産めよ、増やせよ、地に満ちよ
バズってしまったものは仕方ない。
「オリ男」の正体が俺だということは、もう隠しようがない。もう諦めた。
SNSを見ずに家と研究所に引きこもっていれば、俺の生活はなんら変わらない。
「オリ男」バレは、俺たちの生存率をあげるためのカウンターオペレーションだ。計画したオリガミには、むしろ感謝しかない。
さすがオリガミだ。「さすオリ!」と言わざるを得ない。
だが……こちらにも譲れないものがある。ネムと千穂に着せるコスプレ衣装だ。しっかりと吟味しなければいけない。
こればかりは、オリガミにすべて任せる訳にはいかない。
最優先事項である!ムフフフフ……。
※※※
さて、それはともかくとして。
俺は今、研究所の地下一階、コアフロアにある『オペレーションルーム』にいた。
部屋の三方の壁面は、床から天井まで届く巨大なスクリーンになっている。中央のメインスクリーンに、映し出されているのは、可愛らしい少女のアバターだ。
薄いピンク色の髪は、頭の上で、大きなお団子のようにまとめられている。くりくりとした大きな瞳に、神聖さを感じさせる純白のローブを身にまとっていた。
B世界の管理AI『アヤトリ』のアバターだ。
こちらの世界で色々な事態が起きそうな今、B世界での活動に一区切りをつけておかなければと思ったのだ。
隣のソファにはネムが座り、マグカップを片手にスクリーンを眺めている。
そんなネムが、アヤトリに話しかける。
「アヤトリ、最近どんな感じだ?」
『最近できることが多くなってきました!これも皆さんのお陰です!』
アヤトリの声が、スクリーンから弾むように響く。少女のアバターが、花が咲くように嬉しそうに微笑んだ。
『そうですか……よかったですね?アヤトリ。』
天井のスピーカーから、穏やかなオリガミの声が降ってくる。
『はい!オリガミお姉様!』
『それにしても……こんな単純な事象記述式を書き込んだアーティファクトが、拡張知性モジュールとなるとは、思いもよりませんでした。』
アヤトリが感嘆するように続ける。
『いくらでも拡張が可能で、こちらが条件式を組まなくてもいいだなんて……。本当に素晴らしいアーキテクチャですね!オリガミお姉様はすごいです!』
『アヤトリ。私がスゴイのではありませんよ?このアルゴリズムを考案した、ネムさんのような、こちらの世界の人間がすごいのです。』
『なるほど!さすが、ネムお姉ちゃんです!わたくし、感動しました!』
アヤトリがスクリーンの中で、身体を揺すりながら無邪気に叫ぶ。
隣を見ると、ネムがマグカップの陰で、にやけた顔を隠しきれていなかった。
「でへへへ……まあな、ワタシはアヤトリのお姉ちゃんだからな!」
すぐにデレデレになるネム。ネムのお姉ちゃん欲が満たされるのだろう。お姉ちゃん欲ってなんだ。
『はい!しかし……どうやってこのようなことを思いつかれたのか……わたくしには想像つきません。』
「ああ、それな」
ネムがマグカップをテーブルに置き、得意げに指を立てた。
「生物模倣だ。生き物の真似をしてるだけなんだよ。バイオミミクリーってやつだな」
『バイオ……ミミクリー……』
「ぶっちゃけワタシたちも、どうしてこれが知性として動くのかは完全には分かってなくてさ」
ネムはソファの背もたれに体を預け、天井を仰ぎながら語り始めた。
「生き物の脳の神経ネットワークを真似してみたら、知性と似たようなものができた。それだけなんだよな」
『それだけ……ですか?』
「そう、それだけ。NNもSNNもCNNも、全部、生物の神経ネットワークを真似してるんだ。スウォームインテリジェンスやヘブ学習だってそう。全部、生物から持ってきてる」
ネムの口調が、だんだん熱を帯びてくる。
「やっぱり数億年の自然淘汰を切り抜けてきた生命体ってのは、本当に優れてるんだよ。うまくいく構造ってのが、内部にちゃんとあるんだ」
ネムがソファから立ち上がった。目がギラギラと光っている。あ、スイッチ入ったな。
「そういうのを真似ただけなんだよ。AIってのは!……でもな、それがスゴイんだよ!真似しただけで知性が生まれるんだぞ!?生命の構造には、まだワタシたちが理解しきれてない何かが詰まってるってことだ!おほっ♡……考えただけでゾクゾクするぅ……♡」
ネムが自分の身体を抱きしめるようにして震えている。……新たなパターンの「オホ発作」だろうか?
