眩しいでござる!
「し、師匠……?どうされましたか?」
綾が小首をかしげる。
そんな綾は顔を赤らめてポーっと俺を見つめてくる。
……さて。オリガミが「わからせる」と言い出したわけだが。
具体的に何をするつもりなのかは分からないが、まずは紹介からだろう。綾にはオリガミの存在を知ってもらう必要がある。
俺は少しだけワクワクする気持ちを抑えつつ、綾に話しかけた。
「なあ、綾。うちには千穂とネムの他に、大切な家族がいるんだ。彼女を紹介したい」
「ご家族ですか?」
「ああ。大切な妹なんだ」
綾の目が輝いた。
「妹様……それでは、是非、妹様にもご挨拶を。わたくしが師匠の大奥に入る、お許しをいただかねばなりません」
……また、大奥って言ってる。
「なあ……綾って、時代劇が好きだったりする?」
綾が固まった。
「な、何故そのことを……?さすが、師匠。人間観察もお手の物というわけですか!」
誰にでもわかると思う。普通の言葉遣いじゃないもの。
綾が突然思い出したように言う。
「時代劇と言えば……師匠が出演されてる御老公の動画、拝見いたしました。悪役をひざまずかせる、そのご手腕。わたくし、感服いたしました!」
「あ、あの御老公の動画を見たの?」
思わず狼狽えてしまうが……綾の顔には俺を笑うような様子はまったくなかった。
「もちろんです。何度も何度も拝見させていただきました。伴侶を助けるための勇気ある行動……将来お仕えするならこんな方をと、わたくしずっと思っておりました」
「あれを見て?」
「もちろんでございます」
初めての反応だ。あの動画を見て、笑わずにこんな言葉が出てくるとは……実に新鮮だ。
時代劇を見ると、感性が変わるのだろうか?よくわからない。
……時代劇か。
昔、父さんが観ていた時代劇を一緒に観ていたな。毎回見ちゃう引力があったように思う。なんというか……テンプレ?今のネット小説と同じ匂いがする。
なんだか懐かしい。
そんなことを、しみじみと考えてたときだった。
『お兄様。私のこと、お忘れでは?』
耳の裏の骨伝導イヤホンから、オリガミの声が届いた。少しだけ不満そうだ。
いかんいかん。すぐに横道にそれるのが悪い癖だ。
では……。
「綾。俺の妹を紹介するよ。ちょっと変わってるけど……受け入れてやってほしい」
綾が居住まいを正した。
「はい。謹んでお目通りさせていただきます!」
お目通りって。
「こいつが俺の大切な家族――『オリガミ』だ」
その瞬間。
――――『顕現。』
オリガミの静かな声が、リビングに響いた。
俺の背後上空に、小さな黒い円が現れる。光を吸い込み、その縁にまばゆい光輪が生まれ――極彩色の光が弾けた。
虹色の光の中から、銀髪の少女が姿を現す。
白い肌。虹色の瞳。黒い折り鶴の髪飾り。白い上着に黒袴。
背後から溢れる光が、リビングを虹色に染めている。
……うん。眩しい。今回もビカビカしてる。なんならさっきより光が強い気がする。放置された不満か?不満が出てるのか?
