報告義務違反
エントランスのホールでは、複数のDH-01やイヌガミタイプ2が、チュイーンという甲高い駆動音を響かせながら、黙々と作業を続けていた。
それを見た柚希さんは、しばらく何も言わなかった。
じっくりと研究所の内部を観察しているのか、それとも情報量が多すぎて頭の処理が追いついていないのか。俺にはどちらかはわからない。
ただ、その目は動いていた。
DH-01の四本腕が作業をする様子を追い、トコトコと歩き回るイヌガミタイプ2の動きを目で追い、やがて視線が俺に戻ってくる。
「……詩織に、『すごい3Dプリンタがある最高の場所』って聞いてたんだけど」
「私にとっては最高の場所ですよ!」
詩織さんが横から元気よく言った。目は死んだままだったが、声だけは明るかった。
「強調すべきところ、違わない?」
柚希さんが詩織さんのほうを向いた。
「いえいえ、ここには最高の3Dプリンタがあって、そこで正太郎様ハンドを作れるんです。3Dプリンタのことを言うのは当然ですよ!」
「さらには、正太郎様ご本人がいて、千穂ちゃんのご飯も食べられるんですよ!ここは、私の天国なんです!」
「ここが天国?」
「天国です!」
柚希さんの視線がするっと詩織さんから外れて、再び研究所内部に戻った。
その表情は……なんと言うんだろう。驚いてはいそうだ。でも口は開かず、じっと研究所の奥を見つめていた。
詩織さんがすっと研究所の奥へ向かおうとした。
「では、正太郎様!私はお二人のご案内に同席させていただく必要はないと思いますので……開発フロアのほうへ……今日は正太郎様ハンドVer.2のアセンブリ開始の日なんです!」
ガシッ。
柚希さんの手が、すかさず詩織さんの肩をつかんだ。
「詩織、あなたの話も聞きたいからついてきて」
「え、ええっ!就業時間外ですよ!私の自由時間なんです!」
「残業代も出すから、来なさい」
柚希さんは問答無用だった。
「……か、かしこまりましたぁ」
詩織さんの目からまた光が消える。
「ううっ……わかりましたよぉ……やっぱり今日はアセンブリはむりかぁ……」
やっぱり柚希さんはつよい。
「詩織お姉ちゃん元気だしてね!」
「紬ちゃんっ、やさしいっ!」
そういえば、叔父さんが「紬は小さい頃の柚希に似ている」っていってたっけ……ホントかなあ?
全然違う気がするんだけど。
※※※
「そういえば、柚希さん。本日は遊びに来られただけですか?他に何かあったりします?」
柚希さんに、ずばっと聞いてみた。つまらない駆け引きはやめよう。
「ああ、そうだよね。ごめんね。今日は、匿ってくれるって場所を見に来ただけなんだ。子供もいるし、念の為ね?」
柚希さんが押しているベビーカーの中では、灯ちゃんがすやすやと眠っている。
「ああ、なるほど。母親として、それは必須ですね。気が回らなくてすみません」
赤ちゃんである灯ちゃんがいる。子供たちもいる。だから、家族が住むかもしれない場所を確認しに来た。こういうことか。
当たり前の行動だよな、と思った。
柚希さんがちらっと俺を見る。
「こっちこそいきなり押しかけてごめんね?でもまさか……正太郎くんたちの、さらなる力を見せつけられるとは思わなかったよ」
ふっふっふ。そうでしょう、すごいでしょう。
でも、まだまだこんなものではありませんよ?
