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オリガミ - 妹AIを神にするため、俺は成り上がる【カクヨム完結済/なろう連載中・累計59万PV】  作者: けーきまる
研究所を建設しよう

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さすまど大学紀行

東応大学のキャンパスに足を踏み入れる。


「さーて、今日もあのロートルに負けないように気合い入れていくかあ!」


東応大学構内、隣を歩くネムが、拳を握る。


「ネム、俺たちは紳士教授に紹介をお願いする立場なんだからな?」


「ワタシだってそれぐらいわかってるぞ!」


ネムが胸を張る。小さい体のくせに胸だけは立派なので、妙に迫力がある。


「ただの挨拶と紹介のお願いだ。大人しくしてろよ?」


「わかってる!今日のワタシは完璧な社会人だ!礼儀正しく、穏やかに、知的に。紳士教授の株を上回る淑女っぷりを見せつけてやるぞ!」


まったく、信用できない。


そんなネムは、白いダボダボパーカーに黒いショートパンツに黒いストッキング。本当にいつも通りの格好だ。


一方、俺は、違う。


メガネ、帽子、マスク。


身バレ対策のフル装備だ。怪しいっちゃ怪しいが、このご時世、マスクだけなら珍しくもない。帽子とメガネを足しても、まあ、ギリギリ不審者じゃないだろう。たぶん。


正門をくぐったあたりで、妙なことに気づく。


学生たちの視線が、やたらとこちらに集まっている。


なんだ……?


いや、俺に向けた視線じゃないな。


視線は……隣のネムに向いている。


すれ違う学生がチラチラとネムを見ては、スマホに目を落とす。二人組の女子が小声で何か囁き合いながら、こちらを――正確にはネムを横目で見ている。


「……なんだ?ワタシ、何かおかしいか?」


ネムもその様子に気付いたようで、首を傾げた。


「さあ……なんだろうな?ネムが可愛いから、皆が目を向けているんじゃないか?」


「わ、ワタシが可愛いのは当たり前だけど……なんか変なんだよなあ?」


ウンウンと唸るネム。


予想はついているが……俺の口からいったら、こっちに矛が向いてきそうだ。


黙っていよう。そうしよう。


※※※


ネムと肩を並べながら、校舎の廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「あの……すみません」


振り返ると、女子学生が二人。片方がスマホを持っていて、もう片方がネムをじっと見ている。


「星ヶ谷先生……ですよね?」


ネムが足を止める。


「え?ああ、そうだけど」


「あの動画……先生ですよね……?」


やはりあの動画が原因か。


バズった動画『さすまど!ちびっこ天才大魔導師の大詠唱(厨二病)』の。


ネムの口がわずかに開いて、そのまま固まった。


「……ど、どの動画だ?」


「『さすまど!』の……魚釣りやってる動画の……」


ネムが硬直した。


まばたきが止まっている。呼吸も止まっている気がする。


二秒。


三秒。


ネムの目が、この世の終わりを見た人間のそれになった。


「#$+@*¥$&%!!!!!!」


声にならない叫びを上げて、ネムが走り出した。


小さい体が廊下の奥に猛スピードで消えていく。


「あ、先生!?」


女子学生二人が呆然としている。


うわぁ……あれはきっついわぁ。


黒歴史バズり経験者として、その気持ちは痛いほどわかる。目の前の人に「あの動画って……」と聞かれる絶望感。


忘れていた羞恥を無理やりひっぱりだされてしまう、あの胸のあたりがゾワッとする感覚。


そうですが何か?と開き直れるまで、相当な時間がかかるのだ。


そう。俺はすでに乗り越えた男である。


え?なんで、マスクとメガネと帽子で変装してるんだって?


これは……まあ、その、なんだ。


ほら、写真撮影とか頼まれたら面倒じゃない。そんな無駄なことに使う時間ないだろ?それだけだ!


