅には今日の日付が記されていた。
「これって……」
気になって戻るをタッチし一つ前の画面に飛ぶと――書き溜めてあった日付のついた題名がびっしりと画面の上から下まで整然と表示され覆い尽くされた。
「日記なんてつけてたんだ……」
そんなことも知らなかった。画面を下にスクロールさせ日付を遡っていく。十二月――、十一月――、十月――、九月――、八月――、七月――、六月――……。ざっと確認しただけでもメアが僕と関わり合うようになった夏休みよりももっと以前から、日々の日課として書いていたものみたいだ。
一日ごとに欠かさずにマメに書かれてあったが……それも十二月二十五日の日記を最後に今の今まで更新されていなかった。確かその日は、皆でキャンプに行った次の日だから……僕が入院していたときだ。
「…………」
ここに……メアの異変に繋がる手がかりがあるかもしれない。
最後に書かれてあった十二月二十五日の日記を開き――一心不乱に精読する。
「………………」
そこに書かれてあった『恋なんて無縁な私の人生において』という題名から始まるメッセージには……メアの後悔と言えばいいのか……ただただ懺悔する様子が綴られていた。
「……、…………ッ」
信じたくないが……この日記を見てしまうとカノンさんの言う通り、さっきの簡潔なメッセージが紛れもない遺書に見える。
――……もっと大事なことに気づいたから。そんなことしてる場合じゃないんだって――
ふと――倒れる前にメアが言っていた言葉を思い返す。
……もし、ここに書かれているのが僕のことだとしたら……、メアは何に気づいたんだ? この世界は僕に何を伝えようとしているんだ……? これだけじゃ分からない……。
メアのスマホをぐっと握る。これを持ってもう一度屋上に向かえば扉が開くかもしれない。おそらくその先にいるであろう本人の口から直接聞くしかない。




