チカチカするんだけど!
「正太郎くん、イヌガミタイプがすごいのは分かった」
東堂議員が、腕を組んだまま口を開いた。
「だがこれだけじゃ、上空からの攻撃には対応できないぞ?どうするんだ?」
上空からの攻撃。ミサイルや戦闘機のことだろう。
「そちらも対応済みです。オリガミ、あの映像を」
『はい、お兄様。』
宇宙空間に、新たなスクリーンが浮かび上がる。
キャンプ場での夜。千穂とネムの前で、天蓋を展開したときの映像だ。
『――天よ』
スクリーンから、自分に酔った俺の声が響いた。
『千と二十四の星々よ……』
「ストオオォォップ!」
映像が停止する。
『間違えちゃいました!』
「わざとだろ!いいか?音声はなしだ!」
『残念です……かっこいいのに……。』
危ない。『天蓋大詠唱』の黒歴史が再生産されるところだった。
「千と二十四の星々……?なにか意味が?」
柚希さんが考え込んでいる。
ノリでした。ごめんなさい。とは言えない。
「あははー。ゲームのセリフですよ!ゲームの!」
適当にお茶を濁す。オリガミが何か言いたそうにしているが、無視だ。
改めて、映像の続きが再生される。今度は余計な音声が入り込まない、徹底したミュート再生だ。
映像の中の夜空に、突然、黒い円が現れた。
前触れも移行も何もない。瞬きひとつの間に、満天の星の中にぽっかりと穴があいていた。そこだけ空間ごと抜け落ちたように、星の光が消えていた。
「黒い穴?なんなんだ、これは」
東堂議員が身を乗り出した。
「こちらは『天蓋』といいます。守りのための戦略兵器です」
「戦略兵器?これがか?」
「この映像だけじゃわかりにくいですよね……オリガミ、どうしよう?」
『お兄様。「神の領域」を解除してもよろしいでしょうか?それでイヌガミタイプとウデガミを使って……。』
なるほど。実際に見せるのか。
※※※
「百聞は一見にしかずだもんな!頼む」
『では、領域を解除します。』
一拍の間。
『――――回帰。』
オリガミの声が、宇宙空間に染み渡った。
遠くの星雲が縮み、頭上の銀河が融けるように消えていく。足元の星々が次々と暗転し、代わりに赤いカーペットの模様が透けて見え始めた。
壁が戻る。天井が戻る。窓の向こうに、夕暮れのビル群が見えた。
ミーティングルームだ。
※※※
ふーっと、参加者全員から息を吐くような音が聞こえる。
「……戻ったか。年寄にはストレスフルな環境じゃったわい」
ご当主が、杖に体重をかけながら首を回した。
「元に戻ったか……」
東堂議員も、息をついている。
「悠斗、もう移動できるみたい」
「ああ、そうみたいだな」
柚希さんと叔父さんが、足元を確かめるように一歩踏み出す。
場所は元のミーティングルームに戻った。
だが――オリガミは消えない。
虹色の光をまといながら、俺の後ろで浮遊している。背中側はずっと虹色空間のままだ。
叔父さんたちから見れば、眩しくて仕方ないんじゃなかろうか。
なんてリアルな後光効果だ。さぞかし俺の話には、説得力が生まれていることだろう。
『お兄様、天蓋の実演準備をしてもよろしいでしょうか?』
「ああ、頼む」
そう言うと、部屋の奥から一体のイヌガミタイプが姿を現した。光学迷彩を解除しながら、静かに俺の前へと歩み出る。続いてウデガミも一体。四本の腕を揺らしながらやってくる。
俺は、柚希さん、叔父さん、東堂議員、ご当主の方に顔を向けた。
「いまからデモンストレーションを行います。壁の隅まで移動していただけますか?」
「壁の隅?正太郎、危険があるのか?」
叔父さんが眉をひそめる。
「そんなことはないのですが……万が一の可能性があるので、念のためです。よろしくお願いします」
俺みたいに「魅入られて」しまうということも考えられる。ゲートバリアに飛び込まれでもしたら大惨事だ。
四人は俺の言う通りに壁の隅まで移動した。
さて。
「じゃあ、オリガミ。頼む」
