変態「超」クリエーターに敬意を
「それじゃあ詩織ちゃん、こっちだよ」
千穂が、満面の笑みで詩織さんを案内する。
「はい!おじゃましますね!」
詩織さんも嬉しそうだ。紙袋を抱えて、ニコニコしながら千穂の後についていく。
俺とネムは、その後ろを歩いていた。
貰ったアイスは、開発フロアの冷凍庫に入れるつもりのようだ。
こいつ……独り占めにするつもりだな……。
研究所内は、白い壁と床が続いている。天井のLED照明が、その白さをさらに際立たせている。
「……しかし、本当に来ちゃったな」
小声でネムに呟くと、ネムは腕を組んだまま、小さく頷く。
「まあ、来るって言ってたからな。でも、大丈夫だろ。オリガミの計画通りだし」
「そうだけど……」
正直、詩織さんは苦手だ。
あの暴力的なまでのポジティブさと、手フェチという一点に全振りした情熱。
そして、何よりも「正太郎様ハンド」という呪物を生み出した張本人である。
……怖い。
※※※
「本当に楽しみです!昨日あまり寝られませんでした!」
「詩織ちゃんは、ほんとうに『正太郎様ハンド』作りが楽しみなんだね!」
「はい!」
エレベーター内でも、千穂と詩織さんは、本当に仲良さそうにキャッキャと話していた。
研究開発フロアへのエレベーターのドアが開く。
そして、開いたエレベーターホールでは……
シャコシャコシャコシャコ
四本の腕を持つヒューマノイドロボット、DH-01が、なにやら資材をしっかり手に持ち、四足歩行でこちらに向かって歩いていた。
ふっふっふ。計画通りのタイミングだ。
詩織さんを含む、俺たちが、その横を通りかかる。
さあ……びっくりするだろ?すごいロボがいるだろ?すごい!ってなるだろ?
さあ!さあ!さあ!驚くがいい!
そして、俺の予想は大きくハズレたのだった。
「ロボットさん、お疲れ様です!」
そう言って、元気に、どこか優雅さを感じる様子で会釈した。
……それだけだった。
え?
「……それだけですか?」
思わず声をかけてしまう。
詩織さんが振り返って、首を傾げた。
「?何かありました?」
「いや……あのロボット、どう思います?」
「嫌だなあ正太郎様!私だって、ロボットの手に興奮したりしませんよ!それより、手をつなぎません?私、初めての場所で不安なんです!」
そう言って、詩織さんが俺の手に手を伸ばしてくる。
が、そこに千穂の声が飛ぶ。
「詩織ちゃん!ボディタッチは許可制だよ!」
「そうでした……残念です……」
そういって、詩織さんは手を下ろす。
どうやら、何か取り決めがあるようだ。
……いや、そうじゃなくて。
あのロボット、四本腕なんだけど。しかも、めっちゃなめらかに動いてるんだけど。
驚かないの?
※※※
さらに奥へ進むと、イヌガミタイプ2が廊下を巡回していた。
旧型よりも接合部が減って、スタイリッシュになった犬型ロボット。
黒い外装に、青いLEDの目が光っている。
ピョンピョンと飛ぶように移動するのでなく、滑らかに動いている。
一見しただけで、他の犬型ロボットとの違いが分かるレベルの動きだ。
詩織さんが、そんなイヌガミタイプ2を見つけて、パッと顔を輝かせた。
「ワンちゃん、可愛いですね!」
そう言って、しゃがみこんでイヌガミタイプ2を撫でる。
イヌガミタイプ2のボディ全体に貼られているLEDスクリーンに、「ありがとう!」の文字がスクロールで流れていく。
だが、詩織さんの反応は、それだけだった。
これじゃ、普通の犬に対する反応と同じじゃないか。
「……それだけですか?」
また聞いてしまう。
「?可愛いですよね!お手とかできるんですか?」
「できますけど……」
「私もできますよ?私にやってみません?『お手』ってやってみません?正太郎様になら、やりますよ!私は!」
詩織さんが、俺の方を向いて、両手を前に出してくる。
「いやいや、イヌシーリじゃないんだから……」
「イヌシーリという方には『お手』ってやってるんですか?羨ましいです!」
