✦ 14話 できるようになるまで ✦
夕方
机の上には、ノートと教科書が整然と並んでいた
さっきまでのざわついた気持ちは、少しだけ落ち着いている
紬がシャープペンシルで問題を指した
「はい、次はここ」
陽向は鉛筆を持ったまま、少しだけ手を止める
「……難しい」
正直に、そう言った
紬はすぐには否定しない
一度だけ頷く
「うん。ちょっと難しいね」
それから、椅子を引いて隣に座った
「でも、さっきと同じ考え方でいけるよ」
ノートの途中式を指でなぞる
「ここまでは、自分でできてたでしょ?」
陽向は小さく頷いた
「……うん」
「じゃあ、その続き」
紬はそれ以上言わず、少しだけ距離を引く
見守るように
陽向は式を見つめる
頭の中で、さっきの説明をなぞる
(同じ……やり方……)
手が、ゆっくり動き出す
でも途中で止まる
「……ここ、わかんない」
紬はすぐに答えを言わない
少しだけ考えてから、問いかける
「どこまでは分かってる?」
陽向は式の途中を指さした
「ここまでは……できる」
「いいね」
短く、でもはっきり褒める
「じゃあ、その次。何をするんだっけ?」
陽向は黙り込む
すぐには出てこない
でも——
「……分ける?」
おそるおそる口にする
紬は少しだけ笑った
「そう。分ける」
それだけ
正解だとも、大げさには言わない
陽向は、もう一度式に向き直る
今度は、さっきより手が止まらない
一行
また一行
書き進めていく
しばらくして
「……できた」
小さな声
紬はノートを覗き込む
すぐには何も言わず、最後まで目を通す
そして、ゆっくり頷いた
「うん。合ってる」
少しだけ間を置いて、もう一度頷いた
陽向が顔を上げる
「ほんと?」
「ほんと」
短く、でも確かな肯定
陽向の肩から、力が抜ける
「……できた」
今度は、さっきよりはっきりした声
紬はその様子を見て、ふっと表情を緩めた
(こうやって少しずつできるようになるの、いいな)
「ね」
ノートを軽く叩く
「さっき“難しい”って言ってた問題」
少しだけ目を細める
「ちゃんと、自分で解けたでしょ」
陽向はノートを見つめる
さっきまで分からなかった式
今は、全部自分で書いたもの
「……うん」
小さく、でも確かに頷く
紬は手を伸ばして、軽く頭に触れる
撫でるというより、そっと触れるだけ
「いいね」
それだけ言った
陽向は少し照れたように視線をそらす
でも、さっきまでの不安はもうない
紬はシャープペンをくるりと回した
「じゃあ、次いこうか」
いつもの調子に戻る
陽向は一瞬だけ驚いた顔をしたあと、
小さく笑った
「……うん」
机の上
ノートの中には、ひとつ確かに解けた問題
それは、誰かにやってもらった答えじゃない
自分でたどり着いた答えだった




