正太郎の誕生日(夜)
二人のメイドに手を引かれる、御主人様である俺。
右手には千穂メイド。きっちりと結ばれた白いエプロンの紐が、細いウエストのラインを際立たせている。アイロンの行き届いた黒いワンピースに、白いフリルとヘッドドレス。歩くたびにスカートの裾がふわりと揺れる。清楚な微笑みが、まさに正統派メイドという感じだ。
左手にはネムメイド。同じメイド服だが、頭にぴょこんと飛び出したネコミミと、腰から揺れるふわふわの猫しっぽが実にキュートだ。握り返す手の力が妙に強い。緊張しているのだろう。白いカフスから伸びる小さな手が、少しだけ汗ばんでいた。
二人分の甘い香りが、鼻をくすぐる。
「こ、こ、こ、こちらへどうぞ……にゃん」
ネムメイドが、顔を真っ赤にしながら俺を案内する。
鼻血が出そうだ。
「おカバンをお預かりしますね」
そう言うと、千穂メイドが、俺の鞄をそっと受け取ってくれた。
「う、うむ……」
うむ、しか言えなくなっている。
メイドさんの御主人様って、一体何を言えばいいんだ?
メイドさんが何かしら失敗して、お仕置きしなきゃいけなくなるシチュエーションしか知らんぞ?
リビングのソファに座らされた。
千穂メイドとネムメイドが、俺の両脇にちょこんと膝立ちになる。
流れがスムーズだ。きっと何度も練習したのだろう。
千穂メイドが、はにかみながら口を開いた。
「しょうちゃん、本日の催し物の趣旨を説明するね」
催し物?
「今日はしょうちゃんの二十一歳のお誕生日だよね。だから、めでたい日です」
「うむ」
「なので、今日のしょうちゃんは『ご主人様』だよ。とっても偉い人」
「うむうむ」
「だから、しょうちゃんは私とネムちゃんに、なんでもお願いできます」
なんでも、だと?
「な、なんでも?」
「うん、なんでもだよ」
千穂メイドが、にっこりと微笑む。
その笑顔は完全に「ご奉仕する側」のものだった。
「私は普通のメイド。ネムちゃんは、しょうちゃんの大好きなネコミミメイドだよ」
隣を見る。
ネムが顔を真っ赤にして俯いている。ネコミミがぴょこぴょこ揺れていた。
「ネコミミメイドのネムちゃんは、語尾に『にゃん』をつけるからね。でも、笑っちゃダメだよ?ネムちゃんは、しょうちゃんのために頑張ってるんだからね?」
「が、頑張るからな!笑うなよ!」
ネムが赤い顔のまま、こちらを睨む。
その目に微かな涙が光っている。既に限界なのでは。
「こういうの、しょうちゃんは好きだよね?」
好きだ。
大好きだ。
さすが千穂だ。俺のことを、よく分かっている。
「うん。大好きだ」
なんだか今日の千穂はノリノリだ。
いつもの控えめな千穂からは想像できないほどの、堂に入った仕切りっぷりである。もともと奉仕精神の塊みたいな子だから、メイドという役割がフィットしているのかもしれない。
「よかったぁ!じゃあ、続き、始めるね!」
※※※
「御主人様、本日のディナーでございます」
ソファに座らされてから一歩も動いていない。
手はおしぼりで丁寧に拭いてもらった。人に手を拭いてもらうなんて、幼稚園ぶりではないだろうか。
ソファ前のローテーブルの上には、ご馳走が並べられている。
「今日のディナーは、御主人様のために心を込めて作った『ふわとろオムライス』です」
千穂メイドが、恥ずかしそうに、でも胸を張ってメニューを紹介する。
「サイドメニューはコーンポタージュとカニクリームコロッケです。すべて食べさせやすい一口サイズになっております」
食べさせやすい一口サイズ?
