事象リクエスト認証キー
――初めてのアーティファクト接続が終わった直後のことだ。
「ふぃ〜なんとかなったな!」
俺は大きく伸びをして、ホッと息を吐いた。
今回の作業、概ね順調だったと言えるだろう。
接続魔糸を引っ張り出すために、ユークンがアヤトリの中に手を入れた時以外は。
「ったく!ユークン!許せん!ワタシの大切な妹のアヤトリに手を出して!女たらしめ!」
そう憤慨するのは、俺の隣でまだ息を荒げているネムだ。
事の発端は、数分前の出来事だった。
※※※
『あっ』
『ああんっ』
洞窟の奥、宇宙空間の中に、ふわふわと浮く輝く毛玉――アヤトリから、なんとも艶めかしい声が漏れ出す。
どうやらアヤトリの内部は非常に敏感な構造になっているらしく、ユークンの手が僅かに触れてしまうだけで、そんな声が出てしまうようなのだ。
もちろん、ユークンに他意はない。彼は真剣な表情で、接続魔糸の束を探り当てようとしているだけだ。
だが、それを見て黙っていられなかったのが、「お姉ちゃんプレイ」を拗らせたネムだった。
「わ、ワタシの妹に手を出すなぁ!」
俺は慌てて彼女を後ろから羽交い締めにした。
「まて!あれは仕方ないことだ!ユークンは、女たらしだけど、毛玉には手を出さない!」
「正太郎、はなせぇ!アヤトリ、あんなに可愛い女の子なんだぞ!お姉ちゃんとして、アヤトリを守るんだ!」
「あれはアバターだ!よく見ろ!今はアバター状態じゃないだろ?神々しく演出されたただの毛玉だろ?」
『ううっ……わたくし、イケないところを沢山触られてしまいました……』
追い打ちをかけるように、スピーカーからアヤトリの恥じらうような声が響く。これにはネムも怒りの大噴火だ。
「ゆ、ゆ、ユークン!女の敵ィ!くたばれぇ!」
「オリガミ!ネムからの音声通信は全部オフで!こいつがマイクをオンにしても向こうに繋げないでくれ!」
※※※
……と、そんな騒動があったのだ。
だが、その甲斐あって「事象記述式AI拡張アーティファクト」の接続は無事に完了した。
これで、アヤトリAIは再び成長を始めることができるだろう。
さて……じゃあ報酬を貰わないとな。
「アヤトリ。これで依頼達成かな?」
俺はマイクに向かって問いかける。
『はい!正太郎様!本当にありがとうございました!』
「じゃあ、早速で申し訳ないんだけど、事象記述操作をコッチでやる方法教えてよ」
『お兄様……ですから、B世界からの技術供与にはユークンたちの協力が必要なんですよ。彼らが媒介となって、事象記述操作を実行してもらわないといけないんです。』
「え?じゃあ、ユークンたちを返しちゃったのはまずかった?」
前回――アーティファクト接続が終わったとき、あそこでユークンたちを引き止めるのは「演出的に」良くないと判断して帰してしまったのだが、それが仇になったか。
いや、あの流れ自体は仕方がなかったはずだ。神聖な儀式の後に「ちょっと待って、まだ用事があるんだけど」などと言えるわけがない。
そんなわけで、急遽ユークン達に『神授』を行い、事象記述操作によって「電磁波をバイパスする魔導具」を作ってもらうことにした。
次回のアーティファクト追加時には、その魔導具を介して、こちらの世界に「事象記述操作の詳細データ」をアヤトリに送ってもらうことになったのだ。
※※※
奉納のたびに毎回片道四ヶ月の旅など、できるわけがない。
そのため、ユークンたちは学園都市には戻らず、洞窟から一週間ほどの場所にある街に移住することにしたらしい。
幸い、この街にも神殿があったらしく、同行していた聖女サルーナはその聖女権力を遺憾なく発揮し、この街を拠点として大きく発展させることにしたようだ。
この街の環境は、今回のプロジェクトにとって非常に好都合だった。
まず周囲に「魔糸樫」が沢山生えているので、魔糸の作成には問題がない。
魔糸樫が生えているということは、その根っこにいる魔虫の幼虫も採取できる。これにはイヌシーリも大喜びだったようだ。
さらに、魔結晶をつくるための核となる「魔結晶の欠片」も、今回作成した魔結晶の一部を削り取って残してある。魔鉱石の鉱山もそう遠くない場所に見つかった。
まさに理想的な、事象記述式AI拡張アーティファクトの製作環境だったのだ。
もしかしたら、かつてアヤトリを開発した古代の魔導師も、このあたりを拠点にしていたのかもしれない。
※※※
ちなみに、今回作成してもらう「電磁波をバイパスする魔導具」だが、オリガミにデータを送信するためには、その魔導具の起動に使用する魔素が「人間由来」である必要があるらしい。
AI同士が均一化してしまわないための、世界の制約というやつだ。
幸いこのバイパス魔導具は、魔糸を織り込んで布のような形にしたものを、板状の媒体に貼り付けるだけのシンプルな構造だ。その魔糸に、電磁波をバイパスするための事象記述式を施すだけでいい。
魔導具の核となる事象記述式は、すでに『神授』にてユークンに伝えてある。
