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ENDER ~嘘吐きな君に「■■■■■■」できたなら~  作者: りぶれ
夏はジェットコースター・ロマンス
14/20

【2-4】

 八月三日。合宿初日。時刻は午前九時頃。

 特に外に出る予定がなければ一日中部屋着でいる自分だが、今日は下ろし立てのTシャツとチノパンに着替え朝から入念に部屋の掃除をする。『そろそろ来る頃かな?』とそわそわして待ちかねていたタイミングで、ピンポーン、とチャイムが鳴る。急いでキッチンとリビングの間にあるインターホンのモニターを覗き込んで通話ボタンを押す。

「やっ、おはよ」

 そこに映ったメアが笑顔の横で手を振っている。暑いからか、お団子ヘアにして首周りを すっきりさせている。上半身しか見えないが、上はミントグリーンの半袖ブラウスを着てい る。

「よっ、おはよ。――今開けるよ」

 エントランスにあるオートロックの自動ドアを開ける。

「ありがと」

 モニターからメアの姿が消え――約一分後。チャイムが鳴り、すぐに玄関のドアを開ける。

 そこに立っていたメアがかしこまった態度でお辞儀をして言う。

「今日から一週間よろしくお願いします」

 ついさっき見たブラウスに白デニム、白サンダルの爽やかなコーデ。反対の手にはコンビニの袋をげており、その傍らにはウチに置いてあるのとは色違いのキャリーバッグの姿も見える。……何個持ってるんだろ?

「あ、ああ……。いやこちらこそよろしく。――外、暑かっただろ? エアコンつけといたから部屋涼しいよ」

 嬉々として両手を合わせ、メアは喜んだ顔を見せる。

「わぁ、助かるぅ~! おじゃまします」

「バッグ持つよ」

「うん、ありがと」

 ウチの狭い玄関ではキャリーバッグを置きながら靴を脱げるほどの余裕はないので先にバッグをメアから受け取る。思っていた以上に重かったが、リビングにはこび終えると、

「――あ、そうだ」

 靴を脱いでそろえ室内に上がったメアが持っていた袋を掲げて言う。

「アイス買ってきたから後で食べよ?」

「お、いいね」

「冷凍庫入れといていい?」

「うん。お願い」

 廊下を抜け部屋の左手側にあるキッチンに向かい、冷蔵庫にアイスを入れるメア。一週間とはいえ、これから同棲するわけだから『人んちの冷蔵庫は勝手に開けない』とかの通例は一切抜きにしてメアにも我が家のようにくつろいでもらいたい。まあ元より冷蔵庫の中身はほぼすっからかんに近いので見られて困るようなもんも入ってないんだけど。

「ふぁぁ~」

 リビングのエアコンの下でのびのびと両手を広げ吹き出す冷風を目をつぶり一身に浴びるメアを微笑ましく眺める。ほどなくしてバッグから取り出した勉強道具一式を丸テーブルに置き、クッションに女の子座りで腰を落とした彼女は意気揚々と言う。

「さあ。それじゃあ早速始めよっか」

「切り替え早いなあ」

 僕も積み上げた教科書とノートの束を持ってきてテーブルを挟んで向かい合わせに座る。

 直後。メアがステープラーでじた数枚のしおりのような用紙を取り出して僕に差し出す。

「はい。これ」

「? 何これ?」

 差し出された用紙を受け取ってぱらぱらとめくる。――今日から一週間分のタイムスケジュールが一日ごとに一ページにまとめてあり、どのページもその日の予定が分刻みで事細かに書き記されている。

「今日から一週間の時間割を作ってきたの。リックスにはこのサイクル通りに一日を過ごしてもらいます。もし一分でも遅れたらその分の睡眠時間が減るから時間厳守でお願いね」

「え、エグ……」

「この合宿では夏休み中の課題を終わらせることと、二学期終了時に進級するための目標とするGPA【3.2】以上を取れるように基礎力の徹底的向上を行います」

 三学期終了までの約七ヶ月で進級に必要な通算GPA【3.0】以上を満たすには、一学期に足りなかった成績【0.8】分を残す二つの学期で取り返す必要がある。当面の目標として二学期に【3.2】、三学期に【3.6】と取れればクリアできるのだが……いきなり前期の【2.2】から【1.0】以上も成績を上げられるものなのだろうか。

