ヤンキー君とのタイマン勝負
その後、他のよいこ警備保障のメンバーたちも加わり、総勢十名での模擬戦が行われた。
だが、やはり予想通りの結果に終わる。
もちろん、イヌガミタイプ2の圧勝である。
「すごいな……訓練されたプロ相手に、10対1でも圧勝するのか……」
息を切らしながら地面に転がる、よいこ軍団の精鋭たち。
その傍らで、イヌガミタイプ2は、ボディ側面のLEDに『大丈夫?大丈夫?』とスクロール表示させながらも、悠然と四本の足で立っていた。
「イヌガミタイプ2、本当に強いですな。こいつら、海外のPMCで訓練を受けてきた奴らですよ?それがこんな……」
剛健さんが信じられないといった表情で、驚愕の声を漏らす。
「見えなくなるほど速く動いているのですか?いや、それも違うような……なんというか、姿が捉えられなくなる瞬間がありますね。特殊な歩法か何かですかな?」
「ま、まあ。そのあたりは企業秘密ということで」
さすがに「光学迷彩です」とは言えない。
どう考えてもオーバーテクノロジーすぎるのだ。
完全な光学迷彩なんて、普通はSF映画の世界だけの話だろう。
まあ、今の俺の周りにはSF映画みたいな技術がゴロゴロしてるわけだが。
最近はそこに、魔法というファンタジー要素まで加わった。
もはや何でもありだ。
※※※
その夜、俺はホテルの一室で、贅沢な時間を過ごしていた。
オリガミという妹が憑いているので、一人の時間というものは俺にはないのだが。
『お兄様、明日の交渉資料、最終確認されておきますか?』
「いや、もう大丈夫だ。オリガミのおかげで、完璧に頭に入ってる。後は、交渉直前に、軽く目を通すだけでいいよ」
『左様でございますか。では、ごゆっくりお休みください。』
ふかふかのベッドに身を沈める。
いいホテルのベッドは、やっぱり寝心地が違う。
花火会社にこちらの資金力を見せつけるため、護衛メンバーも含めて全員が地元の最高級ホテルに泊まっている。
俺の部屋なんてスイートルームだ。これはバスローブを着て、ワイングラス片手に窓際に立つべきなのだろうか?
ちなみに部屋の前には、二人の護衛が立っている。
まさに超VIP待遇だ。
そんなアホなことを考えながら、ベッドの感触を味わう。
身体が優しく包み込まれるような、浮遊感にも似た感覚。
「はあ……極楽だわ……」
『お兄様、よだれが……』
「はっ!口もとが緩みすぎた……ティッシュ、ティッシュ」
『寝る前に一発、オカズ提供しましょうか?私の可愛らしく艶めかしい声で、スッキリしておきますか?ASMRですよ?』
「いらん!ティッシュの用途が違う……」
そんな軽口のやり取りを楽しんでいるうちに、いつの間にか俺は深い眠りに落ちていたのだった。
※※※
翌朝。
最高に気持ちのいい目覚めだった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋を柔らかく照らしている。
「さて、今日は残り3社との交渉だな」
『はい。午前中に2社、午後に1社の予定です。』
「よし、サクッと終わらせるか」
シャワーを浴びて身支度を整え、俺はホテルを出発した。
午前中の2社との交渉は、驚くほど順調に進んだ。
オリガミが用意してくれた資料と、事前に調べ上げた相手企業の情報のおかげだ。
「では、こちらの条件でよろしいでしょうか」
「ええ、問題ありません。よろしくお願いします」
握手を交わし、契約書にサインする。
これで4社目の買収が完了だ。
さあ、あと1社だ。
だが俺には分かる。次の会社ではおそらく面倒なトラブルが発生するであろう。
最後まで厄介事なしに済んだ試しなどないのだから。
※※※
そして午後。
最後の1社。5社目の花火会社との交渉に向かった。
「では、こんな感じでうちの傘下に入っていただくということで」
「はい。これからもよろしくお願いします」
社長との握手を交わそうとした、その瞬間だった。
バンッ!