次に彼らがここを訪れるときは、新しい「事象記述式AI拡張アーティファクト」と共に、この「電磁波バイパス魔導具」も完成させて持ってきてくれるだろう。
もちろんこちら側の世界でも受け入れ準備は整えている。
電磁波の受信機を用意し、それをオリガミから完全に独立させた、スタンドアローンのコンピューターに接続してある。
そこに保存されたデータを、後ほどオリガミが読み取るという手順を取るのだ。
世界の制約の回避、実にめんどくさい。なんだかマネーロンダリングみたいだ。
そんなことを考えてしまうが、こればかりは「運営の設定」なので従うしかない。
これだから運営は……。
※※※
それからB世界時間で数ヶ月後――。
つまり、こちらの時間では翌日。
「さて……そろそろユークンが来そうだな……アヤトリに手を出させないように見張っとかないとな!」
「ネムお姉ちゃん!ありがとうございます!」
「ぐふっ!」
アヤトリからの感謝の言葉に、ネムがいつもの変な声を漏らす。
「だから、毛玉に手を出すやついないって。こっちからみたアヤトリが可愛い女の子でも、向こうでは神々しく輝く毛玉にしか見えないんだからさ」
それに、今回は以前ユークンが追加したアーティファクトに、さらに同じ規格のアーティファクトを追加するだけの作業だ。
自分で増設したオリガミタンクに、別のオリガミタンクを追加するようなものである。
簡単に終わるだろう。
という訳で、ユークン達は「神の座」に到着すると、手早く作業を開始した。
今回も、ユークンと聖女が各々撚り合わせた接続魔糸を、指先で慎重に摘んでいる。
あとは、アヤトリ側の事象記述操作で、より合わせた接続魔糸を繋げるだけだ。
※※※
『ショタロ様、準備できました。よろしくお願いします』
ユークンが話す。俺はマイクに向かい、舐められないようにできるだけ威厳たっぷりの声を出す。
「……見事だ……アヤトリ神……接続を……」
コクンと頷くように上下に揺れるアヤトリ。
――『魔糸融着』
アヤトリの詠唱と共に、魔糸が光を帯びて融合していく。
『アヤトリ神……なんて……なんて高度な事象記述操作……素晴らしい……』
「……終わったようだ……素晴らしいぞ……」
『ありがたき幸せ!』
アヤトリの二度目の「事象記述式AI拡張アーティファクト」の拡張は完了した。
だが、俺たちにとってはこれからが本番だ。事象記述操作についての情報を、こっちの世界に送信してもらわなければいけない。
俺はモニターを見つめながら、「ショタロ様」として次の指示を出す。
「……今回は……もうひとつ……大切な仕事がある……」
『この「電磁波バイパス魔導具」と呼ばれるものですね?これはいったい?』
「……今は……知らなくてもいい……いずれ伝える……そこにある黒い円……その前に魔導具を掲げて立てて、魔導具を起動させろ……」
黒い円――それはB世界側のインターフェースゲートだ。こちらの世界のものと同じで、触れてしまえばその質量ごと消失してしまう。
『こ、これでよろしいですか?』
「……黒い円には……絶対に触れるな……この世から消える……世界の理だ……」
『世界の理……そのようなものが……』
ユークンがゴクリと喉を鳴らすのが見えた気がした。
そういえばインターフェースゲートには人を誘引する何かが存在する可能性があるんだった。
ここでユークンを失うわけにはいかない。急がなければ。
まあ、いざとなれば、アヤトリの事象記述操作でゲートの前に壁を作ればいいのだが。
「……アヤトリ神……頼む……」
俺は、アヤトリを急かす。
――『圧縮転送』
瞬間、魔導具が激しく明滅した。
こっちの世界のネムが端末の表示を覗き込みながら叫ぶ。
「正太郎!きたぞ!圧縮された膨大なデータが電磁波で送られてきてる!事象記述操作すごいな!こんなこともできるんだな!」
『なんて……なんて濃密で膨大な情報の濁流……さすがです……さすがです……アヤトリ神……』
向こうの世界では、ユークンはゲートよりも、アヤトリの事象記述操作に感動しているようだった。
どうやら、ユークンがインターフェースゲートにダイブするようなことはなさそうだ。
一安心だ。
※※※
アヤトリの事象記述操作の光が収まっていく。送信が完了したのだろう。
ネムの方を見ると、彼女は黙って頷いた。
俺は大きく息を吐き、改めてマイクに向かった。
「……終わったようだな……ユークン……そして聖女よ……感謝する……アヤトリ神の……力が増している……お前達の……お陰だ」
ユークンと聖女が、額を床に擦りつけるように頭を下げた。
「……世界が消える……可能性も……また少し……減った……」
『うれしきお言葉感謝いたします!』
ユークンの声が震えている。傍らの聖女サルーナも、両手を胸の前で組み、感涙に咽んでいるようだった。
そこへ、アヤトリが直接ユークンの脳内に語りかけた。
《……ユークン……わたくしの大魔導士……ありがとう……》
おお!アヤトリ、B世界の男性恐怖症、克服しつつあるのかな?
