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【3-6】

 その後は二人組のボディガードさんたちにカタマラン船を操縦してもらい、クルージングを楽しんだり釣りを教えてもらったりした。

 空が徐々に暗くなってきて島に帰還した僕らは自分たちで夕飯を作る準備に取り掛かった。と言ってもカレーを作るだけなので取り立てて難しい工程はないはずだ。

 皆で手分けして手順を進め、あとは煮込んでできあがりを待つだけになったところで。余った食材でもう一品作ろうという話になり、じゃがいものホイル焼きを作ることに。

 手順としては。

 ①、洗った皮付きのじゃがいもを半分に切り断面に格子状の切り込みを入れる。

 ②、①を湿らせたキッチンペーパーで包んでレンジでチンする。

 ③、②をアルミホイルで包んで上にバターを乗せトースターで加熱――するのだが、

「じゃあ入れるね」と、メアが率先しアルミホイルに包まれたじゃがいもをトースター……ではなくレンジに突っ込む。そのままスタートボタンに手をかけようとして、

「――待て。早まるな」

 咄嗟とっさにアーシュがメアの手首を掴んで制止させた。

 アーシュが険しい剣幕でメアに迫る。

「いいかメア? アルミホイルを巻いてチンしていいのはな、アルミホイルに巻かれてチンされてもいい覚悟がある奴だけだ」

 メアはたじろいでいまいち飲み込めていない表情を浮かべる。

「え? あ、うん……。なんかごめんね……?」

 電子レンジ爆破テロを未然に防いだアーシュへ、ダグと僕から同時に拍手が沸き起こった。ブラボーアーシュ。

 カレーとじゃがいものホイル焼きが完成し皆で食卓を囲む。和気藹々(あいあい)とした時間をともに過ごし――気づけばあっという間に時計の針は午後九時を回っていた。そろそろ風呂にすっか、とアーシュの一言で僕らは食器を片付け、それぞれ二階の男子部屋と女子部屋に戻った。

 風呂は各客室に備え付けられているらしいが、ちなみにこの島には電気、ガス、水道の全てが通っているのでおそらくインフラ設備にも相当な費用がかかっている。

 ダグとジャンケンした結果、先に風呂に入る権利を得た僕は着替えを持ち脱衣所に向かう。

 ――三十分後。

 動き回っていつもより疲労感が溜まっていたせいか、湯に浸かりながら船を漕いでしまい危うく溺れかけた。……これ以上長風呂になってしまってもダグに悪いからとっとと出よう。

 寝間着のスウェットに着替えベッドルームに戻り、奥側のベッドで寝転んでテレビを観ていたダグと交代する。髪を乾かす気力もなく手前のベッドに正面からダイブ。重たい体を優しく受けとめるマットレスとシーツの柔らかな肌触りに抗えず……意識が遠のいていく。



「……うぅ? やべ、寝ちまった……」

 目が覚めて体を起こすも……隣のベッドにダグの姿は見当たらない。まだ風呂に入ってるのかと思いきや、脱衣所のドアは開いていて浴室からは物音一つなく人がいる気配もない。

「ダグー?」

 と、外から呼びかけるも返事はなく、念のため中も覗いてみたがやはり姿はなかった。

「……どこいったんだ?」

 ベッド脇のサイドテーブルに置かれたデジタル時計を見れば――時刻は午後十一時半頃。思いのほか寝てたみたいだ。

 部屋を出て一階のリビングやら見て回ってもどこにもいない。もしかしてメアたちと一緒にいるのでは、と思い、女子部屋のドアをコンコンとノックする。

「なあ、そっちにダグ行ってないかー?」

 ………………。おかしいな、誰も反応しない。

「もう寝てんのかな……?」

 仕方なく一度部屋に戻ってダグに通話をかけてみるも……窓辺の方で着信音が鳴る。見れば広縁側の椅子の上にスマホが置きっぱなしになっていた。

「あいつ……スマホも置いてどこ行ったんだよ?」

 もしや風呂上がりに夜風に当たりにでも行ったのかも、と玄関まで見に行くが……読みが当たったのか、ダグの靴がなかった。それどころか、メアとアーシュの靴もなかった。

 僕が寝てる間に三人でどこかに出掛けたんだろうか?