「一週間でそこまで詰め込めるかな?」

「それは君と私の頑張り次第かな。でもやるからには目標は高く設定しないとね」

 左腕につけた腕時計で時間を確認しながらメアは言う。

「早速だけどあと五分で今日始めのエーテル基礎学ベーシックの勉強時間に入るけど、合宿期間中は二十五分勉強したら五分休憩サイクルの短時間集中型インターバルでやっていくから、初日の今日はまずはその感覚を体に馴染ませるところから始めていこっか」

 どうやらウチに到着するまでの時間も織り込み済みで既に開始時間も決まっているようだ。

「随分区切って勉強するんだな。普段はカレッジの一コマに合わせて九十分勉強したら十分休憩で勉強してるけど」

「まあそれも悪くはないんだけどね。ただダラダラしちゃうと効果は出にくいし、集中する時間を短く区切って勉強する方法は結構使われているやり方だよ」

「そうなのか。確かに講義の後半の方は集中切れてて眠いときがあるな……」

「何事にもメリハリをつけないとね。ひとまずその日ごとにタスクを作っておいたから、今日はシングルタスクでエーテル基礎学の教科書を百ページまで復習したら目標達成だよ」|

 百ページって……この三ヶ月で習った内容全て含まれてるんだが一日でお復習さらいしろと?

「範囲がエグい……」

 そうと決まれば悠長に喋っている暇もないので早速取りかかる。

 ――エーテル学。クリスティアで行われている講義の中では最も歴史が浅く自然科学の観点から見てもまだまだ未知の多い分野である。ここ十五、六年ほど前にエーテル学部が新設され、それ以降同学部の生徒ならもれなく全員が受ける必修科目に指定されている。

 エーテルが発見されたのが今から約二十年前のこと。特殊な装置にかけた際に人体から通称マナと呼ばれる生体エネルギーがもれ出ているのが発見されたのが事の始まりだ。そして、それを集積し凝縮させて生み出したのがエーテルだ。

 エーテルは枯渇性エネルギーに代わる新たなクリーンエネルギーとして当初関心を集めていたが、現代の技術では大量生産が難しく、また人から生まれ出る性質上様々な人権的な問題がつきまとうので革新的な普及、発展には未だに至っていない。精々一部の電動自転車、消費電力の少ない小型家電類、スマホなどの代替エネルギーとして使用されている程度だ。

 しかし。さらなる研究の成果でエーテルが人体の治療にも効果を発揮することが判明したため、近年ではそちらの目的での需要が急増している。

 エーテルには細胞を浄化、修復、活性化させるなどの作用がある。これをエーテルリアクターという医療機器で患部に照射することで効果を発揮する。ドライヤーみたいな形状をした手の平サイズの小型リアクターでも本来なら縫合が必要な大きな傷口を急速に癒合させるほどのパワーがあり、カプセル型の大型専用機ならばより深く全身に照射できるのでがん治療などで活用されている。エーテル技術が進歩した現代では、ステージⅣまでがんが進行したとしても統計で八割以上の人がその後完治しており、エーテル医療がなかった時代と比べると末期がんで亡くなる患者は圧倒的に減少した。もはや、末期がんという言葉自体が過去のものになりつつある。

 小型のものなら医療従事者でなくても緊急時での使用が認められており、クリーンエネルギーとしてのエーテル利用よりもより身近なものとして時代が移り変わりつつある。

 エーテル学ではそういったエーテルの特性や環境、人体に与える影響についてを学ぶ。特にメアと僕が専攻している医術工学ではエーテルを医療に活かす研究を専門に行っている。……と言っても一、二年次は専門基礎だけで本格的な専門科目は三年次からだけど。

