✦ 1話 母の不調 ✦
朝。
いつもの味噌汁の匂いが、しない
台所から、母・沙織のつらそうな声が聞こえてきた
「……ごめん、今日ちょっと無理かも。頭痛がひどいわ」
授業参観の日なのに
胸の奥が、ぎゅっと縮まる
「陽向?」
母が心配そうにこちらを見る
「……ううん、大丈夫」
そう言ったつもりなのに、声が少し震えた
自分でもわかる。今の僕は、きっと情けない顔をしている
母は小さくため息をつき、紬に視線を向けた
「……ごめんね、紬。代わりに行ってもらえない?」
「えっ」
紬は目を丸くする
「私が?」
「……親ってこと?」
「ほら、紬のほうがしっかりしてるし」
母はさらっと言う
「陽向、そんな顔してるよ」
「泣いてないよ……」
小さく返したけれど、説得力はなかった
紬は少しだけ困った顔をして、こちらへ歩いてくる
そして——
ぽん、と頭に手を置いた
「……わたしでいいの?」
その声は、やわらかい
手のひらがあったかい
少しだけ顔を上げる
「来てくれるなら……うれしい」
紬は一瞬だけ黙って、軽く息を吐いた
「……わかった。行くよ」
母が横から言う
「助かるわ」
紬は腕を組んで、少し考える
ちらっと僕を見る
(……泣きそうな顔して。仕方ないな)
小さく苦笑して、もう一度頭をなでた
「じゃあ行く。そのかわり——」
少しだけ笑う
「お母さんのワンピース貸して。大人っぽいやつ。化粧もするから」
その背中を見ながら、
さっきまでの苦しさが、すこしだけやわらいだ




