【3-4】
十二月二十四日。午前九時前。
重ね着した厚手のパーカーの上にダウンジャケットを着て、下はインナータイツの上からカーキのカーゴパンツを履く。キャンプといっても宿泊するところはコテージらしいので必要最低限の着替えと日用品を詰め込んだバックパックを背に、歩きやすそうなスニーカーを選んだらいざ出発。
最寄りの地下鉄から電車に乗り、途中の乗り換えの駅で降りる。ここでメアと合流する予定だ。先に着いていたメアから十番線ホームの売店の前にいると連絡があったのでホームを探して向かうと、遠目からでもすぐに分かった。
見慣れたサイドテールのヘアスタイルをした可憐な少女が、そこに立っているだけで周りを行き交う人々の視線をチラチラと奪っている罪な現場を目撃する。
「よっ、おまたせ」
僕に振り向いたメアがにこりと手を振る。
「やっ、おはよ」
その満面の笑みに。周囲の男性からの視線、というか邪念が……より強くこちらに向くのを肌で感じる。
当然、キャンプに行くのでいつもの服装と違う。今日のメアのコーデは、タートルネックの白めのニットと、暖かそうなコーデュロイ素材の丈が足首まであるグレージュカラーのサロペットワンピース、防寒対策に桜色のダッフルコートを着て、耳にはふかふかのイヤーマフ、足元はムートンブーツを履いている。大体泊まりのときはいつもキャリーバッグを持ってくるけど、今回はボストンバッグだ。
「――あっ」と、思い出したかのようにメアは口元に手を持っていき、
「メリークリスマス」
と、嬉しそうに言う。
「ん、メリークリスマス」と、挨拶もそこそこに、
「じゃあ行こっか」
僕がそう言うと、
「……うん」
常日頃は誰にでも社交的なメアが緊張した面持ちで頷く。
……まあ無理もない。メアの家から待ち合わせ場所の駅まで直接向かった方が三十分以上は早いのに、一人で先に行ってダグとアーシュの二人と鉢合わせたら気まずいのか、わざわざ寄り道してでも僕と合流する方を選んだくらいだしな。
ホームに二人、横並びで電車を待っている間。メアはずっと顔を上げず後ろ手を組みブーツのつま先で床をこねくり回していたが、しばらくすると、
「……ねえ」
と、くぐもった調子で僕に投げかけた。
「ん?」
「……アーシュ、私のこと何か言ってた?」
思い返してみるも……すぐ出てくるような話は何もない。
「……いや、特に何も言ってなかったかな」
「そっか……」
つま先から視線を外さずにメアが寂しげな口振りでそう呟いた直後――ふと、思い出す。
「あー、そういや結構前にメアの話題になって、セレブなのに全然気取らないし気立ても良くて、ああいうのが真のお嬢様なんだろうなって羨ましそうに言ってたな。まあ、アーシュから見たらお嬢様のメアは対極だもんな」
「え?」
メアは一瞬目を丸くしてこっちを見るが、
「あー、そういうことかあ……」
一人で納得した顔をしてぼそっともらす。
「何?」
「ううん。すぐに分かるよ」と、済ました顔でメアは言う。
…………?
良く分からぬまま電車が来て座席に並んで座るが……そこからのメアの緊張はますます右肩上がりだった。アーシュと顔を合わすその時が迫り来るにつれ、隣に座る彼女の表情も硬度を増していく。口数も少なく物静かで話す気分じゃなさそうだったので、仕方なしに僕も車窓から見える見慣れない街の景色をボーッと眺めて時間を潰した。
そうこうしているうちに。小一時間ほどかけて都心部から少し離れたウッドバーグ駅までやってきた。ここの南ゲートの改札口付近でアーシュたちと合流する流れだが、どうやら僕らのが一足先に到着したようだ。
とりあえず改札口の脇に二人並んで待機する。改札口を行き交う人々の数は多い。迷路みたく複雑な駅構内なのもあってこの辺りは郊外に入るらしいがそう呼ぶにはいささかしっくりこない。
「ねぇ……この服、変じゃないよね?」
これまた唐突に。隣でずっと無言だったメアが、自分の服装を確かめるようにスカートの裾を引っ張って言う。
「別に、変じゃないと思うけど?」
「ホント?」
なおも眉尻を下げ自信がなさそうに足元に視線を落とす。――こういうときは褒めた方が元気出るのかな?