それだけなのだ。


さて、ネムを追いかけなければならない。


今一人にするのは、さすがに可哀想だろう。


ここで優しくして……さらに俺への好感度をあげてやるのだ。


※※※


廊下を早歩きで進む。ネムは三歩先を、やや猫背で、貸してやった帽子を目深にかぶり直しながら歩いていた。帽子の上にパーカーのフードまで被っている。


「ネム、落ち着け」


「落ち着いてるぞ!ワタシは冷静だ!完璧に冷静だぞ!」


声が裏返っている。


すれ違った男子学生の集団が、ネムを見て、ひそひそ話し始めた。


「……悠久の時を越え……」


小声で詠唱の一節が聞こえた。


ネムの肩がビクンと跳ねる。


「き、聞こえてないぞ!ワタシには何も聞こえてない!」


痛々しい……


角を曲がったところで、今度は女子学生のグループとすれ違う。


すれ違って、ある程度離れたところで、彼女たちのひそひそ話が聞こえてくる。


「いまの……星ヶ谷先生だよね……?」


「そうだよね!?ああ、やっぱり可愛い!」


「わかるわかる!可愛すぎて、わたしあの動画毎朝見てるんだ。あれが、天才AI研究者の姿だと思うと、なんかやる気が出てくんだよね」


「やっぱり、天才ってのは私たちみたいな常人と違うのかな。あんなの、私には恥ずかしくて無理だよ……」


「すごいよね……。天才で見た目も可愛いのに、行動まで可愛らしいとか……いいなあ……推せるなあ」


100パーセント善意の言葉で、悪気はないんだろうが……。


ネムがフードの中で小さくなっている。善意ってのは、時に人の心を抉るものなのだ。


中庭に面した渡り廊下で、今度は男子学生たちの会話が耳に入ってきた。


「さっきRINEがあったんだけどさ、星ヶ谷先生が、構内に来てるらしいぜ?」


「え、マジで!?どこどこ?俺、サインもらいたい!」


「あ、いいなそれ!今のうちに、サインペンでも準備しとくか!」


「……俺さ……ここだけの話だけど……前にあの詠唱しながら釣りしてみたんだよね」


「マジで?お前、勇者だな……それで?どうだった?」


「……全然釣れなかった」


「星ヶ谷先生が使ったのは、上級魔法なんだろ?きっとお前のMPじゃ無理だったんだよ」


「くっそぅ。どうすりゃMPあがるんだ?」


そして、弾むような笑い声が聞こえる。実に楽しそうだ。


どうやら、ネムの黒歴史は、学生の多くが知っているようだ。


もはや個人の恥ずかしい動画という次元を超えて、大学内でのミームと化しているのかもしれない。


ネム……哀れなやつだ……。


※※※


ネムが立ち止まった。


「……正太郎」


「ん?」


「ワタシ、もう帰りたい」


「紳士教授とのアポがあるだろ」


「メールで済ませる」


「直接会った方が話が早いって言ったのお前だろ」


「……………………」


ネムが無言で俺の袖を掴んだ。小さい手がぎゅっと布を握っている。


かわいそうだが、仕方ない。ブラックホールの専門家を紹介してもらわないと、境界ソケットの手がかりが掴めないのだ。背に腹は代えられない。


「行くぞ」


「………………うううっ。しょ、正太郎のせいだからな!お前がワタシをおだてたから、あんなこと言っちゃったんだ!」


調子に乗らせちゃったのは俺だけど……ネムを囃し立てたのはあのナンパ男たちだぞ?


だが、ここで否定するのもカッコ悪い。


男の度量で、ネムの責めを全てうけいれようじゃないか。


「マジですまん。ほら、この伊達メガネもかしてやるから」


「うん……ありがとう……ごめん……」


帽子もメガネもネムに取られて、残りはマスク一枚。


これでもバレないのが、冴えない男と言われ続けて来た俺なのだ。


まあ、自分ところの大学の特任准教授が、あんな動画だしてれば……そりゃ人気にもなる。


さらにネムはちっちゃくて可愛い。ファンクラブが出来ててもおかしくないんじゃなかろうか?


※※※


研究棟に入ったところで、さらなる試練が待っていた。


「星ヶ谷先生ですよね!?」


廊下の向こうから、五人ぐらいの集団が走ってくる。全員、妙に日焼けしていて、アウトドア系の雰囲気がある。


先頭の男がTシャツの胸元を指差した。そこには『アルティメット・フィッシング・バースト』の文字がプリントされている。


釣りサークルだ。しかも、Tシャツの文字……サークル名だよな?


アルティメット・フィッシング・バースト。


ね、ネムの大詠唱からの引用じゃないか!これは効く!