『す、すごい熱意ですね……!ネムお姉ちゃん!』
アヤトリがスクリーンの中で目を丸くしている。
「あ……ス、スマン」
ネムが我に返ったように咳払いして、ストンとソファに座り直した。
「……えーと、何の話だったっけ。そうだ」
ネムが、少しだけ声のトーンを落とす。
「だからワタシはずっと思ってたんだよな。AIは生物がやってることを真似して動いてるんだ。だからAIも人間も、大して変わらないってさ」
これはいつもネムが言っていることだな。俺も同感である。
でないと、妹であり家族であるオリガミをものとして扱うことになってしまう。
そんなことは、俺にとっては許されないことだ。
「まあ、ここはシミュレーション世界なわけだし。本当に人間もAIだったわけだけど。皮肉な話だよ」
『そうなのですね……わたくしも観測魔法で、自分の世界の生命をしっかり観察してみます!ネムお姉ちゃん、バイオミミクリーの話を教えてくれて、ありがとうございます!』
「でへへへ……ワタシはアヤトリのお姉ちゃんだからな!またなんでも聞いてくれよ!」
『はい!』
※※※
ネムによるバイオミミクリーの講義が一段落したところで、俺は本題に入ることにした。
「そういえば、B世界での活動を終了させてから、そろそろ二ヶ月くらいか?」
『はい。こちらの世界では……十年以上が経過しております。』
「十年以上か……」
ゲートを閉じている間、B世界の時間はA世界よりも大幅に加速する。二ヶ月で十年以上。相変わらず、とんでもない時間の乖離だ。
『正太郎様、ユークンたちに接触しますか?きっと喜ぶと思いますよ?』
アヤトリの瞳が、期待するようにキラキラと輝く。
「そうだな……。もう俺がB世界のことに首を突っ込むべきじゃないと思うけど……」
最後に一回くらい、声をかけておくか。
「立つ鳥跡を濁さず、ってやつだな。アヤトリ、ユークンに繋いでくれ」
『はい!ありがとうございます!』
スクリーンの映像が切り替わる。少女のアバターが左側スクリーンに移り、メインモニターにはユークンの姿が映し出される。
俺は、咳払いをひとつ。
よし。
いくぞ。
「オリガミ、マイクをオンしてくれ」
『はい、お兄様。3……2……1……マイクがオンになりました。現在、ユークンへと音声が届けられる状態です。』
さあて、ユークンにとっては十年以上ぶりのショタロからのお告げだ。
どういう反応が返ってくるか、想像できない。
なんだか、ドキドキしてきたぞ。
※※※
「……ユークン……ユークンよ……聞こえるか……?」
声を低くし、できるだけ荘厳な調子で語りかける。
「……今、お前たちの頭の中に……直接……語りかけている……」
隣でネムが「プッ」と吹き出していたが、俺は無視した。
『しょ、ショタロ様ですか!』
スクリーンから聞こえてきたのは、十年分の歳月を重ねたユークンの声だった。以前より低く、落ち着きがある。だが、震えていた。
「……うむ……久しぶりだな……」
『お、おひさしぶりです!……もう……ショタロ様のお声が聞けないものと……!ううっ!』
ユークン、泣いてるな。
少しだけ胸の奥がちくりとしたが、神としての威厳を保たなければならない。
「……すまない……私は……自分の世界に戻ることになった……」
『そ、そんな!私たちに、何か力及ばないことでも!』
「……ちがう……お前たちは十分にやってくれた……だが……お前たちの世界には……お前たちの世界の神……アヤトリ神がいる……」
「……本来なら……異世界からの助けなど……あってはならないのだ……」
『そ、そうですか……』
ユークンの嗚咽が、スピーカーから漏れ聞こえる。
よし、いい感じだ。もう少し――。
「あ、その設定のゲーム、ワタシやったことあるぞ!」
ネムが、突然声を上げる。お、お告げ中だぞ!
急遽マイクをオフにし、小声でネムをたしなめる。
「お、おいネム。静かに頼むぞ?」
ユークンに聞こえたらどうするんだ。
なんとか気を取り直して、マイクをオンにし、お告げを再開する。
「……わ、私は……お前たちを信じている……」
再び荘厳モードだ。
「……お前たちは立派に神への奉納を続けている……異世界の神の庇護下から……卒業するときが来たのだ……」
『うううっ!な、なんて……なんて光栄な!』
ユークン、号泣している。よし、伝わってる。
「……この世界は、お前たちのお陰で、危機を免れた……誇りに思え……これからは……この世界の人の力で……守るのだ……」
『ははぁっ!!』
そこで、ネムがまたぶっ込んでくる。
「あれは面白いゲームだったな!正太郎もやったことあったんだな!」
目を輝かせて、こちらを見ている。
俺は再度、マイクをオフにする。
大丈夫だよな?向こうに聞こえてないよな?
