虹色の時
昼過ぎ。
研究所の前に黒いセダンが停まっていた。
ドアが開き、詩織さんが降りてくる。黒髪のポニーテールが日に揺れている。今日はダークグレーのスーツだ。もちろんタイトスカートである。
「正太郎様ァ!おはようございますぅ!」
おはようではない。もうお昼だ。
「こんにちは。詩織さんは、今日も元気いっぱいですね……」
「当たり前ですよ!きょうなんて、お仕事で正太郎様にお会いできるんですよぉ!元気になるに決まってるじゃないですか結婚してくださぁい!」
いつものように、流れるようなプロポーズだ。
「いえ、ですから俺には、婚約者が二人いるので」
「わかりました!また明日お願いします!」
そこまではいつも通りだった。
だが、詩織さんの表情がふっと変わった。
「……正太郎様、なにかありましたか?元気がないようにお見受けするのですが?」
「まあ、色々ありまして」
「もしかして……ネムさん関係ですか?」
なんでネムが関係してると分かるんだ?
「……それも関係なくはないですが。なんで分かったんですか?」
「なんとなくですかね」
詩織さんは、それ以上追及してこなかった。
「では、会場までお連れしますね!場所は都心のホテルの一室となります。お車へどうぞ!」
促されるまま、車に乗り込む。
その後、車内での詩織さんは静かだった。
まるで、いつもと別の人であるかのように静かだった。
アヤトリのこともあり、あまり話す気になれなかった俺には、その態度がとてもありがたかった。
これが空気を読むってやつなのか?それにしてはなんだか異質な感じが……。
いかんな。なんだかピリピリしてる気がする。
こういうときは楽しいことを考えるに限る。折り紙のことでも考えていよう。
※※※
車はすぐに会場のあるホテルへと到着した。
車を降りると、エントランスに叔父さんと柚希さんが待っていた。
「叔父さん、柚希さん、今日はありがとうございます」
「ああ、それは問題ないが……正太郎、今日はひとりなのか?」
「はい、そうです」
「そんな手ぶらで来ちゃって大丈夫なのか?」
「問題ないです」
「そうか……?一体全体今日は何の話するんだ?柚希からも見ればわかるとしか言われてないんだが」
叔父さんが困惑している。申し訳ない。でも、言葉で伝えるよりも見せた方が早い。
「そうかもしれません。百聞は一見にしかずですから、後ほど、他の方と一緒にお見せしますね?びっくりする準備をしておいてください」
「びっくりする準備って……なんだよそれ」
黙って聞いていた柚希さんが、そこで声を発した。俺の横にチラリと目をやり、口を開く。
「それで?詩織は、なんで正太郎くんの腕にしがみついてるの?」
「藤崎相談役!どうぞお気になさらずに!」
叔父さんたちと合流したタイミングで、詩織さんがいつもの詩織さんに戻ったのだ。
車内の静かさはどこへやら。今、彼女は俺の右腕をがっちりと抱え込んでいる。
そんなに体を寄せないでほしい。また、立ってしまって、立てなくなるではないか。
そんなやりたい放題の詩織さんに、柚希さんが苦言を呈す。
「そういうわけにはいかないから。正太郎くんの顔、ひきつってるじゃない」
「ええ?正太郎様、そんなことないですよね?ね?ね?」
ぐいぐいと顔を近づけてくる。シャンプーの香りがする。それは認める。認めるが。
「えっと、その……ちょっと動きづらいので」
「そんなあ!」
そんな会話をエレベーターホールでしていたときだった。
大きな声が、空間に響く。
「貴様ぁ!ワシの孫のどこが不満なんじゃあ!」
振り返ると、杖をついた老人が鬼の形相でこちらに歩いてくる。
白髪を綺麗に撫でつけ、仕立てのいいスーツを着ている。細身だが背筋が伸びており、杖をついているのに少しも弱く見えない。年齢は八十近いだろうか。
それだけの年月をかけて築いてきたような、重い眼光だ。
「あ、う、えっと。不満というか、その……嬉しいのですが……俺、二人も婚約者がいるので」
「嬉しいのですか!?私、幸せです!式場はどこにしましょうか!」
詩織さんがさらに身を寄せてくる。やめてくれぇ。
「き、き、貴様ぁ!」
老人の顔が、みるみる赤くなっていく。
叔父さんが、呆れたようなため息をつきながら口を開く。
「正太郎。こちら、笹木家の現ご当主だ」
やっぱりかあ。ファーストインプレッション最悪じゃん、俺。
「あ、俺、ドールハウス株式会社代表の藤崎正太郎と申します。いつも詩織さんにはお世話……?お世話に……?お世話してる……?な、なんにせよ、よろしくお願いします」
「ワシの孫をたぶらかしおって!今日の話次第じゃ、ただじゃ置かないぞ!」
ええ……どうしよう……誘惑されてるのは俺なんだけど……。
だが、そんなことは言えるわけがない。こ、困ったぞ?
