オリ子炎上
柚希さん一家は、千穂の料理を味わった後、すぐに帰っていった。
灯ちゃんが目をさまして、ぐずりはじめたためだ。起きたら、知らない匂いのする場所で驚いたのかもしれない。
落ち着いたら、柚希さんは千穂に料理を習いに来るそうだ。千穂みたいな料理(愛の結晶)を、叔父さんに作ってあげたいとのことだ。
うーむ。叔父さん夫婦は本当に仲が良い。ラブラブである。俺も、ずっと仲が良い、そんな家族を作りたいものだ。
※※※
それから数日後の夜。
俺は独りで興奮していた。
「さあーて。さて!さて!さて!今から、オリ子の配信タイムだ!」
た、楽しみすぎる!
よし、部屋に鍵をかけて誰も入れなくして……。
ガチャリ。
これで、邪魔するものはいない。千穂やネムと配信を見ると、コメントの自由が奪われるからな……。
さあ、今日は、自由なコメントを書き込むぞ!おじさん構文禁止だって?知るかぁ!
「オリガミ、オリ子のLIVE配信ページを開いてくれ」
『はい、お兄様。』
備え付けられたプロジェクターから壁に、オリ子の配信待機画面が映し出される。
ああ、ワクワクする。今日もあのオリ子の繊細な折り紙を見ることができると思うと、胸が高鳴る。
少し待ち、オリ子の配信が開始した。
画面に、オリ子のアバターが現れる。
今日もオリ子のアバターは、和風テイストの少女だ。折り鶴のかんざしを挿した黒髪ロングで、大和撫子といった雰囲気である。
このアバター、綾の雰囲気にピッタリだよな。誰が作ったんだろう。
綾の柔らかな声が聞こえてきた。
そういえば、綾はボイスチェンジャーを入れてないよな。綺麗な声だ。
「みなさま、今日も配信をみにきてくださり、ありがとうございます」
コメントが流れ始める。
『88888888』
『こんにちはー』
『待ってました!』
『声が良すぎる』
『癒やされるわぁ』
『和風美少女キター』
『今日は何を折るんですか?』
『wktk』
『初見です』
『折り紙配信か』
『すごいの折って!』
おお、オリ子も結構コメントがつくようになったじゃないか。
まあ、あれだけの技術があれば当然だな。
「本日は、朝顔を折りたいと思います」
朝顔か。定番だが……オリ子の繊細な技術から生まれる朝顔だ。
お手並み拝見といこう。
※※※
オリ子の指が動き始める。
まず正方基本形。ここがスタートだ。
だが、次の瞬間、目を見張った。
ある部分を、爪の先で極小の沈め折りにしていく。一つ、二つ、三つ……五箇所すべてに、均等に。
なんだ?何をしてるんだ?
紙の上に、放射状の細い筋が浮き上がる。光の角度で影が変わり、まるで本物の花弁に透けて見える葉脈のようだ。
……あっ。これは、花弁の脈を再現しているのか?
こんな折り方、俺にはできない。
この極小の沈め折りを均等に入れる精度は、綾にしかないものだ。指先の感覚だけで紙の厚みを読み、折り幅を髪の毛一本分ずつ調整している。
そして花弁の縁を、指の腹でそっと外側に丸める。朝顔特有の、薄い漏斗状の広がり。紙のしなりだけで曲面を作っている。
最後に、蔓。細く裂いた紙を、螺旋状にくるくると巻いていく。巻き加減が絶妙で、先端に向かって自然に細くなっていく。
……すごい。
朝顔の蔓が何かに巻きつこうとしている、あの動きの途中を切り取ったかのようだ。
咲いたばかりの、朝露がまだ残っていそうな朝顔。しかも蔓がまだ伸びている最中の。
――これは「今まさに生きている」朝顔だ。
俺は思わず身を乗り出していた。
すごい。マジですごいぞ。朝顔の折り紙は無数にあるが、こんな生々しい朝顔を紙で再現したものは見たことがない。
だが。
※※※
コメント欄の空気が、変わり始めた。
『これオリ男のパクリじゃね?』
『折り紙系ってオリ男がやってたやつじゃん』
『二番煎じ乙』
『オリ男バズったからって便乗かよ』
『声かわいいだけで中身ないな』
『手元しか映さないのもオリ男と一緒で草』
『劣化コピーで再生数稼ぎとか恥ずかしくないの?』
『オリ男は社長だけどこいつ誰よ』
『通報した方がいい?著作権的に』
『折り紙に著作権はないだろwでもパクリはパクリ』
『オリ男のファンだけどこれは不快』
『かわいそうだから言うけど、やめた方がいいよ。オリ男と比べられて損するだけ』
……は?