「起こしてくれたって良かったのになあ」と、一人仲間外れにされ後頭部をさする。

 そこまで広くない島だし探せば見つかるだろ、と部屋からダウンジャケットを取って来て靴を履いて外に出る。

 街灯もない暗闇の中じゃそんなに遠くまで行けないだろう、とスマホの明かりを頼りに入り江の方に来てみたが、月明かりに僅かに照らされたビーチに立って耳を澄ましても聞こえてくるのはさざ波の音だけ。そろそろ誰かの話し声が恋しくなってくる。

 さて――、あてもなく彷徨さまようとしても、どっちに進むか。

「右か、左か……」

 なんとなくで右を選び、海を脇目にきめ細かい砂に足を取られながら数歩歩き出した途端、出し抜けに強い直感に襲われ――振り返る。

「…………」

 浜に沿って続く左の野道の先……そこからこっちだと呼ばれている予感めいたものがして……踵を返し進路をそちらに変える。

 何かに突き動かされるように一心に足を進める。浜を抜け、途中で腰ほどの高さの草藪の間を通る細道を十五分ほど行き、ほどなくして突き当たりに岩場の岸辺が見えてくる。

 さっきの謎めいた予感に手招きされるがままに進み、開けた岩場にちょうど差しかかったところで。不意に背後からダウンジャケットの裾を引っ張られた感触がして振り向く。

 そこには――探していたお調子者とは似つかわしくない真剣な顔があった。

「……ダグ? こんなとこで何して――」

 いきなり伸びてきたダグの手が僕の口元の前で、静かにしろ、と人差し指を立てる。同様に自身の口元にも立てた人差し指を当て、ふざけているわけではない顔つきでこっちを見る。

 直後。近くにあった身の丈よりも大きい、平たい台形の岩塊の一つにチラッと目配せしながら、そちらをつんつんと指差し、こっちだ、と無言で指示してくる。

「……?」

 わけが分からないが、こそこそとダグは足音を忍ばせそちらに慎重に進んでいったので、その後ろにひっそりとついていく。

 岩塊の隅で足を止め岩陰から顔を僅かに出し壁の向こう側を一瞬覗き見たかと思えば、ダグは腰を下ろし岩壁に背中を預け膝を立てる。壁の先に一体何があるのかと思いきや、

「――――、――――」

 何やら薄らと話し声が聞こえてくる。――メアとアーシュの声だ。

「アーシュも大分丸くなったよね、服装が」

「んだよ、前のだってイカしてただろうが」

「ドクロだらけのとか?」

「あれが基本だろ」

「他にも魔法陣とかクモの巣だらけのとか、やたらベルトがごちゃごちゃついてるのとか、そういうのばっか着てたよね、お嬢様なのに」

「うっせ。これでもフォルスのときと違ってちっとは気をつかってんだぞ」

「ピアスだけは相変わらずだけど」

「こいつはあたしのソウルだかんな。これが自分だと思えるもんを常に身につけていてえんだよ。逆にこれまで外しちまったらあたしがあたしじゃなくなっちまう」

「ソウル、かあ……。それは譲れないかもね」

「モットーともいうな」

「でも、あの厳格なお父さんって感じのエルドーさんが、一人暮らしなんてよく許してくれたなあって思うけどなあ」

「一人暮らしつっても実質専属メイドとのルームシェアだけどな。――ほら、しょっちゅうウチらのこと陰から無表情で監視してたメイドいただろ? 癖っ毛で眼鏡の」

「あっ、ルシルさん?」

「そそ」

「懐かしいなあ。監視役兼私たちの遊び相手だったもんね。――元気にしてる?」

「そりゃもうウゼェくれーだぜ……。こないだなんてあたしが腹出して寝てたからって寝てる隙に腹巻きつきの毛糸のパンツ履かせられててよ、目覚めてから『なんじゃこりゃーっ』ってなって朝から頭が痛かったさ」

「あはは……。ルシルさんって過保護だもんね」

「ありゃ過干渉っつーんだ」

「どこんちもそうじゃない? うちのお母さんもそーだし」

「そーか? カノンさんめっさ優しいじゃねえか」

「うちも一人暮らしするってなったら絶対心配してついてくると思うけどなあ。――アーシュはどうやって説得したの?」

「いんや、特に何にも。あたしが血反吐吐くくらい真面目に勉強してクリスティアに合格したら、あのクソ親父もちっとは認めてくれたのか、一人暮らしするって言ったら勝手にしろってあっさり許してくれてな。なんか拍子抜けだったぜ」

