百合に挟まりそこねた男(千穂視点)
ある日の夕方頃のこと。
キッチンで晩御飯をつくっていると、しょうちゃんとネムちゃんがリビングに入ってきた。
しょうちゃんは、とってもご機嫌で、子供みたいに、ニコニコしている。
かわいい……。
「しょうちゃん、ごきげんだね!」
私がそう声をかけると、しょうちゃんは照れくさそうに頭をかいた。
でも、しょうちゃんとは対照的に、隣にいるネムちゃんの様子はなんだかご機嫌ななめだ。
「あれ?ネムちゃんどうしたの?」
「む……なんでもない。なんでもないんだ。強いて言えば、正太郎が悪い」
ネムちゃんは、ぷくーっと頬を膨らませている。
しょうちゃんが困ったように眉を下げた。
「ごめんなあ、ネム。でもさ、ネムだって、今まで散々天才って言われてきたじゃないか。俺だって少しぐらい、そんな気分にさせてくれよ」
「天才とかそういう、薄っぺらい言葉はいいんだ!ワタシは、正太郎にボロ負けしたのが悔しいんだよ!」
ネムちゃんは地団駄を踏みながらも、その目は少し潤んでいる。
こんなに悔しそうにしているのは珍しい。
私は、そっとネムちゃんの肩に手を置いた。
「ネムちゃん?大丈夫?膝枕、する?」
その私の言葉に、ネムちゃんは私の方へとダイブしてくる。
「千穂ちゃーん!正太郎が!しょうたろうが!ひどいんだぞ!」
そして、私の膝にぽすんと頭を乗せてきた。
小さな体が、私の太ももの上で丸くなる。
「なるほど。そっかそっか。大変だったね?悔しかったね?」
私はネムちゃんの髪を、ゆっくりと撫でた。
さらさらの髪が、指の間をすり抜けていく。
「うん……うん……そうなんだよ……しょうたろう……ひどいんだ……ワタシは……無力なんだよ……」
ネムちゃんが、ぐすぐすと鼻をすすっている。
私はただ、優しく撫で続けた。かわいい!かわいい!
しばらくすると、ネムちゃんの呼吸が落ち着いてきた。
むくり、と不満そうな顔をしながら、起き上がる。
「しょうたろう、千穂ちゃんにアレ、見せてやりなよ」
「いいのか?お前、また、へこまない?」
「事実だから認めんといかんだろ。ここで目を背けたら、それこそ敗北だ」
ネムちゃんは、まだ少し目が赤いけど、いつもの強気な表情に戻っていた。
しょうちゃんが、私の方を向いた。
「なあ、千穂?俺のスゴイ魔法、見る?見ちゃう?」
「しょうちゃんの魔法?見る!ぜったい見る!」
「そっかそっかー、じゃあ仕方ないな!」
しょうちゃんが、すうっと息を吸い込んだ。
そして――
――『折!』
キィンッ!
そんな音と瞬間の光とともに、しょうちゃんの手のひらの上に何かが現れた。
紙?ピンクの紙?折り紙?
「え?なにこれ?どこからきたの?なんで浮いてるの?」
そんな私の疑問をよそに、ピンクの紙は、ひとりでに折れていく。
角と角が合わさり、端と端が重なり、みるみるうちに形を成していく。
数秒後、そこには美しい折り鶴が浮かんでいた。
「す、すごい。く、空中で折り鶴したの?」
「ああ、これが俺の専用魔法だ!」
しょうちゃんの顔が、太陽みたいに輝いている。
本当に嬉しそうだ。
そっか、そりゃそうだよね。こんなことができるようになれば、しょうちゃんは嬉しいに決まってる。
「これなら、いつでもどこでも折り紙ができるね!しょうちゃん、良かったね!」
「そうなんだよ!最高の気分だよ!」
しょうちゃんは本当に幸せそうだ。
私は、しょうちゃんの手のひらの、折り鶴をまじまじと観察する。
本当によくできている……。
「これ……しょうちゃん専用の魔法なの?私には、やっぱり無理かな……?」
「うーん。この魔法は無理かも……。でも、大丈夫。今から、研究所のドローン学習フロア行こう。そこで、千穂にも魔法教えるから」
「いいの!?」
「もちろんだ。ネムはどうする?ネムも一緒にいくか?」
なんだか考え事をしていた様子のネムちゃんが、急に話をふられて、驚いたような顔をする。
「はっ!いや……ちょっと思いついたことがあってな。二人だけで行ってくれ。じゃあ、また後でな?」
そう言って、ネムちゃんは足早に去っていった。
「どうしたんだろうね?ネムちゃん」
「わからん……でも、機嫌、治ったみたいでよかったよ」
※※※
「えへへへ……楽しみだな!」
私は、しょうちゃんと手をつないで、研究所の中にあるドローン学習フロアにやってきていた。
広い空間の端には、たくさんのドローンステーションに、大量のドローンたちが収められている。
しょうちゃんは、フロア中央まで歩いていく。
そして足を止めると、私の方に体を向け、言った。
「じゃあ、いくぞ?千穂?しっかり見てろよ?」
「う、うん……」
ドキドキしながら見ていると、しょうちゃんが高らかに唱えた。
――『ステータス!』
ヴォンッ!
