なにとぞなにとぞ!
天穿が完成したその日から、数日がたった。
俺とネムは研究所コアフロアにあるオペレーションルームにいた。
壁面の大型モニターには「人類わからせ計画」の進捗がずらりと表示されている。天穿の量産状況、花火会社五社の稼働率、マイクロ固体燃料ロケットの在庫数。数字の羅列が、着実に積み上がっていく。
ソファに並んで座りながら、オリガミの報告を聞く。
『お兄様、天穿ですが、明日には量産バージョンの最初の百発が完成する予定です。』
「おお!早いな!」
思わず声が出た。テストから数日で百発。とんでもないペースだ。
『もともと材料はすべて揃っておりましたからね。現在、花火会社五社のすべてのリソースを使って、マイクロ固体燃料ロケットを製造していただいております。千羽工業のスラスターについては、既に納品済みでしたし。』
「なるほどな」
『スラスターやゲートバリア機構の装着などの最終組立は、よいこ保育園の旧校舎にある組立施設で「DH-01」に実施させます。研究所は住宅街ですので、火薬類の取り扱いには不向きですから。最終組立を外部に委託しないのは、ゲート技術の流出を避けるためです。それだけは避けねばなりませんので。』
オリガミの言う通りだ。
ゲート技術だけは漏洩してはならない。
ゲート技術を使った兵器をよそで作られたら、こちらでは太刀打ちできない。
今のところ、ゲートバリアをもつ機体が鹵獲されるような事態は起きていないが、そういう事態が起きた場合は、オリガミの判断ですぐに溶解させることができるらしい。
「オリガミの言う通りだな。よいこ保育園の旧校舎を耐爆仕様にしたのは、この事態を見越してだったのか?」
『はい。お兄様のご推察どおり、兵器製造を見越したものではありました。ただ、天穿のような戦略兵器が組み立てられる場所になるとは、さすがに想定外でしたが。』
隣のネムが身を乗り出した。
「ワタシも思ってたんだよ、あんな旧校舎になんで耐爆工事なんてするんだろうって。でも兵器か……正直、あまりいい気分じゃないな」
「ああ、同感だ。使うとしてもEMP弾頭だけにしたいもんだ」
厨二病心はくすぐられるが、それが実際に人を殺傷するとなると話は別だ。
通常弾はタングステン弾頭だ。運動エネルギー兵器としての威力を上げるために、比重の重いタングステンを使っている。第一宇宙速度で飛翔するタングステンの塊。ビルを破壊し、数発で基地を機能不全にできる。その周囲の人間の命ごと。
……考えたくないな。使わずに済むのが一番だ。
※※※
『これからはあの子たちが、よいこ保育園の組立施設でも働くことになりますね。』
「マイクロ固体燃料ロケットは火薬の塊だし、住宅街の研究所じゃ扱えないもんな。よいこ保育園なら周りに人もいないし。しかし……あいつらは大活躍だな。元はといえばオリガミタンク追加の自動化のために作ったものだったのに」
『ええ。研究所内では、既にDH-01が三百体程度稼働しております。なお、駆動系とコンピューターの在庫さえあれば、研究所内での増産も可能となっております。』
「え?そうなの!?」
ネムが椅子から浮きかけた。
『はい。うちにはあの子たちという労働力もありますし、あの加工法もありますしね。』
「ワタシ、最近、あいつらが急に増えたなとは思ってたんだよな。研究所生まれの機体がいるってことか?」
『ネムさんの仰るとおりです。』
なるほど。研究所内でも作れるのか。
「そっかそっか。千羽工業の皆さんが過労死寸前まで働いてるわけじゃないんだな。安心したよ」
『ご安心を。私は人道に反するようなことはいたしませんので。』
「よく言うよ」
前庭砲やら側坐核砲やら、よいこ保育園やら。人道の境界線、オリガミの中ではどのあたりにあるんだろうな。
まあ、でも俺が心から嫌がることはオリガミにはできない。
倫理観の問題があるとしたら、俺自身の問題だろう。オリガミのせいではない。
ネムが口を開く。
「なあ、オリガミ。イヌガミタイプも研究所での組み立てが可能になってたりするのか?」
『はい。可能です。』
「なるほどなあ。そしてそれらのメンテナンスもあいつらにさせるわけかあ。まさにオートファクトリーってやつだな!」
ネムは、感心したように頷いている。
ん?知らない言葉が出たぞ?
