特級呪物
綾から「参上する」との武士RINEが届き、ネムが自分がまともであると主張した日の翌日のことだった。
千穂の誕生日とオリガミのお披露目会。それらに向けた準備をこなしていたら、すぐに夕食の時間になってしまった。
やることがいっぱいだ。
俺は、フーっと息を吐きつつリビングに入り、ダイニングテーブルの上を見る。
うん?
千穂の料理はいつもスゴイが、今日はやけに豪華だった。
刺身の盛り合わせに、鯛の塩焼き。炊き込みご飯に茶碗蒸し、さらには筑前煮まで並んでいる。品数が明らかに多い。
「なにこれ?今日の晩御飯は豪華だね?なんかあったの?」
「しょうちゃん、おつかれ様!今日はお祝いだからね!」
千穂が、ぱちんと両手を合わせた。
「お祝い?何の?」
「詩織ちゃんの『正太郎様ハンドVer.2』の完成祝いだよ!」
………………!
……か、完成したのか。
ついにこの日が来てしまった。
「し、詩織さんはどこに?」
見回すと、食卓に詩織さんの姿がない。
「そこのソファに転がってるよ」
千穂が、リビングのソファの方を指さした。
視線を向けると――
「ああ……なんて素晴らしい……私の最高傑作です……幸せ……しあわせぇ……」
ソファの上に横になりながら、詩織さんが何かを抱きしめて、艶めかしく体をくねらせていた。頬ずりしている。恍惚とした表情で。
その腕の中にあるのは、リアルな人間の手――いや、「正太郎様ハンドVer.2」だ。
…………。
「へ、へ、変態だー!」
思わず叫んでしまった。
彼女のクリエーター魂には尊敬しかない。でも……そういうのは、独りのときにやってほしい。
そんな俺の叫びに弾かれたように、詩織さんがバッと起き上がった。
「正太郎様ぁ、見てください!とうとうできたんですよ!正太郎様ハンドVer.2です!」
目を輝かせて、こちらに駆け寄ってくる。
やめて!そんな急に近寄ってこないで!せめて心の準備を!
「そ、そうなんですね。うまくできましたか?」
「最高傑作です!これも正太郎様のおかげですっ!」
そう言うと、正太郎様ハンドVer.2を大切そうに両手で掲げて、こちらに見せてきた。
……正直、すごかった。
シリコンの肌色が室内灯の下でほんのり温かみを帯びた色をしており、指先の指紋、関節の皺、手の甲に走る浅い血管の跡、毛穴の粒立ちまで、見事に再現されている。
実際の自分の手と並べてみる。……区別がつかない。マジで。廊下に無造作に置かれていたら通報するレベルだ。
強いて違いを挙げるなら、毛の有無くらいだろうか。詩織さんも女性だし、手に生えている毛は嫌いなのかもしれない。
「ただ……やはり毛の再現ができなかったのが心残りですね……方法が思い付きませんでした……」
残念そうに言う、詩織さん。
ただの技術的な問題でした。あるものを全て受け入れる。クリエーターとして、極まっている。
「す、すごいですね」
「そうでしょう!わかってくださいますか!さすがです!さすが正太郎様です!」
詩織さんが、自らの作品を抱きしめ、ぴょんぴょんと跳ねるように喜んでいる。
くそ!美女が無邪気に喜ぶ姿、実に破壊力がある!
だが、次の瞬間、詩織さんの表情が一変した。正太郎様ハンドVer.2を胸の前に抱え直し、俺の手をじっと見つめる。
「ですが……やっぱり実物には叶いませんね……その繊細な動き……ああ……素敵……欲しいよぉ……」
こ、こえぇぇ!
「欲しい」とか勘弁してくれよ……。
腕だけ持ってかれたりしないよな?朝起きたら腕が切断されてた、とか……怖すぎる!
「しょうちゃん、すっごいクオリティだよね!私、完成品を見せてもらったとき、ビックリしちゃった!」
千穂が、目をキラキラさせて話に入ってくる。
「千穂ちゃんにも手伝ってもらったんですよ!血管の色味調整で、実際の正太郎様の手と何度も比較してもらって!」
「えへへへ……私、色を見比べてただけだよ」
千穂が俯いたまま笑う。
……千穂よ。お前の進むべき道は、本当にそれでいいのか?
