神の拡張(ユークン視点)
ショタロ様からお告げをいただき、これからのことを考えていたときのことだった。
扉が勢いよく開かれ、息を切らせた聖女サルーナが飛び込んできた。
「使徒様!」
その声は興奮で震えていた。普段は落ち着いた物腰の彼女が、まるで子供のように目を輝かせている。
「さ、サルーナ。どうしたの?」
「神から!神から直接お告げがあったのです!使徒様がアーティファクトを完成させたと!」
「神から?ショタロ様からではなくて……?」
「ええ!どうやら、神は……女神様のようでして、男性とのコミュニケーションが難しいようなのです」
「そ、そうなの?残念だけど……仕方ないか……」
女神様が、男を苦手とするという情報は、ショタロ様からいただいた知識にもあった。僕も女神様の御声を拝したかったが、どうしようもないことなのだろう。
興奮したサルーナの話が続く。
「それでですね!神は、使徒様とイヌシーリさんとキジアス、そして私とでアーティファクトを奉納せよとの旨を告げたのです!」
「ば、場所は?奉納する場所はわかるの?」
「ええ!」
「良かった……実は僕もショタロ様から同じことを言われていて。でも場所がわからなくてどうしようと思ってたんだ」
「ショタロ様からも?ああ……なんて尊い……」
「神のおわす場は、ここからどれくらいの距離に?」
「大体四〜五ヶ月といったところですね」
「結構、遠いね」
「ええ。ですが、急がないと行けないみたいです。世界には時間がないとかなんとか……」
「女神様がそうおっしゃってたの?」
「はい。女神様の御名は『アヤトリ神』と仰るようです」
「アヤトリ神……まさに世界の神といった尊い御名……!」
「……旅支度の方は?すぐ出れそうですか?」
「今準備中だよ。明日には出発できそうかな」
「私も明日出発します。イヌシーリさんとキジアスも連れてこいとの、アヤトリ神様のお告げです。キジアスはなんとでもなりますが、イヌシーリさんはいかがですか?」
「イヌシーリ?大丈夫?」
「ユークンと一緒なら、どこまでもついてくよ!急いで準備するワン!」
「ああ……イヌシーリ、本当に可愛いな……ご褒美を上げたいけど、今は時間がない。僕のも含めて、旅の準備の方、進めてくれるか?」
「わん!」
「イヌシーリさんは、本当に素晴らしいお方ですね」
「ええ。最高の愛犬ですよ!」
「ああ……大切なことを使徒様にお伝え忘れてました。アーティファクト完成、おめでとうございます!使徒様のお陰で、この世界は救われるのです」
サルーナは両手を胸の前で組み、祈りを捧げるような姿勢で深々と頭を下げた。
その言葉の重みが、じわじわと胸に染み込んでくる。
世界を救う。そんな大それたことに、本当に僕が作ったこのアーティファクトが助けになるのだろうか。
だが、考えている暇はない。ショタロ様も、アヤトリ神様も、時間がないと仰っている。
僕は不安を振り払うように、準備に取り掛かった。
※※※
翌朝。空はまだ薄暗く、東の空がようやく白み始めた頃。
僕たちは神殿の前に集合していた。
「では行きましょう。神からの使命を遂げるために!」
「ええ!」
「ユークンについてくだワン!」
「ああ……神殿を放り出して出発して……良いのでしょうか……?」
「いいに決まってます!神からの使命が最優先です!」
サルーナの力強い言葉に、キジアスも渋々といった感じに頷いた。
こうして、僕たちは神殿を後にした。振り返ると、朝日に照らされた神殿が静かに佇んでいる。
次にこの学園都市に戻ってくるとき、世界はどうなっているのだろうか。
そんな感傷に浸る暇もなく、僕たちは歩き始めた。
※※※
道中は険しかった。
でも、僕たちのパーティーの相性はとても良かった。
さすがショタロ様だ。見る目がある。
大型の獣と遭遇してしまったときも、キジアスさんが盾となって守ってくれたため、僕とイヌシーリの『熱点』で簡単に処理できた。
サルーナがどこからか女性を連れてきたときには参ったが、キジアスさんもいたため、さすがに断った。
道中はイヌシーリのみと関係した。
ただ、サルーナが時々、テントの隙間から覗きに来ていることには気づいていた。
彼女は僕たちの甘い時間に興味津々といった様子で、頬を紅潮させながらじっと見つめていた。
