真の賢者
俺は自室のベッドで横になっていた。
その隣には、千穂とネムが正座している。
ぐしゃぐしゃだった俺の顔は、千穂がふいてくれて今はさっぱりしている。
心配そうにこちらを見つめる二人を薄目に見つつ、昨夜のことを思い出す。
ドアの隙間から覗いてしまった光景。
百合が絡み合う姿は、とても美しかった……。
そう。危うくドアの前で自家発電をはじめてしまいそうになるほどに。
本当にやらなくてよかった。自家発電中に気を失ったりなんてしていたら、まるで薄い本の寝取られ男みたいじゃないか。
そんな寝取られというキーワードに引っかかる。
いや、ちょっと待て?
これ……もしかして寝取られか?
ち、千穂がネムに寝取られたのか?
それとも、ネムが千穂に寝取られたのか?
いったいどっちなんだろう。
俺は混乱していた。
※※※
「ね、寝取られ……?ねと……られ……?」
俺のつぶやきに、ネムと千穂は正座して頭を下げる。土下座スタイルだ。
「スマン!マジでスマン!ワタシもあんなことになるとは思わなかったんだ。『診断』があそこまでとは、思わなかったんだ!正太郎を気持ちよくしてやろうと練習しているうちに、あんなことになっちゃったんだ!」
「ごめんね!しょうちゃん、昨夜は部屋に行けなくてごめんね!」
ネムと千穂が、必死に謝ってくる。寝取られ……じゃない?
呆然としている俺に、千穂とネムが謝罪なのか言い訳なのかわからない言葉をまくしたてる。
「千穂ちゃんとワタシが仲悪いより、ワタシたちも仲良しのほうが100倍いいだろ?な?ワタシも千穂ちゃんも、お前のものなんだから!」
「そ、そうだよ?ギスギスした家庭はだめだよね?しょうちゃん、ドンと構えてればいいんだから!」
「昨日のは事故だったし、今夜こそ、正太郎の部屋に行くから。な?な?許してくれよ!」
「『診断』の魔法も、バッチリだし!た、たくさんサービスしちゃうよ!す、すごいんだから!」
必死にフォローしてくる二人。
確かに、昨日覗いたドアの向こうの二人の様子は、すごく乱れていた……。
「そ、そんなにすごいのか?」
俺のそんな言葉にとっかかりを感じたのだろう。
快感アピールに必死になる二人。
「そうだぞ!千穂ちゃんのテクはヤバいぞ!しょうたろう、楽しみだろ?」
「ネムちゃんだって!すごかったよ!今夜は二人でしょうちゃんを幸せにするからね!」
二人のコンビネーションは抜群だ。
診断プレイ……そんなにすごいのか……。
確かに、イヌシーリによるユークンへの診断プレイは凄まじかった。
「……診断かあ……面白そうだなあ……俺も診断覚えようかな……」
ボソリとつぶやく俺の言葉に被せるように、二人の声が同時に発せられる。
「正太郎、それだけはダメだ」
「しょうちゃんはダメ!」
なんでだ。
その後、千穂に膝枕をされ、ネムに体をマッサージされているうちに、俺は眠りに落ちてしまったのだった。
※※※
目覚めたのは昼ごろだった。
千穂もネムも部屋には居なかった。
千穂は大学、ネムはいつものごとく開発フロアにいるのだろう。
いや……昨夜はすごいものを見てしまった。
二人とも俺から気持ちが離れたわけじゃなさそうだし、元から二股のようなことをしているのは俺だ。
昨日のアレに文句を言えるような立場ではないのはわかっている。
ただ……なんだかすごく興奮した。美しかった。尊かった。百合に男が挟まってはいけないという理由がわかった気がした。
開いてはいけない、新しい扉を開いてしまった気がした。
ま、また今度、見せてくれないかな……?
それにしても……。
「診断かあ……そんなにすごいのかな……」
『お兄様には教えませんよ?』
そんな俺のつぶやきを聞いたであろう、オリガミが先手を打ってくる。
「なんでだよ」
『お兄様の長期的な幸せを考えると、覚えないほうがいいからです。ケダモノのお兄様には必要ありません。私がお兄様のかわりに診ますから、安心して下さい。』
オリガミは頑なだ。
俺も『診断』使いたいのに。
あと、ケダモノ言うな。
※※※
その後は、オリガミからの定例報告を聞きつつ、ぼんやりとしていると、オリガミが提案してきた。
『お兄様、少し戦闘訓練をしてみませんか?』
「戦闘訓練?俺が?」
『はい。お兄様も少しは自分の身は自分で守れるようになったほうがいいかもしれません。強力なEMP攻撃などで電子機器が壊れ、私との通信が途絶する可能性もありますので。』
確かに、いざというときに俺一人で何もできないのはマズい。
今回、自衛できそうな力を手に入れたわけだし、これを機に訓練するのもいいかもしれない。
それに、オリガミなしじゃ何もできないっていうのも、兄としてカッコ悪いしな。
「わかったよ。この先何があるかわからないしな」
俺は頷き、そして大切なことを伝える。
「……手加減頼むな?」
『わかりました。少しずつ段階を踏んでいきましょう。』
妹に戦闘訓練の手加減を頼む俺。
兄として、どうなんだろう?
