✦ 22話 離れても、大丈夫 ✦
一年後
春の朝
やわらかな光の中、二人は並んで歩いていた
紬と陽向
陽向は自然な仕草で、紬の手を握っている
それはもう、甘えではなく――
いつの間にか身についた、穏やかな習慣だった
少し歩いたところで、紬が言う
「ここから、別の道だね」
分かれ道
それぞれの学校へ向かう場所
陽向は、ほんの少しだけ足を止めた
紬はそれに気づき、静かにしゃがみ込む
「ほら」
取り出したのは、小さなハンカチ
あの日と同じもの
紬はそれを、陽向の手首に結んだ
「迷っても、ちゃんと戻ってこれるように」
陽向は一瞬だけ目を見開いて――
それから、ふっと笑った
「もう、迷わないよ」
紬も小さく笑う
「そうだね」
春の風が、やさしく通り抜けていく
陽向は顔を上げた
「紬お母さん」
「なあに?」
「今日も、がんばる」
紬はゆっくり頷く
「うん」
そっと手を伸ばし、髪をなでる
少しだけ伸びたその頭を、やわらかく
「いってらっしゃい」
陽向は数歩進んでから振り返る
「いってきます!」
大きく手を振るその姿は、
もう以前のような不安はなかった
紬も手を振り返す。
陽向は、そのまま人の流れに溶けていく
紬はしばらく、その背中を見ていた
「……大丈夫」
小さく、息のようにこぼれる
少しだけ間を置いて、
「……ちゃんと、帰ってくる」
それだけを言って、立ち上がる
紬も歩き出す
それぞれの場所へ
同じ朝の中で、
少しずつ違う道を進みながら
――それでも
帰る場所は、変わらない
(帰る場所がある限り、離れても大丈夫)




