ご立派でございます
正太郎様シリーズを「綾の好きなだけ作っていいから」と言った直後のことだ。
きらきらした目の綾が、ぐいっと身を乗り出してきた。
「し、師匠!一つ、お願いがございます!」
「な、なんだ?」
「師匠のお写真をたくさん撮らせていただけないでしょうか?師匠のお姿を折る際の参考にしたいのです!」
なるほど。モデルの資料がなければ、創作折り紙は折れない。
ちなみに千穂シリーズについては、長年の付き合いで、俺が千穂の顔や体型を熟知していたからこそ、折れたものである。
夜の大運動会ができれば、さらにその精度が上がったりする。誰にも言ってないけど。
「もちろん。写真なら好きなだけ……」
言いかけたとき、天井スピーカーからオリガミの声が割り込んだ。
『お兄様、綾さん。写真でしたら、私がお手伝いできますよ。』
綾がぴくりと反応した。
「妹様?」
『写真に加えまして、動画、3Dモデルデータ、お兄様の全身スキャンデータなど、あらゆる参考資料をご用意できます。折り紙の参考資料だけでなく、様々な用途にご利用可能な正確なデータを提供可能です。』
「3Dモデルまで……ですか?」
『はい。あと……幼少期のお写真もございます。』
綾の目の色が変わった。
「師匠の……小さい頃のお姿……」
――ゴクリ。
綾が生唾を飲み込む音が聞こえた。
え?そんなもの興味あるのか?
「い、妹様。な、なにとぞ。なにとぞ。その写真をわたくしめに……!」
また床に手をついて頭を下げている。
簡単に土下座ポーズをするんじゃありません。俺が言えたことじゃないけど。
「お、お願いします。なにとぞ!幼少期の師匠のお姿を拝見させてくださいませ!」
『では、綾さんのRINEに資料一式のURLをお送りしますね。写真は五百枚ほど、動画は十二本、3Dモデルは六パターンご用意します。幼少期のお写真は……三十七枚になります。』
「し、し、師匠の小さい頃のお写真が三十七枚も……!い、妹様、感謝するでござる!まことにかたじけのうござる!」
『いえいえ、私の頼み事を聞いてくれた綾さんのためですからね。……追加がご入用なら、お伝えください。まだいくらでもありますから。』
また俺のデータが、許可なしで勝手にやり取りされている。
「なあ……ちょっと多すぎないか?余計なもの入ってないか?」
『折り紙の参考資料は多いほど良いのです。お兄様だって、仰ってたじゃないですか。』
確かに言った。言いはしたが。幼少期の写真はいらんだろう。
綾が顔を上げた。目が潤んでいる。
「妹様……妹様はなんとお優しい……!このご恩、生涯忘れませぬ!」
『ふふっ。綾さん、お兄様の魅力を余すことなく折り紙に込めてくださいね。期待しています。』
「はいっ!必ずや!」
……なんだか、オリガミと綾の距離が近くなっている気がする。
オリガミの綾に対する接し方が、アヤトリへの接し方に似ているような……。
もしかして、ネムみたいに、アヤトリと綾を混同してしまっているとか?
オリガミに限って、まさかな……。
※※※
数分後。
資料の話が落ち着いたところで、綾が少しもじもじし始めた。
「あ、あの……師匠」
「うん?どうした?」
「も、もう一つだけ、ワガママを申してもよろしいでしょうか……」
「いいよ、言ってみてくれ」
綾が唇をきゅっと結んだ。頬が赤い。
「し、師匠のお体に……触らせていただけませんか?」
……ん?
俺の体に触る……?なんでだ?
「折る上で、イメージが必要なのです!平面の写真だけでは、掴みきれない部分がございまして……肩の厚みですとか、腕の太さですとか、そういった立体的な感覚を……」
「ああ、なるほど」
理にかなっている。
俺だって、千穂シリーズやネムシリーズを折るとき、実際に彼女たちの肩の厚みや手の大きさを、内緒で確かめながら構造を決めている。
やっぱり、内緒なのはマズイよな……インモラリスト正太郎め。
「いいよ。男に二言はない。好き放題触ってくれ」
綾の顔がぼんっと赤くなった。
「ほ、本当でございますか!?で、では、失礼いたします……!」
おずおずと手を伸ばしてくる。
まず、肩に触れる。
「…………」
両手で、俺の肩幅を確かめるように、ゆっくりと撫でている。指先が少し震えていた。
少しくすぐったい。
「し、師匠の肩……思っていたより、がっしりしていらっしゃるのですね……」
「折り紙ばっかりやってるけど、一応筋トレもしてるからな」
「な、なるほど……」
肩から腕へ。二の腕を両手で包むようにして、太さを確認している。
綾の顔は真っ赤だ。耳まで赤い。だが、指先だけは正確に動いていた。
「次は……胸のあたりを、よろしいですか……」
「おう」
綾の手が胸板に触れた。
心臓の鼓動を拾っているのか、綾の手がぴたりと止まる。
「……どきどき、しておられますか?」
してるに決まってる。
「そりゃ、まあ可愛い女の子に触られればな……男として普通だろ」
「か、可愛い……あなうれし……」
綾の手は止まらない。
胸板から脇腹へ。背中へと回る。
気づけば、綾が後ろから抱きつくような体勢になっていた。
あ、これはまずい。
綾の体温が背中に伝わってくる。小柄な体が密着している。
ウゴガガガ!こんなの我慢できるか!