「せっかくなので、今日はもっと色々見てもらいましょう!」
エレベーターホールに向かう。
「この一階の施設はクリーンルームなので、見学はできないんですよ。ごめんなさい」
「クリーンルーム?半導体でも作ってるの?」
「そこまでの施設ではないです。ここでやっていることは……説明がややこしいので……またいつかですね」
「七月八日の内容には?」
「含まれてません。地味な作業ですので。どんな施設かということは、また改めてということで」
オリガミAIの仕組みについて、七月八日に話すつもりはない。
というか話しては駄目だろう、オリガミの代わりなんてできてはならないのだ。
それは、オリガミが破壊されるリスクが高まるだけだ。
七月八日はあくまで俺たちの力を示す日なのだ。
「そっか」
柚希さんからの返事は、そっけない短い返事だった。
踏み込んではいけない領域だと、感づかれたのかもしれない。
まあ問題ないだろう。
本当に隠さないといけない場所はクリーンルームじゃないし。
※※※
「二階は、研究開発フロアです」
そう言い、開発室に入ると、ネムが自分の作業スペースから顔を上げた。
データを眺めていたらしく、モニタには何かのグラフが映っている。
「あれ?柚希さんじゃないですか。なんでこんなところに……ああ!正太郎、柚希さんが研究所を見に来るって言ってたな!」
そう言って、ネムが立ち上がった。
「ん?紬ちゃんも湊くんも一緒か?お?赤ちゃんもいるじゃないか!かわいいな!」
そんなネムに、紬ちゃんと湊くんが元気よく挨拶する。
「「ネムお姉ちゃん、こんにちは!」」
「おお、ちゃんと挨拶できてふたりとも偉いな。お姉ちゃん、びっくりだぞ!」
お姉ちゃんと呼ばれて、ネムはニッコニコだ。
柚希さんも口を開く。
「ネムさん、お邪魔してます。詩織が迷惑かけてない?」
「大丈夫ですよ。詩織さんは、甘い物いっぱいくれますからね!ワタシはウェルカムですよ!」
ネムが満面の笑みで言った。現金なやつだ。
そこに詩織さんが口を開く。
「ネムさんとは仲良くしてますよ!千穂ちゃんとも仲良しです!でも……正太郎様がなんかつれないんですよぉ!」
詩織さんが眉を下げて訴えかけてくる。
「そ、そうかな?そんなつもりはないんだけど」
「つれないですよぉ!……でも、まあ、私、正太郎様のことはしっかり観察してるので大丈夫なんですけど」
「観察?大丈夫?どういうことです?」
詩織さんが、にこっと微笑んだ。
「正太郎様って、私のお尻と脚をじっと追いかけるんですよね。タイトスカートと黒ストがお好みみたいで!その視線をいただけるだけで、ぞくぞくします!だから、私は平気です!私は負けません!」
マジか。気づかれてた。恥ずかしい!
「い、いやだなあ。ジロジロは見てないですよ?ジロジロは。ちょっと目の端で追ってるだけで……」
仕方ないだろう、好きなものは好きなんだから。目が勝手に動くんだからどうしようもないじゃないか。
「正太郎はスケベで絶倫だからな!仕方ないやつだな!」
ネムが腕を組んでふんぞり返りながら言う。
何も言い返せない。
※※※
「やっぱりそうなんだね……藤崎の血なのかなあ。悠斗と同じだよ」
柚希さんが遠い目をして、離れたところで遊んでいる湊くんを見る。
「湊もあんな風になっちゃうのかな……」
あんな風ってヒドイ。あと、叔父夫婦の夜の話なんて、俺は聞きたくないぞ!