「オートファクトリー?そりゃなんだ?」
「自動工場って意味だよ。人間の手が入らずに、ロボットがロボットを生産するような工場のことだ」
ロボットがロボットを作る。
まさにここの研究所のことだな。
……あれ?いつから工場になったんだ?ここは?
※※※
『そういえば、DH-01ですが。いつものように命名はされないのですか?』
「それなんだよなあ……」
俺とネムは思わず顔を見合わせた。
DH-01。多腕型の作業用ロボットだ。イヌガミ、ハチガミ、トビガミと来て、こいつだけ無機質な型番のままだった。
「以前、ネムと話したんだけど、いいのが思いつかなかったんだよ。『ヒトガミ』だと人の神様みたいだし、『カタガミ』だと服でも作るのかってなるし」
「そうなんだよ」
ネムが腕を組んでうんうんと頷く。
「正太郎なんて、『漆黒なる自動人形』とか『ヘカトンケイル』とか名付けようとしたんだぞ?命名規則違反だ!って却下したけどな」
「あのときは疲れてたんだよ」
恥ずかしい。深夜のテンションで考えた名前が、ネムの口から白日の下に晒された。
「そんな名前にならなくてマジでよかった。ネムに感謝だな」
『なるほど……では、湊くんが考えた名前はどうでしょう?』
「湊くんが?」
俺とネムの声が重なった。
叔父さんの息子、湊くん。メカ好きの男の子だ。先日、研究所を訪ねてきたときに、研究所のロボットたちを見て目をキラキラさせていた。
『はい。イヌガミ、ハチガミという名前から思いついたのでしょうね。湊くんは、腕がいっぱいあるから「ウデガミ」だね!って紬ちゃんと話してましたよ。』
「……いいじゃん」
思わず声が漏れた。
腕がいっぱいあるから、ウデガミ。実にわかりやすい。
「ほう。シンプルでいいじゃないか。湊くん、やるな?」
ネムも納得の様子だ。
「決まりだな。DH-01は、これからは通称『ウデガミ』だ!正直助かるわ。DH-01って、なんか呼びづらかったんだよ」
『承知しました。今後、DH-01は「ウデガミ」と呼称しますね。』
「うんうん。今度、湊くんに教えてやろう。多分、喜ぶぞ」
「わ、ワタシが伝えるからな!」
ネムが勢いよく手を挙げた。
「お姉ちゃんであるワタシが伝える!」
なるほど。お姉ちゃんとしての点数稼ぎか。現金なヤツめ。
『ふふっ……湊くん、喜ぶと思いますよ。あの子はとてもロボットたちに優しくしてくれますからね。私にとっても好ましいです。』
「湊くん、メカ好き少年だもんな」
ウデガミか。イヌガミ、ハチガミ、トビガミ、ウデガミ。うん、しっくりくる。
湊くんに感謝だな。
※※※
『それと、七月八日の件ですが。』
オリガミの声のトーンが切り替わった。報告モードだ。
『藤崎柚希から連絡がありました。出席者は、叔父様、藤崎柚希、東堂正人議員、笹木家当主、それとお兄様の五名です。』
七月八日。お披露目会。
叔父さんや東堂議員、笹木家当主に、オリガミの力を示す日だ。
「あれ?ネムは行かないのか?」
「ワタシはそういうのはいいや。向いてなさそうだし」
ネムがひらひらと手を振る。
「そうなのか?独りじゃちょっと心細いんだけど」
『私がいますよ。それに、ネムさんは……その……可愛らしいですからね。こちらの力を示すような場には不向きかと。』
ああ、まあ、うん。
「ウチのマスコットみたいだもんな」
納得感しかない。
「ちょ、ちょっと待て」
ネムの声が裏返った。
「ワタシ、今『マスコット』って言われたか?」
しまった。
口が滑った。オリガミの「可愛らしい」に乗っかって、つい本音が出てしまった。
「き、聞き間違いじゃないかな?」
「言っただろ!『マスコットみたい』って言っただろ!聞こえてたぞ!」
聞こえてた。そりゃそうだ。隣に座ってるんだから。
「ワタシは立派なオトナだぞ?正太郎よりお姉ちゃんなんだからな!」
ネムが仁王立ちになって俺を指差す。小さな身体で精一杯の威嚇をしている。
マスコット感が、さらに増した気がする。
だが、大人か……確かにネムは立派なオトナだ。胸部装甲だけは。
その大人な部分にお世話になっているのは俺だ。
ネムが大人でなかったら、子供に手を出す人間になってしまうじゃないか。
む?それは受け入れられないぞ?
