✦ 5話 見ていてくれる人 ✦
「お母さん、そういえばさ」
「なあに?」
母・沙織が手を止めて振り向く。
紬は少しだけ得意そうに笑う。
「陽向がさ、学校で私のこと自慢してるんだって」
「自慢?」
「うん。『うちのお母さんは背が高くて頭がいいんだ』って」
沙織は思わず笑った。
「あら、それは嬉しいわね」
紬は肩をすくめる。
「それ、たぶんお母さんじゃなくて私のことよね」
後ろで陽向は、顔を赤くしてうつむいている。
紬はちらっと振り返る。
「……まあ、ちょっと可愛いけど」
沙織は楽しそうに二人を見る。
「ふふ、ほんと、頼もしいわね」
それから少しだけ笑って言う。
「紬、お兄ちゃんに対してずいぶんしっかりしてるのね」
紬は小さく笑う。
「まあね」
でもすぐに表情が引き締まる。
「それよりさ」
腕を組み、陽向を見る。
「成績、けっこう危ないみたい」
「……っ」
陽向は目をそらす。
「隠してたでしょ」
静かな声。
「帰り道で、ちゃんと話したけど」
沙織は少し驚く。
「あら、そうなの?」
紬はゆっくりうなずく。
「うん。ちゃんとやらないと、困るのは陽向だし」
少し間を置いて、ぽつりと付け足す。
「……ちょっと強く言いすぎたかもだけど」
陽向が小さくつぶやく。
「……泣いてないよ」
紬は軽く息をついて、頭をぽんと叩いた。
「はいはい」
その声は、少しだけ柔らかい。
「でもね」
紬は続ける。
「放っておいたら、もっと大変になるでしょ」
沙織は優しくうなずく。
「そうね。でも紬、あんまり無理させすぎないであげて」
「わかってる」
紬は短く答える。
それから陽向に向き直る。
「これからちゃんとやるよ。見てるから」
静かな声。
陽向は少し迷ってから、うなずいた。
「……うん」
紬は小さく息を吐く。
そして、ふと思いついたように小指を差し出した。
「じゃあ約束」
陽向が顔を上げる。
「逃げないでやること」
少しだけ目を細める。
「私もちゃんと見るから」
陽向はそっと小指を絡めた。
その手は少し震えていたけれど、温かかった。
(陽向の手、こんなにあったかかったんだ)