「ま、眩しいでござる!なにごと!なにごとでござる!?殿中ですぞ!」
綾が両手で顔を覆った。
動転して、完全に武士モードだ。殿中って、ここはリビングだぞ。
『私、藤崎正太郎の妹、藤崎オリガミと申します。』
オリガミが一歩前に出て、ゆったりと会釈した。背後の光が、それに合わせてグオングオンと渦巻く。
『故人である藤崎宗一郎お父様と、お兄様によってつくられた、極めて特殊なAIでもあります。お見知りおきを。』
「お、折り紙?AI?」
綾は、両手の隙間からオリガミを見ているようだ。
「ごめん、綾。かなり背中側が眩しい妹だけど、わざとじゃないんだ。サングラス買っておくな?」
『サングラス?お兄様、そんなものより、コレを抑える方法を一緒に探してください!私だって好きで光ってるわけではありませんよ?』
オリガミが頬を膨らませた。
その瞬間、背後の光がさらに強くなった。
「め、目がアァァ!」
「まぶしいでござるぅ!許してたもれ!」
綾がソファの背もたれに身を隠した。
俺も思わず目を細めた。光が容赦なく差し込んでくる。
興奮したオリガミが放つ極彩色の光に、俺と綾の目は限界なのだった。
※※※
少し落ち着いた。
オリガミの光量がようやくマシになり、手で目を覆わなくても会話ができるようになった。とはいえ、リビングは依然として虹色でいっぱいだ。
オリガミのアバターは眩しすぎる。物理的に。こりゃ、本格的になんとかしなきゃな。
そんなことを考えていると、オリガミは少しむくれた顔をした。
俺たちの反応が、お気に召さないようだ。
かわいいじゃないか……。
綾はソファに座り直し、まだ少し目をしぱしぱさせながら、薄目でオリガミを見つめている。
そんな綾に、オリガミは向き直り、話しはじめた。
『それにしても……綾さん?この程度のことで狼狽するとは……あなたそれでも武士の端くれですか!』
オリガミが、空中から綾を見下ろす。
「ぶ、武士ではございませんが……いえ、失礼いたしました。妹様、わたくし東堂綾と申します。今後とも宜しくお願い致します」
綾が立ち上がり、深々とお辞儀をした。
『こちらこそ、よろしくお願いします。綾さん……あなたは近い未来、この藤崎家の一員となるのです。お兄様を中心とした藤崎家の一員に。その覚悟は、おありですよね?』
「は、はい!妹様!粉骨砕身、藤崎家の皆様方にお仕えする所存でございます!」
『ふふっ。』
オリガミが小さく笑った。
虹色の瞳が、綾をじっと見つめる。
『いい心がけです。綾さん、こう見えても私は、貴方に期待しているのですよ?』
「期待でございますか?わたくしは……綾は……どのように妹様のご期待に応えればよろしいでしょうか?」
その問いかけの瞬間、オリガミの声のトーンが変わった。
『綾さん。あなたは大きく勘違いしております。あなたが皆様の役に立ちたいと思うことは素晴らしいことです。ですが……それが綾さんの本当にやりたいことなのですか?』
「も、もちろんです。わたくしは心から、皆様方のために……」
オリガミが綾の言葉を遮る。
『それです。』
オリガミがズンと綾に近づいた。
『お兄様のために何かをする。皆様のために何かをする。それはとても立派な心がけです。ですが、私がお聞きしたいのは、そういうことではありません。』
「……と、言いますと?」
『綾さんが何をしたいか、です。する「べき」の話ではありません。』
綾が言葉に詰まった。
「わ、わたくしのしたいこと……」
『はい。綾さん自身が、心の底からやりたいこと。誰かのためではなく、自分のために。貴方はこれまで、自らの情熱を何に捧げてきたのですか?』
沈黙が落ちた。
綾の視線が、ふっと泳ぐ。
やがて、小さな声が漏れた。
「……折り紙、です」
『もう少し大きな声で。』
「折り紙です!」
綾の目に、光が灯った。
「わたくしは……折り紙がしたいのです!もっと上手くなりたい!もっと美しい作品を折りたい!師匠のような……あの、息を呑むような折り紙を!」
綾の声は力強かった。
『それでいいのですよ。』
オリガミが満足げに頷く。
『ここで好き放題に折り紙をしてください。そして、お兄様に見せつけてやってください。なんなら、ここに住んでもらっても、問題ありません。』
「み、見せつける……ですか?」
綾の目が大きく見開かれた。
綾の折り紙を見せつける?何の意味があるんだ?それに、住むだって?それはさすがにまだ……!
