✦ 19話 帰ってくる場所 ✦
夕方
玄関のドアが静かに開いた
「ただいま……」
紬はその声に、すぐ顔を上げた
「……陽向?」
靴を脱ぐ手が、少し遅い
背中も、どこか小さく見える
紬は何も言わず、近くまで歩く
「どうしたの」
問いかけは、短い
陽向は少し黙ってから、ぽつりと言った
「……また、言われた」
視線は床のまま
「チビって」
紬はすぐには反応しなかった
ただ、少しだけ息を吐く
「そう」
それだけ
否定もしないし、怒りもしない
ただ受け取る
陽向が続ける
「ほんとのことだし」
力のない声
「ぼく、小さいし……」
少し間があって、
「……あんまり、できないし」
最後の言葉は、ほとんど聞こえなかった
紬は、一歩だけ近づく
「顔、上げて」
静かな声
陽向はゆっくり顔を上げる
目が、少し赤い
「“できない”って、誰が決めたの」
問いかける
責めるようではなく、確かめるように
陽向は言葉に詰まる
紬は続ける
「今日、逃げた?」
小さく首を振る
「……逃げてない」
「そう」
それを聞いて、紬は少しだけ頷く
「それで十分」
短く言う
「できるかどうかは、後でいい」
「逃げないことの方が、大事」
陽向の肩の力が、少しだけ抜けた
紬は手を伸ばす
抱きしめるわけじゃない
ただ、頭に触れる
ゆっくり、一度だけ撫でる
「……泣きたいなら、泣いてもいい」
小さく言う
「ここではね」
陽向は少しだけ唇を噛んで、
それから、そっと近づいた。
強くしがみつくわけじゃない
ただ、額を軽く預ける
紬は何も言わない
そのまま、一定のリズムで背中に手を添える
しばらくして
陽向の呼吸が落ち着く
紬が、ぽつりと呟く
「……ちゃんと帰ってきたわね」
陽向はその意味を深く考えないまま、
小さく頷いた
「……うん」