会議室のドアが乱暴に開かれる。
「オヤジ!なんでこんな連中に会社売るんだ!」
見事なまでの金髪リーゼント。
「愛羅武勇」と刺繍の入った真っ赤な特攻服。
まるで昭和の不良漫画から飛び出してきたような、古の暴走族スタイルの男が、怒りの形相で部屋に入ってきた。
す、すごい……生きた化石だ。まだI県には生息していると聞いたことはあるが、実物を目にすることができるとは……。
俺は、少し感動してしまっていた。
「おい、失礼なこと言うな!こっちは従業員を食わせないといけないんだよ。ガキのお遊びじゃないんだ」
社長が慌てて息子を諫める。
なるほど、社長の息子か。
見た目は完全に漫画とかで見る暴走族だな。まあ、ヤンキー君でいいや。
ヤンキー君の暴走は続く。
「うるせえ!オヤジがこんなよそ者にペコペコしてんのが気に入らねえんだよ!」
「金の亡者め!金があれば何でもできると思ってるだろ?」
ヤンキー君が俺を睨みつけてくる。
「何でもできるとは思ってないですけど、お金がなくちゃ何にもできないとは思ってます」
「……っ!」
お金、大切。お金がなきゃ何もできない。
綺麗事だけでは、研究所は建てられなかった。オリガミをここまで育てることなんてできなかった。
俺はお金の大切さを身に沁みて、知っているのだ。
そんな実感がこもった返しに、ヤンキー君が言葉に詰まる。
だが、すぐに持ち直したようだ。
「俺とタイマンしろ!」
「た、タイマン?」
「おい逃げるなよ?タイマンで勝負だ!俺が勝ったら、金だけ出せ!」
タイマンって一対一で殴り合うことだよな?なんでそうなる?
「意味がわからないですね。ちなみに、俺が勝ったらどうなるんです?」
「俺がお前の言うこと、なんでも聞いてやる!」
「……あなた……何ができるんです?」
「え?」
「いや、なんでも聞いてくれるんですよね?何ができるか確認しなきゃ駄目でしょう。メリットもないのに勝負受ける馬鹿、いないですよ?」
「な、何ができるかだって?」
「ええ。何か俺のメリットになること、あなたにできるんですか?」
「ぐぅ!」
ヤンキー君が唸る。
「え?本当に何も考えずにさっきの提案を?本当に意味がわからないのですが」
何でもできるなら、HDML攻撃止めてくれないかな?それなら、タイマンなんて喜んで受けてやるのに。
「いいからタイマンしろ!」
論理が通じない。
これが野生の生き物か。
『お兄様。』
オリガミの声がイヤホンから聞こえてくる。
『いい実戦訓練じゃないですか?受けられては?』
「……訓練?」
『はい。私は知っています。「折!」って言いながら、自室のベッドの上で、一人寂しくエア戦闘訓練をしているお兄様を。』
ぐはぁ!
恥ずかしい。けど、やっちゃう。エア戦闘訓練!
『今こそ日頃の訓練の成果を見せるときでは?』
「わかった!わかったから!」
オリガミと唇だけで会話を続ける。
「……つまり、俺が人間相手にちょっとした実戦経験を積んでおけってことか?」
『はい。明確な敵意を向けてくる相手です。まったく経験したことがないのと、一回でも経験したことがあるのでは違うと思いますよ?』
「わかったよ。オリガミが言うなら、やっておくべきってことだな」
『そうですね。一度くらいは。』
俺は深呼吸して、怪訝な表情でこちらを見ているヤンキー君に向き直った。
「タイマン、いいですよ」
「おっ!やる気になったか!」
「でも、決闘は法律違反なので、スポーツとしてやりましょう」
「あ?怖いのか?」
「法律違反は怖いですよ?ガキのケンカとはレベルが違いますからね」
「ガ、ガキのケンカ?」
「ええ。ガキのケンカは嫌だから……そうですね。空手ってことでどうです?ヤンキー君、パンチとかキックとか、したいでしょう?」
「わかったよ!吠え面かくなよ!?」
「吠え面ってなんですか?」
「へ?」
「吠え面って何?わおーんって吠える面のこと?」
「し、知るかよぉ!」
ヤンキー君が顔を真っ赤にして叫ぶ。
なんか可愛いな、こいつ。
※※※
会議室を出ると、剛健さんが心配そうな顔で近づいてきた。
「正太郎様、大丈夫なんですか?なんなら我々が代わりますが……」
「多分大丈夫だと思います。負けそうになったら、イヌガミタイプを乱入させて、『俺が作ったロボだから、俺の力だぁ!』ってやりますし」
「そ、それなら大丈夫ですな……?正太郎様は、あれですな。無謀なのか、慎重なのか、よく分かりませんな」
呆れ半分、感心半分といった様子の剛健さんに、親指を立てて見せる。
「まあ、前のイヌガミタイプには勝てましたし。多分勝てますよ」
そんな俺の言葉に反応したのはエイトだった。
「ええっ!?あのイヌガミタイプに勝てるんですか?さすがです!一生ついていきます!社長!」
目をキラキラさせながら、尊敬の眼差しを向けてくる。
ふっふっふ。そうだろうそうだろう。
俺は大魔導師級の情報指向性を持つ、選ばれし男なのだ。そんじょそこらの男とはモノが違うのだよ。
※※※
試合は、社長の知り合いの道場を借りて行うことになった。
更衣室で着替えを済ませ、道場に出る。
二人とも着慣れない道着を着ている。
もちろん俺は白帯だ。ヤンキー君もだが。
「じゃあ、いきます。試合時間は3分。ヘッドガードとグローブはつけてますね?反則は金的攻撃のみで」
審判役を買って出てくれた道場の師範が、ルールを確認する。
「はい、わかりました」
「おう!ボコボコにしてやる!」
ヤンキー君が、自分の拳を打ち鳴らす。
威勢がいいな。
「では……始め!」
師範の声と同時に、ヤンキー君が突っ込んでくる。
なかなか速い。
だが、イヌガミタイプに比べれば、止まって見えるほど遅すぎる。
「折!」
口の中で小さく呟き、ヤンキー君の足元の床に、透明な『折』を数センチの高さで展開した。
「うおっ!?」
足を取られて、勢いよく転ぶヤンキー君。
何もないところで盛大にすっ転んだ形だ。
「ふっふっふ。フェイントです」
「は、はあ!?」
卑怯?
