オリ子と正太郎の暴走
――花火会社のことは、東堂議員に聞いてみる。
結局、そういうことになった。
その後は、特に話すこともなくなったため、ネムのたっての希望で開発室を見学することになった。
叔父さんの案内で、俺とネムは移動を開始する。
エレベーターを降り、重厚なセキュリティゲートを抜けると、そこには広々としたオフィスフロアが広がっていた。
空調の低い唸り音と、キーボードを叩く音が重なり合う独特の空気感。
壁一面のホワイトボードには、びっしりと数式やフローチャート、そして殴り書きのメモが書き込まれている。熱気と狂気が渦巻く、技術者の城だ。
その中央、頑丈そうなケージの中に、数機の介護ロボットがワイヤーで吊り下げられていた。
なるほど。ここが、ネムのAIが搭載された介護ロボットたちの『ゆりかご』か。
基本設計やAIをウチが担当したとはいえ、実機でのすり合わせや微調整など、現場でやるべきことはいくらでもあるのだ。
「こちらが開発室です。ネムさんのAIを搭載した介護ロボットに関わっているチームですよ」
※※※
叔父さんが開発室のドアを開き、中に向かってよく通る声を張り上げた。
「おーい!お前ら喜べ!介護ロボットAIの開発者、星ヶ谷先生がいらしたぞ!」
その瞬間。
開発室の空気が、凍りついたように静まり返る。
そして、すぐに、その空気は爆発した。
「ね、星ヶ谷先生でいらっしゃいますか!?サインを是非、サインを下さい!このノートパソコンに!」
「星ヶ谷先生、握手を!握手をして下さい!お願いします!一生手を洗いませんから!!」
「星ヶ谷先生、お菓子食べられますか?なんでも言って下さい!コンビニの棚ごと買ってきますから!」
開発室のメンバーが、ゾンビ映画のように一斉にネムの元へと殺到した。
全員の目が、狂信的な光を放っている。
まるでアイドルの握手会だ。いや、それ以上かもしれない。神の降臨に近い。
「うえっへっへっへ……」
ネムが、だらしない笑みを浮かべて鼻の下を伸ばしている。
開発室でのネムは、終始ご満悦なのであった。
※※※
煽てられ、褒められ、お菓子をもらい、デロデロに甘やかされるネムを横目に、叔父さんと少し話す。
「なあ?ネムさんって本当に、正太郎より年上なのか?」
「……疑わしいですが、書類上はそうなってますね」
会って三年以上になるが、外見的な変化はまったく感じられない。
「そうか……世の中には不思議なことが有るもんだな」
「ホント、不思議ですよねえ」
叔父さんが腕を組み、チヤホヤされているネムを遠い目で見つめた。
あの光景を見れば、誰だってそう思うだろう。
「そうそう、柚希から正太郎へのメッセージだ」
「え?柚希さんからのメッセージですか?」
「ああ。正太郎くんが好きそうなVTuberを見つけたってさ。お前んとこに、メッセージ送ったみたいだぞ。後で見ておいてだとさ」
「わかりました。柚希さんでもVTuber配信を見るんですね?」
「暇を持て余してるみたいでな。ドールハウスのものも含めて、沢山のVTuberの配信を見てるみたいだ」
「そうなんですね」
結構意外だ。柚希さんが、VTuberの配信を見るとかイメージが沸かない。
「あいつは働きすぎだからな。そういった息抜きも大切なのかもしれない。出産直前の妻に言う言葉じゃないのかもしれないが」
叔父さんが、少し照れたように頭を掻いた。
「……叔父さんたちは、本当に仲良し夫婦ですね。俺も叔父さんたちみたいになりたいです」
「そうだろう。俺は柚希を愛してるからな」
結婚十年以上経って、そんな甘い言葉をさらっと言ってのける。
本当に理想の夫婦だと思う。
「俺も……そういう家庭を築きたいです」
「はっはっは!まあ、正太郎のところは、嫁さんが複数だからな!どうなるんだろうな?楽しみにしてるぞ?」
「ぐっ!他人事だと思って、気にしてることをズバッと言いますね……!」
「いやあ。他にもお前を狙ってるやつ沢山いるからな。詩織とか。あいつはヤバいよな」
「や、ヤバいですね……そんなヤバい人をなんで雇ったんですか……」
「優秀だからだ!」
叔父さんが即答した。やっぱり笹木一族の人間は優秀らしい。
優秀じゃ仕方ないな。中身は多少アレでも。
「じゃあ、俺はそろそろ仕事に戻る。何度も来てるし、そろそろ案内はいらないだろ?案内が必要なんていうと、詩織が出てきそうだし」
「だ、大丈夫です。必要ありませんので!」
「はっはっは。じゃあな、正太郎。またいつでも来いよ?」