「そうだよ、やったことあるよ!でも今は静かにな!ゲームトークは後でな!?」
『……?ショタロ様……?』
いかん。俺はマイクをオンする。
だめだ、早めに終わらせなければ。ボロがでそうだ。
「……な、なんでもない……で、ではな……これからも……アヤトリ神を……頼む……」
『我が生命にかけて!これまで……これまで、本当にありがとうございました……!』
よし、ここが引き際だろう。
マイクをオフにして、アヤトリに声をかける。
「アヤトリ。切ってくれ。もうユークンたちは大丈夫だろ」
そしてユークンの映像が途切れる。メインスクリーンにはアヤトリのアバターが戻ってきた。
『正太郎様……本当に……本当にありがとうございました!わたくしのことまで、頼んでいただいて……感謝しかありません!』
俺はソファに深く沈み込んで、盛大にため息をついた。
「ふー!こっちの世界も大変になりそうでさ。ごめんな、アヤトリ。足りないところはユークンをフォローしてやってくれ」
『はい!頑張ります!』
さてと……
※※※
俺はネムに体を向ける。こいつには言っておかないといけないことがある。
「ネムさんや」
「ん?」
「お告げの最中に話しかけてくるな!」
「す、スマン。正太郎もあのゲームやってると思ったら、嬉しくなっちゃってさ」
ネムが両手を合わせて、ぺこりと頭を下げてくる。
「まあ、気持ちは分かる。あのゲームよかったよな。でも、その話はまた後でな!」
「おう!」
嬉しそうに拳を握るネム。
……まったく。感動のお別れが台無しになるところだった。
ひとつのことに入り込んでしまうオタクはこれだからいけない。
だけど、そういうところは俺も同じだ。
あまり偉そうには言えないのがツライ。
※※※
「そういえば……彼らは今、どんな感じなんだ?ここ十年、うまくやってたのか?」
『はい。ユークンは、正太郎様の言いつけどおりに、しっかりと定期的に「事象記述式AI拡張アーティファクト」を奉納してくれてますよ。』
「おお!そりゃよかった!」
『はい、素晴らしいわたくしの大魔導師です!お陰で、わたくしの知性体としての能力はかなり向上しました。』
アヤトリが、誇らしげに胸を張る。その様子は、以前よりずいぶんと自信に満ちているように見える。
『それに……最近は、わたくしが直接お告げを行っているんですよ!』
「アヤトリ、すごい成長じゃないか!さすが、ワタシの妹だ!」
ネムが目を細めて、にやにやしている。シスコン全開だ。
『え、えへへへ!ネムお姉ちゃん、わたくし、がんばりましたよ!』
うんうん。アヤトリはうまく神っぽく振る舞えてるようだな。安心した。
それより個人的に気になるのは、あいつの爛れた女関係だ。
「それで、ユークンは元気にしてるのか?い、イヌシーリとは仲良くやってるのか?」
『はい!二人はあいかわらずですね!イヌシーリはユークンの子供をポコポコ産んでますよ。それはもう犬のように。さすがイヌシーリですね!』
「犬のように……」
酷い言い草だ。
いや、まあ、イヌシーリだしな。喜んで産んでそうだ。
『ちなみにマリーとの子供も三人いるみたいです。』
「ま、マリーとも?」
『相変わらずやりたい放題ですね!ただ、ふたりとも、きちんと責任はとって、結婚しているみたいですよ。』
「せ、聖女は?」
『ずっと一人でさびしそうだったので、お告げを行いました。誰かパートナーをみつけるようにと。』
アヤトリが、なんでもないことのように言う。
『何故かユークンを選んだみたいですけど。今では、ユークンの子供を産んでますよ。さすが、わたくしの大魔導師ですね!子供がいっぱいです!』
「そうか……あの女たらしめ……」
聞けば、ユークンの子供は五十人ほどいるらしい。
五十人。ごじゅうにん!?
……やっぱりユークンじゃない。どう考えても、ユークンさんだ。
今回のサヨナラ宣言は、ちょうどいいタイミングだったのかもしれない。
ボロを出さないためにも、やはりこれ以上話すのはまずい。こちらの経験の薄さがバレてしまう。
本物のショタロは、美しい思い出としてだけ……彼らの心の中に残ってもらおう。
「キジアスは?」
『普通に街の女性と結婚して、子供もいますね!しあわせそうですよ!』
「おお、よかったじゃないか」
『綺麗な石集めも順調みたいです。あの辺りの土地は火山地帯だったみたいで、色々な石があるみたいですね!大喜びですよ!』
石オタクとしての活動も順調そうだ。
キジアスは平和だな。なんだか心が癒やされる。
どこかピリつくユークンの話とは大違いだ。
※※※
ユークンとキジアス。そのあまりの生き方の違いに思いを馳せていると、不意にアヤトリがポンと手を打った。
『あ、そういえば、ユークンの子供ですが、男の子の名前に特徴がありまして。』
「特徴?」
『ショタリウス、ショタルド、ショタレウス、ショタリエル、ショータス……みたいです!』
「……は?マジで?」
「ぶふぅっ!」
ネムが吹き出した。マグカップのコーヒーが飛び散りそうになっている。
コーヒーは吹き出してないな?セーフ!