 ――三十分一セットを六セットほど行い、気づけば時刻はお昼時。

 スマホのアラームが鳴ったのを合図に、メアは両手を合わせて言う。

「はい、一旦おしまい。お昼休憩にしましょ」

「ふぅぅ。頭使ったからか腹へったあ」

「お疲れ様。休憩は一時間だけど、どこか食べに行く?」

「そうだなー。ウチの冷蔵庫にあるもんじゃろくなもん作れないしなあ」

 少し思案する間を置いた後で、何か思うところがあるような視線を僕に投げかけ、メアが口を開く。

「なんなら……食材買ってきて、私が作ってあげよっか?」

「えっ!?」思わず驚きの声が飛び出てしまう。

 僕の表情から焦りの色を如実に感じ取ったメアは怪訝けげんな顔つきをして口をへの字に曲げる。

「なに? その『えっ!?』は?」

「いや、その……まだ死にたくないっていうか、この世に未練があるっていうか」

「……私の料理の腕、馬鹿にしてるでしょ?」

「そんな馬鹿にだなんて。ただ単にカノンさんから話は伺ってたから、どうお悔やみ申し上げたらいいのかなってちょっと思い悩んでただけだって」

 むすっとした顔でメアはすっくと立ち上がり、僕の眉間に指を突き付ける。

「決めた! そこまで言うなら目に物見せてあげる! 私の料理でぜえええったいっ、おいしいって言わせてやるんだから!」

「えぇぇ……。この前料理ができないことをイジられたくらいじゃ怒ったりしないって言ってなかったか?」

「他の人は良いけどリックスに言われるのはなんか違うの!」

 なぜ僕だけ……。理不尽すぎる。

「メア、ちょっと落ち着こ? ここ賃貸だからキッチン爆破して修理とかになったら洒落しゃれにならないしさ」

「私テロリストじゃないもん! しかもIHコンロじゃん!」

 ムキになって僕に反論するメアがキッチンを指差す。

 さて、どうしたものか……。僕にはメアが爆弾魔として翌日のニュースで報道されないようにここで食い止める義務がある。――一旦冷静になって彼女を説得するんだ。これから行おうとしている行為がどれだけ危険なことなのかを一から説明すればきっと彼女も思い直してくれるはずだ。

 これ以上メアがヒートアップしないように冷静な口調を心掛ける。

「……メア、ひとまず落ち着いて聞いてほしいことがあるんだ」

「?」眉間にしわを寄せつつもメアは首を傾げる。

「世の中には突沸とっぷつ現象っていうものがあってだな。鍋に入れた汁物などが沸点に達しても沸騰しない過熱状態になることがあるんだ。そうなると調味料を入れるぐらいの些細な振動でもそれが刺激となって突然爆発するように沸騰して一気に噴出する危険があるんだが――」

「知ってるもんっ。私、経験者だもんっ」

 …………。既に前科持ちのテロリストだったとは…………。

「いややっぱりやめよ? これで人生初の救急車とか御免だし」

「もぉ! さっきっから何なの!」

 完全にメアのやる気スイッチを入れてしまい何を言っても聞く耳を持たずで効果がないので、僕も腹をくくり遺書を書き残そうとしたがその場で速攻メアに破り捨てられた。

 冷蔵庫の中身を確認してから買い物に向かうメアについていき、二人で近所のスーパーに赴く。何を作るかは一切教えてくれないが、とりあえずカートのカゴに入れた食材は玉ねぎ、人参、ベーコン、卵、バター、ついでにドリップバッグのコーヒーパック、僕からは朝食用のオートミールと牛乳、ミックス粉を買い足した。

 買い物を済ませ部屋に戻ると、メアは早々にキッチンに立って調理を開始する。

 目を離すと危なそうなので「手伝うよ」と声を掛けたら、すごい剣幕で「それじゃ意味ないでしょ」と言われたので、仕方なく料理道具と食器の場所だけ教えリビングに退避する。ここ僕んちなのに……。

 暇を持て余しテレビのリモコンを手にベッドに腰掛ける。電源を入れ流れてくる情報番組に目を向けるものの、気になってキッチンで慌ただしく料理をしているメアの後ろ姿にときどき目が行ってしまい、双方の間で視点を行ったり来たりさせること三十分ほど。

「――リックス、出来たからこっち来てー」

 キッチンからメアに呼ばれ固唾を呑んで立ち上がる。

「お、おぉぉ!」

 コンロの隣に置かれていたのは二つ並んでお皿に盛られたオムライス。半熟トロトロに波打った黄金に輝くオムレツをドレスの如く綺麗に着飾った美味しそうな見た目に食欲をそそられる。意外な出来映えに加えキッチンを爆破した痕跡も残さないまさかの完全犯罪だ。