「そ、そうなのしょうちゃん。私も、『お手』できるよ?」
千穂まで参戦してきた。
「やってないから!人がやってるのを、見てただけだから!」
※※※
詩織さんと千穂は、その後もキャッキャと楽しそうに話しながら歩いていく。
それを後ろから付いていく俺たち。
ネムが、小声で俺に話しかけてきた。
「な、なあ?詩織ちゃん、全く驚いてなくね?」
「ああ……全くいつも通りだな。なんでだ?」
「ロボットとすれ違っても、足を止めずに、ズンズン突き進んでいくな?まともな反応じゃないぞ?」
確かに。
普通なら、あのロボットを見たら驚くはずだ。
四本腕のヒューマノイドなんて、そうそう見られるものじゃない。
イヌガミタイプ2だって、市販されてるロボット犬とは明らかに次元が違う。
なのに、詩織さんは全く反応していない。
オリガミも気になったのだろう。イヤホンから、澄んだ声が聞こえてきた。
『ただ今、詩織さんに「診断」の魔法を行使しました。ドーパミンとオキシトシンの分泌量が多いですね……詩織さんは「期待に満ちあふれてワクワクしている」状態です。』
「期待に満ちあふれてる?ワクワクしている?期待って……『正太郎様ハンド』か?」
『その可能性が極めて高いです。つまり、笹木詩織は……』
オリガミが、詩織さんの様子を結論付ける。
『「正太郎様ハンド」を作るのが楽しみ過ぎて、周りに目が入ってない状態です。』
「詩織ちゃん、すごいな……大物すぎるだろ……」
ネムが感心したように、詩織さんの背中を見つめて言った。
……そうか。
詩織さんにとっては、この研究所も、ロボットも、全部どうでもいいのか。
一本筋が通っている。とても清々しい。
なるほど……俺に近づくために、千穂と仲良くしているってのは無さそうだ。
『正太郎様ハンド』を作ること。それだけが、今の彼女の関心事なのだ。
※※※
そうこうしているうちに、3Dプリンタのある開発ルームに到着する。
部屋には沢山の装置が並んでおり、その中の一つが今回使用する3Dプリンタだ。
そう。この研究所が誇る、大型の超高精度光造形3Dプリンタである。
ガラス張りのチャンバーの中に、紫外線硬化型のレジンが満たされている。
詩織さんが、そのプリンタを見た瞬間。
「――っ!」
息を呑んだ。
そして。
「これは……AMATERAS-09じゃないですか!」
叫んだ。
「こ、こんな……こんな、ハイスペックな光造形プリンタが使えるなんて!」
詩織さんが、プリンタの周りをぐるぐる回りながら、スペックを確認していく。
「やっぱり!積層ピッチが10ミクロンで、XY解像度は25ミクロン!す、素晴らしいです!」
「これなら正太郎様ハンドの最高の原型が作れます。やっぱり来てよかった!」
詩織さんの目が、キラキラと輝いていた。
「よ、よかったな、詩織ちゃん?」
ネムが、苦笑いしながら声をかける。
「はい!これなら素晴らしい正太郎様ハンドが作れそうです。やりましょう!いますぐ作りましょう!お願いします!」
「ああ、いいんじゃないか?な、正太郎?」
ネムが俺を見る。
「あ……うん……イイヨ……」
もう、何も言えなかった。
※※※
ネムがPCの前に座り、キーボードを叩く。
「ちょっと待ってろ。今、正太郎の手のモデルデータを出すから」
「はい!」
詩織さんが、ネムの後ろで期待に満ちた顔で待っている。
千穂も、興味津々といった様子で画面を覗き込んでいた。
「ん、これだな。詩織ちゃん、どうぞ」
ネムがマウスを操作して、ファイルを開く。
画面に、俺の手の3Dモデルが表示された。
「ありがとうございます!さぁて、正太郎様のデータ確認……♡……ん?これ、表皮だけじゃありませんね?」
詩織さんが、画面を見つめたまま、固まった。
そして。
「ウソ……フルスキャン!?骨格、筋組織、血管網、末梢神経まで全部入ってます!」
「あぁ……なんてこと……正太郎様の全てが……丸裸に……!」
詩織さんの声が、震えていた。
て、手だけだよな?