「そうなんだ。……まさかアーシュがクリスティアに入学するとは思わなかったから、私も初めて知ったときはホントにびっくりしたよ」

「…………。あたしも、今こうしてメアとまた二人で話ができるとは思わなくて、過去最高にびっくりしてる」

「……どうして、クリスティアに入学しようと思ったの?」

「そりゃ~……。言わなくても……分かんだろ?」

「さあ? 言ってくれなきゃ分かんないよ」

「分かってるくせに言わせようとしやがって……。ケッ、女神みてぇなビジュ最強のツラしてる癖に、中身はクソ生意気で小悪魔なのはちっとも変わってねえじゃねえか」

「きゃぴ☆」

「ブッ殺すぞ」

「……ずっとね、訊きたかったの。でも……話しかける勇気はなかった」

「…………」

「…………」

「メアに会って……謝りたかった…………。……そんだけだ」

「…………。アーシュってバカだよね」

「おま……っ、正直に話したのにバカはねえだろ……!」

「だって。そんな理由で最難関の一つであるカレッジに入ろうなんて思う人、絶対いないもん」

「んぅぅ~っ。チッ、そうだよ……っ。あたしゃバカだよっ。そうでもしなきゃお前に合わせるツラがねえと思ったんだよ……!」

「いきなりキスして告白だもんね」

「言うなっ。あんときは、ホントに……っ。どうかしてたんだ……っ」

「へぇー? どうかって、例えば?」

「その……。気持ちが昂ぶって、抑えきれなくて……気づいたときにはした後で……メアが『何で?』って魂抜けたみたいにあたしを見てて……、もうどうなってもいいやって、気持ちを言わずには…………ああああ~! これ以上言わせるなああああ!」

「大事なことじゃん? 想いを知るためには」

「これ以上は死体蹴りだぞ。あたしのライフはもうゼロさ……」

「今でもどうかしてるの?」

「……お前、話聞いてたか?」

「ねえ、どうなの?」

「はぁ……。分かってて訊いてんだろ?」

「さあ? 言ってくれなきゃ」

「たく……っ。そういうメアこそ、どう思ってるんだよ?」

「どうって?」

「そりゃいきなりあんなことしちまって悪かったとは思ってるけどさ……。メアだって、あの日から今日話すまでずっと、あたしとは一切口()いてこなかったし避けてただろ? 終いには黙って二年も飛び級してクリスティアに行っちまうし……。ホントはもっと早くに……謝りたかったんだ」

「…………。もうあれから四年近くも経っちゃったんだね……」

「……ああ」

「じゃあ…………まだ誰にもしたことない私の話、聞いてくれる?」

「……ああ」

「今更だけど……私ね、人から恋愛感情を向けられるとダメなんだ。途端にその人のことが怖く見えて距離を置きたくなっちゃうの。だからアーシュのこと嫌いになったわけじゃないんだよ。元々、私がダメなの……。男性恐怖症になったのもそれが原因で……どっちかっていえば恋愛恐怖症っていうのかな。……でも、ストーカーから追われてた私をアーシュが助けてくれたことあったでしょ?」

「あったあった、まだ仲良くなる前だったからメアのこといけすかねえ奴だと思ってた時期だよな。あのストーカー、あたしの髪切りやがって……っ、次会ったらミンチにしてやるっ」

「アーシュが軍隊式の格闘術マーシャルアーツを教わってなかったら、たぶん無事じゃ済まなかったから今でも感謝してるけど、あのときストーカーを撃退したあとに私に言った言葉――覚えてる?」

「んぅぅ~。なんか言ったような気もすっけど……なんだっけ?」

「私の胸ぐら掴んでさ、『男嫌いだかなんだか知らねえけどよ、あんなクズのストーカーなんかにビビってんじゃねえよ。あんなのよりあたしの方が断然こえぇだろが』ってすごい剣幕で睨まれたの」

「言われてみりゃ言ったな、そんなこと……。よくそこまで覚えてんな」

「あれは衝撃だったもん。そのときのアーシュは確かにめちゃめちゃ迫力があったんだけど、その言葉でハッとしたんだよね。ハサミ持ったストーカーに追いかけ回されたときは本当に怖くて……あれに比べたら、私に告白してくれた人たちは全然怖くなかったし、何も悪いことしてないのに勝手に遠ざけるのは失礼だなって思って。それ以降はストーカーよりもマシだって思えたら同世代の男子とも段々と話せるようになっていって……臆病な自分を変えられて嬉しかったんだ」