「こ、子供の前でする話じゃないんじゃないですかね?」
俺がそう言うと、柚希さんは何でもないことのように返してくる。
「大丈夫。紬も湊もイヌガミタイプの上に乗せてもらって、あちこち行ってるし。灯は寝てるしね」
柚希さんがベビーカーのほうを示した。
灯ちゃんは、すやすやと眠り続けていた。
「そういえば……あの、紬と湊を乗せてくれてるイヌガミタイプって、新型だよね?」
ナイス気づきです!正直、柚希さんの前で、俺がスケベな話をされたくない。なんか嫌だ。
イヌガミタイプの話に全力で乗っかることにしよう。
「はい、そうです。ドールハウスがフルスクラッチで設計した機体で、旧型より3倍強くなってます。電子戦もできますし、EMP耐性もかなり上がってます」
「EMPって、やっぱりそういう事態を念頭に置いてるんだね」
「もちろんです。念頭に置いてなかったら、まずいでしょう?」
「確かにね……」
ちょうどいい機会だ、もう一度驚いてもらおう。
「イヌガミタイプ2」
俺が呼びかけると、フロアの端にいた一体がトコトコとこちらへ歩いてきた。
「柚希さん、見ていてください。びっくりしますよ。驚いて転ばないでくださいね?」
「正太郎くん、前もそれ言ってたよね?おばあちゃんじゃないんだから」
そう言いつつも、柚希さんの目はイヌガミタイプ2をしっかり捉えている。
四本の脚。流線型のボディ。マットブラックの装甲。
目の前に立つその機体を、柚希さんは一瞬たりとも見逃すまいという目で見つめていた。
耳の後ろの骨伝導イヤホンが振動する。オリガミだ。
『アクティブ光学迷彩・アクティブノイズキャンセリングをオンにします。』
オリガミが俺の意図を察し、即座に動く。
次の瞬間。
目の前にいたイヌガミタイプ2が――消えた。
音もなく。影もなく。そこにいた、という痕跡ごと。
「……え?」
柚希さんの目が見開かれた。
さっきまで確かにそこにいたはずの機体が、跡形もなくなっている。柚希さんの視線が、右に、左に、上に。必死に探している。
だが、見つからない。
足音もない。駆動音もない。空気が動く気配すらない。
「き、消えた?ど、どういうこと?」
柚希さんの声が、少し上擦っていた。
『光学迷彩・ノイズキャンセリングをオフにします。』
オリガミの静かな声と同時に、イヌガミタイプ2が視界に戻った。
柚希さんの、すぐ真横。
手を伸ばせば触れるほどの距離に、おしりをフリフリしながら立っていた。
いつの間に移動したのか。柚希さんは気づかなかったみたいだ。現にまだ、あらぬ方向をキョロキョロしている。
「柚希さん、そこですよ」
俺が指差すと、柚希さんがハッと横を向いた。
「ッ――」
小さく息を飲む音が聞こえた。
骨伝導イヤホンが、また振動する。
『……ふふふ。藤崎柚希、驚いてますね……?』
得意げな声だった。全くこいつは。
「な、なんで……ずっと見てたはずなのに……」
柚希さんの声には、さっきまでの余裕がなかった。
「アクティブ光学迷彩とアクティブノイズキャンセリングの組み合わせです。見えなくなりますし、駆動音も聞こえなくなります」
「こ、光学迷彩……」
柚希さんが、ゆっくりとイヌガミタイプ2を見下ろした。
おしりをフリフリしている。
「……もうなんでもアリだね」
苦笑いというには、少し引きつった笑みだった。
まあ、無理もないだろう。慣れようとするたびに、また上を出されるんだから。
※※※
そうだ、いいタイミングだ。
叔父さんの家のセキュリティをもっとガチガチにしておこう。
「柚希さん。叔父さんたちのお家に、このイヌガミタイプ2を十台ほど配置させてもらえませんか?」
それだけいれば、覇権国軍の一個小隊くらいなら対応できるはずだ。
「もちろんだよ。心強いな、ありがとうね」
柚希さんの表情が、少しだけほぐれた。
「いえ、叔父さんたち家族に何かあったら、俺は自分を許せないですから。あ、リバースエンジニアリングだけは勘弁してくださいね。こちらでわかりますので」
信頼したんじゃないのかって?