これが俺の戦い方だ。
勝てない戦いはしない主義なのだ。
足元への展開は便利だな。いざというときに使える。
「くそがぁ!」
ふらつきながらヤンキー君が立ち上がり、再び突進してくる。
今度は拳を大きく振りかぶっている。
俺の顔面へと、勢いよく拳が放たれる。
それが直撃する瞬間――。
『折!』
俺は自分の顔の直前、ヘッドガードのギリギリの位置に『折』を展開した。
ゴッ!
鈍い音が響く。
「いってぇぇぇ!」
ヤンキー君が手を押さえて悶絶する。
そりゃ痛いだろう。
『折』は座標固定だ。
そこに見えないコンクリートの壁があるようなものだ。
観客に怪しまれないよう、インパクトの瞬間に合わせて『折』を張る。透明だし、そう簡単にはバレないはずだ。
ちなみに、『折』も『顕板』もそうだが、物体の上に重なるように展開することはできない。
人を両断するような『折』を作ったりはできないのだ。
……できたら強すぎだろ。そして怖すぎ。リアル「人体の不思議展」だ。
ふむ……折の瞬時展開で、パンチもキックも完璧に防げるな。
その後も、ムキになって飛びかかってくるヤンキー君を『折』で転ばせ、その攻撃をことごとく『折』で防ぎ続けた。
そして3分の試合時間が経過した。
結局、一発も攻撃を繰り出していない。
相手が動くポイントに『折』を置いておいただけだ。
やはり「待ち」の魔法だな、これは。
「なんで!なんでだよぉ!急に体が動かなくなるし、コイツは岩みたいに硬いし!」
ヤンキー君が地面に膝をついて叫ぶ。
「ふっふっふ。君の呼吸に合わせて、視線や体の動きでフェイントを仕掛けてるのだよ?ヤンキー君は、その動きに惑わされて、体がうまく動かなくなっているのさ」
適当にそれっぽいことを言ってみる。
「空気投げとは……。でも見たことのないやり方ですな。正太郎様、おみそれしました」
剛健さんが感心したように頷いている。
空気投げ……?なにそれ、かっこいい。でも知らない。
俺は、ごまかすように頷く。
「え、ええ……それです。そういうのです」
「くそう……完敗だ……俺、ケンカ負けたことなかったのに……すげえ……すげえよ……強すぎるぜ……」
ヤンキー君は目に涙を浮かべ、悔しそうに、畳の上で拳を握りしめていた。
……なんだか少し申し訳なくなってきたぞ。
※※※
その後のヤンキー君の態度は、180度変わった。
俺のことを慕うようになり、花火会社の買収の件にも文句を言ってくることはなくなった。
「力こそパワー」か。こんなことしないと交渉もできないなんて、本当に野生動物の世界に生きてるんだな、こいつ。
ヤンキー君の親である社長さんも大変だ。
「本当に申し訳ありませんでした……」
社長さんは平謝りだった。
「いえいえ。別に社長さんは悪くないですよ。元気な若者でいいじゃないですか」
「……藤崎社長も若者ですよね?うちのと全然違いますね……」
ヤバい。俺も若者だった。
また、ネムにオッサンっぽいって言われそうだ。
こうして、無事に予定していた最後の花火会社との交渉を完了したのだった。
帰り際。
ヤンキー君が俺の前に立ちはだかった。
「正太郎さん!これからは兄貴と呼ばせてください!」
「あ、兄貴!?」
「はい!」
真剣な目で見つめてくる。テンプレか!