なんだこれは。
あの朝顔を見て、パクリだと?折り紙をちゃんと見てたのか?あの花弁の脈の再現を見て、「中身がない」だと?
頭が沸いてるのか。
いや……落ち着け。こいつらは折り紙の技術なんて見ていない。話題性で叩いてるだけだ。
オリ男が俺だってバレてバズったせいで、変なファンがついちまったからな。こういう連中は、折り紙の技術よりも「推しの領域を侵された」ことに反応しているのだろう。
とはいえ、コメント欄がこんな状態で、オリ子……いや、綾は大丈夫なのか。
彼女は普通の女の子なのだ。詩織さんではないのだ。
画面の中のオリ子が、少し動きを止めた。
「えっと……一応、オリ男様には許可をいただきまして……」
綾の声が、少し震えている。
まずい。もっと強気でいかなきゃ駄目だ。それじゃ、火に油を注ぐだけだ。
案の定、コメント欄が更に荒れ始める。
『許可?何の許可だよ』
『折り紙に許可とかある?w』
『知り合いアピきたw』
『オリ男様と繋がってるとかムリなんだけど』
『は?オリ男様に近づかないでくれる?』
『枕か?』
『コネで折り紙やってて草』
『オリ男様の名前出せば守ってもらえると思ってそう』
『許可もらいましたって言えば何でも許されると思ってんの?』
『オリ男様がこんな無名に許可出すわけないじゃんw自称でしょ』
『嘘くさ』
『オリ男様は優しいからって甘えんな』
『てか声作ってない?男ウケ狙いすぎ』
『こういう女が一番キツい。オリ男様の好感度下げないで』
うわ。
うわぁ。
これはキツい。
俺が「許可」なんて曖昧なワードを使ったせいか……?綾がそれを口にした途端、余計に突っ込まれてる。
綾の声が、さらに弱くなる。
「え?え?いえ……そんなつもりは……オリ男様は折り紙の師匠ですので……」
し、師匠……。
綾……今そのワードを出したら……。
『師匠wwwwwww』
『師匠設定きたああああ』
『オリ男様の弟子とか初耳なんだけど?公式でそんな発表あった?』
『弟子(自称)』
『師匠って呼べる距離感ヤバくない?どういう関係?』
『師匠なら連絡先知ってるってこと?は?』
『私たちはスパチャで応援してるだけなのに、こいつは師匠呼びで直接繋がってるの?ふざけんな』
『距離感バグってる女ほんと無理』
『これ彼女じゃないの?』
『折り紙の師匠(意味深)』
『泣くなら配信切れよ。可哀想アピうざ』
コメント欄が完全に地獄と化していた。
画面越しでもわかる。綾の声が震えている。
「あの……その……た、たしかに、わたくしが勝手に師匠って呼んでるだけですけど……ううっ……!」
泣いてる。
あの綾が。俺の折り紙仲間の綾が。
椿の花を折って俺の脳を焼き尽くした、あの天才オリガミストが、こんな頭の悪いコメントの群れに追い詰められている。
なんとかしないと。
※※※
「オリガミ、もうオリ男のアカウントは駄目になっても問題ないよな?」
『はい。イケメン・ホスト風のオリ男は終わりにして問題ありません。オリ男の中の人バレも済んでいますしね。』
「じゃあ、いいかな。オリ子をオリ男の名前で助けたい」
『もちろんです。お兄様のお心のままに。』
よし。
俺はスマホを取り出し、オリ男のアカウントでコメント欄に打ち込んだ。
渾身の一打。
『チョット待ってくれヨ〜みんな落ち着いてネ一言いわせてもらうゾ〜まずネ、オリ子チャンは「パクリ」じゃないヨ断言するネだって俺が「オリ男」本人だからネ嘘じゃないヨ?ホントだヨ正直に言うとネ、オリ子チャンの折り紙は俺にはマネできないんだヨナ〜あの花弁の脈を再現する極小の沈め折りあんな精度で均等に入れられる人間、他に知らないヨ?構造とか立体の設計は俺の方が得意かもだケド、微細な模様を紙の上に生み出す技術は完全にオリ子チャンの方が上だからネ〜オリ子チャンは俺のパクリじゃなくて、俺にない才能を持ってる唯一無二のオリガミストだヨあとネ、オリ子チャンが師匠って呼んでくれてるのはスゴク嬉しいんだケド俺的にはオリ子チャンは初めての折り紙仲間だと思ってるヨだってオリ子チャンの折り紙から学ぶコト、すごい多いからネ〜お互いに刺激し合える仲間ってサ、なかなかいないんだヨ?だからサ、みんなもう少し折り紙をちゃんと見てあげてヨ〜お願いネ応援してあげてネ』