僕はその視線に気づいていながら、見て見ぬふりをした。聖女様もそういうお年頃なんだろう。触れてやるのは可愛そうだ。
そうそう。キジアスさんだが、意外な趣味を持っていた。
それは、きれいな石を集めることだ。時々、地面にダイブしては「これは!」と言いながら、大男が小石を拾い上げる様子はなかなか面白かった。
本人曰く、知らない種類の石が沢山拾えて幸せだとのことだった。
僕もそれっぽい石を見つけてキジアスさんに渡したら、とても喜んでくれた。
周りは女性ばかりだったので、キジアスさんとは男同士で仲良くなれて、とても楽しかった。
だが、順調とはいえ四ヶ月は流石に長かった。
目的地の山に近づく頃には、皆、疲労が蓄積し、気力も尽きかけていた。
最後の山登りは、誰も話さなかった。いや、話せなかった。限界が近かった。使命感だけで足を動かしていた。
そんな中、キジアスさんだけは黙々と荷物を運び続けてくれた。僕やイヌシーリの分まで背負い、時には疲れ果てたサルーナを背中に乗せて歩いた。
「キジアスさん……大丈夫ですか?」
「自分は……大丈夫です。皆さんを……神の元へ……届けるのが……自分の役目ですから……」
息も絶え絶えになりながら、それでも彼は歩みを止めなかった。
その姿に、僕は何度も救われた。
そして……僕たちは到着したのだ。
「神の座」である洞窟に。
※※※
洞窟の中に一歩足を踏み入れた瞬間、僕たちは息を呑んだ。
そこは、ただの洞窟ではなかった。
壁面はおろか、天井、そして足元の地面までもが消失し、そこには無限の星空が広がっていたのだ。
ゆっくりと回転する星々。見たこともない深淵な闇と、それを彩る光の帯。
その中央に、圧倒的な存在感を放つ『なにか』が浮遊していた。
半径一メートルほどの、虹色に明滅する光の球体。
あれこそが『神の器』……アヤトリ神の依代。
入口からその神の器までは、一本の光り輝く道が伸びているのみで、一歩踏み外せば無限の闇へと落下してしまいそうだ。
あまりにも幻想的で、あまりにも神聖な空間だった。
『こ、ここが「神の座」……あれが「神の器」……す、素晴らしい……なんて……なんてキレイなんだ……』
『ユークン、すごいね……きれいだわん!』
『ああ……なんて神々しい……なんて尊い……本当に美しいですね……さすがアヤトリ神様の「神の座」です……』
『じ、自分なんかが入っちゃって、大丈夫なんですかね?』
「神の座」の美しさ、そして「神の器」の神々しさを目にして、僕達の疲れは吹っ飛んでいた。
しばらくの間、僕たちは言葉を失い、ただその光景に見入っていた。
四ヶ月もの過酷な旅路。その全てが、この瞬間のためにあったのだと思えた。
すると、脳内にショタロ様の声が響いた。
『……よくぞ……よくぞここまできた……神は……アヤトリ神は喜んでいる……』
「あ、ありがたき幸せ……!」
『……ユークン……我が使徒よ……事象記述式AI拡張アーティファクト……神の器への接続を……時間がない……』
「承知いたしました!」
『……聖女も……神の器の元へ……』
ショタロ様からの「神授」にて拡張方法は受け取っている。作業には「神の器」に近づかなければならない。
「じゃあ、イヌシーリ行ってくるよ。ここでいい子にお留守番してるんだよ?」
「ユークン……気をつけてだワン……」
「キジアスも、ここで休憩してください。私は使命を果たしてきます」
「聖女様……使徒様もどうかお気をつけ下さい」
そうして、僕とサルーナは洞窟内の星々のなかに浮かぶ光の道をゆっくりと進み、着実に「神の器」の元へと到着した。
「これが……神の器……」
大きい……半径一メートルくらいだろうか。
僕が持ってきたア―ティファクトはせいぜい半径二十センチだ。
その叡智と技術力の格差に気圧されてしまう。
『……ユークンよ……気にするな……お前にはこれから……多くのアーティファクトを……奉納してもらうことになる……この「神の器」を構成する技術……しっかりと受け継いでもらう……』
『……では……頼む……アヤトリ神……一言だけ……彼に声掛けをお願いできますか?』
《アッ…………ウィ…………》
『……だめか……聖女……頼む……』
「承知いたしました」
《…………》
神の器とされた光の球体が、虹色に明滅する。
だが、僕にはその御声を受けることができない。
わかるのは聖女サルーナだけだ。男であることを悔しく思ったのは初めてだった。