すべて「あーん」で食べさせてくれるから一口サイズである必要があるらしい。ソファでは食べづらいのではと思ったが、そういうことだったのか。
至れり尽くせりとはこのことか。
「それでは御主人様、オムライスにケチャップでお絵描きをいたしますね」
来た。メイド喫茶の定番イベントだ。
「御主人様、何をお描きしましょうか?」
千穂メイドがケチャップのチューブを構えている。両手でしっかり握っているところが、なんだか微笑ましい。
ここは御主人様として、ふさわしいオーダーをせねば。
「そうだなぁ……じゃあ、お前たちの御主人様に対する気持ちを書いてくれ」
千穂の顔が一瞬で赤くなった。
「わ、わかりました……!」
「か、かしこまりました、にゃん……」
ネムも真っ赤だ。
二人は少しの間、コソコソと相談する。
その後、千穂の手で、ゆっくりと丁寧にオムライスの上に文字が描かれていく。
――『LOVE♡大好き♡』
千穂の手は微かに震えていたが、文字はとても丁寧だった。きっと練習したのだろう。
「い、いかがでしょうか、御主人様……!」
「うむ!お前たちの気持ちは伝わったぞ!」
千穂メイドが、ほっとした顔をする。
「で、では御主人様、最後に魔法をおかけしますね!」
魔法?
千穂がネムの方を見た。
「ネムちゃん、お願いします」
「……う、うう……」
ネムが顔を真っ赤にしたまま、両手をオムライスの上にかざす。
そして、声を絞り出した。
「……おいしくな~れ……萌え萌え……きゅん……にゃん……」
真っ赤になったネムは、そのまま俯いてしまった。
ネコミミがしおしおと垂れている。本人的にはもう消えてしまいたいだろう。
「ふわぁぁぁ!かわいい!かわいすぎる!」
千穂メイドが我慢できなくなったらしい。メイドの立場を忘れて悶えている。
「ふわぁぁぁ!ネムちゃんかわいい!」
俺も同意見だった。思わず、千穂の口調がうつってしまった。
これ、撮影オプションとかないの?
いくら払えばいいの?マジで。
※※※
ディナーが始まる。
ソファに背を預け、足を伸ばす。
ナイフもフォークも持っていない。すべて二人から食べさせてもらっている。
王様かよ。
「は、はい、御主人様。あーん」
千穂メイドが、小さく切られたオムライスをスプーンに乗せ、俺の口元へと運んでくる。
「あーん」
うまい。
千穂の作るオムライスは絶品だ。卵のふわふわ感とケチャップライスの甘みが、口の中で溶け合っていく。
「御主人様、あーん、にゃん」
反対側からは、ネムメイドがカニクリームコロッケを差し出してくる。
顔を真っ赤にしてプルプル震えている。箸先も微かに震えていたが、なんとか俺の口まで運んでくれた。
「うむ!うまい!うまいぞ!」
料理の味もさることながら、二人の愛がダイレクトに伝わってくる。
二人とも俺にしなだれかかるように体を密着させ、交互に口の中へご馳走を運んでくれた。
腕に押し付けられる柔らかいものの感触も、まあ、その、なんというか。
なんだこの天国は。
俺、あとでいくら払えばいいんだろう。
レンガ一個分くらいか?もっと必要かな?