「星ヶ谷先生!お、お、お、お会いできて光栄です!」


「釣りサークルなんです!先生の動画を見て、俺たちも釣りがしたくなって!」


「さ、サインもらえませんか!?」


ネムが踵を返し、この場から逃げ出す。


「ちょ、待ってください!お願いします!」


釣りサークルの面々が追いかける。


ネムが廊下を全力で走る。小さい体がすばしっこく角を曲がっていく。


「星ヶ谷先生!俺たちの名誉顧問になってくれませんか!?」


「こんな名誉顧問は名誉じゃないぞぉ!」


意味の分からないことを、走りながら叫ぶネム。


見てられない。仕方ないな。


「君たち、ごめんな。ネム、あれ……あんまり気に入ってないみたいなんだ」


「え?あなたは……」


「ここの住所にサインいれてほしいもの送ってくれないか?なんとかおだてて、俺からサインお願いしてみるからさ」


そう言って、ドールハウス代表取締役の名刺を渡す。


「……ドールハウスの社長?……お、オリ男さん……?」


「さあ?それは何のことかわからないけど、頼むよ。……な?」


「は、はい!わかりました!ありがとうございます!」


まさかあんな名前の釣りサークルが出来てるとは……もしかして、この先何十年も続いたりするんじゃないか?


……それはそれで面白いな。


※※※


紳士教授の研究室の前に辿り着いた。


ネムは息を切らしている。フードが後ろにずり落ちて、帽子も落ちかけている。髪はぐちゃぐちゃ、顔は真っ赤。


……これじゃ、淑女っぷりは見せつけられそうもないな。


「……つ、疲れた……死ぬかと思った」


「なかなかいい走りだったな。追いつけなかったぞ」


本当は、廊下は走っちゃいけないのだが。


「階段を三フロア分ダッシュしたぞ……体力の限界だ……」


ネムが壁にもたれかかりながら、呼吸を整えていたのだった。


※※※


紳士教授の教授室の扉。


コンコンコンコン


中の人に聞こえるように、強めにノックをする。


「どうぞ」


紳士教授の、秘書さんの声だ。


以前、大学の構内を案内してくれたから、よく覚えている。


「失礼します」


研究室のドアを開ける。


中には、ロマンスグレーの髪にインテリ眼鏡、背筋がピンと伸びた紳士教授が、デスクに座っていた。


「おや、星ヶ谷先生。どうされたんですか?顔が真っ赤なようですが」


紳士教授が穏やかに微笑む。


ネムが紳士教授の顔をじっと見ている。ちらっとこちらに目を向けてから、また紳士教授に視線を戻した。


読めない。この人の紳士モードは鉄壁なのだ。


「い、いえ、少し走ったもので……」


「それはいけませんね。お茶でもお持ちしましょうか」


紳士教授が秘書さんに声をかける。秘書さんがお茶の準備のために立ち上がった。


そのとき、秘書さんの表情が一瞬だけ強張って、ネムから目をそらした。


お茶だけを慌てて準備して、そのまま足早に部屋を出ていく。


あの反応。秘書さんも動画を見ていたんだろうな。


何かを堪えるような足取りだった。いい緊急離脱だ。


「紳士教授から動画について電話がかかってきた」とブツクサ言っていた記憶がある。


紳士教授本人も、あの動画のことは当然知っているはずなんだけど……何食わぬ顔でネムに椅子を勧めている。


……何かたくらんでそうだ。


「藤崎社長もどうぞ。お座りください」


「あ、失礼致します」


マスクを外して、椅子に腰を下ろす。


紳士教授の研究室は相変わらず整然としている。デスクの上には図面らしきものが広がり、ホワイトボードには何かの構造計算のような数式が書かれていた。


「さて、本日はどのようなご用件でしょうか」


紳士教授がネムに目を向ける。穏やかな笑みだ。動画のことなど一ミリも感じさせない表情だ。


逆に怖い。


「え、えーと……本日はですね」


ネムが姿勢を正す。大人モードだ。


「その前に、星ヶ谷先生。星ヶ谷先生が開発された介護ロボットの制御AI、素晴らしい出来ですね」


紳士教授が先に話題を振った。


「業界紙でも取り上げられていましたね。あのAIの動作予測精度、従来のものとは次元が違うと評判です」


「あ……ありがとうございます」


ネムの背筋が少し伸びた。


「特に、人間の意図を先読みして動作する部分ですね。介護の現場では、利用者が『何をしたいか』を正確に読み取ることが最も難しい。それをAIがリアルタイムで判断して動作に反映している。これは画期的ですよ」