そう言うと、叔父さんは社長室へと戻っていったのだった。
※※※
叔父さんが去った後も、開発室の熱狂は冷めるどころか、むしろ加速していた。
「さすが、星ヶ谷先生!こんな最適化アプローチがあるなんて!」
「あ、あこがれちゃいます!」
「まさに、AIの女神だ!」
「星ヶ谷先生、このチョコレートも美味しいですよ?」
「こちらのイチゴ大福も是非!クリームもいっぱい入ってますよ?」
「私、肩、お揉みします!ああ、なんと高貴な凝りでしょう……!」
「コードレビューしてください!僕の汚いコードを罵倒してください!」
若干一名、変態が混じっている気もするが、ネムを中心とした輪は広がるばかりだ。
当のネムはといえば、用意されたVIP席(ただの良さげなオフィスチェア)にふんぞり返り、次から次へと差し出されるお菓子を頬張っていた。
「もぐもぐ……ごっくん!うまいな!このイチゴ大福!ん?コードレビューだと?むっふっふっふっふ!そうか?仕方ないな!AIの女神さまが、お前の汚いコードを罵倒してやろう!」
ネムが差し出されたノートパソコンの画面を覗き込み、数秒で顔をしかめる。
「……なんだこれは!変数名がぐちゃぐちゃじゃないか!カスだカス!あとここ!もっとモジュール化しろ!ざぁこざぁこ!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
コードレビューを頼んだ男性社員が、目をキラキラさせながら、まるで神託を受けたかのように深くお辞儀を繰り返している。
やはり変態もいるようだが、概ねいい雰囲気だ。
ネムもチヤホヤされてご満悦だし、開発室のメンバーも自分たちが開発しているロボットの生みの親に会えて感無量といった様子だ。
とはいえ、長居は迷惑だろう。そろそろ仕事の邪魔になりそうだ。
「ネム!かなりお邪魔しちゃったし、そろそろ帰るぞ?」
「ええー!まだいいだろう!もうちょっとチヤホヤされたいんだが!」
実に正直な不満を口にするネムだったが――。
「千穂の晩御飯の時間だぞ」
その一言で、ネムの目の色が変わった。
「帰るぞ!即座に帰るぞ!」
千穂の料理は最強なのである。
※※※
部屋を出ようとすると、開発室の面々が廊下の両脇にズラーッと整列していた。
「星ヶ谷先生、ご来訪、誠にありがとうございます!」
全員が、直角になるほど深々と頭を下げる。
「うむ、また来るからな!精進せよ!」
ネムが、女王のように偉そうに片手を上げて応えた。
完全に、教祖と信者の構図である。
開発室のエリアを出た後も、ネムのご機嫌モードは続いた。
エレベーターまでの廊下を、陽気にスキップを踏みながら進み始めたのだ。
「ばんごっはん♪ばんごっはん♪千穂ちゃんの♪ばんごっはん♪」
明るく、歌を口ずさんで、ステップを踏むネム。
皆にチヤホヤされてご機嫌になり、晩ご飯への期待でワクワクする。
こいつ……本当に人生楽しんでやがるな。
俺も見習わないとな……。
※※※
帰宅後。
千穂の絶品の晩ご飯をキメた後、俺はすぐに自室に戻ってきた。
オリガミに確認しておくことがあるからだ。
「オリガミ、ちょっといいか?」
『はい、お兄様。なんでしょう?』
「……オリガミ、お前、隠してること有るよな?」
『隠し事ですか?どの隠し事のことでしょうか?』
「い、いくつもあるのかよ……いや、まあいい。東堂議員の地元が花火産業で有名だったってことだ」
『私は言ってないだけですよ?別に隠してたわけでは、有りませんよ。お兄様も東堂議員の地元くらい、把握しておくべきでは?』
「ぐっ!確かにその通りだけど……!」
『ご自身の頭で考えることも大切ですよ?』
「肝に銘じます……」
いつの間にか、説教されている俺。
確かに、調べ事など、最近はオリガミに頼りすぎていたかもしれない。
これが噂のAI脳劣化か。いけないな。
『それで、東堂議員の地元についてお伝えしなかった理由ですよね?』
「あ、ああ。それそれ」
『時間調整です。』
「時間調整?なんの?」
『それはすぐに分かると思います。』
「そうか……」
オリガミの言い回しに、含みがある。
だが、オリガミがそう言うなら、きっとそういうことなのだろう。
『それと、藤崎柚希から送られてきた情報のVTuberですが、配信を開きますか?これは、確かにお兄様が興味を引く内容だと思われます。』
「ああ、頼む」
『では、開きます。個人勢のVTuberで、名前は「オリ子」と言います。』
「お、オリ子?」
なんだその名前。
オリ男と一文字違いじゃないか。パクリか?