「むしろ可愛いと思うよ」
「……うん、ありがと」
表情は沈んだまま変わらず……あまり効果はなかったようだ。せっかく遠出して遙々ここまでやって来たのに、メアのそれは、これから楽しくキャンプをするぞ、という前向きな意思とはほど遠く見える。
思えば先日、アーシュの名前を出してからテンションが徐々に低空飛行モードになっていき、一瞬元気になってもまたすぐに何かのスイッチが入って萎んで暗くなるばかりだ。気になって大丈夫か訊いてみても「何でもない」とか「リックスのせいじゃないから」としか言わないからこっちもお手上げだ。どうすれば元気になってくれるのかな……。ずっとこんな調子だと果たしてキャンプもうまくいくのかと心配で、僕も気が滅入りそうになってくる。
しばらくすると。待ち合わせ時刻の五分前にダグが、
「うぃーす、ハロハロ~」
と、聞いたことないけど南国にありそうなユルい挨拶を引っ提げて現れる。
フードがついた服の上に目立つオレンジのダウンベスト、その上にもう一枚クリーム色のファーコートを重ね、下は茶色のカーゴパンツにブーツ、背に大きなボックス状のバックパックを担いでいる。
ダグに向け手を挙げる。
「よっ、なんだよそれ」
隣でメアも愛想笑いを浮かべ、手を振り返す。
「あはは……。ハロハロ~?」
そこで初めてメアに気づいたみたいな胡散臭い反応をしてダグが騒ぎ出す。
「うぉぉ~! まじもんのメア先輩じゃん!」
そう言って。握手を求める形で手を差し出し、ヘンテコな決めポーズを取る。
「俺、ダグって言いまっしゅ! 専攻はエーテルマテリアル工学! 不届き者ですがよろしくお願いしゃっしゃっシャ~ス!」
堪らずツッコミ精神の血が騒いで横やりを入れる。
「おい、誰も不届き者とはよろしくせんだろ」
それ言うならふつつか者だろ、たぶん。
温度差の激しい自己紹介に「あは……」と、メアは困って苦笑いを一つ挟んでから、
「――メア・ハーヴィッツです。こちらこそ、ふつつか者ですがよろしくお願いします」
ダグの手を取って丁寧なお辞儀をする。正直、メアほどの才能がある人物がふつつか者だったら全人類の立場がないのだが。
握手が済むと、ダグのペースに呑まれまいとメアもお返しにジャブを入れていく。
「私も皆と同い年だから先輩じゃなくて気軽にメアって呼んでね」
両手でサムズアップしてみせ、ダグが軽快に言う。
「りょりょ! いや~二年飛び級してるって噂では聞いてたけど、マジだったんすね~。マジ尊敬ッス!」
僕の予想していた答えとは違った反応が返ってきて、思わずダグに訊く。
「あれ? お前、飛び級の話知ってたのか?」
「当たり前だろ? 俺の情報網を甘く見るなよ」
「マジか。知らなかったの僕だけ……?」
予想では二度三度、眼をパチクリさせマヌケ面を晒したダグが「それ、マ?」と僕に説明を求める顔を向けてくるかと思ってたのに。
さっきの話にメアが付け加えて言う。
「それと同い年だし全然タメ口で大丈夫だから」
先輩へのタメ口許可が下りるなり、ダグは小躍りして僕らの周りをスキップし始める。
「ウェ~イ! タメックスで気分はもうアガリシャッス! メアシャス、改めてよろしクリスマッシュ~!」
僕らを中心に公転し出したダグを困惑した眼で追いかけながら、メアも急に始まったダグ特有のシャス語をマネて返す。
「あ~、うん……。よろし、クリスマッシュ~……」
『オー』と握り拳を弱々しく挙げる健気なメアが不憫で助け船を出す。
「メア、一々引用してあげなくていいから」
「え、そういうものなのかと……」
恥ずかしそうに手を下ろし縮こまったメアにダグという雄の生態について教えるべく、終いにはスキップしながら懐メロを口遊み始めた雄に向かって冷ややかに指を差して言う。
「アレにそんなルールないから」