俺は男だぞ。健全な成人男性だぞ。
……来た。
来てしまった。
ご立派な生理現象が、発動してしまった。
「し、師匠……?」
綾が正面に回ってきた。
視線が、下に向いた。
沈黙。
「…………」
「…………」
綾の目が、ゆっくりと見開かれていく。
あ。
「ご……」
綾が口を開いた。
「ご立派で、ございます……。素晴らしきものをお持ちで……」
「あ、ありがとうございます?」
思わず、俺も敬語で返してしまった。
どうやら俺のご立派様が気になるらしい。彼女の目は釘付けだ。
そ、そんなに見ないで欲しいな。興奮しちゃうじゃないか。
さらに収まりが悪くなっていく。
そこに……綾の手が、ふらふらと伸びてくる。催眠術にでもかかったように。俺のご立派様に向かって……。
お、おい。それは流石にマズイだろ。
「確認しても……よろしいでしょうか……?資料として必要で……」
「だ、だめぇ!」
思わず、変な裏声が出てしまう。
俺のご立派様は、期待にビクビクと震えているが、ここで自分の欲望に負けるわけにはいかない。
というか、今触れられたら……暴発しそうなのだ。
「ま、まだ仮婚約だよぉ!好き放題触れって言ったけど、そこは範囲外だぁ!」
「し、しかし!折り紙の参考に……全身のデータが……」
「そこのデータは不要!」
綾の手をがしっと掴んで止める。
「ですが……」
綾は顔を真っ赤にしたまま、諦めきれないように、目線がふらふらと俺の下半身と顔の間を行ったり来たりしていた。
『お兄様。ご立派です。余程、このシチュエーションに興奮されたのですね。反応がいつもより強いですよ?』
そ、測定禁止!
※※※
数分後。
我に帰った綾は、ソファの端っこで体育座りをしていた。
全身が、耳の先からつま先まで、ゆでダコのように真っ赤だ。
顔を膝に埋めて、もぞもぞと動いている。
「は、はしたないことを……わたくしは……なんてことをしようと……弟子の風上にも置けませぬ……」
「い、いや、綾は悪くないから。俺の生理現象だから。ごめんな」
「師匠が謝られることではございませぬ!わたくしが……わたくしの手が……勝手に……」
綾が膝に顔を埋めたまま、じたばたしている。
か、可愛い……!
まてまてまて、落ち着け落ち着くんだ。
色即是空、空即是色。
『お兄様。』
オリガミの声がスピーカーから降ってくる。やけに明るい。
『もう、お二人でお子作りされてはいかがですか?シーツの交換も済ませてありますし、お風呂も適温で準備しておりますよ。』
またかよ。
「子作りは結婚してからです」
「こ、こここ子作り!?」
綾が膝から顔を上げた。真っ赤を通り越して、もはや紫に近い。
「い、いいいいいえ!わたくしは!そのような!まだ心の準備が!で、ですが!し、師匠がお望みなら!師匠のためなら!わわわわ、わたくしは!」
挙動不審に、両手をユラユラさせる綾。
「しないから!しないから、安心してくれ!」
そして、聞こえてくるオリガミの声。
『お兄様、相変わらずヘタレですね。せっかくムーディーなアロマを焚き、室温と湿度を完璧に調整し、念のためベッドのきしみ音を消すための強度補強すら先ほど密かに完了させておりましたのに……。』
ヘタレって言うな。
※※※
それからも、綾はしばらく、ソファの端でもぞもぞしていた。
時間とともに、徐々に赤みが引いてきて、ようやく正座で座り直した綾。
「……師匠」
「うん」
「本日は……大変、失礼いたしました」
深々と頭を下げる綾。
「いや、こっちこそ。見苦しいものを見せてしまってすまない」
「見苦しくなど!実に、ご立派で……雄々しく……猛々しく……あ、いえ、なんでもございません」
なかなか、言葉のレパートリーが豊富だ。恥ずかしいので止めてほしい。
綾は口元を押さえ、まだまだ目を泳がせている。
「……師匠、あの……資料の件と、その……触診の件、本当にありがとうございました。これで、正太郎様シリーズに取りかかれます」
「ああ、頑張ってくれ。楽しみにしてるよ」
「はい!必ずや、師匠の魅力を余すところなく折り紙に……」
綾の目が一瞬、俺の下半身に向きかけて、慌てて逸らした。
「ぜ、全身の魅力を!上半身中心の魅力を!」
『綾さん、ご安心を。3Dモデルデータには、ご立派様がご立派になっている状態のものもありますよ。綾さんがご所望されるのなら……』
「妹様……また後ほどご連絡を差し上げてもよろしいでしょうか?」
『もちろんです。お待ちしてますね?』
そんなデータ、やり取りしないでくれよ……。
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