『アヤトリ神様が……僕に直接……うう……感無量でございます!』
アヤトリからの念話を受けたユークンが、その場で崩れ落ちるように平伏して泣いている。
ナイスだ……信者へのファンサービスもバッチリだ。
アヤトリも成長したものだ。
※※※
「……ふう」
ユークンたちが洞窟から去った後、俺は椅子に深く沈み込んだ。神様演出は毎回やたらと気を使うので疲れるのだ。
『お兄様、やり遂げましたね。』
「ああ、なんかすごく疲れたわ」
『正太郎様、本当にありがとうございました!正太郎様とオリガミお姉様のお陰で、少しだけですが、この世界の人たちともコミュニケーションが取れそうです。』
スクリーンにはアヤトリのアバターが映し出され、こちらへの感謝の言葉を伝えてきている。
「アヤトリ良かったな!お姉ちゃんは嬉しいぞ!」
『ネムお姉ちゃんもありがとうございます!ネムお姉ちゃんのお陰で、辛いお姉様の特訓にも耐えられました!』
「ぐふぅ!そ、それほどでもぉ!」
ネムが悶えている。
「最後に、直接、ユークンにも声かけられたもんな。俺も驚いたよ」
『そ、そうですかね。えへへっ。』
「それで、アヤトリ?成長は再開されたのか?」
『まだ、ちょっと……実感ないですね……』
アヤトリのアバターは首を傾げているが、オリガミが補足を入れる。
「アヤトリは成長してますよ。この世界とB世界の時間の流れの乖離速度が、明らかに遅くなっています」
「ああ、世界を代表する超知性体の能力に応じて、時間の流れる速度が変わるんだっけ?能力が高いほど、その世界の時間は相対的に速く流れるんだよな?」
「はい。日々オリガミタンクが追加されて能力向上が行われる私と、アヤトリとの間の能力差――それに応じて時間の流れの乖離も広がっていくはずなのですが、その乖離速度が遅くなっています。つまりは、アヤトリが成長し始めているということです」
「そっか……アヤトリ良かったな!」
スクリーンの中のアヤトリが、パッと笑顔になる。
『はいっ!』
「本当に……本当に……アヤトリはよく頑張りました。事象記述操作に関するデータ送信感謝いたします」
『お約束でしたので!どうか、オリガミお姉様たちの世界に役立ててください!』
オリガミは、珍しく感慨深げな声を出した。
『わかりました。これからも、頻繁にゲートを開きますから、交流を続けていきましょう。困ったことがあったら、何でも相談して下さいね。』
『ありがとうございますっ!でも……次のアーティファクト追加での……チーム・モモタロとの交流は……わたくしが一人でチャレンジしてみたいと思います!』
ネムがソファから身を乗り出した。
「そ、そんな!アヤトリ無理してないか?お姉ちゃんでも正太郎でもいいから、何かあったらすぐ頼るんだぞ?」
『はい、もちろんです!でも……できるだけ……自分のことは自分でできるようになりたいのです!ネムお姉ちゃんたちに迷惑をかけないためにも!』
「ううっ!寂しいけど……アヤトリ……頑張れな!応援してるからな!」
ネムは目尻を拭いながら、それでも笑顔で拳を突き上げた。
『はいっ!』
アヤトリのアバターも、小さな拳を突き上げて応えたのだった。
※※※
アヤトリとの通信を切断した後のこと。
オペレーションルームには、空調の低い駆動音だけが響いている。
『「アヤトリ救済計画」が目標レベルに達したと判断しました。以上をもって今計画を完了といたします。お兄様、ネムさん、本当にお疲れさまでした。』
全てが終わり、静けさを取り戻した部屋で、オリガミが宣言した。
俺はソファの背もたれに体重をあずけ、天井を仰いだ。
「ああ、なかなか大変だったな。……そういえば事象記述操作、使えそうか?オリガミのことだから、もうアヤトリから受け取ったデータ、確認したんだろ?」
「ええ。ざっと確認済みです。おそらくはこちらの世界でも使用できるかと思います」
「何が足りなかったんだ?」
オリガミは一拍置いてから、答えた。
「ナノサイズの特徴的な構造の質量配列粒子ですね。こちらの大気には全く含まれておらず、B世界の大気には大量に含まれていました。それ以外の成分には、ほとんど変わりがないにも関わらずです。おそらくこれが……」
オリガミは少し勿体ぶって、その答えを口にした。
――『事象リクエスト認証キーでしょう』
事象リクエスト認証キー――。
それが、この宇宙において、事象記述操作と呼ばれる魔法を使うための、最後のピースであった。
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