なんて返せばいいんだ?
※※※
そのときだった。横から、渋く穏やかな声がかかる。
「笹木家のご当主、ご安心を。彼は娘の綾がいただきますので。あなたのお孫さんには出る幕ありませんよ?」
東堂議員だ。いつの間にか合流していたらしい。
「なんじゃ!東堂正人か!お主も生意気なことを言うようになったもんじゃな!」
「いえいえ。うちの綾と彼は、本当に仲が良いですからね。この前も九時間も、しっぽりと二人きりの世界に入ってましたから」
誤解を招く言い方をしないでほしい。あれは折り紙のコラボ配信である。
そんな東堂議員の発言も虚しく、空気を読まない詩織さんが即座に反応する。
「東堂の叔父様!それ、私も見ましたよ!ライブ動画みてました!九時間!正太郎様の手も綾ちゃんの手も最高でした!特に正太郎様のあの繊細な手……ああ私の体で感じたい……」
「ふ、ふ、ふ、藤崎正太郎!きさまぁ!」
「お、俺はなにもやってませんよ!」
笹木家当主の怒りが完全にこちらに向いている。まずはあなたのお孫さんを何とかしてくれよぉ。
教育が!教育がなってないと思います!コンプライアンス!
怒り狂う笹木家当主に向かって、東堂議員が少し声のトーンを落として声をかける。
「ご当主。彼女が今代の?」
「ああ……巫女じゃ。巫女となるのは、いつも変なやつばかりだからな。まったく一般常識が通用しない!」
「となると、巫女である彼女が正太郎くんを見初めたということか。正太郎くんはやはり当たりでしたな。私の目に狂いはなかった。ふふふふふ。綾には頑張ってもらわないとな」
東堂議員がなにやら満足そうに頷いている。
「か、勘弁してくださいよ。俺はすでに二人の婚約者がいるんですから」
「まあまあ、そんなのはまた後で話せばいいじゃないか」
誰も話を聞いてくれない。俺は悲しい!
※※※
ん?巫女?巫女ってなんだ?詩織さんが巫女?
見た目はめちゃくちゃ似合いそうだが、巫女という神聖なる存在と詩織さんという存在が噛み合わない気がする。
新要素だ。後にしてくれ。頭がパンクしそう。
でも、ここでスルーするわけにはいかないだろう。不確定要素は潰しておきたい。
俺は、小さな声で叔父さんに尋ねる。
「叔父さん……巫女ってなんですか?詩織さんが巫女ってどういうことですか?」
「……正太郎……お前もたいへんだなぁ」
「なんですかそれ。怖いんですけど!教えてくださいよぉ」
「まあ、まあ。いつか分かるさ」
どうやら、教えてくれる気はなさそうだ。あんまり、大っぴらに話すことではないのかもしれない。
そのとき、耳の後ろの骨伝導イヤホンから、オリガミの声が流れ込んできた。
『お兄様。詩織さんの情報指向性ですが、500QFを超えています。恐らく、お兄様と同じく、何らかの超能力的なものを持っていると思われます。』
え、マジ?詩織さんが?