しょうちゃんの声が響いた瞬間、目の前の空間がぱっと明るくなった。淡い青白い光の文字と数値の羅列が、何もない空間に浮かぶ。
「すごい!すごいよ、しょうちゃん!」
興奮する私に、鼻をヒクヒクさせながら、しょうちゃんは得意げに言う。
「これがステータスの魔法だよ。健康状態とかが見える」
「こういうの、アニメで見たことあるよ!本当に、私にもできるの?」
「もちろんだ。オリガミ端末は首からかけてるな?」
「う、うん。この黒いお守りだよね?」
私は首からぶら下げている、小さな黒い端末を握った。
「そのお守り付けてれば、この魔法は簡単だからさ。『ステータス!』って、ちょっと強く言うだけで出てくるよ。やってみなよ」
「ほ、本当に?」
「ああ。本当だよ」
深く深呼吸する。
私が魔法を使うって……今でも信じられない。
でも、しょうちゃんの言うことが間違っているはずがない。
恐る恐るその言葉を口にする。
――『す、ステータス』
ヴォンッ!
しょうちゃんのときと、同じように、私の眼の前にも青白いスクリーンが表れたのだった。
「ほ、ほんとだ……しょうちゃん私にも魔法が使えたよ!使えた!」
嬉しくて、ぴょんぴょん跳ねてしまう。
そんな私の目の端に、気になる文字列が飛び込んできた。
た、体重が書いてある……?あれ?あれれ?
数字が、思っていたより大きい。いや、大きいというか……増えてる?
「どうだ?どんな感じだ?」
困惑している私のステータススクリーンを、しょうちゃんが覗き込もうとしてきた。
「やめ!みないで!みないでしょうちゃん!」
私は慌てて、しょうちゃんの顔を両手で押し返した。
「わ、わかったよ……あ、ひょっとして見られたくない項目ある?」
「う、ううう……」
体重なんて、絶対に見られたくない。
そんなうめき声を上げる私に、しょうちゃんが焦ったように声を発した。
「そ、そうだ。項目長押しのメニューから非表示化できるから!やってみて!」
しょうちゃんの言う通りにやってみると、体重の項目が消えた。
「できた!よかった……!これ……しょうちゃんが別のところで見れたりしないよね?」
「しないよ。俺は見れない」
「よかった……ううっ……なんで太ったんだろ?ご飯食べすぎたのかなあ……」
私は、自分のお腹をさすった。
最近、しょうちゃんとネムちゃんのためにたくさんご飯を作っていたから、つい私も一緒に食べすぎちゃったのかも。
ダイエットしようかな……。
余談だが、このとき、正太郎は強く思っていた。
――「胸が大きくなれば、それくらいは増えるよ」と。
※※※
「もう一つ魔法を覚えようか?こっちは複雑だから、魔法感あると思う」
「うん!」
しょうちゃんが何かを説明しようとした、そのときだった。
「千穂ちゃん!ちょっと時間いいか?ワタシの部屋まで来てくれないか?」
ネムちゃんが、息を切らせてやってきた。
「い、いいけど……?ネムちゃん、どうしたの?」
「大切なことだ!正太郎は来るなよ?!今夜、千穂ちゃんと夜のオトナ部屋行くからな?いい子で待ってろよ?」
ネムちゃんが、しょうちゃんに向かってびしっと指を突きつけた。
そんなネムちゃんの言葉に、しょうちゃんの顔が、とたんにやけていく。
「お、おう。うひひ……」
エッチなしょうちゃんだ。
そ、そっか……夜のオトナ部屋って……そういうことだよね?