しかし。ダグのやつ、クリスティア一の美少女を前に浮かれているのか、今日は大盤振る舞いで大分ウザいテンションだからメアが引いてないといいが。……一応フォローしておくか。
「すまん。こいつ、女子の前だと急激にテンションがトップギアになるんだ」
「そう、なんだ……?」
「相手にするの面倒だったら言ってくれ。距離感スピード違反で取り締まるから」
「あはは」と、愛想笑いじゃなく、いつもの笑顔を零し、
「うん、大丈夫。――なんだか楽しい旅になりそうだね」
メアがそう言ってくれた。
……少なくとも僕一人じゃメアを元気づけるのは難しかったところを、ダグが代わりにきっかけを作ってくれたことに関しては素直に感謝したい。こいつが陽キャでいてくれて良かった。
「何やってんだよ、おめぇは……」
アーシュの声がして振り向くと、浮かれスキップをするダグを引いた目で追い、呆れ顔で立ち尽くしている彼女がいた。
時間ぴったりに到着したアーシュは全身黒コーデで、ニットにライダースジャケット、下はデニムのホットパンツと包帯を巻いたような見た目のタイツにレザーブーツ。なぜだかバッグの類いは見当たらず、不機嫌そうに両手をジャケットのポケットに突っ込み、やや寒そうに内股で突っ立っている。
そんなアーシュに気づいたダグがすかさず駆け寄っていき――開口一番に噛みつく。
「おいアーシュ! なんだその違法なタイツは! 生足って約束だったろ!」
「うっせぇーバァカ! このクソさみぃ時期にホットパンツ着てやっただけでもありがたく思えや!」
悪態をつき返すアーシュに、ダグも真っ向から顔面を突き付け、至近距離にて睨み合う。
「ハ~イ、減点じゅって~ん。罰ゲーム延長入りまぁ~す」と、タイツに指を差すダグ。
「あァ~ン? オメェー、あたしの番になったら覚えとけよ!」と、ブチ切れるアーシュ。
いがみ合う二人を見て。隣のメアが背伸びして僕にひそひそと耳打ちする。
「何の話?」
「いや~、それがさ~……」
この二人はエーテル基礎学のテスト結果で争っていたわけだが、結局同点だったためにお互いが要求した罰ゲームを呑んで決着は次回の後期期末に持ち越す条件で合意に至った。つまり、これは醜い痛み分けの最中というわけだ。
とはいえ……少々ヒートアップしすぎてメアと僕が完全に蚊帳の外になってしまっている。
「あの二人、仲良いんだか悪いんだかたまにああいうことしては友情を確かめ合ってるんだ」
言い争う二人を呆然と眺めながら僕が言うと、
「……やっと肩を並べられる相手を見つけたんだね」
メアは風に消えそうな声で一言、ホッとしたように……はたまた寂しそうに、そう零した。
「…………」
この状況でどうするんだろうかと隣にいるメアの動向を目で追う。
「……っ」決意を胸に込めるかのように、メアは胸元の前で拳を握り締める。
幾度も見たお馴染みの仕草にもかかわらず、緊張が伝わってきてざわざわと心が騒ぐ。ざわめく気持ちを固唾とともに呑み込んで見守ることにした。
一歩前に進み出たメアは、
「――アーシュ」
と、親しい仲でしか呼ばない彼女の愛称を呼んだ。
まるで旧知の仲である懐かしい余韻を含んだ呼び方に、振り向いたアーシュは今し方ダグに向けていた怒りの角をしまい、戸惑っているようにも見える浮かない表情で視線を脇に落とす。
「……よぉ。……久々、だな」
ぶっきらぼうに、恐れる負け犬のように……そう言った。
あの相手が誰であろうと臆さないアーシュが、だ。あたかもメアにビビった様子で硬直している。硬く閉ざした唇からは再会を祝う言葉は出てきそうにない。
アーシュからのレスポンスが良くないのは明らかだが、メアもそれが当たり前の事実として受けとめているかの振る舞いを見せる。
「……うん、そうだね。久々だから上手く話せるかどうか自信ないけど……それでも会って話したかったから。だから、その……。今日はちょっとでも話せたら嬉しいな」