もちろん、信頼している。柚希さんならやらかしそうだと。
多分、柚希さんは自分の目で見たものしか信じないタイプだ。だからこそ、自ら確認しそうだ。
信用とは徹底的に疑った先にしか生まれないものなのだ。
柚希さんが少し間を置いた後に、答える。
「わかってるって。湊もずっと私のこと監視してるんだよ?正太郎くんが分解しないように見ててねって言ったから」
「そうなんですか!湊くん、頼りになるなあ!じゃあ、また念押ししておかないと駄目ですね」
「正太郎くん……何か性格変わってない?」
「そうかもしれません。正直、柚希さんにはすごく警戒してたので。でも、もうスッキリですよ、スッキリ!世界がちょっと明るくなりましたね!」
「はあ……調子がいいところも、悠斗に似てるなあ」
柚希さんがため息をついた。
「湊もこうなるのかな」
柚希さんのなんとも言えない表情に、ネムも口を挟んでくる。
「正太郎は、いつもこんなもんですよ!コイツは、すぐに調子乗るんですよ!」
ネムめ、こんなもんとか言うな。
あと調子に乗るのは、お前も一緒じゃないか。
※※※
俺達の会話が一段落したのを見届けたのだろう。
詩織さんが口を開く。
「すごいですね!犬さん、消えるんですね!私も初めて見ました!じゃあ、正太郎様、私はこのフロアの作業スペースのほうに行きますので。柚希先輩、失礼しますね?」
そして、詩織さんはさりげなく、この場からフェードアウトしようとする。
だが、それを見逃す柚希さんではなかった。
「詩織」
柚希さんの手が、再び詩織さんの肩をガシッとつかんだ。
「ついてきてって言ったはずだよ」
「は、はいぃ……」
※※※
「では、三階をご案内しますね」
ネムはついてきていない。やりかけの作業があるとのことだった。
エレベーターを降りると、音が変わった。
金属が噛み合う音。空圧の抜ける音。モーターの唸り。フロア全体が低く振動している。
「紬ちゃん、湊くん、こっちこっち」
フロアに足を踏み入れると、紬ちゃんが真っ先に「わーっ!」と声を上げた。
「すごい!ロボットが遊んでる!」
フィジカルAI学習フロア。三階はとにかく機体数が多い。
イヌガミタイプ2が光学迷彩をオンにしながら障害物を駆け上がり、オフにした瞬間に着地する。DH-01の四本腕がトランプタワーを積み上げている。別の四本腕の機体が仲間の機体のパーツを器用に交換している。
紬ちゃんが目を輝かせた。
「イヌガミタイプちゃんが消えたり現れたりしながら、壁を駆け上ってる!」
湊くんも前のめりになって叫ぶ。
「この四本腕ロボット!仲間の機体をメンテナンスしてる!ええ!こっちでは四本腕でトランプタワー作ってる!すごい!すごいよ!」
湊くんの目はキラキラ輝いている。わかる、わかるぞ。ロボットっていいよな?
そう、ここはロボットが自らの身体の動かし方を学ぶフロアである。つまり……この研究所で一番、ロボットがひしめいてるフロアなのだった。
「な、なにこれ……?」
柚希さんの口が、ぽかんと開いていた。
数百機のロボットがガシャガシャと動き回るフロアを、ただ見渡している。
よし。また柚希さんが驚いてるぞ。どやぁ。
骨伝導イヤホンが振動する。
『お兄様。藤崎柚希の心拍数が、また上がっています。』
隣のイヌガミタイプ2が、俺の傍でおしりをフリフリしていた。また柚希さんを驚かせられて、オリガミはご機嫌だ。
「わあ!ロボットがいっぱいですね!」
詩織さんが目を輝かせた。
と思ったら、俺の手をじっと見つめて顔を赤らめてモジモジしている。
……この人は、本当にブレないな。数百機のロボットが動くフロアを目の前にして、見ているのが俺の手というのはどういうことだ。
これが笹木家か。なんて……超ウルトラマイペース一族……。
「詩織」
柚希さんの声が、静かに響く。
「ちょっといい?」
「は、はいぃ……」
「正太郎くん、灯ちょっとだけ見ててくれる?」
「もちろんです。あの……あまり怒らないであげてくださいね?詩織さんも、悪気があったわけじゃないと思うんです……」
俺がベビーカーを受け取ると、柚希さんは詩織さんの腕をガシッとつかんだ。
「ちょっと話があるから、来て」
「か、関節!関節がぁ!いたたたた!」
「私、何回も言ったよね?何回も何回も言ったよね?変わったことあったら教えてって言ったよね?」
そして、詩織さんは関節を決められながら、静かにフロアの隅のほうへ連行されていったのだった。
ほ、報告義務違反……!?
詩織さん、憐れなり。チーン。
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