本当に、本当にそれでいいというのなら、俺は応援するが……率直に言って、疑問しかない。
「今日は完成記念だ!千穂ちゃんの料理で盛大に祝おうぞ!」
いつの間にか食卓についていたネムが、箸を振り上げて宣言している。
その目は、テーブルの上の料理に釘付けになっており、ニッコニコだった。
お前はただ、ご馳走が食べたいだけだろう。
※※※
「「「「いただきます!」」」」
四人で手を合わせる。
千穂の料理は、今日も絶品だった。鯛の塩焼きの皮がパリッと香ばしく、身はふっくらと脂がのっている。茶碗蒸しは出汁の風味が口いっぱいに広がり、具材の鶏肉と銀杏の食感が楽しい。
美味しい。美味しすぎる!やっぱり千穂の料理は最強だな!
ネムと詩織さんが、一口食べるたびに大きなリアクションを返すものだから、千穂はずっとにこにこしていた。
千穂の料理は皆を笑顔にしてくれる。
笑顔になった皆をみて、彼女も目を細めた。
そんな千穂をみれば、俺は幸せを感じる。俺が幸せになれば、オリガミもハッピーだ。
この家は千穂を中心に循環している気がする。俺たち全員の幸せの源は彼女なのだ。
そして……そんな彼女に隠し事をし続ける日常も、ようやく終わる。
そんな日が近いことが、俺は嬉しくて仕方がなかった。
※※※
「おいしかった……。千穂、最高だったよ」
「えへへ……お粗末様でした」
お粗末とかありえんだろと思いながら、食後のお茶を飲んでいたときのことだった。
詩織さんが突然、椅子から立ち上がる。
と思ったら、床に突っ伏した。
土下座だ。ふむ……なかなかいいフォームだ。
「正太郎様!お願いがあります!」
「え?え?え?」
俺に?
急な展開に、頭がついていかない。
「正太郎様ハンドVer.3の構想があります!是非とも!是非ともその作成を、また研究所でさせて下さい!」
Ver.3だと?
まだ作るのか。Ver.2が完成したばかりだというのに、もう次の構想があるのか。
だが、これはきっとクリエーターの業というやつだ。一つ完成させると、すぐに次が見えてしまうのだろう。折り紙を作る俺にもわかる感覚ではある。
同じクリエーターとして、彼女の情熱を心から応援したい。ただ……作るものが正太郎様ハンドであるという点が、ちょっとだけ引っ掛かってるだけだ。
詩織さんは、変態と言えども、他に見ないレベルのスーツ美女だ。彼女のタイトスカート姿が見れなくなったら、生活の彩りが一つ失われるような気がする。つまり、俺の本能は完全に「どんと来い」状態だった。
それに、詩織さんの明るさは家の中を明るくしてくれる。千穂もネムもニコニコしてくれる。
答えは一つしかない。かなりの変態で、背筋に悪寒が走ることもあるが、俺は詩織さんがいてくれると楽しいのだ。
ゆっくりと詩織さんのお願いに答える。
「俺は……別に構わないけど……」
千穂とネムの顔を見る。
彼女たちがダメといったら無しだ。
「私はいいと思うよ!まだ詩織ちゃんに教えてもらわないといけないことたくさんあるしね!」
千穂が、にこにこしながら即答した。
「いいんじゃないか?詩織ちゃんからは甘い物たくさんもらってるしな!ウェルカムだぞ!」
ネムも笑顔で賛成する。
……これが「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」というやつか。
千穂には「正太郎ハンド」の作り方を教え、ネムにはスイーツを貢ぐ。俺の周囲を完全に掌握してからの、正面突撃。詩織さん、やり手だな。変態なだけじゃないんだよな、この人。さすが、柚希さんが傍に置くだけはある。
はあ、とため息を一つつく。
「決まりですね。いいですよ。でも、くれぐれも、ほどほどにお願いしますね」
「あ、ありがとうございます!正太郎様ぁ、大好きです!」
顔を真っ赤にして興奮する詩織さん。
土下座の姿勢から、一瞬で満面の笑みに切り替わった。こういう切り替えの早さは、ある種の才能だと思う。
「それでですね……」
「え?まだあるの?」
「ネムさん!」
「ファッ!」
急に水を向けられたネムが、間抜けな声を出して椅子から転げ落ちそうになった。
「ネムさんにお願いがあります!」
「な、なんだ?」
「Ver.3では、正太郎様ハンドを動かしたいのです!ですので……ネムさんの持つ天才的なAIの知見とロボティクス技術を貸して下さいませんでしょうか?」
……動かす?