哀愁味のあるちょっぴりビターなメアの笑顔に突き動かされ、アーシュも重たそうな口をもごもごとこじ開けて言葉にする。
「あたしも話したかったっつーか、言いたいことがあったからよぉ、ちょうど良かったっつーか……その、なんつーか……? 来てくれて…………ありがとな」
最後の感謝は薄らと聞こえるぐらいの声量だったが、あのアーシュがはにかんでいる激レアなシーンに立ち会えた奇跡を良い兆しと捉えるなら、このキャンプの旅もきっと悪い方向には進まないだろう。ひとまずほっと胸をなで下ろす。
横でアーシュとメアを交互に見て、会話に入る隙を窺っていたダグが飛び込んでくる。
「え、ちょっと待って!? 二人知り合いだったん!?」
「……そーだよ」と、アーシュがめんどくさそうに答える。
「なんだよアーシュ~、それならそうと教えてくれたっていいじゃんかよ~」と、ダグ。
あまり触れて欲しくなさそうに、アーシュは気怠げに眉を顰め答える。
「別に……。同じフォルス女学院の出身ってだけだし」
「そ、そうだったんだ……」と僕もびっくりの新事実だが、
「えぇー!? 荒くれ者のお前が、あの知る人ぞ知るハイエリートお嬢様学校に通ってたっていうのかー!?」
僕の驚きを掻き消すダグのオーバーリアクションに、イラっとしたアーシュが噛みつく。
「そうだよっ、わりぃかよっ。どうせあたしゃクラスじゃ万年浮いてたさっ」
確かにフォルス女学院といえばお淑やかなお嬢様だけが通える敷居の高い中高一貫校のイメージなので、その対極に位置するアーシュが浮いてしまうのは容易に想像できる。
信じてなさそうなダグに向け、メアは言う。
「ホントだよ。アーシュと私は一年から三年までずっと同じクラスで……四年になってクラスが変わるまではとても仲が良かったんだ」
真面目で優等生なメアと決して真面目とは言えない荒くれ者のアーシュが仲良しだった事実はそれはそれで想像できないが……まるで現在はそうじゃないみたいな言い方に、
「…………」
アーシュはそっぽを向き押し黙る。
彼女たちの間に流れる微妙な空気を目の当たりにして、ダグは「あぁー、なるほど」と、ぽんっと手を打つ。
「つまりフォルス女学院で飼育されていたゴリラが檻から脱走した後、野生化して今に至るというわけだな」
瞬時に。
「――フンッ」
「ぐは――ッ」
アーシュの右手から放たれたコークスクリューがダグの鳩尾に吸い込まれた。
床に両手をつけ這いつくばったダグが苦しそうに呻く。
「これは……ツッコミという名の、ただの暴力……っ」
「よし。そのバカはほっといてとっとと行くぞ」
吹っ切れたのか、すっきりした顔でアーシュはそう言い、てくてくとロータリーの方に進んでいく。やれやれ、とダグを一瞥してから、僕らも仕方なくアーシュの後に続いた。
しかし。真に驚くのはここからだった。
ロータリーで僕らを出迎えてくれたのは太陽光を眩しく反射させる純白のリムジンと、その傍で直立して待ち構えていたタキシードを着た初老の執事の姿だった。
執事さんから軽い挨拶があり、聞けばシュタール家(アーシュの家)に代々お仕えしているそうだが、それ以外の事情にはまったく触れずわけが分からないまま車内に誘導される。進行方向とは横向きのやたら横に長いソファのどこに座っていいのやら悩みながらも後方側の角っこを選び、フカフカな座席の上に落ち着かない尻を乗せる。
僕の右隣にダグが、左隣にメアが座る。肝心のアーシュは「地味な車でって言ったのによ……」とぶつくさ文句を垂れながら、執事さんと話があるから、と後部座席とは仕切られている助手席側に回った。
静かに車が発進し両脇にビルが並び立つ大通りを進む中、余りある後部座席に僕ら三人だけがぽつんと取り残される。