「お支払いは……三億になります……」とか言われても余裕で課金するぞ。
俺がそんなアホなことを考えている間も、千穂メイドとネムメイドは、今食べたいなと思うものを的確に口へ運んでくれる。
よくよく観察すると、千穂メイドが目配せでネムメイドに指示を出しているようだ。次にどの料理を食べさせるか、無言で統率している。
さすが千穂だ。
日々の食事で、俺がどんな順番で食べ物を口に運ぶか、観察していたに違いない。
そして……この催し物の主導者は千穂だ。間違いない。
あの清楚で恥ずかしがり屋の千穂が、こんな小悪魔的な企画を仕切るなんて。
けしからん。いいぞ、もっとやれ。
※※※
食後。
「御主人様、お粗末様でした。今夜のお食事はいかがでしたでしょうか?」
千穂メイドが、両手を前に添えてお辞儀する。
「う、うむ!悪くなかったぞ!」
「さようでございますか。それは安心しました」
千穂メイドが、にっこり微笑んで視線を上げる。
その視線は、ネムの方を向いていた。
何かの合図だろう。
ネムが、ほんの少しだけ水の入ったグラスを持って歩いてくる。顔は真っ赤だ。
「お、お水だにゃん……」
そこで、わざとらしく、つまづいた。
「ああ!しまったにゃん!」
水がこぼれ、俺のズボンにほんのちょっとだけかかる。ほんとうにちょっとだけだ。
そして発せられる、棒読みのセリフ。
「み、水をこぼしてしまった、にゃん。ごめんにゃん。許してにゃん」
千穂メイドが、これまた棒読みで応じた。
「あああ!な、な、な、なんてこと!なんてことを!すみません御主人様、私の管理不行き届きです」
「違うにゃん!ワタシのせいにゃん!」
「ネムちゃんは許してあげてください!メイド長である私がお仕置きを受けます!」
「ごめんにゃん!メイド長さんは悪くないにゃん!」
声を震わせながらも、棒読みのセリフの応酬が続く。
……ああ、気づいちゃった。
完全にわかっちゃったよ。
この光景、どこかで知ってると思ったら……俺のPCの中にあるあの肌色漫画だ。
『ネコメイドとメイド長とご主人様』
よくよく思い返してみれば、ネコミミメイドの「にゃん」の語尾も、体を寄せてご飯を「あーん」するところも、全部同じだ。
千穂は……あの漫画をそのままなぞっていたのか。
ならば、俺のできることはただ一つだ。
この幸せすぎる茶番に、全力で乗っかることだろう。
わざとらしいドジなネコミミメイドと、それを棒読みでかばうメイド長さんに、言うべきことは一つだけ。
俺はキリリと顔を作った。
「連帯責任だ。ふたりともお仕置きだ。俺の部屋まで来い」
「お、お許しを!お許しを!」
「ゆ、許してにゃー!」
あの漫画と全く同じセリフだ。実にけしからん。ありがとうございます。
千穂が俺のPCの中を覗くとは考えづらい。きっと何らかの形で、千穂への資料提供があったのだろう。
俺の知る限り、こんなことをするヤツは一人しかいない。
黒幕は、いつものごとく、俺の優秀な妹であろう。
……さすが我が妹だ。俺の喜ぶことをよく分かっている。花マルをあげよう。
さあ、最愛のメイドどもに、お仕置きだ!
※※※
その後のことは言うまでもないだろう。
お仕置きという名を冠しただけの、俺に対するご奉仕だ。
さらに腕を上げた彼女たちによる、徹底的な「診断プレイ」による大運動会。
メイド服のままという事実が、俺の興奮に拍車をかけた。
――「うおおおおおおっっっほおおおぅ!ほおおおぅ!おふぅ!」
俺は何度も何度も弾丸を打ち尽くし、弾倉をスッカラカンにされてしまう。
ああ……なんて幸せな誕生日だ。
強力なエンドルフィンに溺れながら、俺の意識は徐々に遠のいていった。
みんな、ありがとう……俺……幸せだったよ……。
※※※
朝。
目を覚ますと、千穂もネムもいなかった。
最近は俺の目が覚めるまで一緒にいてくれるのに、今日はいない。
ちょっと寂しい。
「千穂?ネム?」
思わず、親を探す子供のような声を出してしまう。
天井のスピーカーから、聞き慣れた声が降ってきた。
『冷静になって恥ずかしくなったみたいですね。ふたりとも顔を真っ赤にして、お部屋をそそくさと出て行きましたよ?』
そうか。まあ、無理もない。
千穂はともかく、ネムの「にゃん」はアイツ的には相当な限界突破だったはずだ。頭が冷えた今、俺の前から逃げ出してもおかしくない。
「オリガミ」
俺は天井に向かって、最愛の妹に声をかけた。
『はい、お兄様。』
「よくやったぞ。褒めて遣わす」