俺は慌ててスクリーンを覗き込む。
手だけのようだ。よかった……
「詩織ちゃん、すごいね!いいの作れそう?」
千穂が、無邪気に聞く。
「はい!」
詩織さんが、元気よく頷いた。
表面だけじゃなくて、そんな中身までスキャンされちゃってるの?いつの間に……?
俺は、オリガミに、唇だけ動かして話しかける。
「なあ……オリガミ?なんで俺の手のモデルがアップグレードされちゃってるの?」
天井のスピーカーから、オリガミの声が返ってくる。
『お兄様のデータはしっかり取っていますよ?妹として当然じゃないですか!』
『今は「診断」の魔法がありますからね、モデルデータもしっかりと更新させてもらいました。』
魔法か……そうだった。観測魔法はオリガミ単体でも使えるんだった。
「診断魔法、こんなことまでできるのか。スゴイな!ワタシもいろいろ試さないとな!」
ネムは関心している。
どうやら、俺に味方はいないようだった。
ぷ、プライバシー。
※※※
詩織さんが、マウスを操作して、モデルデータのレイヤーを開いていく。
「……全部開いてみますね?せっかくですから!」
画面に、骨格、筋肉、血管、神経の各レイヤーが表示される。
「ひゃあぁ……骨格データ……!中指が少し長めで、遠位指骨が外側に……!この神がかった美しさは、奇跡の骨格バランスだったんですね……!」
「筋肉も尊い……!母指球筋がしっかりしてて……ああん、骨間筋は意外と普通!そのギャップが可愛い!愛しい!」
「そして血管網……!静脈が中指と薬指の間で分岐してる……!教科書通りじゃない、正太郎様だけの分岐パターン……っ!エクセレント!」
「末梢神経も……神経密度が高い場所は敏感なところ……指先、指の腹……どこのテクスチャを攻めるべきか、一目瞭然です……!」
詩織さんの解説が、止まらない。
「これ、全部使いましょう!計画変更です!すべて練り直します!」
「表面だけの模倣なんて冒涜です!骨から……正太郎様を骨から再構築します!」
「名付けて『マルチレイヤー・マトリョーシカ・ラブ・ビルド』方式!」
……ネーミングセンス!
「層ごとに原型を出力、型を取って、内側から愛を注入するんです!原型四回、型取り四セット!パーツ数は十五以上!最高ですね!」
「大掛かり?ノンノン!これで全パーツをデータ通りの位置に配置できます!手作業とは愛の解像度が違います!」
「まずは各層の境界面データを生成!表皮、脂肪、筋肉、骨格!……ああっ、画面に四つの正太郎様の手が!マトリョーシカのように入れ子になった正太郎様の神の手……!神秘的すぎます……!」
「あわわわ。詩織ちゃん、すごすぎ……!」
千穂が、目を丸くしている。
「おい!大丈夫なのか!ほんとにこのまま進めさせて!」
ネムが、俺に聞いてくる。
「し、詩織さん……なんでそこまで……?」
俺が呟くと、その声は詩織さんの耳に届いたようだ。
詩織さんは、俺に勢いよく振り返りながら、強く言い放つ。
「決まっているじゃないですか。正太郎様への愛です!あとその手の美しさへの愛です!私は……」
詩織さんは、真っ直ぐに俺を見つめる。
「私の心を熱くするものを、作るのです!」
――っ!
その言葉に、俺の胸が震えた。
自分の心を熱くするものを作る……そうだ、そうだよ!
そこに対象が何であるかなんて関係あるのか?いや、あるわけない!
モノを自ら作る……それはとても尊いことなのだ!