うううっ!体力、もつかなあ……。
※※※
その後、ネムちゃんの部屋に一直線に連れてこられた。
ネムちゃんは、なんだかとても興奮していた。さっきの悔しがっていた様子が嘘みたいだ。
「今夜、われわれは完全勝利する。長きにわたる戦いに、決着がつくのだ!もちろん、我々の勝利という結果で!」
高らかと宣言する、ネムちゃん。意味がわからない。
「ど、どうしたの?どういうこと?勝敗?」
「……われわれは切り札を手に入れた……そう『イヌシーリ・メソッド』だ!」
「い、イヌシーリ・メソッド?」
聞いたことのない言葉だった。
ネムちゃんが、にやりと笑った。
「ああ、いまから千穂ちゃんに『診断』の魔法の使い方を教える」
「しんだん?」
「この魔法はな、相手の体の状況を把握できる魔法なんだ」
「そ、そうなんだ?」
「そしてこの魔法を使える魔導師は……夜の大運動会で圧倒的なアドバンテージを得ることができる」
夜の大運動会。
その言葉で、ようやく意味がわかった。
顔が熱くなっていく。
「あ、アドバンテージ?しょうちゃんを、もっと気持ちよくさせられるってこと?」
「正太郎なんてイチコロだぞ。この魔法は実績があるんだ」
そう、得意げに言うネムちゃん。でも……。
「実績って……しょうちゃんたちしか魔法って使えないんじゃないの?」
「うーん。厳密にはそうじゃないんだ。ちょっとそのあたりは複雑だから、説明はまた今度じゃだめか?」
「いいけど……」
よくわからないけど、ネムちゃんは、すごくイキイキとしていた。
「それで本題だ!今夜、この『診断』の魔法を使って正太郎を調教する」
「ええっ!しょ、しょうちゃんは知ってるの?」
「ああ、夜に行くってさっきも言ってただろ?ワタシの発言で、デロデロのだらしない顔になってたじゃないか」
「そ、そうだったかな?」
しょうちゃんは、いつでもすごいかっこいいけど……確かに、さっきは少しだけ顔が緩んでた気がする。
「そうなんだよ。だから大丈夫だ。今日は二人で正太郎を『診断』で、とろける刺激の渦に叩き込んでやろう!」
ネムちゃんの目が、ギラギラと輝いている。なんだか、悪だくみをしている子供みたいだ。
でも……しょうちゃんが満足してくれるんなら、是非ともチャレンジしてみたい。
「う、うん……『診断』の魔法、私に使えるかな?」
「大丈夫だと思う。大学で体の神経網のパターンや脳内伝達物質については学んでるよな?」
「少しなら……まだ二年だから本格的には勉強してないんだけど」
「よし……それでもワタシよりはイメージできるはずだ。今回使用するのは、その神経と脳内伝達物質にフォーカスを当てた『診断』だ」
ネムちゃんが、真剣な顔で説明を始めた。
「いいか?千穂ちゃん、まずは相手の体を触るとその触った部分から光の信号が神経を伝わって脳に向かうイメージだ」
「イメージ?想像するだけでいいの?」
「ああ。魔法はイメージだ。イメージがリアルであればあるほど、さらには現実に忠実であればあるほどいい。医学を勉強している千穂ちゃんなら、ワタシより上手にできるはずだ」
ネムちゃんが、私の目をまっすぐ見た。
「『診断』の魔法の効果中は、神経は光の流れ、脳内伝達物質は色で分かる」
「光と、色……」
「ドーパミンは金色、オキシトシンはピンク、βエンドルフィンは紫だ」
ドーパミン、オキシトシン、βエンドルフィン。
そこら辺の神経伝達物質は、大学の授業で既に習っている。
「それって、自分の行為で、しょうちゃんがどう感じているかはっきり分かるってこと?」
「そう。そうだ!」
ネムちゃんが、ぐっと拳を握った。
「金色が『快感』だ。これを増やせば増やすほど、正太郎は快感を感じていることになる。でも、それだけじゃダメだ。優しく撫でて、このピンクの光も同時に出すんだ。そうすると『幸せな快感』に変わる」
「な、なるほど……」
「そうなれば占めたものだ。最後は光が強くながれる敏感なところを……とびっきりイジめて、脳内を紫色一色にする。このときの正太郎はもう、快感の嵐だ。多分ワタシたちがいつも感じてるアレだな」