完璧だ。俺の想いを全て詰め込んだ。
……送信。
数秒の沈黙。
そして。
『出たよオリ男本人名乗りwww』
『こいつ前からいるキモコメのやつじゃん』
『毎回オジサン構文でキモいコメント送ってる常連だろ?知ってるぞ』
『オリ男本人がこんなキモいコメントするわけないだろ常識的に考えて』
『オリ男様はドールハウスの社長だぞ?こんな絵文字まみれの長文書くわけないじゃん』
『語りキッショ』
『自分がオリ男だってwwwwじゃあ俺もオリ男だわwww』
『俺もオリ男だぞ!』
『じゃあ俺も!w』
『オリ男量産されてて草』
『なりすましで擁護とか、逆にオリ子の印象悪くなるって気づかないのかな』
『オリ子の信者がオリ男騙ってて草。そこまでして守りたいの?』
『こういう痛いファンがいるからオリ子の評判下がるんだよ』
『ガチで通報案件じゃない?なりすましって規約違反でしょ』
『オリ男様の名前を騙るな。不快』
『仲間とか言ってるけどお前誰だよ定期』
……。
まあ、そうだよな。
ネット民が信じるわけないよな。常識的に考えて、ドールハウスの社長がおじさん構文の絵文字まみれコメントを送るわけないと思われても仕方ない。
だが、わざとではないのだ。なぜか気合が入るとこんな構文になってしまうのだ。
きっと俺のDNAに刻み込まれちゃっているに違いない。おじさん構文が。
だが、綾は。
「あ、あ、オリ男様、すみません。変なことに巻き込んじゃいまして。み、皆様。今日は配信終わりますね!また、機会があったらよろしくおねがいします!」
プツン。
配信が切れた。
※※※
壁の投影が、配信終了画面に切り替わる。
あ……配信が終わってしまった。これは、まずい終わり方だ。
あの、オリ子が作った朝顔。もっとよく見たかったのに。
いや違う。そんなことよりもだ。
このままで、オリ子……いや綾は大丈夫なんだろうか。
綾はお嬢様だ。人の悪意に慣れてないかもしれない。
いや、詩織さんもお嬢様だったか。くそ!あの人のせいでノイズが入る。
フラットに見ればいい。フラットに。綾は普通の女の子ということにしよう。
あんな人の悪意をくらったら、普通の女の子なら心を痛めて当然だろう。
オリ子は俺の楽しみである配信をやめてしまうかもしれない。
それに、あいつらのせいで、折り紙に嫌な印象を持ってしまったら、最悪、折り紙を止めてしまうかもしれない。
綾はそこまで弱くないと思うが……わからない。詩織さんほどの図太さがあればいいんだけど。
とにかく、フォローだ。
スマホを取り出して、綾の連絡先を開く。通話ボタンを押す。
コール音が鳴る。
一回。二回。三回。
……出ない。
四回。五回。
まだ泣いてるのかもしれない。くそ。
六回。
『……はい』
小さな声が聞こえた。鼻声だ。
「綾、俺だ。さっきの配信、大丈夫だったか?」
『し、師匠……?すみません、ご迷惑をおかけして……わたくし……』
声が震えている。
「謝るな。悪いのは綾じゃない」
『でも、師匠があんなに言ってくださったのに……皆様に信じてもらえなくて……』
「まあ、そうだろうな。あの文面で信じろってのも無理があったんだと思う。俺は、なぜかあんな『おじさん構文』コメントしか書けないんだ。ふしぎなことに」
『……ふふっ。師匠のコメント、いつも元気もらってます』
綾の声が、少しだけ柔らかくなった。
俺のコメントが、おじさん構文じゃなかったら、他の人に話を聞いてもらえただろうか?
