おもしれぇ女
オペレーションルームの正面メインモニタに、納品リストが映し出されている。
マイクロ固体燃料ロケット。熱電池。そして千羽工業から納品済みのガススラスター。
ロケットと熱電池は、花火会社から届いた初回ロットだ。表向きは「人工流れ星プロジェクト」用の道具ということになっている。だが、本当の用途は違う。
ロケットは天穿の推進部。熱電池はEMP弾頭のコイルに大電流を流すための電源。ガススラスターは速度調整と方向調整用。
数はともかくとして、一通りのパーツは揃った。全部揃えば、天穿が組み上がる。
『初回ロット、「診断」による全数の品質検査が完了しました。明らかな不良品と思われるものはゼロです。』
オリガミの声がオペレーションルームに響く。
「とうとう、納品されてしまったか……」
戦略兵器『天穿』を作り上げるためのパーツが揃ってしまった。
本当にこんなものを作ってしまっていいのかという気持ちはあるが、これは生存競争だ。負けたら、未来を奪われるのはこちらなのだ。
それだけは認めるわけにはいかない。
俺はモニタに並ぶ検査データを眺めながら、湧き上がる緊張を腹の底に押し込めて言った。
「これからも、ガンガン作っていくんだろ?」
『はい。できる限りの数を揃えたいですね。量産体制が整うまでは、品質の安定を優先しますが。』
「そうだな。しっかり品質見極めないとな、初期ロットだし。いざというとき、動かなかったらヤバいもんな」
検査データに目を通す。精度、重量、推力カーブ。どれも設計値の許容範囲に収まっている。花火職人の技術ってのは、こういうところに出るんだな。
「やっぱり、テストしたいよなあ。でも……どこかに着弾させるわけにいかないし」
俺は腕を組んだ。
「本当に、ぶっつけ本番で大丈夫なのか?」
『……やはり、テストはしておいたほうがいいでしょう。何が起きるかわかりませんので。』
オリガミが一拍置いてから続ける。
『実は……考えていたテストがあります。』
「そうなの?」
『モニタに出しますね。』
モニタの表示が切り替わった。
地球の南半球。南緯60度のラインが赤く引かれている。南極海をぐるりと一周する円。陸地は一切通らないようだ。
『天穿は進行方向と上部にゲートバリアを展開します。進行方向のバリアで空気抵抗をゼロにし、レーダー波も吸収。上部のバリアで、ロケット噴射炎の赤外線を衛星から隠します。』
上にもバリアを貼るのか。念入りだな。
『レーダー不可視、赤外線放射なし、ソニックブームなし。第一宇宙速度で飛ぶ天穿を捕捉する手段は、現在の人類にはありません。』
第一宇宙速度。秒速7.9キロメートル。
秒速だぞ?半端ない速度だ。避けようがないというのも納得だ。
『テスト手順を説明します。』
モニタに軌道のアニメーションが表示された。赤い点が南緯60度の線上を猛烈な速度で周回している。
『まず第一宇宙速度で地球を数周させ、ステルス性能、誘導精度、耐久性をテストします。』
「何周くらい回すんだ?」
『最低三周。南緯60度帯なら陸地を一切通過せずに周回できます。ドレーク海峡は幅が六百五十キロ以上ありますので、余裕で通過できます。』
「ん?でも、南緯60度の線ってぐるっと一周できるのか?普通の衛星軌道って、赤道を斜めに横切るようなやつだろ?」
『お兄様、よくお気づきで。通常の軌道は地球の中心を通る大円になりますので、南緯60度の緯線をなぞることはできません。ガススラスターで微小な横方向推力を常時かけて、緯線上に留まります。』
「燃料、足りるのか?」
『ゲートバリアのおかげで空気抵抗がゼロですので、必要な補正量はごくわずかです。三周程度なら問題ありません。』
地球を三周させるだって……すごい話だ。
「で、そのあとは?」
『ガススラスターで逆噴射を行い、わずかに減速します。第一宇宙速度を少しでも下回れば、軌道を維持できなくなります。あとは重力が仕事をしてくれます。』
「なるほど。第一宇宙速度を下回れば、どんどん落ちていくもんな」
『はい。ゲートバリア展開のまま海面に突入します。ゲートバリアがあるので、水柱も水の抵抗もありません。そのまま海中を進みます。』
モニタのアニメーションが、赤い点の軌道を緩やかに下げていく。やがて海面に吸い込まれるように消えた。
『事前にテスト海域の海底にセンサー群を沈めておきます。』
『そして、天穿が所定深度に到達したら、ゲートバリア解除を行い、天穿の全運動エネルギーが海中で炸裂します。』
『センサーでそのエネルギーを測定するのです。』
『ちなみに、センサーは音響信号で錘を切り離し、浮力で浮上させて回収します。』
「EMP弾頭の方は?」
『電磁パルスを計測するセンサー群を沈めておく以外は、通常弾頭と同じですね。』
「なるほどなあ。でも、こういうのバレたりしないの?なんか核実験すると、他国でも分かるとか聞いたことあるけど」
『着弾点で震度2程度の振動が発生する可能性はありますが、この規模なら自然の微小地震と区別がつきません。核実験監視網の検知閾値とは桁が四つ違いますので、捕捉されることはないかと。』
おけ、理解した。多分!
