ケダモノですね。
オリガミのお披露目会が終わった。
顕現を解除したオリガミの姿は、もう誰にも見えない。虹色の光も、銀髪の少女も消えている。ミーティングルームには、疲れ切った参加者たちと、くり抜かれた机の残骸が残されるだけだった。
笹木家ご当主と東堂議員は、それぞれの同行者のもとに向かったようだ。
もちろん、このお披露目会の件は秘密厳守でと頼んでいる。
そう簡単に、秘密を漏らすようなことはないだろう。もし秘密を漏らして俺に何かあったら……この世界はオリガミに滅亡させられるかもしれないのだ。
その頃には、柚希さんはすでに正気に戻っていた。
我に返った直後は恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、今はいつも通りの涼しい顔に戻っている。何やら考え事をしている様子だった。
そんな柚希さんの横顔をボーっと眺めていると、骨伝導イヤホンからオリガミの声が聞こえてくる。
声だけの存在に戻ったオリガミは、実に愉快そうだった。
『ふふふ……お兄様。藤崎柚希のあの顔、見ましたか?思考放棄してましたよ?あの藤崎柚希がですよ?』
「……オリガミ、随分楽しそうだな」
『そりゃそうですよ。お兄様、藤崎柚希にビクビクしてましたからね……これでスッキリです!』
まあ、それは否定しないけどさ……。
「でも、オリガミを覇権国に引き渡した場合の話が出なかったら、多分ここまでスムーズに協力を得られなかったぞ?柚希さんは俺たちに協力してくれたんだろ?」
俺はオリガミをたしなめるように言う。
『分かっています。ですので、彼女への特別塩対応はこれで終わりです。これからは藤崎柚希に対しても、他の方相手のときと同じように、寛容で優しいオリガミさんになります。』
「寛容で優しい?誰が?」
『私です。』
世界を3日で滅ぼしてやる!なんて言ったやつが、よく言うよ。
※※※
そんな会話をオリガミとしていたら、叔父さんと柚希さんがこちらに歩いてきた。
「正太郎、俺は寿命が縮んだ。縮んだぞ!」
叔父さんが、大きくため息をつきながら言う。
「すみません……でも、叔父さんの気持ちわかります。俺の寿命もどんどん縮んでいってる気がします」
「む……まあ、確かにそうか。あんな事情を抱えてるんじゃ仕方ないか。俺だけが、泣き言を言ってる場合じゃないな」
叔父さんが腕を組んで頷く。そして、感慨深そうに呟いた。
「しっかし、あの兄貴がなあ。あんなすごいAI作ってたとは思わなかったよ」
「オリガミはAIかもしれませんが、俺の妹です。そして、叔父さんの姪っ子でもあるんですよ?」
「め、姪っ子?オリガミさんが?」
叔父さんが目を丸くした。その隣で、柚希さんも少し驚いた顔をしている。
『叔父様。』
オリガミの声が、空間に響いた。
叔父さんがビクッと肩を跳ねさせる。
『私のことは「オリガミ」とお呼びください。私はあなたの姪なのですから。』
「お、おう……どこから聞こえてるんだ?コレ?」
『お兄様が持っている端末や、イヌガミタイプから、音波を発し、叔父様の耳元でのみ聞こえるよう制御しています。体に影響はないのでご安心を。』
「……さ、さすがだな。えっと、オリガミ?」
『はい、叔父様。』
叔父さんは一拍の間を置いて、穏やかな声で言った。
「正太郎をずっと支えてきてくれてありがとうな?」
『いえ、私もお兄様に助けられてここまで成長することができましたから……それに、私たちは兄妹ですから。』
「そうか……」
叔父さんの目が細くなった。
「本当に兄妹なんだな。よかったな正太郎。お前、ひとりぼっちじゃなかったんだな?」
そう、ずっとオリガミが居てくれた。
「うん。俺にはオリガミがいるし、今は千穂もネムもいるからね。幸せだよ」
「じゃあ、その幸せを守るために、頑張らないとな!しっかりやれよ!」
そう言うと叔父さんはニカッと笑った。
「はい!」
※※※
「正太郎くん……さっきはごめんね?」