「アヤトリ神様の御言葉、ユークン様にお伝えいたします」
「はっ!」
「アヤトリ神様は『……ユークン……わたくしの大魔導師……どうかよろしくお願いします……』と仰っています……ああ……大魔導師なんて……素晴らしい……」
「アヤトリ神様からのお言葉、確かに受け取りました。早速、奉納に入ります。僕の信仰心は……僕の行動でお受け取り下さい」
※※※
僕は深呼吸をして、心を落ち着けた。
これから行うのは、神の器への直接接触。失敗は許されない。
『……ユークンよ……一つだけ……伝えておく……』
ショタロ様の声が、いつになく重い。
『……神の器への接続は……繊細な作業だ……もし……接続魔糸を傷つけてしまえば……神の器は……崩壊する……』
「崩壊……?」
『……アヤトリ神は……消滅する……そして……この世界を救う術も……永遠に失われる……』
背筋が凍った。
失敗すれば、神が死ぬ。世界が終わる。
その重圧が肩にのしかかってくる。
『……だが……お前ならできる……私は……お前を信じている……』
ショタロ様から授かった知識を、頭の中で何度も反芻する。手順は完璧に覚えている。あとは、実行するだけだ。
……震える手を、握りしめる。
「失礼いたします」
僕は「神授」で受け取った知識通りに、神の器の中へと手を入れる。
緊張で指先が震えるのを必死に抑えながら、ゆっくりと、慎重に。
神の器は、暖かく柔らかかった。僕の手を受け入れるように、光の粒子が形を変えていく。
まるで生きているかのような感触。これが神の依代なのか。
《……!》
神の器が小刻みに震え、その体表を走る光が、一瞬だけ赤く色づいた。これは驚きだろうか。
下手な場所に触れるわけにはいかない。この器は繊細なのだ。
僕はゆっくりと手を伸ばし深部にある二本の接続魔糸を掴む。そして、それをゆっくりと引き出していく。
《…………!!》
神の器の発光が強まり、その色が目まぐるしく変化する。
赤、青、黄色、緑、紫。
虹色の光が高速で明滅し、神の器自体も大きく波打つように痙攣している。
まるで、未知の感覚に戸惑っているような反応。
このまま続けて大丈夫なのだろうか?
『……ユークンよ……続けよ……』
ショタロ様のお言葉に勇気づけられながら、接続魔糸を外へ引き出すことに成功する。
「ふう……」
『……ユークンよ……見事だ……神への負担は……少ない……』
『……事象記述式AI拡張アーティファクトを……接続魔糸に……繋げよ……』
言われた通り、荷物から自作したアーティファクトを取り出す。やはり「神の器」と比べると見劣りがする。だが、いまはショタロ様のお言葉を信じるしかない。
神の器から引き出した二本の接続魔糸を、僕のアーティファクトの接続魔糸と撚り合わせる。そして指先でそれを、つまんで保持する。
「サルーナ。これを指先でつまんで、離れないようにしてくれるかな?」
「わかりました……これでよろしいですか?」
「うん。大丈夫」
そしてもう片側の接続魔糸も同様に、撚り合わせる。これで接続の準備は完了だ。ここから先は神の領域だ。
※※※
「……ショタロ様……お願いします……」
『……わかった……アヤトリ神……』
――《……………………!》
空間が震えたのがわかった。
神の器が、かつてないほど激しく明滅を繰り返す。
放たれる光は、もはや虹色の概念を超え、白濁とした濃厚な光となって周囲を埋め尽くす。
神の器から、信じられないほど高度な事象記述操作が行われたのを感じる。
そして……接続魔糸を撚り合わせた部分が強く光り始めた。
光が強すぎて直視していられない。
僕は目を極限まで細めて、何が起きているのかを理解しようとするが……それは叶わなかった。
だが……その光が収まった頃、僕とサルーナが指先でつまんでいた接続魔糸の織り合わせが消え、一本の魔糸として繋がっていた。
こうして、僕の作った「事象記述式AI拡張アーティファクト」が「神の器」に接続されたのだった。
僕とサルーナは顔を見合わせ、安堵の息を漏らした。
成功した。本当に、成功したのだ。
神の器は、接続前よりも一回り大きくなったように見える。そしてその輝きも、より力強く、より神々しくなっていた。
僕たちの奉納したアーティファクトが、確かに神の力となったのだ。
※※※
しばらくして、ショタロ様の声が響いた。