「ああ……俺が間違ってたよ。ネムは立派なオトナだ」
「なんだ?妙に素直だな……?気持ち悪いぞ?」
そう言うと、ネムは満足げな様子でソファに座り直した。
気持ち悪いって言うな。傷つくだろ。
「わかった。じゃあ、オリガミ入れて六名ってことか。情報流出がないように考えてくれてるな。オリガミのことを知るのは、できるだけ少ない人数がいい」
『はい。藤崎柚希もそのあたりは当然、理解しているようですね。』
「笹木家当主か……詩織さんのお祖父さんだろ?唯一、会ったことないメンバーだな。詩織さんがウチに入り浸ってるし、俺、なんか言われるかなあ」
『言われるかもしれませんね。お孫さんには甘々な方のようですし。詩織さんはとても大切にされているようですよ。』
「そうかあ。なんか、いやだなあ……面倒なことが起こりそうで」
ほぼ毎日プロポーズしてくる詩織さんのお祖父さんとの対面。考えただけで胃が痛くなる。
『大丈夫ですよ、お兄様。彼らはきっとそれどころではなくなりますし。』
それもそうか。
オリガミの力を見せつけたら、孫の人間関係に口を出すような余裕なんて、なくなるに違いない。
……そうなるよな?
やはり、インパクトだ。インパクトが重要だ。
そういえば……。
「天穿と天蓋のデモ映像はできてるのか?」
『はい。天穿は実際の飛行映像を見ていただきましょう。そういえば、テストときの映像なのですが……よいこ軍団が大騒ぎしてて面白かったですよ。南極海の荒波にノックダウン寸前の者も含めて「団長は神か!?」って盛り上がってました。』
「洗脳はバッチリだな……」
俺たちに関わってしまったばっかりに、南極海に送られるなんて。
あいつらもついてない。悪いことはしてはいけないのだ。自分に返ってくるものなのだ。
いや、それよりもインパクトだ。
「なあ、オリガミ。第一宇宙速度で飛行する物体って、目視で確認できるのか?」
早すぎて、見えなかったらインパクトもクソもない。
『今回のテストでは高度200メートルを飛行させましたので……ハイスピードカメラなら捕捉できますよ。肉眼では瞬きしている間に見えなくなってしまうでしょうが。』
秒速7.9キロメートル。そりゃ見えないよな。
「なるほどなあ」
『なお、天蓋は――お兄様が千穂さんとネムさんに天蓋を見せたときの映像を使います。』
「ああ、あの日のか」
ネムの誕生日。千穂に初めて魔法を見せた日の夜。あれなら天蓋の規模感が伝わるだろう。
『……あのお兄様のかっこいい詠唱も入れてもいいですね。えっと……これです。』
正面メインモニターの表示が切り替わった。
映像が再生される。
夜空の下。黒いダウンとデニム姿の男が、悦に入った様子で両手を上空に掲げていた。
――俺だ。
や、やめて。
『――天よ』
再生やめてよぉ!
『千と二十四の星々よ。不可視の帳となりて、天空を覆え』
ぎゃあああああ!
『静寂と安寧をここに。我が領域を侵すものを拒絶せよ』
やめろぉぉぉぉ!
『――天蓋!!』
スクリーンの中の俺が、最高にキマった顔で叫んでいた。
死にたい。穴があったら入りたい。地球の裏側まで掘り抜いて、そのまま出てこなくていい。
『ああ、お兄様。なんと凛々しいお姿でしょう。』
「ぶっ……ぶぷふぅっ……!」
隣のネムが手で口を押さえていた。肩が小刻みに震えている。
「あのときの正太郎か。か、かっこいいじゃないか!」
笑い転げるな。
「痛い!痛すぎる!なんで俺はこんなことを!」
テンションがおかしくなってたんだ。千穂にかっこいいところを見せてやるっていう気持ちで、気が大きくなってたんだ。
「お、おい。頼むから。頼むからこれを再生するのはやめてくれよ!?頼むから!」
「い、いいじゃないか。わ、ワタシもかっこいいと思うぞ」
ネムが涙目で俺を見ている。
「ぶふぅ!」
笑ってるじゃないか。完全に笑ってるじゃないか。
ネムめ……人のことを笑える立場か?違うだろう。
お前にも激ヤバな映像があったじゃないか。忘れてるのか?