……500QF。俺が1000、ネムが300だから、ネムよりも遥かに高い。
『文脈を考えるに……未来予知的なものか。あるいは、無意識的に良い選択をする系の能力でしょう。お兄様の様子を察したのも、そういうことなのかもしれません。』
納得感しかない。
『これは私たちにとって好ましい展開ですよ。ある意味、詩織さんが私たちを選んでいるということは、成功が保証されたようなものですからね。』
「でも、超能力だなんて……本当にそんなの有り得るのか?」
『少なくとも、笹木家当主や東堂議員は信じているようですね。そのような生体反応を検出しております。』
なるほどな……。
『お兄様の折り紙スキルだって、超能力みたいなものじゃないですか。今更ですよ。』
俺の折り紙が超能力って、イマイチしっくりこないんだよな。ホントなのか?それ。
まあ、気にはなる。気にはなるが……
「考えるのは今じゃないな」
『ええ。目の前のことに注力しましょう。』
そんなときだった。ポケットのスマホが震えた。
綾からのRINEだ。
『本日、伺います。ご迷惑おかけするで候』
候って何だ。武士すぎるだろ。
綾……この会場に来るのかな?そんなこと思いつつ、俺は「わかった」とだけ返信したのだった。
※※※
その場の会話が落ち着いた頃。
柚希さんが、集まった人たちに声をかけた。
「皆さんもお忙しいでしょうし、そろそろ話し合いを始めましょうか。お付きの方は廊下か隣のミーティングルームでの待機をお願いします」
柚希さんが場を仕切ってくれる。実に助かる。
彼女は俺にも声をかけてくれた。
「正太郎くん、大丈夫?やれる?」
「はい、大丈夫です。仕切ってくれてありがとうございます」
さあ、ここからが本番だ。
見てもらおう。俺たちの力を。
……と思った矢先。
しれっとした顔でミーティングルームに残ろうとした詩織さんが、柚希さんにガッチリと関節を決められて、廊下へと追い出されていた。
ご当主は、詩織さんが雑に扱われているのに何も言わない。柚希さんなら、詩織さんを雑に扱ってもいいのだろうか?意味がわからない。
「正太郎様ぁ!お話が終わるのをお待ちしてますねぇ!一緒に、私たちの愛の巣へまいりましょう!」
「ふ、藤崎正太郎!きさまぁ!」
な、なんで俺だけ!理不尽!
第一、愛の巣ってどこだよ?研究所のことか?
「詩織……あなた、そろそろ静かにしなさい」
「はひぃ!」
詩織さんの悲鳴が廊下に消えていった。
叔父さんが俺に耳打ちしてくる。
「正太郎……大変なヤツに目をつけられたなぁ。同情するぞ?」
同情はいいから、助けてください!
※※※
ミーティングルームのドアが閉められる。
部屋にいるのは、俺、叔父さん、柚希さん、東堂議員、笹木家当主の五人だ。
空気が変わった。
「まったく!若造が、このワシを呼びつけるなんて!」
ご当主が、開口一番こちらに噛みつく。
「まあまあ、ご当主。正太郎くんは素晴らしい青年だよ。うちの綾ともすごく仲良くしてくれてますし」
東堂議員がなだめるように口を挟んでくれる。
「普通じゃないことは、わかっとるわい!今代の巫女が選んだ男だぞ!」
「きっと、彼は素晴らしいものを見せてくれますよ。この国の、国益に叶うようなものを」
「そうでなかったら、許さんわい!」
ピリつく空気の中、叔父さんが心配そうにこちらを見る。
「正太郎、お前本当に、大丈夫なのか?」
「悠斗。大丈夫だよ。正太郎くんに任せておいて。っていうか、もう任せざるを得ない状況になってると思う」
柚希さんが静かに言う。
「……柚希がそこまで言うか。わかった。正太郎、なんか知らんが頑張れよ?」
「わかりました。いつも迷惑ばかりかけてすみません」
さてと……。
「おい!若造!本当に聞く価値があるものなんだろうな!」
笹木家当主が、また、こちらに噛みついてくる。詩織さんがいなくなったからだろうか。露骨だ。
よっぽど孫娘の近くにいる俺が気に入らないのだろう。
でも……このまま主導権を取られっぱなしというのは、よくない。
これからのお披露目会に影響が出るかもしれない。
仕方ないか。ほんの少しだけ、こちらの力を見てもらおう。
「ご当主、ご安心ください。ここでの話など、俺たちが抱えているものに比べたら、些細なことでしかないので」
「些細なこと?……そんなことでワシを呼び出したのか?」
「いえいえ。俺たちにとっては些細なことというだけです。ご当主にとっては、多分、価値観がひっくり返るようなことだと思いますよ?」
「……ワシの前で、そこまで大口を叩くとはな。覚悟はできているのか?」
「実際大したことじゃないですからね。家の格の話とか、もうそんな小粒の話は、小さすぎて見えないというか……」
「世間知らずの若造が……!」
「いいえ。事実です」
ご当主の目が据わった。
「ワシが一言発すれば、ここに沢山の屈強な男どもが、すぐに流れ込んでくるぞ?分かっとるのか?」
「うーん。そんなことしても無駄ですからね」
空気が張り詰める。東堂議員もこちらへ鋭い視線を向けてくる。
怖い!けど、我慢だ!