『はい、お兄様。』
浮遊するオリガミが、イヌガミタイプに視線を向ける。
『イヌガミタイプ、「天蓋」を発動します。』
イヌガミタイプが、地を踏みしめた。
低い駆動音。そして――前方の空間に、黒い円が浮かび上がった。
イヌガミタイプの前に浮かぶ、直径一メートルほどの黒い円盤。光を一切反射しない、完全な暗黒。
映像で見た天蓋の、小型版だ。まあ、実際にはイヌガミタイプが装備しているゲートバリアなんだけど。ここで、ゲートバリアという言葉をだすつもりはない。
「皆さん、これが『天蓋』です。今ここにあるのは小さなものですが、俺たちはこれを複数展開して、研究所全体を覆うことができます」
「正太郎くん……もう何と言っていいか分からんのだが……その黒いのは、そんなに頑丈なものなのか?」
東堂議員が、黒い円盤を凝視しながら問う。
「頑丈なんて尺度で測られるものじゃありません。……オリガミ、いいか?」
『はい、お兄様。ウデガミ、机を天蓋に投擲します。』
オリガミが声を発すると、ウデガミが動き始めた。
四本の腕がミーティングルームの大きな机を掴み、軽々と持ち上げる。そして――天蓋に向かって、放り投げた。
ガシャン。
小さくなった机の一部が、床に落ちる音がした。
投げられた机のうち、天蓋に触れた部分は跡形もなく消えていた。まるで型抜きにでもかけたかのように、きれいにくり抜かれている。
床に落ちたのは、天蓋に触れなかった部分だけだ。この机、後で弁償しとかないとなあ。
誰も、何も言わない。ただただ、その光景を見つめていた。
「オリガミ。危ないから天蓋を閉じようか」
『はい、お兄様。イヌガミタイプ、「天蓋」を閉じます。』
空間を抉り取っていた暗黒が、瞬きの間に掻き消えた。
「もう大丈夫です。皆さん、こちらに来て机を確認してみてください」
そう言うと、真っ先に歩き出したのは柚希さんだった。ためらいなくこちらに向かってくる。
叔父さんが慌てて後を追う。叔父さんも大変だ。
二人は、床に転がる机の残骸の前にしゃがみ込んだ。
「ツルツルだね……。切断されたというより、その部分にあったものが消滅したって感じ」
柚希さんが、断面を指で触りながら呟く。
「そうだな。金属面も木面も、なめらかにくり抜かれている。熱も……ないな。摩擦熱すら発生しないのか。すごいなこれは。金属加工に持ってこいじゃないか!」
叔父さんの声がワントーン上がった。
職業病か。
『叔父様、さすがですね。研究所においても一部の加工は、この天蓋を使って行っているんですよ。』
「お、おお。そうなのか……」
そんなオリガミの素直な言葉に、叔父さんは少し引き気味だ。
世界を3日で滅亡させると宣言した姪っ子AIが相手だ。戸惑うのも無理はないだろう。
「正太郎くん、これは一体なんなんだね?」
叔父さんたちと同じように切断面を確認していた東堂議員が、顔を上げた。
「机の消えた部分はどこに行ったんだ?」
「消滅しました。どこに行ったかは、俺にも分かりません」
「なんじゃそれは……仕組みが分かってないのか……?」
ご当主が唸った。
「わかります、その気持ち。『意味がわからない』って感じですよね。俺たちもこれを発見したときは、同じ気持ちでした」
東堂議員とご当主の目が、じっとこちらを見ている。
「これが、この世界がシミュレーションなんじゃないかと気づいたきっかけだったりします。まともじゃないですよね?こんなの」
気づいたのは俺じゃなくて、ネムとオリガミだけどな。
東堂議員が口を開いた。
「これで研究所を囲むと言っていたな……?相手のミサイルが打ち込まれたらどうなる?」
「普通に天蓋に吸い込まれて消滅して終わりですね。研究所内にいれば、打ち込まれたことすら気づかないと思います」
「……そうか」
東堂議員が、しばらく黙った。そして、慎重に言葉を選ぶように続ける。
「この技術の技術供与は可能か?」