 残っている痕跡といえば使った包丁やボウルなどは洗って拭いたようで水切りカゴに置かれ、フライパンは洗剤を漬けシンクに置いてあるくらいであとは几帳面に片付けてある。

「どうよ?」

 満足のいく出来に、したり顔でメアが訊いてくる。

「いやぁ、びっくりした。めっちゃうまそう」

「うしっ」

 笑みをこぼしてメアが両手でガッツポーズを決める。

 最後の仕上げに、とメアは冷蔵庫からケチャップを取り出してそれぞれのオムライスにリックス、メア、と僕らの名前を書く。完成したオムライスをキッチンの隣に置いてある二人掛けのダイニングテーブルに運び並んで座る。

「「いただきます」」と同時にハモり、スプーンを手に取る。

 半熟のオムレツをスプーンで崩しチキンライスと一緒に口に運ぶ。口いっぱいに広がるフワフワ卵の食感と冷凍ご飯から生まれ変わったチキンライスのバターの風味が生み出す絶妙なハーモニーに舌鼓したつづみを打つ。口の中が幸福感で満たされ、次の一口を早く掻き込みたくてスプーンを持つ手がうずき出す。

「――うん、おいしい!」

「ホント?」

 頬張る僕を、隣で不安げに眺めていたメアが訊いてくる。

「ホントにうまいって。食べてみなよ」

 緊張した面持ちでメアもスプーンで一口取って口に入れる。

「――うん、おいしい!」

 固かった彼女の表情が安堵あんどほころぶ。

 無垢むくなその笑顔が二口目を咀嚼そしゃくしていた僕の心に自省の念を芽生えさせる。

「ごめん。てっきりメアの料理って壊滅的な被害が出るレベルなのかと思ってたけど普通にうまかったんだな」

 メアがジト目でこっちを睨む。

「やっぱり馬鹿にしてたんじゃん。人の料理を災害みたいに言わないでよね」

「そんな馬鹿にだなんて。ただ単に嵐が通り過ぎるのを待ってただけだって」

「……へぇー、そう? 私が丹精込めて作ったオムライスに一体どれだけの致死量が含まれてると思ってたの?」

 すこぶるニッコニコの猫なで声で訊いてくるメアに身の危険を感じた僕は、ちょびっと、と言う代わりに親指と人差し指で蟻をつまむようなジェスチャーを遠慮がちにして見せる。

「本当は? どれくらい?」

 なおも変わらずの笑顔と声の合わせ技に気圧され、僕はヤケクソ気味に両腕を上と下に思いっきり伸ばして広げる。途端にメアはねた顔をして僕の腕を払い除けた。

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、メアはそっぽを向き腕を組む。

「ふんっ。私だってやればできる子なんだから」

「いや~、これからは毎日でもメアさんの手料理が食べたいなあ」

「メア先生の手料理はこれにて最終回となります。ご声援ありがとうございました」

「まさかの一話が最終回!」

 澄ました顔で会話を打ち切ったメアは淡々と食事に勤しむ。

 しかしまあ、自分で作るって言い出したときはどうなることやらと思ったが……なんてことはなかった。たぶんカノンさんが冗談半分で話を面白おかしくするためにオーバーに盛ったんだろう。まったくカノンさんも人が悪いなあ。

 そう安心して次の一口を頬張り噛み締めた瞬間、

「――うっ?!」

 奥歯にジャリッとした好ましくない歯応えが残り顔が強張る。

「どうしたの?」

 首を傾げ、メアが訊く。

「あー、いや……何でもない。おいしいね」

 反射的に愛想笑いを浮かべ誤魔化してしまった。

「?」

 メアはより一層不思議そうに眉根を寄せたが、さしたることではないだろう、と流して休止していた食事の手を再開させる。

 だが――。次の一口を頬張り咀嚼そしゃくした瞬間、メアの眉間にしわが寄り顔色が渋くなる。

「なんか……ジャリジャリする」

「…………うん」

 隠しきれないジャリジャリ感に肯定を余儀なくされる。たぶんっていうか、ほぼ間違いなく卵の殻だ、これ……。

 メアは沈んだ顔で申し訳なさそうに声を落とした。

「ごめん……。実は作ってる途中で卵足りないかと思って追加したんだけど、そのときに卵液入れてたボウルに卵落としちゃって…………中で割れちゃってて一応取り除いたつもりだったんだけど…………」