俺は息をハーッと吐きながら答える。
こいつは別に心を入れ替えてなんていない。
ただ、自分を打ちのめした相手がすごい人物だと思い込まないと、プライドが保てないだけだ。負けた相手がスゴクなきゃ、自分がゴミだと認めることになるからだ。
結局は全て自分のためだけの言葉だ。アホらしい。
「……まあ、好きにすればいいよ」
「ありがとうございます!俺!兄貴みたいな、器のでかい強い男になります!」
「そうか。いい心がけだ」
まあ、表面だけでも変わってくれれば、周りに迷惑をかけることも少なくなるだろう。
俺はヤンキー君の肩に手を置いた。
「そういう男は、親を困らせないからな?まずはそこからだ。覚えておけよ?」
「はい!」
元気よく返事をするヤンキー君。
俺はもう親孝行したくても、その相手もいないのだ。ヤンキー君には、親がいるうちにしっかりとしておいて欲しいものだ。
こうして花火会社5社の買収を完了させ、帰路についたのだった。
※※※
帰りの車内では、剛健さんに手放しでべた褒めされた。
「正太郎様は、異次元の存在ですな。まさに天才。若くして、大資本を動かしているだけはありますな……」
隣で俺のことを持ち上げまくってくる剛健さん。
だが、俺の成してきたことの大半はオリガミのおかげだ。
あまり俺を褒めないでほしい。むず痒いから。
『お兄様、照れてますね?』
「うるさい」
『ふふ。お可愛いですよ、お兄様。』
「だから、うるさいって」
車窓の外を流れる景色を眺めながら、誰にも聞こえないよう、しみじみと小さく呟く。
「誰も洗脳しないで済んだな……もしかして……初めてじゃね?」
洗脳なしで事が済んだ。
快挙だ。これは歴史的な快挙だ。
※※※
車は無事に家に着いた。
剛健さんたちは、すぐによいこ警備保障へと戻っていった。
今回の護衛任務に関する反省会を行うらしい。
「正太郎様、お疲れ様でした」
「剛健さんもお疲れ様でした。一緒に来てくれて助かりました」
「いえいえ。護衛対象者の方が我々より強いなんて異常事態、初めてでした。課題山積みですが、いい勉強になりました」
そんな「よいこ警備保障」の車を見送り、俺は玄関から家に入る。
靴を脱ぎ、廊下を歩く。
「はあ……やっぱり自宅が一番だな」
ホテルのベッドも良かったけど、やっぱり我が家の安心感には敵わない。
廊下のドアを開け、リビングに入ると、ソファに寝転がってタブレットで何やらやっているネムがいた。
「ネム、ただいま!花火会社5社、サクッと買ってきたぞ!」
そう言うと、ネムが上体を起こしてこちらを見る。
「おお?正太郎か。おかえり!さすがだな。とりあえずのミッションコンプリートだな!」
「ああ。今回は楽だったよ。なんてったって『よいこ保育園』や『おもちゃ箱』の世話にならなかったんだぜ。すごくね?」
「それにお世話になること自体が異常なんだぞ?」
ネムがニヤリとしながら言う。
まあ、確かにそうだ。
「それで、お土産は?ワタシ、楽しみにしてるんだが!」
……!しまった。ヤンキー君イベントのせいで、お土産のこと、頭から消え去ってた。
素直に頭を下げる。
「……スマンっ!お土産買うの、忘れてた!」
「忘れるなよ!そこ大切なんだからなっ!」
ネムがソファから身を起こし、両腕を上にあげて抗議してくる。
かわいい。まるでオオアリクイの威嚇ポーズだ。
そのとき、キッチンの方からパタパタと足音が聞こえてきた。
「しょうちゃん、おかえり!もうちょっとでご飯だからね!」
千穂がエプロン姿で駆けてくる。
「ただいま、千穂。ああ、千穂の手料理、マジで楽しみだよ」
「千穂ちゃん!こいつ、お土産買ってくるの忘れてるんだぞ!千穂ちゃんからも何か言ってやってくれよ!」
ネムが千穂に訴える。
「お、お土産?」
千穂が首を傾げる。
「わ、私はしょうちゃんが無事に帰ってきてくれさえすれば……それでいいかな?」
俺とネムは、その全部が優しさでできている言葉に、思わず目を見開いてしまう。
後光が見える。まさに天使。
「「け、健気っ!!」」
同時に叫んでしまう、俺とネムなのであった。
※※※
さて、天穿の配備に関して、今、俺にできることは限られている。
あとはオリガミの細かい要請に応えていくだけでいいだろう。
それ以外に何だ?俺にいったい何ができる?
覇権国との戦争を無事に切り抜けるため、今、俺にできることっていったい何だ?
俺は、千穂とネムとの、優しい夜の食事時間を過ごしながらも、そう考えてしまうのであった。
――そして。
有名半導体メーカーによる「常温安定量子ビット」量産化について報じられたのは、その翌日のことだった。
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