『ありがたき幸せです。』
その声には、わずかに笑みが混じっている気がした。
※※※
洗面所で顔を洗い、リビングへ向かう。
朝食が準備されていたが、千穂もネムもいなかった。
恥ずかしくて顔を合わせられないのだろう。
ふたりとも、可愛すぎるだろ。
ふとテーブルの俺の席に、見慣れないマグカップが置いてあるのに気づく。
黒いマグカップだ。側面に、折り鶴のイラストが白抜きでデザインされていた。
ネムと千穂の席にも、それぞれ青と赤のマグカップが置いてある。俺のものと同じように折り鶴のイラストが入っている。
……これは。
手に取ると、その下にメモ書きが添えてあった。
――『私とネムちゃんからの、お誕生日プレゼントです。黒はしょうちゃん、青はネムちゃん、赤は私のマグカップです。喜んでもらえるといいな』
千穂のきれいな字だ。
折り鶴のマークが入ったマグカップ。おそらく千穂が選んだプレゼントだろう。急遽、ネムの名前も入れてもらったという感じだろうか。ネムは俺の誕生日のことを覚えてすらいなかったし。
俺も忘れてたけど。
ってことは、だ。
千穂はオリガミの存在を知らずに、この折り鶴がついたマグカップを選んだわけだ。
思わず目頭が熱くなった。
「なあ、オリガミ。俺……なんか嬉しいよ。お前のことを、千穂が認めてくれたみたいでさ」
『…………ええ。』
「まあ、偶然なんだろうけど。それでも嬉しいよ」
少しの沈黙があった。
やがて、いつもより力のこもったような気がする声が降ってくる。
『お兄様……絶対に勝ちましょうね。』
「ああ!」
折り鶴のマグカップに温かいコーヒーを注ぐ。
千穂の朝食は、相変わらず美味かった。
※※※
そしてその日の午後。
「おい!正太郎!お前これ、大丈夫なのか!?」
ドタバタと部屋に駆け込んでくるネム。
残念ながら、「にゃん」はもう終わりらしい。
ネムが突き出してきたタブレットの画面には、YuuTubeの動画が表示されていた。
ニコニコしたご老人に囲まれながら、大仏を折る俺の姿。
……バッチリ、顔が映っている。
タイトルは……。
――【聖人】オリ男!もっこり御老公だった!老人ホームで大仏様を折る【ありがたや】
再生数がとんでもないことになっていた。コメント欄は祭り状態だ。
「手の動きが完全にオリ男」「折り方の癖が一致」「顔バレktkr」「これはガチ」「フツメンで草」「手がステキ!顔なんておまけ!」「老人ホームで?ボランティアか何か?聖人すぎる」「推せる」「ドールハウス代表だろ、こいつ?」「介護ロボットを作って、折り紙で慰問とか……社会貢献しすぎじゃない?」「尊い」「待ってください無理です尊いです!この指の動き……特に中指と薬指の連動性が神がかってます!MP関節からPIP関節にかけてのラインが美しすぎますし、紙に圧をかける瞬間の母指球の収縮具合が最高です!爪の形も完璧でお手入れが行き届いているのが分かりますし!血管の浮き出方だけでご飯3杯はいけるし、この手で折られる折り紙になりたい人生でした!これこそが至高です!これがオリ男様……いや、私の求めていた理想の手……!アーカイブ5億回保存しました!結婚してください!何人目でもいいですからァ!」
ふむ。
最後のコメントには妙な既視感があるが、あえて触れない。
……また、やったな。
オリ男の正体が俺だとバレた。
オリ男はドールハウス所属のVTuberである。そのドールハウスの代表である俺が、あの折り紙技術。そりゃ誰でも結びつける。しかも映像つきだ。言い逃れできるレベルではない。完全に確定してしまった。
少し振り返ってみよう。
昨日、老人ホームのロビーで見つけた折り紙を見てスイッチが入った俺は、ギャラリーに囲まれながら大仏を折った。
あのとき、スマホで撮影されているなんて微塵も思わなかった。
……冷静に考えろ。今の老人ホームだぞ。おじいちゃんもおばあちゃんもスマホくらい持ってる。撮影されないわけがないだろ。
なぜ俺はあのとき、そのことに思い至らなかったのか。
まて。あのロビーの一角にあった折り紙。もしかして……あれも仕込みだったんじゃないか?
あり得る。アイツならやりかねない。
他にも大量の仕込みがあった可能性がある。俺が気づいてないだけで。
俺にあの場で、折り紙を折らせるための。
「お、お、お、オリガミィィィ!」
『はい、なんでしょう、お兄様。』
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