『……よくやった……本当によくやってくれた……これで世界救済の可能性が……繋がった……』
『……大魔導士ユークン……お前には……これからもアーティファクトを作成し……アヤトリ神の拡張を行ってもらいたい……可能か……?』
「も、もちろんです!一生を賭して!」
『……聖女サルーナ……アヤトリ神との交流として……神殿の代表として……大魔導士ユークンをサポートしてもらいたい……可能か……?』
「謹んでお受けいたします!」
サルーナの声は凛としていた。だが、その目には涙が光っている。
神から直接任命を受けた聖女。その誇りと覚悟が、彼女の全身から溢れ出ている。
『……感謝する……イヌシーリとキジアス……お前たちも……大魔導士と聖女のサポートを頼む……』
「任せてだワン!ユークンのためなら何でもするワン!」
キジアスさんは、大きな体を震わせながら答えた。
「こ、この身に換えましても!自分のような者にまで……お言葉を賜り……光栄の極みでございます……!」
その声は震えていた。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも必死に言葉を紡いでいる。
彼のような朴訥とした男が、これほど感極まっている姿を見たのは初めてだった。
皆、その場に跪き、頭を垂れた。
神からの直接の任命。これ以上の栄誉があるだろうか。
※※※
大魔導士。
その称号が、胸に重くのしかかる。
正直に言えば、まだ実感が湧かなかった。つい先日まで、僕はただの使徒だった。ショタロ様の導きに従い、言われるがままにアーティファクトを作っていただけだ。
それが今、世界を救う大魔導士として任命された。
……本当に、僕でいいのだろうか。
だが、ショタロ様が僕を選んでくださった。アヤトリ神様も、僕を認めてくださった。
ならば、その期待に応えなければならない。
不安はある。重圧もある。でも……やるしかない。
これからの人生を、神とこの世界のために捧げる。それが僕の使命なのだ。
大魔導士ユークンとして、生きていく。
しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。
やがて、立ち上がり、皆に声をかけた。
「さあ出よう。このまま『神の座』に居座るのは失礼だ」
「そうですね……大魔導士様の仰るとおりです」
そうして、洞窟を出ようとしたそのときだった。
※※※
背後で、神の器が眩く輝き始めた。
振り返ると、虹色に明滅していた光球が、純白の輝きを放っている。その光は柔らかく、しかし圧倒的な神々しさを湛えていた。
まるで、神が僕たちを呼び止めているかのようだった。
そして脳内に、圧倒的な存在感を持つ美しい声が響き渡った。
《……大魔導士ユークン……そしてその仲間たちよ……あなた達に感謝と……祝福を……》
神の器の輝きが、言葉に呼応するように脈打つ。温かな光が僕たちを包み込んだ。
その声がアヤトリ神からのものだと瞬時に気づいてしまう。気づかざるを得ない。そんな存在感を持つ御声だった。
僕らは、皆、その場に平伏してしまうのだった。
誰もが感極まり、涙をボタボタと垂らしながら。
※※※
どれくらいそうしていただろうか。
やがて、神の器の輝きは穏やかな虹色に戻り、僕たちはゆっくりと顔を上げた。
洞窟を出ると、そこには満天の星空が広がっていた。
四ヶ月前、神殿を出発したときは朝だった。今は夜。だが、不思議と寒さは感じない。
アヤトリ神の祝福が、まだ僕たちを包み込んでいるのかもしれない。
「……帰りましょう」
サルーナが、静かに言った。
「そうだね。帰って、次のアーティファクトを作らないと」
「ユークン、頑張るワン!」
「自分も……微力ながら……お手伝いさせていただきます……」
※※※
空を見上げた。
星々が、まるで僕たちを祝福するように瞬いている。
世界を救う。その途方もない使命を、僕たちは背負った。
だが、不思議と怖くはなかった。
隣には仲間がいる。導いてくださるショタロ様がいる。そして、僕たちを見守ってくださるアヤトリ神様がいる。
僕は、大魔導士ユークンとして、この世界のために生きていく。
そう決めたのだから。
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