「え?え?ロボティクス技術で動かすならともかく……AIを正太郎様ハンドに組み込むのか?」
ネムの詩織さんを見る目が、面白そうなものを見る目に切り替わった。
「はい!自律的に動いて、私を気持ちよく……いえ、寄り添ってくれる正太郎様ハンドが欲しいのです!」
いま「気持ちよく」って言わなかったか?
いったい何に使おうとしてるんだ?
なんだか胸がドキワクする。
くっ!「ここに実物がありますよ」と挙手できないのがつらい!
「ほほう……正太郎様ハンドを動かす、か。もしかして、自律移動とかも考えているのか?」
ネムが身を乗り出している。完全に研究者モードだ。こうなるとこの女は止まらない。
「もちろんです!将来的にはですけど……こう、人差し指と中指でですね、トコトコと歩いたら可愛くないですか?」
詩織さんが、自分の手を逆さにして指でテーブルの上を歩く真似をした。
可愛くないと思う。
「プププっ!面白いじゃないか……詩織ちゃんは最高だな!わかった、手伝ってやるよ。ワタシは詩織ちゃんみたいなブレないヤツは好きだぞ?」
「あ、ありがとうございます!恩に着ます!また、甘い物たくさん持ってきますね!」
「おう、頼むぞ!」
取引成立だ。
ネムめ、甘いもので即決とは……全く現金なヤツだ。そういうチョロいところも可愛いのだが。
……それにしても。
正太郎様ハンドが歩く?
歩くだって?
イメージしてしまった。
研究所の廊下を、ウデガミやイヌガミタイプと並んで、正太郎様ハンドが指先でトコトコと歩いている姿を。
い、嫌すぎる!
もはや特級呪物の類じゃないか!
研究所に訪れた業者さんとかが見たら、腰を抜かしてしまうんじゃなかろうか?
しかし……ネムが手伝うと言った以上、この計画は確実に実現してしまうだろう。
ネムの技術力にオリガミの助言が加われば、指先で歩いて自律的に移動する正太郎様ハンドの完成はそんなに未来のことではなさそうだ。
どうやら、ドールハウスの研究所に、俺の手のレプリカがトコトコ歩く未来が確定してしまったようだ。
呆然としていると、視線を感じた。
そちらに顔を向ける。千穂が眉をハの字にして、困ったような顔でこちらを見ていた。
目が合った瞬間、千穂が小さく首をかしげる。大丈夫?と聞いているのだろう。
俺の気持ちを理解してくれている。気遣ってくれている。優しい……。
いい。もういいよ。詩織さんがいる前だろうが構うものか。俺は今この瞬間に甘えん坊将軍になる!