※※※
そして今。
俺は昨日も魔法をためした、ドローン学習フロアに立っていた。
このフロアは、天井が高く、広々としている。
障害物もないため、魔法を使ったりするのに向いているのだ。
俺の目の前には、イヌガミタイプが一体。
マジか……今からコイツと戦うのか。
イヌガミタイプの無双を見ている身としては、正直勝てる気がしない。
あの四足歩行のロボット犬が、敵をなぎ倒していく姿は何度も見てきた。
『前庭砲や側坐核砲は使用しません。お兄様、準備はよろしいですか?』
「準備はよくないけど……大丈夫。はじめてくれ」
『では、いきます。』
イヌガミタイプが横に走る。
そして突然方向を変え、こちらへと飛びかかってくる。
俺は咄嗟に『折』を発動した。
――『折!』
キィンッ!
空中に展開した『折』にイヌガミタイプが衝突し、地面に落ちる。しかし、即座に空中で姿勢を立て直し、しっかりと四肢で地面をとらえようとする。
イヌガミタイプが衝撃を吸収するために足を曲げた瞬間、俺は、そのボディの上に『折』を発動した。
――『折!』
地面に貼り付けるように拘束されるイヌガミタイプ。
『お見事です……お兄様。なるほど。1対1なら魔法有りのお兄様のほうが強いみたいですね。では、2体目投入します』
え、2体目?
どこからともなく、新手の2体のイヌガミタイプが現れる。
今度は飛びかからずに、地面を舐めるように低い位置から、同時に向かってくる。
イヌガミタイプの動きをよく見る。
俺の武器である『折』は、どう考えても待ちの武器だ。
待って待って、相手が予測可能な動きをしたタイミングで拘束する。
つまり、こちらを攻撃する瞬間だ。
――くる!
判断するのはイヌガミタイプたちの攻撃のタイミングだけでいい。
幸い俺の『折』が作れる面は、大きい。
足元から斜め上方に向けて大きめの『折』を貼れば、攻撃をしかけてくるイヌガミタイプが勝手に衝突するのだ。
ガシャ!ガシャンッ!!
イヌガミタイプ2体が、自分が攻撃する勢いで『折』に衝突して地面に転がる。
さらに転がったところを、姿勢を立て直せないような高さに『折』を貼り、拘束する。
『すばらしいです!2対1でも勝てるのですね!では、3体投入します。』
さ、3体!
新たに現れた3体のイヌガミタイプが俺の周りをぐるぐると回る。
彼らは、フェイントを入れつつ、様々な方向から時間差攻撃を仕掛けてくる。
だめだ!脳の処理が追いつかない。
あ、これ無理だわ。
――『折!』
俺は慌てて三面の『折』で自分を包み込む。
ふっふっふ。これで、全面防御だ。
……だが甘かった。
ひょいっと上方から、俺を包む『折』の中に入ってくるイヌガミタイプ。
そして、頭の上に着地されてしまったのだった。お、重い……。
そうだよな……上はガラ空きだもんなあ。
頭の上にイヌガミタイプを乗っけた俺に、オリガミは少しはずんだ声で告げる。
『お兄様の強さは成人男性7〜8人分くらいですね。最後のは上にも「折」を展開しておくべきでした。いえ、最初から全面に張り巡らせた方がいいのかもしれません。まさに、籠城魔法ですね!』
「確かに……。籠城して、俺は自分の身を守りつつ、時間稼ぎしてればいいってことだな。やっぱり、見てるだけの方がいいや」
『この訓練は万が一の訓練です。お兄様は替えが効かないのですから、前に出て戦っては行けません。普段は安全地帯で見てるだけでいいのです。いえ、そうでなければいけません。』
オリガミの言うとおりだ。
これで強くなった気になってはいけない。
あ、でも……。
「今回はやらなかったけど。激しく動く相手はやりやすいかも。限りなく薄くした『折』を展開すれば、相手が移動する力で切断できそう」
『……お兄様。手加減されましたね?』
オリガミの声に、少し咎めるような響きがあった。
「そりゃ、イヌガミタイプには世話になってるし。俺には壊せないよ」
『次は、訓練破壊用の「神山ロボット」でも作りましょうか?』
「そんな無駄なことにリソースを使うのはやめてくれ」
『評価修正です。成人男性10人以上は余裕で相手できそうですね。工夫次第でいくらでも強くなれそうです。本当に素晴らしいです!』
オリガミが嬉しそうに言う。
まあ、魔法がある限り、俺もそこそこ戦えるようだ。
戦わないけど。
どう考えても、フル装備のイヌガミタイプの方が強いのだから。
※※※
その後はバリスティック・テストを行った。
いわゆる、防弾性能試験だ。
幸い、俺の『折』は9mmパラベラム弾くらいではびくともしないようだった。
どうやって、そんなテストをしたのかって?