「申し訳ありませんが、できません。この技術は危険すぎます」
「まあ……そうだろうな。扱うこちらの手にも余りそうだ」
東堂議員は、それ以上追及しなかった。
部屋の中を見回す。
皆、疲れ果てていた。
ご当主は杖に両手を重ねて、じっと目を閉じている。東堂議員は額を押さえたまま動かない。叔父さんは柚希さんの様子をちらちら窺っている。
そして、柚希さんはというと。
「……質量保存則が……物質は消えないはずなのに……エネルギー変換?いや、熱が出ていない……別の空間に転送?でも空間ってなに……シミュレーション……シミュレーションって……」
ブツブツブツブツ。
「柚希!柚希、しっかりしろ!正太郎、ヤバいぞ!柚希がブツブツ言って戻ってこない!」
叔父さんが焦った声で振り返った。
「叔父さんが抱きしめてあげれば、すぐに戻ってくるんじゃないですか?」
「そ、そうか?なら……」
叔父さんは、柚希さんをそっと抱きしめた。
ブツブツブツブツ。
柚希さんは戻ってこない。
「もっと、ギュッとです!」
「お、おう!」
叔父さんは腕に力を入れる。
柚希さんは、ハッと目を見開いた。それから、みるみるうちに顔が赤くなり――何も言わずに、静かに叔父さんの胸の中に収まった。
この、ラブラブ夫婦め!
意識を飛ばしたパートナーの取り扱いには、俺に一日の長があるのだ。……最近はネムの「オホ発作」聞けてないな。「境界ソケット」見つければ聞けるかな……。
ゴホンと咳払いをひとつ。
参加メンバーは皆、複雑そうな顔をしてこちらを見ている。
「で……もっとヤバいのが一つあるのですが……見ます?」
その言葉に、その場にいた全員が、これ以上ないほど露骨に嫌な顔をしたのだった。
※※※
そして最後に見せた『天穿』の映像だったが――。
参加メンバーの反応は薄かった。
実に薄かった。
「先の大戦で、これがあればのう……」
ご当主が遠い目をした。
「この国が戦略兵器?非核の?それも二つも?さらには民間企業が?」
笹木家当主に続いて東堂議員が呟く。もはや驚くための余力が残っていない声だった。
「正太郎。お前、マジか……」
叔父さんが頭を抱えている。
「悠斗……♡」
柚希さんは叔父さんの腕にしがみついたまま、もう言葉になっていなかった。
彼らからは、そんな一言ずつしか得られなかった。
特に柚希さんは、叔父さんの腕から離れようとしない。早く戻ってきてもらって、この場の収拾をしてほしいのだが……。
とにかくだ。
虹色の瞳をしたオリガミと向き合う。
「オリガミ……これでよかったのかな?」
『完璧ですね。100点満点と言っても過言ではありません。さすがお兄様です。』
そうか……形になってたか。今回は俺もかなり頑張った。超大物たちを相手に、オリガミを、これ以上ないってくらいヤバく、魅力的に見せてやれた気がする。
「なあ、オリガミ?」
『はい、なんでしょうか?』
「そのアバター、超いいな。かっこよさと可愛さと神秘さが詰まってる」
『ふふっ、ありがとうございます。お兄様に気に入ってもらおうと、頑張って作りましたから。』
虹色の光の中で、オリガミが嬉しそうに微笑む。
おおっ!笑った!可愛いじゃないか!
でもなあ……。
「お前の後ろの虹色の渦巻き、すごい目がチカチカするんだけど。なんとかならない?」
『コレ、私も止めたいんですけど……なぜか、こうなっちゃうんですよ。お兄様、なんとかしてください……!』
オリガミが少しだけ困ったように、眉をハの字にして、両手をパタパタさせる。すると、虹色の渦がいっそう激しく回った。
うおおっ!目がチカチカする!極彩色の刺激が脳に突き刺さる!やめてくれぇ!
こうして、オリガミのお披露目会は――無事?――お開きになったのだった。
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