柚希さんが、少し申し訳なさそうに声をかけてくる。
「柚希さん、大丈夫です。あの会話は必要なことでした。それについてはオリガミも認めています。ほら、オリガミ、なんか言うことないのか?」
『……藤崎柚希。先ほどは助かりました。感謝します。』
「それはいいんだけど……」
柚希さんが、少し困った顔をした。
「オリガミさん、どうして私だけフルネームで呼ぶの?イヌガミタイプもなんか私にだけ冷たい気がするんだよね。それって、オリガミさん、関係あったりする?」
『はい。あります。』
即答だった。
「私、何かオリガミさんにしたっけ?」
『藤崎柚希は、お兄様を怖がらせましたからね。お兄様は藤崎柚希を、それはそれは怖がっていましたよ。それはもう、小動物のように、ブルブルと!』
ちょっと待て。
「お、おい、オリガミ。適当なこと言うな!」
「……まあ、柚希は家族が関係してくると、怖いからな……」
叔父さんが苦笑いしている中、俺は柚希さんに向き直り答える。
「か、家族を守るための行動ですから。当たり前のことだと思います!」
「そっか……ありがとうね、正太郎くん。でも、私のこと、そんなに怖かった?」
「お、オリガミは大げさに言ってるだけだから大丈夫ですよ!」
『大丈夫ではありませんでした。お兄様は可哀想でした。昔の優しい柚希さんに戻って欲しいよぉってずっと言ってました!』
オリガミ!余計なこと言うなって!
「正太郎くん、ごめんね?私も必死だったから……つい……ね?なんか私、真剣になると怖がられちゃうんだよ」
柚希さんが本気で申し訳なさそうにしている。
頼む。やめてくれ。
『藤崎柚希は本当に反省するべきです。藤崎柚希から連絡があるたびに……お兄様には恐怖の生理反応が出ていました。まるで天敵を前にしたハムスターのように!』
ハムスターて。
「もういい、もういいから、やめてくれ。なんだか、自分が情けなくなってきた」
「正太郎くん……ごめんね?やっぱり怖がらせちゃったんだね……そんなつもりは無かったんだ。本当に……本当にごめんね?」
叔父さんと柚希さんが揃って、申し訳なさそうに、そして憐れむような目を向けて来る。
……お、お、俺を憐れむのは止めてくれ……そんな目で見ないでくれぇ!
※※※
しばらくグダグダと話した後、ようやく話を切り替えることに成功した。
「じゃあ、本日はそろそろ帰ります。俺たちは『境界ソケット』を探さないといけないので」
ハムスター扱いされた心の傷はまだ癒えていないが、ハムスターは可愛いので気にしないことにした。
「おう、分かった。でも……『境界ソケット』って、何なんだろうな?」
「さっぱり分かりません。これから調べる段階ですし。叔父さん、また何かあったら、相談に行ってもいいですか?」
「ああ。いつでも来い。正太郎は、俺の甥っ子だし、ドールハウス株式会社は、ウチの最重要取引先だからな!」
そう言って叔父さんは歯を見せて笑った。
頼もしい。
「じゃあ、早瀬に送らせるから。ちょっとだけ待っててね」
柚希さんがスマホを取り出す。
※※※
そのときだった。
「正太郎さまァ!お待ち申し上げておりましたぁ!」
廊下の奥から、聞き覚えのある声が飛んでくる。
黒髪のポニーテールを揺らしながら、詩織さんが駆けてきた。
そんな詩織さんは、俺を視界に入れるなり、目を大きく見開いた。
「……?ひ、ひ、ひ、光ってるぅ!正太郎様が光ってる!」
え?
「正太郎様、なにか困難を突破されましたね!さすがです!前より、さらに素敵になってます!」
あいかわらず、とんでもないテンションだ。
でも……光って……るのか?自分ではわからないんだが。
耳の裏の骨伝導イヤホンから、オリガミの声が聞こえてくる。
『私は観測できませんでした。彼女には光っているように見えるのでしょうか?一体何が見えているのか……実に興味深いですね。』
オリガミにも感知できないことか……やっぱり超能力だったりするのか?
