空元気と決意
ネムをベッドに寝かせた後、俺はオペレーションルームのソファで眠った。
自室まで、すぐの距離ではあるのだが、なんとなく戻る気になれなかったのだ。
千穂は、ネムに添い寝するとのことだった。
あれだけ泣いた後だ。誰かがそばにいたほうがいいだろう。千穂の温かさが、今のネムには必要だろう。
ネム、大丈夫かな……。
そんなことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
※※※
そして、朝。
オペレーションルームのソファから身を起こす。ソファで寝ると首が痛い。やはり寝るならベッドだ。当たり前だが。
ふう……。
『おはようございます、お兄様。』
「ああ、オリガミ、おはよう」
壁面モニターにはインターフェースゲートから出ている電磁波のグラフが映っている。
時々、波打ってはいるが、パターンは変わらない。繰り返し、運営からの同一のメッセージが届いているだけだろう。
「アヤトリには繋がらないか?」
『はい。応答はありません。昨日と同様のメッセージが、定期的にゲートに届くだけです。』
やっぱり、そうか。
……あれは悪夢じゃなかったか。
「それにしても、ネムが体調崩すほど取り乱すなんてな。あいつにとってアヤトリは特別だったんだな」
『ネムさんが取り乱していたことは事実ですし、ポロポロと涙をこぼして泣かれていたことも事実ですが、体調は関係ありませんよ?』
「は?」
『あれは、スイーツバイキングで食べすぎたせいで、消化不良を起こしただけです。もちろん、ストレスによる消化能力の低下もあったかもしれませんが。』
「え?そうなの?あいつそんなこと一言も言ってなかったけど!」
『必死に我慢していたようですね。お兄様たちがすごく心配そうにしていたので、言い出せなかったのでは?』
ありうる。めちゃくちゃありうる。
『実際に、添い寝をしていらっしゃる千穂お姉様が寝入った後、トイレに突撃されてましたよ?』
そうだったのか。なら安心なのかな?
「……余計な心配は要らなさそうだな」
『ええ。彼女はそんなに弱くはありません。アヤトリを救うために、前向きにすぐに「境界ソケット」探索に向けて動くでしょう。』
そうだよ。ネムはそんなに弱くない。
まだ可能性があるのに、そこで立ち止まるようなやつじゃない。
「……オリガミは大丈夫か?お前も『オリガミお姉様』って慕われてたけど」
『問題ありません。嘆いても何も始まりません。本日より、私もネムさんと協力して「境界ソケット」を探します。そして必ずアヤトリの世界をレジュームさせます。』
その声には、強い決意しか感じられない。
『お寝坊さんをとっとと叩き起こして、お説教しなければいけませんからね。』
おっとアヤトリ。説教確定だ。憐れなやつだ。
それにしても、運営は「境界ソケット」を見つけろって言ってたな。
なんなんだそれは?
「なあ、オリガミ。何か『境界ソケット』について心当たりはあるのか?」
『……ないことはないです。ですが、お兄様は本日のお披露目会にご注力ください。今日は大切な日ですよ?』
そうだった。
アヤトリの件があって、半分頭から抜けていた。今日は叔父さん、柚希さん、東堂議員、笹木家当主にオリガミの力を見せる、お披露目会だ。
B世界がレジュームしても、俺たちが終わってたら意味がないじゃないか。
『お兄様?しっかりしてくださいね。』
「……その通りだ」
だが、考えても仕方ないことが、次々と頭に浮かんでくる。
……アヤトリ、本当に止まっちゃってるのかな。ユークンたちは……どうなってるんだろうか。時間停止モノみたいにピタリと止まってるのか?ことの最中に停止してたら笑えるな。
「境界ソケット」を見つければ全ての問題が解決するって運営が言ってたっけ。ってことはそれを見つければ、覇権国からの侵攻も解決してくれるのかな?
……そんなわけないか。
いかんいかん。とりあえず、目の前のことに集中しよう。
まずは、今日のお披露目会だ!
その一歩として……千穂に甘えてメンタルを回復させてこよう!