「じゃあテストの方、早く進めないとな。俺はいたほうがいいか?」
『いえ、よいこ軍団と玄武キャピタルの更生済み社員にやらせますので、お兄様が出向く必要はございません。』
「わかった。今のところ、俺には『天穿』配備で手伝えそうなことはない感じ?」
『そうですね……お兄様は一番大変な花火会社の買収をしていただきましたしね。』
あれか……そんなに大変じゃなかったけどな。みんな資金繰りで苦しんでたし。
最後に変なチンピラと喧嘩したけど。
まあいいや。俺は別のことをやっていよう。
「わかった。任せちゃうわ。たのむな?」
『はい、お兄様。お任せください。』
オリガミに任せておけば大丈夫だろう、こういった、1を100にするような作業は得意分野だろうし。
※※※
とりあえず、天穿の配備は問題なさそうだ。
懸念だった動作テストにも、目処がついた。
リビングでそんなことを思いながら、タブレットを触っていると、詩織さんがニコニコしながら部屋に入ってきた。
きっとご飯を食べに来たのだろう。
千穂の手料理は、ゲキヤバにうまいからな。
そういえば、詩織さんがほぼ毎日研究所に通ってくるようになってから、もう結構経つ。
会社帰りに研究所へ颯爽と現れ、一緒にご飯を食べて、数時間作業をして帰っていく。
賑やかすぎるのは困るが、そこまで強引なアプローチはない。
空気を読むことにも長けているようで、俺が大変なときには邪魔にならないようにしてくれるので、放置している。
詩織さんは会社帰りに寄ることが多いため、タイトスカートにストッキング姿だ。スーツ美女が家にいるというのは眼福である。実にけしからん。ついお尻と脚に眼がいってしまうではないか。
なにより千穂とネムが受け入れて楽しそうにしているのが大きい。
ネムは甘いもので懐柔されてしまっているし、千穂に至っては、詩織さんに3Dプリンタの使い方を教わりながら、一緒に「正太郎様ハンド」を作っている。
――「正太郎様ハンド」
それは、俺の手の精巧なレプリカである。呪物だ。
千穂が作っているのはまだシンプルなもののようだが、詩織さんの作っているブツはヤバい。
オリガミの診断魔法で取得した俺のフルスキャンデータを元に、骨格、筋肉、血管、表皮の四層構造で再現するらしい。名付けて「マルチレイヤー・マトリョーシカ・ラブ・ビルド」方式。……ラブってなんだ。
全工程一ヶ月以上。型パーツだけで十五個を超えるらしい。
正直、止めてほしいが、クリエイターとしての熱意には尊敬しかないので、何も言えない。作業は順調に進んでいるようだ。順調じゃなくていいんだけど。
※※※
あたかもここにいるのが当然かのような詩織さんは、俺を見るなりプロポーズしてくる。
「正太郎様!今日も素敵な御手ですね!結婚してください!」
そう言って、俺の手を両手でがしっと掴んだ。目がキラキラしている。ていうか光ってる。
「ありがとうございます、でも結婚は……」
「そんなぁ!」
詩織さんが来る日は、ほぼ毎日プロポーズされている俺。
ただ、プロポーズは一日一回と決めているらしい。
終わったらスッと引くので、こちらへの負担は少ない。というか、詩織さんみたいな美女にプロポーズされるのは実に気分がいい。
さらには、プロポーズを断られても、サラッとしているところもいい。
きっと、詩織さんの本命は俺の手で、俺本人はおまけみたいなものなのだろう。なんだこの人。面白すぎだろ。
これが「おもしれぇ女」ってやつか。
そこにキッチンから千穂がひょこっと顔を出す。
「しょうちゃん、詩織ちゃん、ごはんできたよー。あれ?ネムちゃんは?」
そう言うと同時に、リビングの扉が開く。
「ご飯?ご飯の時間か?今日も千穂ちゃんの手料理、たのしみだな!」
……スルーだ。完全にスルーしている。ネムはともかくとして、千穂は確実に、先程の詩織さんのプロポーズを聞いていたはずだ。
なぜ二人は毎回の詩織さんのプロポーズをスルーするのだろう。不思議で仕方ない。
俺が弱っているときだったら、どうなっちゃうかわからないぞ?マジで。
俺、そんなに強くないぞ?