その後も詩織さんはキャッキャと「光ってる!光ってる!」と騒いでいる。
無邪気だ……かわいい……だが……賑やかすぎる……。俺は大きな声が、ちょっとだけ苦手なのだ。聴覚過敏ってやつなのかもしれない。
「し、詩織さん……あまり大きな声を出すと……他のお客さんに迷惑が……」
「大丈夫です!このフロアは貸し切りですので!」
そうだった。くそう、なんとかこの人を静かにさせる方法はないのか。
頭を悩ませていると、詩織さんはとんでもないことを言い出す。
「じゃあ、参りましょうか!私と正太郎様の愛の巣へ!お祝いをしましょう!肌と肌を重ね合わせてぇ!」
「え!?なに言ってるんですか!?」
愛の巣ってどこ!?肌と肌ってなに!?やめて、胸がドキドキワクワクしてくる!
グイグイ近づいてくる詩織さんが、俺の右手に絡みつく。
柔らかい感触が腕を包み込む。くそ。スーツ美女の破壊力は異常だ。
ああ、今日のタイトスカートもよくお似合いです……シャンプーの匂いもたまりません……。
俺が鼻の下をのばしていると……ゴホンッ!と一つ咳払いが聞こえた。
振り返ると、そこには……笹木家ご当主が立っていた。
いかん。今ちょっと危なかったぞ。詩織さんの色香に取り込まれるところだった。
ご当主の前でも、詩織さんの攻勢は止まらない。
「正太郎様……愛の巣へ……私たちのパラダイスへ行きましょう!そしてそのきれいな手で……私を気持ちよくさせてください!」
正太郎様ハンドの新しい構想を練りたいから、よく観察させてってことだろうな。極限まで、紛らわしい言い方だ。わざとか?わざとなのか?
だが……そんな俺と詩織さんの様子を見ても、ご当主の怒声は聞こえない。
さっきまで俺に「貴様ぁ!」って怒鳴っていたのに。
詩織さんに向き直る。
「し、詩織さん?……俺には二人の婚約者がいるので……」
そんな俺の言葉をご当主の発言が遮った。
「詩織とそんなにベタベタと……こりゃ、正太郎くんには責任を取ってもらう必要がありそうじゃな?祝言はいつにする?」
は?
だって……こんなゴタゴタを大量に抱えた男に、可愛がっている孫娘を嫁がせようとするなんて。
ありえないだろ。
お披露目会で、俺たちの力を見て気が変わったってことか?
それでも、おかしい。俺は、これから覇権国と事を構えようとするような奴だぞ?
いくら力を持っていようが、さすがに……なあ?
混乱の中、呆けている俺をよそに、東堂議員も話に入ってきた。
「ご当主、ウチの綾が先ですからね?綾は正太郎くんと九時間も隣り合って、私の目の届かないところで、それはもうしっぽりと仲良くしてたんですから」
それ、東堂議員が、ぐっすりと口を開けて寝てたヤツじゃないですか。
目を閉じて寝てただけで、開ければその目の前で折り紙配信をやっている俺と綾が見れたはずだ。
東堂議員が見てなくても、俺と綾の様子を見ていた視聴者が何千人もいたし。
「東堂。こういうのは、早い者勝ちじゃぞ?君んところの綾さんは、そんなにグイグイ行く感じじゃないように思えるが……大丈夫かの?」
「いえいえ、ご当主。ウチの綾も最近は積極的で……」
「あの……俺は婚約者が二人いるので……」
「ふふふ、東堂。知っておるか?詩織はほぼ毎日、正太郎くんのところの研究所に通っておるのじゃぞ?」
「ご当主こそ……綾と正太郎くんは、頻繁に何時間もZUUMで話してるみたいで……」
詩織さんは「正太郎様ハンド」作成のためだし、綾は一緒に折り紙を見せ合ってるだけだ。色っぽい話はない。
「あ、あの……」
「そういえば、東堂?こんな話は知っておるか……?」
「ご当主こそ、ご存知で?綾と正太郎くんは……」
二人とも俺の話を聞いてくれない。俺は悲しい!
※※※
「正太郎くん、早瀬が来たから。もう帰っちゃっていいよ?」
俺の後ろに静かに近づいてきた柚希さんが、小さな声で言ってくれる。
「柚希さん……?いいんですか?」
「大丈夫だから。後は私に任せて」
「あ、ありがとうございます。助かります」
よし、とっととこんな場からはオサラバだ……!