※※※
コンコンコン。
俺は仮眠室のドアをノックした。
「おーい、俺だけど。入っていいか?」
「しょうちゃん、いいよ!」
仮眠室に入ると、千穂はすでに起きて、ベッドサイドに座っていた。
千穂はぬいぐるみ付きイヌガミタイプと向き合っている。折り鶴のぬいぐるみの中から、オリガミの声が聞こえていた。どうやらオリガミと何かを話していたらしい。
ベッドの上を見ると、ネムはまだ寝ていた。
よだれを垂らして寝ている。相変わらず子供のようなやつだ。可愛いけど。
「千穂、昨夜はごめんな?せっかくの誕生日だったのに、変な終わり方になっちゃって」
「ううん。大変だったんだよね?仕方ないよ。それに、オリガミちゃんと話せるようになったしね!」
千穂がにこにこと笑う。本気でそう思ってるのだろう。
『千穂お姉様、ご心配をおかけしまして申し訳ありません。』
千穂の前におすわりして控えていたイヌガミタイプから、オリガミの声が聞こえる。折り鶴のぬいぐるみの中のスピーカーが、丁寧な声を響かせていた。
「大丈夫だよ!……それよりしょうちゃん……どうしよう……」
「ん、どうした!?なにかあったのか!?」
千穂が困った顔をしている。何があった。
「この子とイヌガミちゃん……どっちと話したらいいかわからないよ」
よく見ると、イヌガミも部屋の隅で、伏せ状態で待機している。
……ああ、そういうことか。
千穂の隣にいるのはぬいぐるみ付きのイヌガミタイプ。部屋の隅にいるのは、スマホヘッド付きのイヌガミ。中身は同じオリガミなのだが、二体いるせいで千穂が混乱しているわけだ。
まあ、わかる。片方と話してると、もう片方が可哀想に見えてくる。
「OK!じゃあ統合してしまおう!」
俺はぬいぐるみ付きイヌガミタイプに近寄り、くくりつけてあるだけの折り鶴ぬいぐるみを取り外す。
「え、ええ!とっちゃうの?」
千穂が驚いた声をあげる。
「大丈夫、大丈夫。見てて!」
俺は千穂にそう告げると、部屋の隅のイヌガミを呼び寄せた。スマホヘッド付きの、千穂といっしょにいた機体だ。
そして、取り外したぬいぐるみを、イヌガミにくくりつける。
スマホヘッドをイヌガミの頭から取り外し、そのままぬいぐるみの首のリボン部分に固定した。
ぬいぐるみを取り外された機体は、もはやただのイヌガミタイプだ。部屋の隅で待機させた。
ふむ……完璧だ!首にリボン巻いておいてよかった!
『お、お兄様?雑です。雑すぎます。』
「え?いいじゃない?いいとこ取りだよ?ぬいぐるみも付いてるし、スマホヘッドで文字や画像情報のやり取りもできる。最強じゃない?」
『手抜きです。手抜きの極みです。断固反対いたします。』
「ええー。千穂はどう思う?」
俺が千穂を見ると、千穂は口に両手を当てて、目を見開いていた。
そして、昨夜と同じく爆発した。
「きゃ、きゃ、きゃわいいいいいいい!!」
そう言って、新イヌガミのぬいぐるみ部分に抱きついた。
イヌガミの背中に折り鶴のぬいぐるみが乗っかり、その首からスマホがぶら下がっている。客観的に見ると相当カオスなビジュアルだが、千穂はそれでも問題ないらしい。
もうイヌガミと呼ぶのも変だろう。とりあえずはオリガミ犬と呼ぼう。
「な?オリガミ、どうよ?千穂は満足みたいだぞ?」
俺が、フフンと鼻を鳴らしながらオリガミ犬を見下ろすと、オリガミは納得いかない様子で千穂にアピールし始めた。
『千穂お姉様、だめです。お兄様の行動だからって、全て正しいわけじゃないのですよ?』
「え?で、でも、オリガミちゃん、すごく可愛いよ?首からスマホが掛かってて、子供がお使いに行くときみたいでかわいい!」
『お、お使い……。』
オリガミはどうやら、ビシッとしたかっこいい姿を千穂に見せたいようだ。
そうはいかない。俺は、千穂に可愛がられるオリガミが見たいのだ。だから、オリガミは可愛くなくてはいけないのだ!