※※※
そんな、ある日のこと。
リビングに降りてくると、詩織さんが珍しく落ち込んでいた。
ソファに突っ伏して、しくしく泣いている。いや、泣いてるのか?なんか大げさに嘆いている感じだ。
「あああっ!さいあくですっ!さいあくですっ!いやだぁ!いやだよぉ!」
「ど、どうかしたんですか?」
「あ、正太郎様……」
詩織さんが顔を上げる。目が若干赤い。ガチ泣きだったのか。
「じ、実は……明日、柚希先輩が一緒に研究所に来るって言うんですよ……」
「柚希さんが?」
「そうなんですっ!わ、私の聖域がぁ!」
誰の聖域だ。詩織さんの聖域じゃないだろ、ここは。
「それより。明日?柚希さんが来るんですか?」
「ええ、そうなんですよ!だから、正太郎様にその旨を伝えてこいって」
柚希さん、なんで自分で連絡してこないんだ?
まあ、詩織さんが毎日通ってることを知ってるんだから、電話するまでもないと思ったのかもしれない。
きっと、詩織さんは、柚希さんのパシリなのだろう。
「せっかくパーツがそろったから、これから『正太郎様ハンドVer.2』の組み立てに入ろうと思ったのにぃ!しくしく!」
「そうなんですか。それは残念でしたね」
「残念でしたね、じゃないですよぉ!明日の作業は楽しみにしてた作業だったのにィ!型パーツがすべて出来上がったので、明日からアセンブル工程ですよ!アセンブル!形ができあがってくんですよ?しくしく!」
知らんがな。
「柚希さん来るのか。叔父さんとかは来るのかな?」
「社長は来れないみたいですけど、紬ちゃんや湊くんや赤ちゃんは来るみたいですよ?」
紬ちゃんに湊くん。そして灯ちゃんか。
「そうなんだ。子どもたちは、研究所にいるロボを見たら喜ぶだろうな」
「正太郎様までぇ!私の『正太郎様ハンド』を作る幸せなタイムがぁ!」
「一日ぐらいいいじゃないですか。あ、明日の研究所訪問、全然ウェルカムですから。来てもいいよって柚希さんに伝えといてください」
「そ、そ、そんなぁ!」
詩織さんが再びソファに突っ伏した。
きっと紬ちゃんとか湊くんとかおおはしゃぎだろうな。灯ちゃんにも会えるのも嬉しい。赤ちゃん、かわいいもんな。
柚希さん本人は、研究所の様子を見に来るんだろうけど。七月八日まで待ってられないのだろう。少しでも早く、少しでも多くの状況を把握したいという感じなのかもしれない。
まあ、それはそれでいいか。DH-01とかイヌガミタイプ2とか、たっぷり見てもらい安心してもらおう。光学迷彩とかノイズキャンセリングとかも解禁してもいいかもな。
もうこんな段階だ、ゲート兵器とオリガミ以外は公開しちゃってもいいかもしれない。
魔法は……子供に見せるわけにいかないし、また今度かな。
※※※
そんなことを考えていると、リビングにネムがやってきた。
目の前の光景はこうだ。ソファに突っ伏してしくしく泣いている詩織さん。その横でニコニコしている俺。
客観的に見たら、まあ、そう見えるよな。
「正太郎!」
ネムが仁王立ちで俺を指差した。
「とうとう詩織さんに手を出したのか!スーツ美女だから手を出したのかあ!?どこを触った?どこに手を入れたぁ!」
「違う!」
「しくしく、正太郎様がぁ……ひどいんですよぉ!」
詩織さんが顔を上げて、涙目でネムに訴えかける。
「わたし、嫌だって言ったのに。無理やり……」
「無理やり?無理やりだと!」
ネムの目が見開かれた。オカッパの髪がブワッと揺れる。
「外道め!正太郎みそこなったぞ!」
「違う!違うから!話を聞いてくれ!」
「問答無用だ!」
「わかった!責めは受ける!でも話を聞いてからにしてくれ!頼む!」
結局、柚希さんの来訪の話を説明して、誤解は無事に解けた。
詩織さんの「嫌だって言ったのに無理やり」は、「柚希さんを招くのは嫌だって言ったのに、正太郎がウェルカムって言った」という意味だった。紛らわしすぎるだろ。
※※※
「なんだ、そういうことか。びっくりしたぞ」
ネムがほっとした顔をしている。む?これはチャンスなのでは?