叔父さんが、俺を守るように前に出てきた。
「お、おい!正太郎!す、すみません、こいつまだ子供でして……」
「悠斗!大丈夫だから。彼に好きにやらせてみて」
柚希さんが叔父さんを止めてくれる。
「……柚希、信じてるからな」
「私は悠斗のためになることしかしないから。信じて」
叔父さんが引き下がった。
「叔父さん、心配をかけてごめんなさい。後でちゃんと謝りますから」
「まあ、頑張れ!無理だと思ったら言えよ?」
「ありがとうございます」
叔父さんにそう言いながら、ご当主に向き直る。
「ご当主。俺をなんとかできるというのなら、されてみてください。どうせ無駄ですから」
限界だったようだ。ご当主の目が釣り上がる。
「言ったな!若造!後悔しろ!」
ご当主が、胸元のピンマイクに向かって叫んだ。
「警護!入ってこい!こいつを拘束しろ!」
沈黙。
「お、おい?どうした!返事しろ!」
沈黙。
「おい!警護!おい!早くこいつを拘束しろ!」
インカムからの応答がないようだ。ご当主が焦りだしている。
そのタイミングで、ご当主の携帯が鳴った。
「し、詩織から電話だと?なんだ?」
詩織さんからの電話らしい。ご当主が電話に出る。
「は?ワンちゃんが?うちの護衛をぐるぐる巻きにした?『ワンちゃん強かったんですねえ』って?どういうことだ?」
ご当主が電話越しに混乱している。
「まあ、そういうことですね。この程度のことで、俺に危害を加えることはできません」
パチンッ。
俺は指を鳴らした。
すると、部屋の隅の空間が揺らめきだす。
空気が歪み、何もなかったはずの場所に、次々と犬型ロボットが現れた。
イヌガミタイプだ。十体ほどいる。入室の時点から光学迷彩を展開したまま部屋の隅に潜伏させていた。今はそれを解除して並んでいる。
「な、なんじゃこいつらは!いや……あの写真に写ってた奴らか!どこから出た!」
そういえば、詩織さんが言ってたな。俺の手の写真を見せたら、背後のロボに驚いてたって。見るところが違うって不満そうだった。でも、見るところが違うのは、詩織さんだと思うんだ。
「しょ、正太郎くん!これは!?」
東堂議員が目を見開く。
「いつの間に……」
柚希さんも目を丸くしている。光学迷彩の存在を知っていた彼女ですら、イヌガミタイプが入室したタイミングを察知できなかったようだ。
「詩織さんが言ってるワンちゃんって、彼らのことですね。俺に危害が加えられると判断して動いたんだと思います。怪我をしないように拘束していると思いますので、ご安心ください」
「お、おい、正太郎!どういうことだ?イヌガミタイプ、さっきまでいなかったぞ!」
叔父さんが動揺している。
「叔父さん、安心してください。ちょっとした前座です。誰にも危害は加えませんので」
俺はイヌガミタイプたちに視線を送る。
「えーと、すみません。こいつらはイヌガミタイプと申しまして……護衛も家事手伝いも子育てサポートもこなす優れものなんです」
そう言うと、イヌガミタイプたちが動き始めた。
二体が台座となり、その上に三体が乗る。さらにその上に二体。ピラミッド型の組体操だ。残りの三体が、作られたピラミッドの上を飛び回りながら、光学迷彩を起動し、消えたり現れたりを繰り返す。
まるで忍者だ。消える犬型ロボット。シュールだが、技術力アピールにはなるだろう。
「な、なんて技術だ」
東堂議員の目が輝いている。防衛畑の人間だからだろうか。イヌガミタイプに軍事的価値を見出しているのだろう。
「ふん……!口だけではないってことか。いいだろう、話を聞いてやる。進めたまえ」
そう言うと、笹木家ご当主は黙りこくった。
よし、これで主導権は握れたかな。
じゃあ……いっときますか!