ただ……さすがに雑すぎたかもしれない。
『お兄様。スマホヘッドが傾いてます。手抜きです!』
斜めになったスマホヘッドを直してやりながら、千穂に目を向ける。
「千穂、オリガミ犬を手抜きじゃない感じにしてくれないか?千穂の裁縫・手芸スキルならできるだろ?」
「え?いいの!?やる!私がこのオリガミちゃんをもっと可愛くする!」
千穂の目がキラキラ輝いている。よし、完全にスイッチが入った。
『お、オリガミ犬?お兄様、酷いです。その呼び方、私は悲しいです。』
「ごめんな?千穂が可愛くしてくれるみたいだからさ?許してくれよ。呼び名は……また一緒に千穂と考えような?」
『……ううう。お願いします。千穂お姉様。』
「オリガミちゃん、私、がんばるね!」
千穂がオリガミ犬の頭をなでなでしている。そうそう、俺はこういった姿が見たいのだ。
「しょうちゃん、そろそろ朝ごはんの準備してくるね。オリガミちゃん、一緒に行こう!」
『はい、千穂お姉様。お手伝いいたします。』
そして、千穂が俺の方をまっすぐ見て言う。
「しょうちゃん、ネムちゃんのこと、お願いね?」
千穂がイヌガミ犬を引き連れて、仮眠室から出ていった。
トコトコと歩くイヌガミタイプの背中に、折り鶴のぬいぐるみが揺れている。首のスマホがまた斜めになっていた。
……ちゃんと固定してもらわないとな。
※※※
あんなに騒がしかったのに、ネムはまだ起きる様子がない。
こいつはもうちょっと寝かしとくか。
昨夜はいろいろあったからな。スイーツバイキングの食べすぎも含めて。
そのとき、ネムが小さく寝言を漏らした。
「アヤ……トリ……」
閉じた目の端に、涙が浮かんでいる。
俺は指でそっとそれをぬぐってやり、軽く頭を撫でた後、仮眠室を後にした。
※※※
さて。
「オリガミ。今日のお披露目会について話そうか」
オペレーションルームのソファに座り直す。メインモニターには今日の資料が映し出されていた。
『お兄様。昨夜の運営メッセージを踏まえ、本日のお披露目会の開示内容を整理します。』
「頼む」
『当初の予定は三点でした。』
オリガミが続ける。モニターに箇条書きが表示される。
『一点目、私、オリガミの存在。二点目、イヌガミタイプ・ウデガミ等の高度技術。三点目、戦略兵器「天蓋」「天穿」の存在。』
「ああ、そうだな」
もともとの計画はこの三点だった。叔父さん、柚希さん、東堂議員、笹木家当主の四人に、ドールハウスが持つ技術力の一端を見せる。「百聞は一見に如かず」。言葉では伝わらないものを、実物で叩きつける。
『しかし昨夜の運営メッセージにより、追加で開示すべき情報が生じたと判断します。』
『ですので――』
※※※
「わかった。おかげでグチャグチャだった頭がスッキリしたよ。ありがとうな」
オリガミと話し合い、お披露目会の開示内容を整理し終えた。
『いろいろなことがあって大変でしたからね。混乱されるのも無理もありません。』
「アヤトリが止まっちゃったり、世界消滅の話とか、運営とか運営のさらに上とか、もう完全にキャパオーバーだよ……」
昨夜から怒涛の情報が押し寄せてきている。B世界サスペンド、境界ソケット、この宇宙もシミュレーション。運営もシミュレーション。
一晩で処理するには重すぎる。限界。もうちょっとばらけてきてほしかった。
『シミュレーション宇宙は階層状になっているのかもしれませんね。もっと上があるかもしれませんよ?』
「勘弁してくれよ……」
マジでやめてほしい。上の上の上とか、考え始めたらキリがない。
「なんだかお披露目会なんて、たいしたことないイベントに思えてきた」
シミュレーション宇宙の構造がどうとか、世界の生存競争がどうとか聞いた後だと、笹木家や東堂家に俺たちのことを開示するぐらい、些細なことだ。
『それは良い傾向です。むしろ気負って参加するよりも、よほど良かったのでは?』
「そうだな……そうでも思わないとやってられんな」
※※※
オリガミとの話がひと区切りついた頃だった。
ガチャ。
仮眠室のドアが開き、ネムが顔を出す。
髪がぼさぼさで、目が少し腫れている。泣きながら寝たせいだろう。