「そ、そうだったんだ……?」

 すっかりしょげた様子のメアになんて声をかければいいか頭を悩ませた結果、うっすい感想しか出てこない自分に辟易へきえきする。無能な僕が言葉を見つけるよりも先に、メアは苦笑いを浮かべスプーンを置く。

「こんなの食べさせられないから何かお弁当でも買いに行こ? これは……捨てちゃっていいからさ、休憩時間もあとちょっとだし急いで近くのコンビニでも行こっか」

 メアは気遣ってそう言うが、僕の貧乏性がせっかく作ってもらったものを捨てるのはノーだと否定している。

「……時間厳守なんだろ? 買いに行ってたら間に合わないって」

 時間惜しさを建前に。持ち上げた皿を顔に近づけオムライスをスプーンで口に掻き込んでいく。

「そんな……無理して食べなくても大丈夫だよ」

 隣でばつが悪そうな顔をして心配するメアに、両頬いっぱいのオムライスを飲み込んでからサムズアップのハンドサインとともに笑って応える。

「多少殻が入ってても味はおいしいからいけるって」

 呆然と。メアは二、三秒ほど僕を眺めていたが、やがて頬を緩ませいつもの快活な調子で言う。

「――ありがと。次はミスしないようにもっと頑張るから」

「作るのはこれで最終回って言ってなかったか?」

「それはー……ほら、これで最後って言っておきながら後々になって復活するシリーズとか映画とかだとよくあるじゃん? あれと一緒だよ」

「リターンズ的な?」

「それ。デンジャラスクッキング・リターンズだよ」

「自分で言ってるじゃん」

「いいからほら、早く食べよ。――あ、殻に当たったら流石に吐き出しちゃっていいからね」

 時間が押してきているので食事に戻る。だが言ったそばから、

「――あっ、当たりだ」

「――んっ、私も」

 二人そろって当たりを引き、顔を見合わせた僕らは可笑おかしくてつい笑い合う。

 食事を終えた後は一息する間もなく急いで片付け、時間通りにタスクを再開。腹が満たされ若干の眠気と闘いながらも集中する。

 おやつどきの時間で一旦小休憩を挟み、アイスを二人で食べリフレッシュ。また再開し、集中すること数時間――気づけば午後六時の夕飯タイムを迎えていた。

 タイムスケジュールでは午後八時までの二時間で夕飯やお風呂を済ませる予定になっているが、昼と夜はお弁当を買ってくるか外食する手筈てはずで全てスケジュールを組んでいたそうで自炊する時間は考慮されていなかったらしい。お昼のオムライスはメアにとってもイレギュラーな事態だったのだとか。なので夕飯は近隣のお店でさくっと済ませ、早々に自宅に帰ってきた。

 そして現在――メアはシャワー中。僕は言うとリビングにて準備体操をしながらスマホに接続したワイヤレスイヤホンから爆音でアップテンポの曲を流して気を紛らわせているところだった。バスルームから響いてくる物音を極力意識しないように排除しようと行き着いた末の完成形がこれである。

 ……いや、想像していなかったわけじゃないけど改めて考えると彼女でもない女子が自分んちの風呂に入ってるって一体どういう状況なんだこれ。早くこの特異な状況にも慣れないとこの一週間で僕の理性の牙城が崩壊してしまうやもしれん。

 時折(よぎ)る入浴中のメアのイメージ映像に耐え忍ぶこと二十分ほど。

 バスルームから出てきた青色サテン生地の半袖短パンのパジャマに着替えたメアが、リビングに入ってくるなりオルタネイトリバースランジリーチ最中の僕の姿を見ては首を傾げる。

「何してるの?」

「………………」

 普段と毛ほども変わらないメアのすっぴん具合とつややかな湯上がり卵肌の上気した頬。緩くお団子にまとめられた長髪はトリートメントによるものか光沢を放っている。普段見る機会のないうなじ、そして惜しげもなくさらけ出された真っさらな二の腕と太腿……絶妙に組み合わさった数々の美の相乗効果が、僕の視線を瞬時に掴んで離さなかったが、