ダグも僕も、アーシュとはクリスティアで毎日顔を会わせていたのにくだらないトークしかしてこなかったおかげで、彼女が何者なのかを此度まで知らずに過ごしてきたツケを思わぬ形で支払うハメになってしまった。
幸いこの三人の中で唯一事情を知っていそうなメアを頼りに、三人一箇所に寄り添ってひそひそ話を始める。
メア曰く、シュタール家は歴代の数々の将校を輩出してきた軍人家系の名家であり、また軍事企業や不動産業、観光事業、その他ありとあらゆる事業を幅広く手がけているヴァーミリオンブリーズホールディングスの創業者の一族でもある。現当主であるアーシュの祖父も軍のトップに就いていたこともある素晴らしい経歴をお持ちの御方らしいが、現在は引退してVBHの会長の座に納まっているそうだ。
父も現役の軍の将校であり、母は元アイドルでもあり人気絶頂の内に結婚したシンガーソングライター、兄弟は兄が三人いて、長男が空軍に、次男が海軍に、三男が陸軍に……という話題に事欠かない家族構成。
自他ともに厳格な父のしつけに嫌気が差し、その一方でいくつになってもお転婆な母には甘やかされ、飴とムチによる波状教育を受けた末に、今のアーシュの人格を形成する反骨精神を会得したのだとか。
そうこうしているうちに――体内時計で二十分ほどが経過した頃。
外の景色がいつの間にか開けた草原を走る林道に様変わりし、両脇に並んだ常緑樹のアーチをしばらく潜り抜けて進んだ先で車が止まる。横のドアが開き、ここでも待ち構えていた執事の一人から降りるように促された僕らは恐る恐ると外に出る。
「うぉぉ~! でっけぇキャンプ場なのに誰もいないぜ! もしかして貸し切りか!?」と、隣でダグがはしゃぐ。
周りに建物はなく、あるのは広大な芝生の大地に整備された歩道、等間隔に置かれた街灯、道端に置かれた白い石造のベンチ、丸い噴水を囲む壁泉、配置された抽象的なデザインのオブジェの数々、奥の方には橋の架かった湖、さらにその先は森林に囲まれていて最奥には小高い丘も見える。
キャンプ場らしきどこかの公園に連れて来られたみたいだ。都心から来られる郊外にこんなバーベキューをするのに打ってつけな場所があったんだな、と悠長に一息吐く暇もなく、気になるものが視界に飛び込んでくる。
「お待ちしておりました、アーリッシュお嬢様とご友人の方々」
お出迎えのために列を組み控えていた十数人の執事とメイドたちが声をそろえ一斉に畏まる様子に圧倒される。
お付きの人たちがいる前じゃ間違ってもアーシュのことを荒くれ者なんて呼べないな、とそう思った矢先に、ちょっと離れたところでメイドの一人に白黒斑模様のファーコートを肩から掛けてもらうアーシュの後ろ姿を見て、
「まるでマフィアのボスだな」と、すぐ横でお喋り男がひそひそと口走る。
「バカお前、消されるぞ」と、ひそひそと僕。
「ふふっ。良い絵になりそ」と、続けてメアも。
ボスもといアーシュがこちらを振り返る。
「わりぃ皆、もうすぐ到着するみてぇだからちょい待ってくれ」
さらっと言うアーシュに、ダグが食いつく。
「お、何が届くんだ? 確かにここでキャンプするにも道具っぽいもん何にもないよな?」
「ちげぇよ。大体、こんな親父の目がつくところでキャンプなんてできっかよ」
ケッと吐き捨てて言うアーシュを尻目に、メアに尋ねる。
「どゆこと?」
メアは、言っていいのかな、という風にアーシュの方にチラっと目配せすると、気づいたアーシュは不機嫌そうにそっぽを向き腕を組んで「フンッ」と鼻を鳴らす。それを見て、旧知の間柄でしか分からないサインを受け取った彼女はこそこそと僕らに告げる。
「ここ、シュタール邸の庭園なの」
僕とダグは互いに顔を見合わせてから――吹き出して笑い合う。
「ぷはっ。そりゃいくらなんでも規模がデカすぎるっしょ」と、ダグ。
「だよな、真顔で言うから一瞬マジかと思ったわ」と、僕。