実はうちには拳銃があったりするのだ。
これは、玄武キャピタルの強襲部隊から接収したものだ。
もちろん警察にバレたらヤバい。
だが、こんなものは、インターフェースバリアにでも放り込めば、すぐにこの世から消去できる。
完璧な証拠隠滅だ。拳銃保持の証拠など残らないのだ。
まあ銃の話はともかくとして、今のところ俺が作った『折』が破壊されたケースはなかった。
『天穿をぶつけてみたいですね。どれくらいの強度があるか確認したいです。』
オリガミから、そんなことを言われる。
え、なにそれ。こわいんですけど。それ、対人兵器じゃないでしょ。
でも、確かにどれくらいの強度があるか、知る必要はあるだろう。
いざというときに、強度不足で壊れましたじゃ、シャレにならないのだ。
ネムや千穂の「顕板」も同じだ。
強度を確認しておく必要がある。
こんな魔法を使って戦うことなんてないと思うけど……念には念だ。
孫子曰く「算多き者が勝つ」だ。
つまり、何か起きる前に、しっかりと準備をしていた者が勝つのだ。
※※※
そして、その日の夜のこと……待ちに待った、その時が来たのだった。
「しょうたろう、来たぞ!」
「しょうちゃん、おまたせ……」
ネムと千穂が、俺の部屋にやってきた。
千穂は顔を赤くしてモジモジし、ネムは不敵な笑みを浮かべていた。
そして……俺は神を見たのだった。
――「うおおおおおおっっっほおおおぅ!」
千穂とネムの「診断プレイ」はすごかった。
雄叫びとともに、俺はすべてを抜き取られてしまった。
体力より性欲が尽きるのが早いというのは、はじめての経験だった。
そう……その日……俺ははじめて「真の賢者」になったのだった。
※※※
「やった!やったぞ!ワタシは生きてる!正太郎との一戦の後に、意識を保ってる!元気だ!」
「ネムちゃん、やったね!頑張ったかいがあったね!」
千穂とネムは仲良さそうに手を取り合い、キャッキャと喜んでいる。
仲良きことはいいことかな……。
そんなことを思いながら、ベッドに横たわり、二人を見ていた。
寝取られなんてとんでもない。
俺たちの仲はキュッとさらに近くなったのだ。
そう、まさに三位一体だ!
最強だな!俺たち!
※※※
その後、俺は人生初めてのピロートークなどというものを経験した。
心が満たされていくのを感じる。
ストレスが無くなっていくのを感じる。
なるほど……『診断』……俺にはいらないな。
オリガミの言っていたことがわかった。
これくらいのパワーバランスがいいのだ。
夜の大運動会はコミュニケーションなのだ。一方が一方を蹂躙するのでは駄目なのだ。
性欲という鎖から解放され、パートナーたちと話す。
俺には、こういう時間が必要だったのかもしれない。しみじみと思ったのだった。
※※※
さらにもう一つ朗報があった。
夜の大運動会だが、週に半分はできるようになるだろうとのこと。
おそらく一人ずつでも、俺の相手ができるであろうとのこと。
『診断』のおかげで、二人の負担がかなり減ったからということらしい。
まさに神だ!
俺たちの運動会に『診断』を取り入れたネムは神!
ユークンもイヌシーリも神!百合も神!
こうして俺は、日々のストレスを解消する、最強の手段を手に入れたのだった。
※※※
さて、明日からは、これからどうするかをしっかり詰めていこう。
ネムには、HNDL攻撃によるオリガミバレのリスクと、その対策について話し合わなければならない。
だが、今夜は……もう少しだけ、この幸せな時間に浸っていたい。
俺は二人の温もりを感じながら、静かに目を閉じた。
「真の賢者」とは、欲望を超えた先にある平穏を知る者のことなのかもしれない。
……いや、やっぱり違うな。
単に抜きすぎたものが「真の賢者」になるだけだ。
まあ、いいか。
幸せだから、いいのだ。
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