「――リックス? どうしたの?」

 名前を呼ばれハッとして我に返る。

「あー、その、日課のストレッチをちょっとね。入浴前にストレッチするとより代謝が上がって疲労回復や痩せやすくなる効果があるらしいんだ」

 本当は日課でもなんでもなくてただ気分を紛らわせたかったからなんて言えない。

 『痩せやすくなる』というパワーワードがメアの興味を引き寄せたようで好反応が返ってくる。

「へぇー、そうなんだ! 私も明日から取り入れよっと。――ねぇ、やり方教えてよ」

「え? あー……じゃあ、一緒にやる?」

「うん!」

 二人でストレッチをする流れに。前屈する合間にメアとのコミュニケーションを図る。

「――うちの風呂、――シャワーしかなくて……、――ごめんね」

 まずはお嬢様には辛かろううちのお風呂事情を詫びる。うちの間取りは玄関から上がってすぐ左手側にトレイ&洗面台が置かれている脱衣所があり、その奥にシャワールームがある。一応脱衣所とシャワールームの間はりガラスの扉で仕切られていて三点ユニットではないものの、代わりに浴槽を置けるほどの広さはなくシャワーしかついていない。

 僕の動きをマネて息を吐きながらメアは答える。

「ううん、気にしないで。ん――、研究室に泊まり込みで作業するときは、んぅ――、クリスティアのシャワールーム使ってるし、ほっ――、慣れてるから全然苦じゃないよ」

 平然とした表情でメアはさらっと明るくそう言うが、彼女のことだからきっと気を遣わせまいと遠慮してそう言ってくれたのだろう。

 しかしまあ。このままじゃ僕としてもこたえるものがあるので、一息ついたタイミングを見計らってメアにある提案をする。

「うちから歩いて十分くらいの距離に岩盤浴とかもあるスパがあるんだけど、明日からはそっちに行ってみない? 僕も久々にゆっくり湯船に浸かりたいし、ついでに夕飯もそこで食べてこようよ」

 メアは顔を綻ばせ、

「え、行ってみたい!」

 そう言って喜んだ後で、すぐにこちらの顔色を覗き込んでは付け足す。

「――あ、でも……無理に私に合わせようとしなくても大丈夫だよ?」

「無理してないので提案を可決します」

「やった! 明日の楽しみが増えたね!」顔を綻ばせたメアは両手でガッツポーズを決めた。

 僕的にもメアが入浴中の待ち時間は精神衛生上よろしくなかったので助かったわけだが、お互いの足並みをそろえていくこの過程さえも空気を共にしている連帯感を味わえ充足を感じられる。ただ黙々と勉強するだけだと思っていた合宿でこんな気持ちになれるとは……やってみるまでは分からないもんだな。

 僕が入浴後にTシャツとハーパンの寝間着シリーズに着替え歯磨きを終えたのと、メアがお風呂上がりのケアを諸々と終えたのが午後八時半頃。

 三十分前倒しして勉強を再開し、二時間続けて午後十時半にてようやく終了。就寝時間の午前零時までは自由時間ということで、初日の感想やたわいない会話をしているうちに気づけば寝る時間になっていた。

 テーブルをどかしてリビングの中央に布団を敷く。既に隣のベッドに横になり寝る準備を整えたメアが、明かりを消して布団に潜る僕を見て控えめに言う。

「ごめんね、ベッド借りちゃって」

「いいって。なんていうか、客人を布団で寝かせるのは僕のポリシーに反するから気にせず使ってよ」

「別に布団でも大丈夫だけど、でもありがと」

「勉強も見てもらってるわけだしいいってことよ」

 考える間を一拍置き、メアは言う。

「明日は六時にアラームかけたから起きたら七時までに準備してスタートできるようにね」

「うーん。最近夜型だし起きれないかも」

「そしたら起こしてあげる」

「優しくお願いします」

「あ・ま・え・な・い。そんときは目潰しだから」

「う……っ。玉の次は目か……」

「……何か言いましたか?」と、不機嫌な声が聞こえてくる。

「いえ、何でもございません」

「もぉ、くだらないこと言ってないで早く寝るよ」

「うん。おやすみ」

「――おやすみなさい」

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