「あ、そこはワタシ、かなり力を入れましたからね!すごいだろ?」


ネムが得意げに鼻を鳴らす。大人モードが早くも崩れている。


「介護者の負担を劇的に減らしているそうですね。導入した施設からは、夜勤のスタッフが仮眠を取れるようになったという報告もあると聞きました」


「そうなんだ!あれはだな、睡眠中の体動パターンから覚醒タイミングを予測して、巡回スケジュールを自動最適化するんだ。だからスタッフが無駄な巡回をしなくて済む!」


ネムの目が輝き始めた。


「正直、制御AIの設計には自信があるんだ。あのアーキテクチャは、ワタシが一から設計したものだからな!」


完全に素に戻っている。だが、紳士教授はそれを咎めない。ニコニコと聞いている。


「今期だけで数千億の黒字が出ているそうですね」


紳士教授が感心したように頷く。


俺も口を挟む。


「現状では、市場の一人勝ち状態です。もはや独禁法の心配をした方がいいレベルです。まあ、第二位の介護ロボットがないので、独禁法も何もないんですけどね」


「さすがですね……」


「ネムがすばらしい制御AIを作ってくれましたからね」


「ウヘヘヘ……」


ネムが照れくさそうに笑う。


ふむ、さっきのダメージは完全回復してそうだ。


「叔父の会社の藤崎グループが上手に業界に売りこんでくれました。本当、周りが優秀な人間ばかりで助かります。俺、本当に、何もしてないんですよ。説明会で醜態を披露したくらいで」


「はははっ!お若いですし、コントロール出来るものでもないですしね。あれは仕方ないですよ」


紳士教授は愉快そうに笑う。


「正太郎のアレは笑えたな!もっこり御老公……ぶ、ぶふぅ!」


説明会でのもっこり動画か……同日再生数世界一だからな。俺はもうあの黒歴史と一生添い遂げていくつもりだ。


第一、もっこりしたのはネムのせいだけどな。


まあ……ネムが楽しそうだし、いいか。


俺は寛大な男なのだ。


……だけど、このままで終わるとは思えないんだよなあ。


※※※


「それで、本日の用件なのですが」


ネムに代わって、切り出す。


「ブラックホールやホーキング輻射(ふくしゃ)に詳しい、優秀な研究者をご存知ないですか?できれば実験物理学の方で」


「ほう。それはまた、ずいぶんと専門外の分野ですね。何かあったんですか?」


紳士教授が興味深そうに眉を上げた。


「AIシミュレーションと物理実験の比較検証をやりたくて、実験側のパートナーを探してるんです。ブラックホール周りは、シミュレーション対象として面白いので」


「ああ、なるほど。AIで天体物理のシミュレーションを回して、実験データと突き合わせるわけですか。確かに、面白いアプローチですね」


「ついでに、ブラックホールVTuberの『ブラ子』もウチで出そうかなって思ってまして。配信の中で実験を見せたりもしたいので、理論より実験寄りの方だと助かります」


「ブラ子?」


紳士教授が目を丸くする。


「ブラックホールをテーマにしたVTuberです。『事象の地平面』について、恍惚とした顔で、延々と熱く話し続けるVTuberなんてどうかなと思いまして」


詩織さんみたいなちょっとイカれたキャラに「事象の地平面」について延々と語らせたら、笑えるんじゃないかと思い、いまサラッと出てしまったアイデアだ。


うーむ。なんだか詩織脳になってきてる気がする。


「……藤崎社長の発想は、いつもユニークですね」


紳士教授が苦笑する。褒めてるのかどうかわからない。なんだか、微妙な顔をしている。


「それで、心当たりはありますでしょうか?」


紳士教授が顎に手を当てて、少し考え込んだ。


「……ちょうど、いい感じの人間がいますよ?藤崎社長、運がいいですね?」


紳士教授がにこりと笑う。


「丸戸丸男(まるとまるお)。元ウチの大学の実験物理学者です。ブラックホールとホーキング輻射(ふくしゃ)が専門で、実績は本物ですよ。論文の引用数も高いです」


ホーキング輻射!ついてる!