部屋のスクリーンに、配信画面が映し出される。
アバターは、和風テイストの少女だ。折り鶴のかんざしを挿した黒髪ロングで、手元には色とりどりの折り紙が広がっている。
配信から、柔らかな声が聞こえてきた。
『――では、今日は、お花を折っていきますね』
落ち着いた、穏やかなトーン。どこか懐かしさを感じる声だ。
――そして。
その手が、動き始めた瞬間。
俺の脳が、爆発した。
「……は?」
折り紙が、まるで生き物のように形を変えていく。
指先の動きが異常だ。一つ一つの折り目が、恐ろしいほどの精度で刻まれている。
しかも、速い。信じられないほど速い。
だが、速いだけじゃない。その折り方……俺が知らない手法だ。
基本的な折りの組み合わせから、見たこともない立体構造が生まれていく。
蛇腹折りをベースにしているのか?いや、違う。これは……なんだ?沈め折りの変形か?いや、それとも……
『ここの折り目は、少しだけ手前にずらしてあげると……ほら、こうやって立体感が出るんです』
オリ子が、視聴者に語りかけるように解説を入れる。
だが、その「少しだけ手前にずらす」が、とんでもない。紙の厚みと反発力を完全に把握した上での微調整だ。理論じゃなく、指が覚えている類の技術。
「す……すごい……」
俺は、スクリーンに釘付けになった。
オリ子の手元で、一枚の正方形の紙が、見たこともない幾何学的な花へと変貌していく。
花弁の一枚一枚が、微細な折り目で構成されている。紙の厚みすら計算に入れた、神業的な造形だ。
『……できました。椿です』
完成した花は、すごい、としか言いようがなかった。紙一枚から、切れ目も接着剤もなく、ここまでの造形を生み出すとは。
ありえない。こんなレベルのオリガミスト、初めて見たぞ?
配信のコメント欄はほとんど流れていない。視聴者数は……たったの12人。
12人?
12人だと?
これほどの技術が、たった12人にしか見られていない?
世界は間違っている。断じて間違っている。
※※※
コンコン。コンコン。
ドアがノックされる音と共に、千穂の声がする。
「しょうちゃん、部屋に入ってもいい?」
「……あ、ああ。いいぞー」
ガチャリとドアが開き、部屋に千穂が入ってくる。
「お風呂沸いたよー。……ん?どうしたの?何をそんなに真剣に見てるの……?」
「オリ子だ……」
「オリ子?」
千穂が首を傾げて、スクリーンを覗き込んだ。
画面の中では、オリ子が新しい作品に取りかかっていた。今度は、一枚の紙から龍を折り出そうとしている。
その指先が、紙に最初の折り目を入れた瞬間。
俺の中で、何かが弾けた。
「すごい!すごいぞ!オリ子!このレベルのオリガミストは、久しぶりに見た!」
「オリガミスト!?」
「なんだその折り方!俺、そんなの知らないぞ!?天才だ!こいつは天才だ!とんでもない奴がいたもんだぁぁぁぁ!」
俺はスクリーンに食い入るように顔を近づけ、両手を握りしめていた。
「しょ、しょうちゃん、落ち着いて。大丈夫?」
千穂が、俺の肩に手をかけ、心配そうに少し揺さぶってくる。
だが、俺の目はスクリーンから離れない。
オリ子の手元で、龍の鱗が一枚ずつ立ち上がっていく。蛇腹折りと沈め折りのハイブリッド……いや、違う。これは完全にオリジナルの技法だ。
折り紙の世界には、数学的に証明されたいくつかの基本定理がある。
川崎定理。マエカワ定理。そして、それらを応用した無数の展開図。
だが、オリ子の折り方は、そのどれとも違う。まるで、独自の経験から導き出されたかのような。俺のやり方によく似ている。
「ち、ち、ち、千穂。スゴイんだこの『オリ子』っていうVTuber!スパチャだ、スパチャしなきゃ!百万円ぐらいでいいかな!?」
「百万円!?しょうちゃん、金額がおかしいよ!?」
千穂が目を丸くして、俺の腕を掴んだ。
「足りない?じゃあ千万円かな!?この折りの手法には、それだけの価値がある!」
「しょうちゃん、元に戻って!お願いだから!いつもの、しょうちゃんに戻ってよぉ!」
千穂が、半泣きで俺の両肩を掴んで揺さぶる。
だが、俺はもう止まらない。
「だってぇ!」
「だってぇ、じゃないよぉ!」
「見てくれ千穂!この龍の鱗!一枚の紙から、切れ目なしで、この精度だぞ!?人間業じゃない!この技術は人類の宝だ!保護しなきゃいけない!」
「保護とかじゃなくて!そんな金額、個人勢のVTuberに送ったら、その人、おかしくなっちゃうよぉ!」
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