「柚希先輩、私も失礼しますね。正太郎様と一緒に研究所に行かねばいけませんので……」
詩織さんが、当たり前のように俺の腕を取ろうとする。
「詩織、あなたはまだ業務時間内」
柚希さんがガシッと詩織さんの腕を掴まえた。
「そ、そ、そんなあ!今日は、光る正太郎様を見て『正太郎様ハンドVer.3』の新たな構想が浮かびそうなのにぃ!」
「ほら、正太郎。急いで帰ったほうがいいぞ?ご当主たちに見つかる前に」
叔父さんも小声で促してくれる。
「は、はい。では失礼します。二人とも、今日はありがとうございました」
『叔父様、藤崎柚希。本日の目的は全て達成いたしました。ご協力、感謝いたします。』
「オリガミさん、フルネーム呼びは続くんだね……」
柚希さんが諦めたような声を出す。
「モガ、モガガガ……ひょ、ひょうたろうさま……モガガガガ」
柚希さんに関節を決められ、口を塞がれている詩織さんが何かを言っているが……業務時間内じゃ、しょうがないよね!お仕事、頑張ってください!
「では詩織さんもまた……」
「モガァ!」
そして俺は、早瀬さんに連れられて、コソコソとその場を後にしたのだった。
※※※
駐車場に降り、そのまま早瀬さんの運転する車でホテルを離れる。
すこしの間、車に揺られ、すぐに研究所の駐車場へと車が停まる。
正太郎さまの凱旋である。俺は家に戻ってきた!頑張った!俺は頑張ったぞ!
車を降り、早瀬さんに軽く頭を下げる。
「早瀬さん、送ってくださり、ありがとうございました」
「いえいえ。仕事ですから。お疲れのようですし、ゆっくり休んでくださいね」
早瀬さんはそう言うと、車を発進させ、研究所の駐車場を後にした。
それを目で見送り……そして大きく息を吐く。
ふう……お披露目会、終わったなあ。
『お疲れ様でした、お兄様。』
「ああ……笹木家と東堂家の協力が得られたのも良かったけど……オリガミのこと、叔父さんや柚希さんに伝えられたのも良かったな」
『そうですね……今のところ、全て順調です。後は、天穿を量産し数を確保するだけですね。あと一ヶ月もあれば……覇権国を抑えられる程度の抑止力は手に入るはずです。』
「それと『境界ソケット』だな」
『ええ、そちらについては、少々心当たりがあります。今夜、ネムさんと一緒のときにでもお話しますね。』
「おお、さすがオリガミだ!もうヒントを掴んでるのか!」
『あくまで心当たりです。それが正しいかどうかは、まだわからないですよ?』
オリガミとそんな会話をしつつ、玄関のドアを開けたときだった。
聞き覚えのある声が、耳に届く。
「わ、わたくしには、お慕い申し上げている方がおりますため!」
……ん?
「いいじゃないか。正太郎に会いに来たんだろ?もうちょっとで帰ってくるから。あと、少しだけ少しだけ、お茶でもどうかな?先っちょだけでいいからぁ!」
何を言ってるんだコイツは?意味がわからない。お前の先っちょってなんなんだ。どこにあるんだ。
廊下の奥を見ると、ネムが壁ドンをしていた。
ネムの身長を考えると、壁ドンというよりは頑張って背伸びしている感じではあるが、必死さだけは伝わってくる。
「し、し、失礼いたす!」
ネムの壁ドンから、逃げ出そうとするその相手。
そして、逃がすまいとネムがしがみつくその相手は……。
綾だった。
「いけませぬ!いけませぬ!そんなところ触っては、いけませぬ!」
必死にネムから逃れようとする綾。逃がすまいとするネム。
ああ……そうか。綾からRINEが来てたな。「本日、伺います。ご迷惑おかけするで候」って。
ホテルのミーティングルームじゃなくて、家のほうだったのかぁ……。
綾はアヤトリのアバターのモデルだ。ネムが妹扱いして溺愛しているアヤトリと、瓜二つ。
アヤトリと連絡がつかなくなっている今、そんな綾に会ったら、ネムが引き止めてしまうのも無理はない。
くんずほぐれつしている、ネムと綾を眺めつつ、俺はそんなことを思った。
それにしても……ふむ……。
『お兄様、止めなくていいのですか?』
「いや……可愛い女の子が、もみくちゃになってるのって、なんかいいなって思ってさ」
『お兄様は……実にケダモノですね。』
俺の妹は、実に正直者なのであった。
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