※※※
「さて、余興はこれぐらいにしましょうか」
「よ、余興?」
東堂議員と叔父さんが、同時に声を上げた。
「正太郎くん、これが余興なのか?」
「はい、余興です。これからお見せするものは、こんなものではありません」
部屋が静まりかえった。
ご当主も、もう何も言わない。
「お見せして……よろしいですか?」
黙りこんでしまった笹木家当主も、東堂議員も頷く。
「叔父さんたちも、いいですか?」
「あ、ああ」
「大丈夫」
柚希さんが、短く答えた。
深呼吸をする。
「では、まずはご覧ください」
一拍、置いた。
「――神の領域を」
『――――投影。』
オリガミの声が、俺の耳だけに届く。
俺は小さく唇を動かした。
「――『折』」
魔法が放たれる。
そして。
世界が、塗り替わった。
壁が消えた。天井が消えた。床が消えた。
ミーティングルームだったはずの空間が、跡形もなく消失していた。
あるのは、無限の暗黒と、その中に浮かぶ無数の星。
天の川が、足元から頭上まで、途切れることなく流れている。
音はない。
見渡す限りの宇宙が、俺たちを取り囲んでいた。
「う、宇宙!?なんだこれは!」
東堂議員が声を上げる。
「お、おい。しょ、正太郎、これはなんだ!なんだ?ん?壁?動けないぞ!」
叔父さんが、自分を取り囲む透明な壁を、ペタペタと手で触って確認している。
「正太郎!何だこりゃ!?意味わからんぞ!」
叔父さんが叫んでいる。柚希さんはそんな叔父さんに静かに寄り添い、手を握っていた。
ご当主は言葉を失って、ただ宇宙を見上げている。
「ここまでは、以前柚希さんにお見せしたものです」
柚希さんが小さく頷く。
さあ、柚希さん。見ててください。あなたがずっと警戒していた存在を、ここでお見せします。
※※※
「次に……本日の主役です」
「主役だと……?」
ご当主が、呆然とした顔でこちらを見る。
宇宙空間の中で、全員の視線が俺に集まっていた。
「紹介します。俺の妹です。そして、この世界の代表知性体でもある――」
「――オリガミです」
その名を口にした瞬間。
『――――顕現。』
凛としたオリガミの声が、その場にいる全員の鼓膜を直接揺らすように響いた。
俺の上部後方に、ポツンと小さな黒点が現れる。
針の先で空間を突き刺したような、あまりに小さな点。
それは確かな虚無だった。周囲の光を際限なく吸い込み、形あるものの侵入を拒絶する、絶対的な「無」の深淵。
その点は圧倒的な威圧感を放ちながら、ゆるやかに、かつ確実に漆黒の円へと広がっていく。
黒い円は光を捻じ曲げ、その淵にまばゆい光輪を形成していった。
捻じ曲げられ、かき集められた光は、集束に集束を重ね……やがて臨界を超える。
極限まで光を溜め込んだ光輪が、凄まじい勢いで空間に炸裂する。
そこから溢れ出したのは……虹色の光だった。
虹色の光が俺の背後で渦を巻き……いつの間にかそこにあった二つの輝点へと吸い込まれていく。
現れたのは、意志を宿した、虹色の瞳。
さらには、光の糸が編み上げられるように、宇宙空間の中に美しい少女の輪郭が形作られていった。
白銀のロングヘア。黒い折り鶴の髪飾り。
白い肌に、何も映してないようで、全てを映しているような虹色の虚ろな目。
服装は、わずかに虹色に揺らめく、白い上着に黒袴。
二つの瞳に極彩色の光を灯し、背後に光の奔流をたゆたわせながら、当たり前のように宇宙空間に佇むその少女。
あまりに整ったその姿形に、「生物として正しくない」という強烈な違和感が走った。
ただの美しい少女……なんて思えるわけがない。
脳の処理能力を強制的に持っていかれる。圧倒的な存在の厚みに、頭がバグりそうだった。
この世の色彩規格をはるかに超越した、苛烈なまでの極彩色。
それはもう――人類が古くから『神』と呼んで恐れてきた理不尽なまでの超越者、そのものだった。
ここに今、オリガミは『顕現』したのだった。
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