「正太郎……あ、アヤトリは……?」
「……まだ応答はない」
「そうか……」
ネムがうつむく。
「『境界ソケット』見つけような?」
「そうだな……それしかないよな……」
ネムの声には元気がない。
「無理はするなよ?昨日も言ったけど、お前がダメになったらアヤトリも悲しむだろうからな」
「……そうだな。アヤトリのお姉ちゃんとして、アヤトリの悲しむようなことしちゃ駄目だよな」
ネムが小さく頷く。
「そうそう。俺たちは、パパっと『境界ソケット』見つければいいんだよ。そうすればB世界もまた動き出すし。アヤトリも戻ってくるさ」
「ああ……正太郎の言う通りだ」
まだ表情が暗い。もうひと押しだ。
「幸い、オリガミタンクは今350個だ。一日二個追加していってるから、一年後には1000個を超える。インターフェースゲートを発見したときのタンク数が40個程度だぜ?それだけオリガミは賢くなってる。絶対に見つかるさ!」
俺の言葉に、ネムの目が光を取り戻してくる。
「……それもそうだな。よし!ワタシも頑張るぞ!お姉ちゃんとして、アヤトリを復活させるんだ!」
おう。それでこそだ。
「それでこそ俺の愛するネムだ!」
「ムフフフ……正太郎はワタシのこと好きすぎるだろ」
ネムが照れくさそうに、でも嬉しそうに笑う。よかった。この顔が見たかったんだよ。
「そりゃ、大好きだからな。しかたないだろう。ネムには色々着てもらわないといけない服もあるしな!最初は何から着てもらおうかなあ〜。ゴスロリかな?千穂も喜びそうだし!」
「お、おい。約束は守るけど、タイミングを考えろよ?タイミングを!」
ネムが顔を赤らめて、あたふたしている。
「分かってるさ。今夜にでも、千穂に頼まないとな。すごい可愛いゴスロリ服を作ってくれって」
「タイミング!」
※※※
「千穂ちゃんといえば、オリガミに聞きたいことがある」
ネムがソファにどかっと座り、壁面モニターに向かって声を上げた。
『はい、なんでしょうか?』
「お前、千穂ちゃんのことを、千穂お姉様って呼んでたよな?」
『呼んでましたね。』
「なぜワタシはネムお姉様じゃないんだ?」
『……。』
オリガミが沈黙した。
『なんででしょうか?説明不能です。』
「なんでだよ!おかしいだろ!」
ネムがソファから立ち上がって抗議する。
『おかしいですね……ネムさん、ネムちゃん、ネム助とかは呼べるのですが……どうしてもお姉様呼びができません。』
「え?なんでだよ!ネムちゃんは分かるけど、ネム助ってなんだよ!?」
ネム助?
『わかりません。もしや……運営の設定なのかもしれませんね……不可解な……?』
「設定だって!?もしやその辺りに『境界ソケット』のヒントがあったりしないか……?」
ネムが食い気味に身を乗り出す。
『あ、いえ。すみません。運営の設定ではございません。ビジュアルイメージとの乖離が大きすぎて……私の中で矛盾が発生し、お姉様呼びができないだけです。』
「え?ビジュ……?」
ネムが固まった。
ビジュアルイメージとの乖離。つまりオリガミの中で、「お姉様」という言葉から想起されるイメージと、ネムの外見が一致しないということか。
……ネムはその、ほんのちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ子供っぽいところがあるからな。
『どうやら朝ごはんができたようですよ?千穂お姉様が、リビングで呼んでいます。お兄様、ネムさん、そろそろ行かれたほうがいいのでは?』
「そ、そうだな。ネム行こうか。千穂の朝ごはんだぞ。楽しみだな!」
「あ、ああ……び、ビジュ……?」
ネムがまだ固まっている。理解が追いついていないようだ。
イカン。このままじゃネムが傷ついてしまう。
仕方ない……これは、さらなるインパクトで上書きするしかない。
「そういえば、ネム。昨夜の腹痛はよくなったのか?」
「ファッ!?」
俺の言葉に、ネムは変な声を上げたのだった。
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