笑い飛ばす僕らに不貞腐れてメアは頬を膨らませる。取り合うのを諦めた様子でアーシュの方を見ては独り言のようにもらす。
「アーシュ、昔からお父さんと折り合いが悪かったんだけど、今でも変わらないんだね」
追想に浸るメアの様子に。ダグはこっちに視線を送りながら肩を竦め両手を上げる。
仕方なく、どこかで『ヒヒッ』、『チチッ』と鳴いている鳥の囀りに耳を傾けながら待つ。何かを警戒するみたいにおびただしく鳴いている声の主は、特徴からしてイースタンウィートイヤーかな、と出所を探っていた折、
「おっ、来たみてぇだな」
アーシュが目の上に手をかざし遠くの方を眺めて言う。
一同、その視線の先を目で追う。雲一つない青空の遥か彼方に――小さな点が見える。段々と飛行する物体がこちらに接近するにつれ、けたたましさも増していき――その姿をはっきりと視認できた頃には忙しく回るプロペラから、パタパタパタ、という騒音が上空から絶え間なく降り注いでいた。
俄に自分の見ているものが信じられなくなって、今一度メアに確認しておきたくなる。
「……メア、さっきここがアーシュん家の庭園だって言ってた話……マ?」
「えっ? なにっ?」騒音に紛れ聞き取れなかったのか、メアがこちらに耳を寄せる。
「だからっ、さっきここがアーシュん家の庭園だって言ってた話、マッ?」
「えーっ? なんてーっ?」横髪から耳を出し再度メアが大きな声で繰り返す。
「…………。ヘリすごいねーっ」
すぐそこまでヘリが来ていてもう会話すらままならない。
突風を押しつけながら上空から降りてきたヘリが少し離れた位置の草原に着陸する。白地のボディには社名である『VBH』のロゴが印字されているのが見える。
「マジかよ……」
ムードメイカーのダグもこれには唖然としていたが、それを見たアーシュは仁王立ちで腕を組み不敵にほくそ笑んだ。
「おいおいダグさんよぉ、あたしが言った罰ゲームまさか忘れたとは言わせねぇぜ?」
ダグは冷や汗を浮かべ、とぼけた様子で口にする。
「はて~……? なんでござんしたっけ?」
アーシュは肘を上げ背後にあるヘリを親指で指差しながら、
「おめぇを、こいつで、――――島流しだ!」
声高らかに刑の執行を宣言する。
途端に青ざめたダグは、
「すまん皆! 俺、急用を思い出したから帰るわ! じゃあな!」
踵を返し背中のバックパックを上下に揺さぶりながらアスファルトの上を一目散に逃げていく。
そこへちょうど狙い澄ましたかの段取りでヘリからのっしりと二人の大男が降りてくる。顔や腕が古傷だらけで迷彩服を着た屈強そうなサングラスの二人組に、
「やれ」
とアーシュがそちらを振り返り、顎で指示する。
「「イエス、マム」」
野太い声で言うが早いか、大男二人組みは体格からは想像できぬダッシュですぐさまダグを捕獲し、それぞれ上半身側と下半身側を持って二人で軽々と肩に担ぎ上げ戻ってきた。まるでアスパラの肉巻きでも担いでいるかのような扱い方で「やめろーっ。はなせーっ」と叫んでいるダグがとても哀れに見える。
そのままヘリの搭乗口から収納されていくダグをアーシュは敬礼して見送ると、
「んじゃあたしらも行くとするか」
こちらを振り返って勝ち誇ったドヤ顔で言う。
「行くって……どこに?」
当然の反応を示す僕に。アーシュはニカッと笑って、なんてことはない、といったさばさばとした口調で返す。
「これからシュタール家が所有している島にヘリで向かうんだよ。――キャンプすんのに取って置きの場所があるって言っただろ?」
あまりにも寝耳に水な斜め上の話だったので、メアも僕も驚き顔を見合わせてからアーシュの方を振り返り、言葉にする。
「「それ、マ?」」
アーシュは僕らの反応を楽しむかの間をじっくりと置いてから、
「マジのマだ」
愉快にそう言った。