「わりぃ、メア……。あたしは別にそんなつもりで言ったんじゃねえんだ。学級委員だったお前が担任からクラスで浮いてるあたしの面倒を見るように言われてんの知ってたから、どうせ得点稼ぎであたしにちょっかいかけてきてんだろって思ってて、厄介払いするついでにストーカーを蹴散らしただけなんだ。別にきっとあたしがいなくても、メアは自分の力で気づいて変われてたと思うぞ」

「そうかもしれないね。それでもきっかけをくれたのはアーシュだったし、前々から自分を偽らない生き方をしてるアーシュを見てて、いいなって憧れてたのはホントだよ」

「それをもっと早くに知ってりゃあな……。あたしも、ストーカーに襲われた翌日で休んだっておかしくないのに、普通に登校してきたメアにはこいつ度胸あんなって思ったし、何より度肝を抜かれたのは、あたしが見てる目の前でロングだった髪の毛をばっさりショートに切っちまったんだもんな。あれにはたまげたぜ」

「あのストーカー髪の毛欲しがってたから、また同じ目に遭うのが怖くて……。それに私を助けたせいでアーシュの長くて綺麗だった朱色の髪が短くなっちゃったんだもん。アーシュにだけ嫌な想いをさせたくなかったから気持ちだけでもおそろいにしたかったの」

「別にんなもんあたしは気にしねえけどな」

「アーシュが良くても私のポリシーに反するのです」

「――で、つまりはどういう話だ?」

「つまりは女性同士なら恋愛感情を向けられることもないって勝手に思い込んで安心しきってたところに、アーシュからの……親友からの告白は大打撃だったのです。だから途端に怖くなっちゃって……逃げて、逃げ続けて……今日まで向き合うことをしてこなかったのです」

「……今も、あたしがこえぇのか?」

「それ、分かってて訊いてるでしょ?」

「さあ……。どうだかな?」

「でもアーシュとの一件があってから同性相手でも気が抜けなくなっちゃって。心の拠り所というか、避難所が欲しくて……婚約者がいるってことにしておけば告白してくる人もいなくなるんじゃないかなって思ったんだけど……上手うまくいかないもんだね」

「何でそんなことになってんのかと思ってたけどそういうことだったのか……。すまなかったな……。そんなつもりじゃなかったけど、友情を裏切るようなマネしちまって…………」

「もう終わったことだよ」

「……あたしはまだこれで終わったとは思っちゃいねえ。――メアだってそうだろ? ケリつけるためにあたしに会いに来たんだろ?」

「……そうだね。アーシュから告白されたときは全然分からなかったけど、でも今なら……あのときアーシュがどんな気持ちを抱えて告白してくれたのか、分かる気がして……。このまま終わったら一生後悔するって思って……。それで、会いに来たの」

「……んじゃ、まあもう答えは出てると思うけどよ、あんときの返事……四年振り近くになっちまったけど聞かせてくれよ? じゃないとお互い前へ進めねえだろ?」

「……うん」

「…………」

「……アーシュ」

「……おう」

「私ね――今、気になってる人がいるの。だからアーシュの気持ちは嬉しいけれど……応えられない」

「そうかい。――そいつのことは怖くねえのか?」

「うん。一緒にいるとね、安心するっていうのかな。不思議とここがほっこりするの」

「フッ。いっぱしに青春してんなあ」

「今この瞬間だって青春じゃない?」

「んだな……。さて。これできっちりフラれたことだし……一つ訊いてもいいか?」

「なに?」

「その……、虫のいい話かもしんねえけどよ……。あたしともう一度――友達やってくんねえか?」

「私たち、ずっと親友のままでしょ?」

「そうだっけか?」

「むしろ私、クリスティアじゃ嘘()きで通ってて株価大暴落中だけど、いいの?」

「ハンッ、嘘吐き上等だぜ。あたしに嘘付ける度胸があんなら吐いてみろってんだ」

「アーシュの前じゃ無理かもね」

「だろ? ――うっし。冷えてきたし、そろそろ帰るとすっか」

「だね」

「そういやよ、こないだ――――」

「――――」

 ……徐々に二人の声が遠ざかっていく。

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