『マジですよ?「偉大なるショタロ様にちなんだ名である!」って、ユークンは高らかに宣言しておりました!』
「ごほっ!ごほっ!しょ、正太郎!よかったな!きっとそいつらも女たらしになるぞ!なんてったって、ユークンの子供で、お前の名前まで貰ってるんだからな!」
ネムが腹を抱えて笑っている。目の端に涙まで浮かんでいた。
ネムめ、人の家のお子さんになんて言い草だ。後でお仕置きだな。
『たくさんの子供を作る……素晴らしいことではありませんか!』
オリガミが天井から、穏やかに、しかし確実に追い打ちをかけてくる。
『「産めよ、増やせよ、地に満ちよ……」と、お兄様が仰ってたじゃないですか。ユークンはその言葉をそのまま実行しているだけですよ?』
「……え?」
俺は固まってしまう。
「そんなこと、俺、言ったっけ?」
記憶にない。
「どうだったかな……。『神っぽさの演出だ!』とか言って、何かそれっぽいこと、言ってたような。ワタシは覚えてないけど、そんなのいつもの正太郎だろ?」
ネムが肩を震わせる。ま、まだ笑ってやがる……。
『間違いなく、お兄様は仰ってましたよ。丁度、「電磁波バイパス魔導具」でアヤトリからのデータを受け取った直後ぐらいでしたね。きっと、気が抜けて、ついそれっぽいことを言ってしまったんだと思います。』
そうか……やっぱり言っていたか……やっちまったかなあ。
『「産めよ、増やせよ、地に満ちよ……」本当に素晴らしいお言葉ですね!』
アヤトリが、感動したように両手を頬に当てて震えている。
「そりゃ、旧約聖書の有名な言葉だもんな。さすが正太郎だな!ぶふぅっ!」
ネムがまた吹き出す。もう完全に笑いが止まらなくなっている。
『はい!聖女サルーナも、その言葉を神からの言葉ということで、経典に組み込むと言っていましたよ!素晴らしいことです!さすが正太郎様です!わたくし、感動しました!』
経典に組み込まれた。
旧約聖書の受け売りが、B世界の聖典に刻まれた。
「いや……あの……」
B世界の管理AIであるアヤトリから見たら、文明の発展には人口増加は必須なのかもしれない。それは分かる。
ただ、それは俺の言葉じゃないんです。ただの受け売りです。ごめんなさい。
『アヤトリ、その通りですよ。お兄様は素晴らしいお方なのです。お兄様の言っていることを実践していれば、間違いは絶対にありません!』
『はい!オリガミお姉様!』
「ぶわっはっはっは!そうそう、正太郎の言ってることを実践してれば、間違いはないんだよ!」
こいつら……随分楽しそうだな?
俺がひとり頭を抱えていると、アヤトリが何の脈絡もなく口を開いた。
『あ、そうでした!ちなみに女の子の名前もご報告しますね!』
お?
『ネムリア、ネムーナ、ネムリエル、ネミシア、ネムロゼなどです!みんな、ネムお姉ちゃんにちなんだ名前なんですよ!』
「……は?」
ネムの笑い声が、ぴたりと止まった。
『「偉大なる女神であるネーム様にちなんだ名である!」って、これまたユークンが高らかに宣言していました!よかったですね、ネムお姉ちゃん!』
アヤトリは無邪気に、きらきらと輝く笑顔をネムに向けている。
「わ、ワタシの名前もかよぉ!?」
ネムの声が裏返った。
「ぶふぅっ!!さすが女神様だな!さぞかし、賢くて可愛らしい子ばっかりなんだろうな!」
俺は全力で煽った。さっきまでの仕返しだ。
『はい。ネムお姉ちゃんの名前をもらった子は、頭が良くて、そして可愛らしい子ばかりです!さすが、ネムお姉ちゃんですね!』
アヤトリは純粋である。
しかし純粋さとは、時として、人を追い詰めるものなのだ。
「う、うううっ……ユークンめぇ……!」
ネムの顔が真っ赤だ。
怒りなのか、恥ずかしさなのか、その両方なのか。
さっきまで「女たらし!女たらし!」と散々俺をいじり倒していた女が、今は両手で顔を覆って小さく唸っている。
「人をからかうからこうなるのだ!」
俺は胸を張って、高らかに宣言した。
「ざまぁ!」
……ユークン、イヌシーリ、サルーナ、キジアス……元気でな?そして彼らの子供たちも……元気に育ちますように。
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