「ネムが俺を信じてくれなかった。俺は悲しい!」
「うっ」とネムが口ごもる。
「ごめん!ごめんな、正太郎!」
「ほ、本当に申し訳ないと思ってる?」
「思ってる!マジで思ってるから!」
ネムが両手を合わせて謝ってくる。小さい体をぺこぺこ動かして、なんか小動物みたいだ。
かわいい。
よし。ここだ。
「じゃあ、バニーガールの次は……チャイナドレス着てくれるか?」
「……は?」
「チャイナドレス。ネムなら絶対似合う。ガッツリ、スリットの入ったやつ。レースのガーターベルトも頼む!」
「う……うっ!」
ネムの顔が真っ赤に染まった。もがもがと口を動かしている。
が、結局観念したようだ。
「わかった!わかったよぅ!」
おっしゃ!さらなる言質をゲットしたぜ!
バニーガール、チャイナドレス。着々とコスプレリストが充実していく。ぐふふふ……。
「私ならバニーガールでもチャイナドレスでもなんでも着ちゃいますよ!どうですか!結婚しましょう!」
詩織さんがいつの間にか復活して、グッとガッツポーズを決め、前のめりになっている。
さっきまで泣いてたのに、立ち直り早すぎだ。
俺はニコニコしている詩織さんを見る。
スラリと長い脚。タイトスカートに黒いストッキング。さわやかな黒髪のポニーテール。アーモンド型の大きな瞳に、すっと通った鼻筋。
絶世の美女だ。これは否定しようがない。
くそ……詩織さん、バニーガールとチャイナドレスは千穂やネムより似合いそうだから困る。なんというか、モデル体型というか……千穂やネムとはタイプが違うのだ。
だが俺は負けんぞ。流されたりはしない。
「結婚はちょっと……二人も婚約者がいるので……」
「そんなァ!三人目でも四人目でもいいですからあぁ!」
なに?それって、よんぴ……?いや、考えるな。駄目だ駄目だ。
色即是空、空即是色!
※※※
そして、翌日の夕方。
研究所のエントランスに、賑やかな声が響いていた。
「すごいね、いっぱいロボットがいるよ!イヌガミタイプもいっぱいだぁ!」
紬ちゃんが目を輝かせて走り回っている。
「すごい!すごい!この手が4本のロボットすごいね!僕、こんなの見たことないよ!」
湊くんがDH-01を見上げて、首が痛くなりそうなほど仰け反っている。
紬ちゃんも湊くんも、おおはしゃぎだ。
イヌガミタイプ2が子どもたちの周りをちょこちょこと歩き回り、紬ちゃんが「わんちゃん!わんちゃん!」と追いかけている。DH-01の四本腕が器用にお手玉をして見せると、湊くんが「うおー!」と歓声を上げた。
「正太郎様ぁ〜。今日もきましたよぉ〜。結婚して下さいぃ〜」
その傍らで、詩織さんはなんだかグダグダだ。
いつもの快活さがない。目が死んでいる。昨日から楽しみにしていたアセンブル工程は、今日はお預けらしい。
そして、その隣。
ベビーカーを押している柚希さんは、目を大きく見開いていた。
ふっふっふ。柚希さん、驚いてる驚いてる。でも、無理もないだろう。
見えているだけでも、研究所には数十体の四本腕ロボットDH-01とイヌガミタイプ2がおり、共同で何らかの作業をワシャワシャとしていたのだから。
柚希さんが、ゆっくりと研究所の奥を見渡す。
「……正太郎くん」
「はい」
「ロボットは、これで全部?」
「え?いえ、ほんの一部です。全フロアに、もっとたくさんの数がいますよ?面倒な作業は全部やってくれるので助かります」
ベビーカーの中で、灯ちゃんがすやすやと眠っている。
そのすぐ横を、イヌガミタイプ2がトコトコと通り過ぎていった。
柚希さんは、しばらく何も言わなかったのだった。
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