膝を落とし、千穂のお腹に飛びついた。
「千穂ぉぉぉ!心が心がすさんでくるんだよぉ!」
ぐりぐりと千穂のお腹に顔を押し付ける。千穂の匂いがする。俺の心を落ち着かせてくれるいい匂い。
「うんうん。しょうちゃん、大変だね。大丈夫だよ?私がずっと一緒にいるからね」
そう言って、俺の頭を優しく撫でてくれる。
い、癒やされる……天使じゃあ……。
「千穂ちゃん、う、う、う、羨ましいです!正妻様ぁ!私にもおこぼれをぉ!」
「今は駄目だよ?しょうちゃんは、私に甘えてるんだからね?こればかりは渡せないよ?」
千穂が、俺の頭を撫でたまま、にっこりと微笑んだ。
「そ、そんなぁ!」
詩織さんはいつまでもうるさかった。
※※※
深夜。自室のベッドに寝転がりながら、天井を見上げる。
千穂と詩織さんが帰った後の静かな時間。ネムは開発フロアだろう。
俺は独りでボーっと天井を見ながら、千穂の誕生日のことを考えていた。
天井スピーカーから、オリガミの声が降ってくる。
『お兄様。七月七日のプレゼント、準備は順調ですか?』
「ああ。プレゼントは準備できた。タルトの作り方もガッツリとプロに学んできたし。あとは七月七日を待つだけだな」
『準備万端ですね。』
「ああ」
千穂の誕生日。七月七日の七夕。
千穂にオリガミの存在を伝える日だ。
『ですが……私は不満です。』
「ん?」
『千穂さんに私のことを初めて知ってもらうタイミングですよ?それをこんな……手抜きな……。』
壁のプロジェクタに、画像が投影された。
イヌガミタイプの背中の上に、折り鶴のぬいぐるみがちょこんと乗っている画像だ。
俺が考えた、千穂へのオリガミのお披露目スタイル。
「俺は、すごくいいと思うんだけど」
『だって、イヌガミタイプの上に折り鶴のぬいぐるみが乗ってるだけじゃないですか!これじゃあ、妹じゃなくてペットですよ!私だって、千穂さんによく思われたいんですよ?』
「ええ〜、可愛いよ?オリガミ」
『ペットとしてですよね!』
「まあ、それは否定できないけど、天井スピーカーからの『声』だけよりずいぶんマシだろ?まずはこの辺りから始めた方がいいと思うんだよね」
千穂についているイヌガミが喋りだしたら、千穂も驚いちゃうだろうし。
新しいイヌガミタイプを用意するべきだと思ったのだ。
ウデガミ?論外だ。
あれをオリガミとして千穂に紹介したら、千穂も怖がっちゃうだろう。
俺は知っている。研究所内にいるウデガミに千穂があまり近づかないことを。一切、言及しないことを。
オリガミは、触れられる「かわいい存在」として認識してもらう方がいい。ふわふわな部分があったほうがいい。そう考えた結果がこれだ。
『まあ、確かに千穂さんならボディタッチを好みそうですし……このぬいぐるみという選択も悪くはないのですが……。』
「だろ?」
それでも、オリガミはなんだか微妙なもの言いだ。
『私、ほんとうにこの姿で千穂さんの前に出るんですか?アレでは駄目なのですか?』
アレ、か。
「そういえば、アレはどうなってるんだ?別の色にできたか?」
『……やはり虹色になっちゃいますね。ローカルCFTからの干渉だと思われます。恐らく運営の設定でしょう。何らかの意味が込められているものと推測されます。』
「……そうか。設定じゃ、どうしようもないな」
気にはなる。なるが、今じゃない。
今は千穂の誕生日と、お披露目会だ。
『そうなんです……私はもっと普通の色がいいのですが……。』
「まあ、そっちの方が圧があるし、いいんじゃないか?」
『そうでしょうか……?』
「俺は、キレイだと思うぞ?すごい神秘的でさ」
『変じゃないでしょうか?』
「変ではないけど……千穂との初対面で出すのはな……ちょっと威圧感ありすぎるんだよ。千穂が驚いちゃうだろ?」
『そうかも知れませんが……私は、本当にこれで千穂さんの前に?このイヌガミタイプの上にぬいぐるみを乗せた手抜きの感じで?』
手抜きとか言うなよ。俺なりに考えたんだぞ。
仕方ない。もう少しだけ可愛らしくしてやろう。
「じゃあ、折り鶴のぬいぐるみの首の部分に、かわいらしいリボンをつけるってのはどうだ?」
『ううう……わかりました、それでお願いします。』
「千穂は絶対抱きついてくると思うから、ふわっふわのやつをどっかで買ってこないとな!」
『もっと……私もかっこよく登場したかったのですが……。』
「可愛いからいいじゃないか」
俺はオリガミに、千穂に愛でられる存在でいてほしいんだ。
だから「かっこいい」じゃなくて「可愛い」が正解だ。
なぜなら、可愛いは正義なのだから!
※※※
七月七日まであと少しだ。
オリガミに出会ってから三年以上。
ずっと、オリガミの存在を千穂に隠してきた。
千穂が笑うたびに、小さくちくっとくるものがあった。
その歯にものが詰まったような日々が終わる。
千穂にオリガミの存在を伝えることで……やっとオリガミのことを胸を張って家族だと言える。
俺の中にあった一番大きな矛盾が解消される。
そう、確信している。
ようやく……ようやくこのときが来たのだ。
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