「オリガミ。『ちびっこ天才大魔導師の大詠唱』の映像を再生してくれ」
『お兄様、承知いたしました。』
「や、ヤメロぉ!」
こうかはばつぐんだ。
黒歴史は誰にでもあるのだ。仲間だ、仲間。
人を笑っていいのは、自分も笑われる覚悟があるやつだけだ。
そんなみっともないやり取りをしていた俺たちに、オリガミがいつもと同じ淡々とした口調で語りかけてくる。
『それで、いかがいたしましょう?私は、この、お兄様のかっこいいお姿を、みなさんに見てほしいと思うのですが。』
「ほ、本気で思ってるのか?」
それとも俺のことをからかってるのか?
判別できない。判別できないが……。
「詠唱はカットで。た、頼むぞ、オリガミ。信じてるからな!」
こんなのを叔父さんたちに見られたら、俺は恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
叔父さんや東堂議員は腹を抱えて笑うだろう。柚希さんに至っては何を言われるかわからない。
『仕方ありませんね。お兄様がそこまで仰るなら……すばらしい映像だと思うのですが……。』
『では、この映像は大切に私の中に保存しておきます。』
ぐっ。
消してほしい。でも、頼んだところで聞いてはくれないだろう。
だが、とりあえずは、公開しないと言ってくれた。それだけで十分だ。
話を変えねば。オリガミの気が変わらないうちに。
※※※
そんな話をしていたときだった。
ポケットの中のスマホが震えた。RINEの通知音だ。
画面を確認する。
綾からだ。
そういえば、配信の後は何回かメッセージでやり取りをした程度だった。結婚の件には触れない、当たり障りのないものを。
どれどれ……
『師匠!近々、お父様にお会いされると聞きました!わたくしも同行したい旨伝えたのですが、断られてしまいました!いまだ承服できませぬ!お父様は融通の利かぬお方です!不服です!不服なので、近いうちに参上いたします!どうかご容赦を!なにとぞなにとぞ!』
なんだこれは。
どうやら、かなり熱くなっているようだ。メッセージの文体が、普段よりさらに武士寄りになっている。「承服できませぬ」とか「なにとぞなにとぞ」とか、RINEで見る文面ではない。
ん、参上?
ど、どういうこと?家に来るのか?
カチコミか?カチコミなのか?
俺の様子に異変を感じたのだろう。隣に座っていたネムが、スマホの画面を覗き込んできた。
「うん?このメッセージ、東堂綾からか?」
「あ、ああ。どうやらオリガミのお披露目会に同行できないのが不満らしい。ほら」
送られてきたメッセージを見せると、ネムはしばらくそれを読んでいた。
「へ、変な子だな?正太郎、お前の周りには変な子ばかり集まるな?」
「否定できない……」
毎日プロポーズしてくる手フェチのスーツ美女弁護士と、九時間の折り紙バトルを共にできる武士系VTuberと。たしかに、周囲の個性が強すぎる。
でも、一つだけ言わせてくれ。
「だが、それはネムも含めてだぞ?」
「なっ……!」
ネムが口をぱくぱくさせている。反論を探しているようだが、見つからないらしい。
そうだろう。研究のためなら何でもありの、興奮すると「おほっーーー♡」とか叫び出して、天才大魔導師を自称してしまう女が、他人を「変な子」呼ばわりする資格はないと思うんだ。
「ワタシは変じゃない!ワタシはまともだ!」
ネムの抗議を聞き流しながら、俺は綾へ返信を打った。
『来るのは構わないけど、事前に連絡してくれよ』と。
送信と。
……しかし「なにとぞなにとぞ」か。
最初は綾のことを、おしとやかな和風お嬢様だと思ってたんだよな。
まさか、武士だったとはなあ……。
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