「元、というと?」


「ええ。研究室を追い出されまして」


「追い出された?何かやらかしたんですか」


ネムが身を乗り出す。


「フィギュアを置きすぎたんです。際どい衣装の美少女フィギュアを」


「……は?」


「研究室のスペースが、美少女フィギュアで埋まってしまいましてね。機材を置く場所がなくなったんですよ。もう、何の研究室かわからない状態でしたからね。何度注意しても減らさないものですから、最終的にスペースの問題で追い出されたみたいです。研究室は狭いですからね……」


「……フィギュアで研究室を追い出されたのか」


ネムが絶句している。


「元所属研究室との、ケンカ別れではないのでご安心を。彼の研究室も、彼の実績は認めていましたから。美少女フィギュアを置き過ぎただけです。別の大学が特任助教として拾って、今はそちらで研究室を持っています。元研究室のメンバーとも関係は今も良好みたいですよ」


「実績もあるし、対人関係にも問題はないけど、研究室の使い方に問題がある。変わったヤツだな……」


ネムが困ったような顔をする。


「見た目は太っていて、メガネで、典型的なオタクですが、とても優秀です。私が保証しますよ」


紳士教授がきっぱりと言い切った。


ふむ……だがそのオタク像はちょっと古いんじゃなかろうか。


笹木卓郎さんもオタクだし。VTuberオタク。いやアユ美オタクかな。でも、超イケメンだ。


なんだか笹木家、美形過ぎない?遺伝子って怖いな。俺と詩織さんに子供ができたとしたら、その子も美形になるのかな?想像できない。


そんな下らないことを考えていると、紳士教授は怪訝な顔でこちらを見てくる。


いかん。ボーっとしてた。


「その方、是非ご紹介をお願いします!本当に、助かります!」


頭を下げた。紳士教授の人脈には本当に助けられている。


なんか世話になりっぱなしで気持ち悪いな……。


今度、研究資金の寄付でもさせてもらおう。


「あ、ありがとうございます」


ネムも隣で頭を下げる。


「いえいえ。星ヶ谷先生と藤崎社長のお役に立てるのなら、光栄ですよ」


紳士教授が穏やかに微笑む。


用件は済んだ。次は丸戸丸男さんの研究室への訪問だ。


よし、帰るか。


※※※


立ち上がろうとしたとき、紳士教授が口を開いた。


「ところで、星ヶ谷先生」


「はい?」


「ブラックホールに興味を持たれたということは……」


紳士教授の口角が、わずかに上がった。


目が笑っている。さっきまでの穏やかな紳士の笑みとは、明らかに質が違う。


「ブラックホールみたいに……『悠久の時を越え』ちゃうものに興味が出てきたんですか?」


ネムの口が閉じた。


「それとも、ブラックホールに対して『巨躯を白日の下に晒すがいい!』とか思ってるんですか?」


「う、うわああああっっっっ!!!」


ネムの絶叫が研究室に響き渡った。


「このロートルジジイ!!最初からいじるタイミング見計らってたんだろ!!」


紳士教授が声を出さずに笑っている。肩が小刻みに震えていた。


「いえいえ、大魔導師様のお力をお借りすれば、ブラックホールの観測もきっと……ぷ、ぷふふっ」


「や、やめろよぉ!」


ネムが真っ赤な顔でテーブルをバンバン叩いている。


……やりおったな、紳士教授。さすがだ。


「帰る!もう帰るぞ正太郎!」


ネムが俺の腕を掴んで引っ張る。


紳士教授が手を振りながら、まだ肩を震わせていた。


「またいつでもいらしてくださいね、大魔導師様」


「二度と来るかぁぁぁぁぁ!!」


ネムに引っ張られる俺。こ、こいつのどこに、こんな力が……!


ちょ、まって。まってくれ!


さ、最後に一言ぐらいお礼を……!


「し、紳士教授!ありがとうございましたぁ!」


こうして俺たちは、紳士教授のお世話になり、ブラックホールの専門家との繋がりが得られたのであった。


……丸戸丸男さんか。いったい、どんな人なんだろうか。

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