「詩織さん!わかる!わかるぞ!その気持ち!よし、わかった。詩織さん、全面協力するから。思う存分、心を熱くするものを作ってくれ!」
俺が言うと、詩織さんの顔がパッと明るくなった。
「はい!ああ……正太郎様のご理解を頂けた……なんて幸せ!」
「詩織ちゃん、よかったね!私に手伝えることあったら言ってね!」
千穂も、嬉しそうに詩織さんの肩を抱く。
「はい!」
詩織さんが、千穂に抱きつく。
二人が、キャッキャと喜び合っている。
「心を熱くするものを作る……全くそのとおりだな!詩織ちゃん!ワタシにも手伝えることがあったら、言ってな!」
「はい!ありがとうございます、ネムさん!」
詩織さんの顔は、キラキラと輝き、本当に、本当に綺麗だった。
※※※
それから詩織さんは、目を血走らせながら作業を始めた。
詩織さんは、今、自分のやっていることを高らかに宣言しながら、作業を進める。
「第一段階!表皮原型の出力です!」
こういうのって黙々とすすめるものだと思ってた。
詩織さんは、すごい勢いで、マウスを操作する。
「モデルをスライサーソフトへ!ダメ!自動サポートじゃ美しい指間が台無し!全部手動で置き直します!」
画面上で、サポート材の配置を一つ一つセットしていく詩織さん。かなり時間をかけている。
「支柱は手首に集中……ごめんね手首ちゃん、ちょっとだけ我慢してくださいね……!小指と薬指の間は一本だけ……!」
熱く語りかけながら、「正太郎様ハンド」のモデルにサポート材を配置していく。
「ピッチは五十ミクロン!でも指先と指の腹は二十五ミクロン!そこが一番繊細なサンクチュアリですから!」
設定を終えて、ビルドを開始する。
プリンタが動き出した。
ウィーン。
ガラスチャンバーの中で、ビルドプレートがゆっくりと上昇していく。
紫外線が照射されて、レジンが硬化していく。
「ビルド開始!――ああ……液面から正太郎様の手が生えてきます……!指が一本ずつ……尊い……この光景だけでご飯三杯いけます!」
詩織さんが、プリンタの前で手を組んで、うっとりと見つめていた。
「へえー、すごいね!こうやって作るんだ。勉強になるなあ!私も作ろうかな!」
千穂が、感心したように言うと、詩織さんは、目を輝かせて、千穂に抱きつく。
「是非!一緒に、『正太郎様ハンド』の道を切り開いていきましょう!」
二人は仲良しだった。
※※※
俺とネムはプリンタから離れ、壁際の長テーブルに腰掛けていた。
「んぐっんぐっ……ふぅ……コレやっぱり美味しいな。なんでワタシがこれが好きだって知ってたんだろ?柚希さん経由かな?」
詩織さんに貰ってきた、アイスを食べながら、ネムは呟く。
ネムはすっかりくつろぎモードだ。
ちなみに俺の分のアイスはない。他のアイスは冷凍庫にインされている。やっぱり独り占めらしい。
しかし……この開発フロア、本当に色々な装置が置いてあるな。
「なあ……あの3Dプリンタって、今まで何に使われてたんだ?」
「んー?まあ、色々なものを作ってたよ。試作品とか、模型とか」
続けて、ネムが思い出したように言った。
「オリガミも色々印刷してたよな」
『ええ。イヌガミタイプとかDH-01の予備部品の型を印刷してますね。駆動部以外のほぼ全ては、研究所での修繕が可能ですよ?駆動部は大量のストックがありますしね。現状では、たとえサプライチェーンが停止しても、何年も稼働可能です。』
「おお!それは大切なことだな。さすがオリガミだ」
『ありがとうございます。』
それから、さらに数十分ぐらいが経過しただろうか。
詩織さんと千穂は、ようやく印刷されていく複数形態の俺の手から目を上げた。
「ふう……ここまでは完璧です。今まで私が学んできたそのすべてを注ぎ込みました」
そう言って、詩織さんが満足そうに微笑んだ。
あれ?詩織さんって弁護士じゃなかったっけ?
3Dプリンタの操作方法って、司法試験の勉強で学ぶのかな?
だが……俺は詩織さんを見直した。
その熱意……本物だ。並大抵なことでは、あそこまで没頭できない。
彼女は、ただの変態クリエイターじゃなかった。
変態「超」クリエーターだったのだ。
そんなことを思いながら、詩織さんの綺麗な横顔を見つめていた。
そして、詩織さんは俺に体を向け、輝くような笑顔で言ったのだった。
「3Dプリンタの印刷、このサイズだと10時間以上かかりますからね……今日はもうできることはありません。明日、出来上がったのを取り出しに来ますね!」
ファッ!明日も!
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