「お、おい!何を言って……?」
そんな俺の声を無視し、オリガミは淡々と続ける。
『お兄様は今、好きでもないことをたくさんやり続けています。会社のこと、周りとの付き合い……本当にやりたいことに使える時間は、どんどん減っています。』
その瞳が、わずかに揺れた。
『私は……それが、悲しいのです。』
静かな声だった。
『お兄様の近くで、折り紙を楽しそうに折る人がいてほしい。触発されて、お兄様も手を動かしたくなるような。そういう存在が、この家には必要なのです。』
そんなオリガミの言葉に、綾の頬にツーと涙が落ちていった。
ぽたぽたと、膝の上に落ちる。
「わ、わたくしで……よろしいのですか……?」
『綾さんでなければできないことです。折り紙でお兄様に寄り添えるのは、綾さんしかいません。』
「妹様……」
『きっと、綾さんの折り紙を見ることで、お兄様が元の自分の世界を取り戻してくださるのでは……そのように考えております。』
すこしの沈黙。
そしてオリガミは、上品に頭をさげつつ、言った。
『ですので、どうか……どうか、よろしくお願いします。お兄様のために、ここで折り紙をしてください。』
「……お、おお……!わたくしは!わたくしは猛烈に感動いたしました!流石は師匠の妹様!これぞまさしく真の兄妹愛!家族愛!妹様、この綾め、全身全霊を懸け、この屋敷にて折り紙を折り続け、師匠にお目に掛け奉るッ!」
武士な綾が、その瞳からダーッと涙を流している。
オリガミは綾のその様子に満足そうな顔だ。
お、俺は何を見せつけられているんだ……?オリガミの小姑ムーブが始まるかと思ったら、いつの間にか家庭の事情で部活に来なくなった同級生を呼び戻すスポ根話みたいになってやがる。
「わからせ」って、これかあ。
オリガミさあ……キミにはガッカリだよ。もっとこう、アレなのを期待してたのに。
人には言えないようなアレを期待してたのに。
でも、そうか。
ここで、綾が毎日折り紙を折っててくれるのか。
それを見ていたら、多分、折りたくなる。いや、絶対に折りたくなる。綾の作品を見て、負けてられないって思って、手が動いて――。
それは……それは楽しみすぎる!
※※※
そんなときだった。
ガララッ!
リビングの引き戸が勢いよく開いた。
「もー!正太郎様!ひどいですよ、私を置いてくなんて!あれから柚希先輩に、いつも通りに仕事させられたんですよ?」
詩織さんだった。
ホテルでも見た詩織さんだが、やはり見目麗しい。いつものダークグレーのスーツ。タイトスカートに黒いストッキング。ポニーテールが肩の後ろで揺れている。
俺が大好きなスーツ美女スタイルだ。たまりません。
自分の家のようにリビングに普通に入ってくる詩織さん。オリガミが許しているから、入って来ることができるわけだが。
そんな詩織さんは今、リビングの中を見て、目をこすっている。
「あ、詩織さん。お疲れ様です」
俺がそう、言葉をかけても返答はない。
無理もない。
顔を真っ赤にして、涙をドバーッと流している綾がいる。
そしてオリガミも顕現中である。眩い虹色の光のうねりを背負い、部屋を極彩色に染めながら。プカプカと空に浮かんでいる。
綾の様子はともかく、顕現オリガミの存在は意味がわからないだろう。呆然としてしまっても無理もない。
だが、そんな推測を平気で飛び越えてくるのが、詩織さんだ。
「ああっ、綾ちゃんだ!」
詩織さんが綾に突進した。ソファの前にしゃがみ込み、綾の手をガシッと掴む。
そして、綾の指を一本一本、舐めるように凝視し始めた。
「ああ……やっぱり素敵……綾ちゃんの手……。正太郎様のも最高だけど……綾ちゃんの手も最高……!」
「なにごと!なにごとでござるかぁ!」
綾は、兄妹愛を聞いた感動の涙と詩織さんの乱入で、完全にパニックだ。
ソファからずり落ちそうになっている。
……顕現しているオリガミより、綾の手かあ。
『さすが詩織さんですね。ブレません。こんな素晴らしいアバターの私をスルーするなんて……。』
「ま、全くだな」
また強くなるオリガミの虹色の光に目を細めつつ思ったのだった。
早くサングラスを注文せねば。
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