アレ。
その言葉で、体がぞくっとした。
「アレをしょうちゃんにも感じてもらえるってこと?」
「ああ。かなり効率的にアレに持ち込めるはずだ。どうだ?やるか?」
「や、やるよ!しょうちゃんをアレにしたい!」
気づいたら、私は即答していた。
ネムちゃんが、満足そうに頷く。
「よし!じゃあさっき言った通りに、神経と脳内伝達物質をイメージするんだ。それから『診断』ってトリガーワードを叫ぶ。やってみて!」
「うん!えっと……イメージイメージ……」
目を閉じる。
大学で習ったことを思い出す。
皮膚への刺激が電気信号になって……神経を通り……脊髄を通って脳へ……信号が脳の深いところに……報酬系回路が発火して……。
溢れ出す金色のドーパミン粒子……優しく包み込むピンク色のオキシトシン……そして……恍惚へ誘う……紫色のエンドルフィン……。
「うん……うん……イメージできた……!」
目を開ける。
「いくよ!――『診断!』」
ピンッ!
そんな音が耳に届くとともに、目の前のネムちゃんの体に、薄い光の線が流れているのが見えはじめる。
「み、見えた!見えたよ!光の流れ!ネムちゃんの身体を流れてる!」
「さすが千穂ちゃん。絶対にワタシよりうまくイメージできてる。私は自分の専門以外はサッパリだからな……」
ネムちゃんが、感心したように言った。
「そういえば、千穂ちゃんの『情報指向性』はいくつだ?」
えっと……ステータス画面に書いてあった数値だよね。
しょうちゃんは「魔法適性」って言ってたっけ。
「100QFってステータスのスクリーンに表示されてたよ?」
「おお、やっぱり高いな。うん、十分だ。観測魔法は1QFでも動かせるっていってたしな。じゃあ、後は練習だな」
「練習?」
「ああ、さすがにテストもせずに実戦投入するのは無理だろう。ワタシたちでお互いに実験するんだ」
「そ、そうだね!ネムちゃん、頑張ろうね!」
私はネムちゃんの手を握った。
その後は、ネムちゃんと、お互いの体を触りあい、神経に流れる光の流れと、脳内伝達物質の色を確認していった。
そんな手順を、何度も何度も繰り返した。
そして――
いつの間にか、私たちは、自分たちが何をやっていっているのかが、わからなくなってしまったのだった。
※※※
――朝日が、まぶしかった。
目を開けると、見慣れない天井が見えた。
隣に、ネムちゃんがいた。
すやすやと、幸せそうに眠っている。
私たちはふたりとも、生まれたままの姿だった。
「……え?」
記憶が、ゆっくりと戻ってくる。
練習。
診断の魔法。
お互いの体を触って、光を見て、そして……
「ね、ネムちゃん、起きて!」
ネムちゃんは起きない。
幸せそうにムニャムニャと寝ている。
「しょうちゃんの部屋に行くっていう、約束破っちゃった!いけない!」
私は急いで服を着た。
ボタンを掛け違えたけど、そんなことは気にしていられない。
部屋から飛び出そうと扉をあける。
ガタッ!
何かが引っかかる。柔らかいものにあたったような……。
私は恐る恐る、開いたドアの隙間から、ドアが当たったものを確認する。
しょうちゃんだった。
しょうちゃんが、床の上に倒れ伏していた。
その目尻には涙の跡があった。
顔は、涙と、よだれと、鼻水でぐしゃぐしゃだった。
床は、それらでベチョベチョに濡れていた。
待ち続けて。
期待し続けて。
でも、誰も来なくて。
きっと私たちの声が聞こえてきたのだろう。
そして、部屋の前まで来て、それをドアの隙間から見てしまい……。
色々な気持ちが錯綜し、一人で、意識を失ったに違いない。
しょうちゃんは、顔に変な笑顔を浮かべ、倒れ込んでいたのだった。
男の子としてのご立派なものを、ご立派な状態にしたまま。
「しょ、しょ、しょうちゃーーーーーん!!」
───────────────────
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