いや……そんなことはないだろう。
結局、あの流れは変わらなかったはずだ。
※※※
「多分、今日のコメント欄で暴れてた連中、オリ男の動画から流れていった連中だと思う」
『え、そうなんですか?』
「ああ。オリ男が俺だって、世の中にバレてバズったからな……あと老人ホームで折り紙やったりして、なんだか聖人扱いされちゃって。変なファンがついちゃってさ」
『そうだったのですね……あ!動画、わたくしも拝見しました。あの折り紙!奈良の大仏像!素晴らしかったです!』
「ありがとう」
少し間を置いて、俺は聞いた。
「綾……大丈夫か?折り紙嫌いになったりしてないか?」
『それは大丈夫です。折り紙は、わたくしのライフワークですから』
迷いのない声だった。
よ、よかったあ……綾が折り紙嫌いになったら、どうしようかと思ったよ。マジで。
「じゃあ、配信も?まだ、『オリ子』としての配信も続けてくれるか?」
少しの沈黙。
『は、配信ですか?配信は……正直、どうしようかなと思っております。正太郎様にお会いできましたし、あの配信も正太郎様が喜んでくださるからやっているようなものですし』
『正太郎様に折り紙をお見せするのは、ZUUMでもできますしね?』
そ、そっか……。まあ、確かにそうなんだけど。
「でも勿体ないんだよなあ」
『勿体ない?どうしてですか?』
「だって、せっかくの綾のあんな素晴らしい折り紙を、他の人に見てもらえないなんて。勿体ないじゃないか!」
『そ、そうでしょうか……?』
「ああ!絶対そうだよ!だって、純粋に綾の折り紙を見てくれてた視聴者さんたち、いたじゃないか!」
『それはそうですが……あんな風に攻撃的なコメントをいただくのは……ちょっとつらいです』
綾の声が、また小さくなる。
「そりゃそうだよな。コメントオフにすりゃいいんだろうけどな。それじゃあ、まともな人達からのコメントも受けられないしな……」
『……ですので、配信の方は終わりにしようかなと』
静かだが、はっきりとした声だった。
「なあ、悔しくないのか?」
『え?』
「綾の折り紙への思いは、あんな頭の悪いコメントなんかで、揺らぐものじゃないだろ?」
『……もちろんです。わたくしは、こんなことではめげません』
「だろ?だったら、ここで引くべきじゃないんじゃないか?」
『……言われてみると……このくらいのことで、行動を変えるなんて負けた気がしますね……』
綾の声が急速に落ち着いていくのを感じる。
「だろ?綾は、そんなにヤワじゃないだろ?」
『……確かに……たしかにその通りです!正太郎様の仰る通りです!そうですね!東堂の娘として!こんなことでめげるなんて、絶対に許されないことです!』
おお。かっこいい!家名で燃えるタイプか。さすがお嬢様だな。
オリガミを神にできたら、俺の子孫も「藤崎」の名前を誇りに思ってくれるだろうか。そうだったらいいな。
「だろ?だからさ……見返してやろうぜ!」
『見返す……ですか?どのようにしてですか?』
「オリ男……いや俺とコラボ配信しよう!そして、オリ子が本物のオリガミストだってことを、俺が証明してやる!」
『え?え?よろしいのですか?オリ男のブランドイメージとか大丈夫ですか?』
「問題ないよ。あっちはあっちで淡々とやっていくだけだから」
「人類わからせ計画」があるので、俺の聖人イメージが壊れるのは困る。だが、「オリ男」は別にどうなってもいいのだ。
聖人藤崎正太郎として、仲間を守る熱いオリガミストの顔を見せるのも悪くないだろう。
さらなる好感度アップに繋げるために。
それに……このまま引き下がるのは俺のオリガミストとしての矜持が許さない。
「それにこのまま、綾の折り紙を侮辱され、俺の大好きな、綾の『オリ子』がパクリ呼ばわりされるなんて……」
「そんなの……もう、俺が我慢できないんだ!」
『しょ、正太郎様……なんて熱烈なお言葉……!わ、わ、わかりました!わたくし、やります!やらせていただきます!正太郎様のためにも!』
「綾!頑張ろう!」
『はいっ!』
綾の声が、さっきまでとは全然違う。
力強くて、明るい声だった。
よし。これでいい。
俺たちの折り紙を、世界に見せつけてやろうぜ!
※※※
電話を切った直後だった。
ドンドンドンッ!
部屋のドアが、激しく叩かれた。
な、なんだ?どうした?
「ワタシだ!扉をあけろぉ!」
ネムの声だ。なんか怒ってる。
俺はガチャリと扉を開ける。
そこには柳眉を逆立てたネムがいた。オカッパの髪が怒りで逆立っている。
「正太郎……外まで聞こえてたぞ……見損なった……見損なったぞ……」
「え?な、なに?」
「『もう、俺が我慢できないんだ!』って、どういうことだぁ!どこの誰と夜の大運動会してくるつもりだぁ!」
「ご、ご、誤解だ!」
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




