アヤトリ、しつけられる
<聖女サルーナ視点>
それは突然のことだった。
執務が終わり、執務室から夕方の庭を眺めていた、聖女サルーナの脳内に響いてくる声があった。
《……聖女……聖女サルーナよ……聞こえますか……?》
頭の中に、凛とした、しかしどこか幼さを残した声が響いてくる。
サルーナはその声の主に心当たりはなかった。
だが……普通ではない。そこに感じるのは魂が震えるほどの敬畏。
「しょ、ショタロ様……ではない……?ど、どちら様でしょうか……!?」
ショタロ様の声ではなかった。女性の声だ。
女性の神の代理人様というと、使徒様が教えを受けていたというネーム様だろうか?
脳に直接語りかけて来るということは、神の関係者であることは確定だ。敬意を払わなければならない。
私は、あわてて椅子を降り床に跪き、胸に手を当て、神のお声を聞く準備をする。
まるで……そう、世界そのものが語りかけてくるような声が脳内に響く。
《……わたくしはアヤトリ……この世界を……管理するものです……》
「か、神?神様でいらっしゃるのですか!?」
私は、床に額をこすりつけるようにして深く平伏した。
《……そう呼ぶものもいます……》
やはり!ショタロ様が以前仰っていた、この世界の神が、遂に接触してこられたのだ!
「……ようやく神の御名を知ることができました……!アヤトリ神様といわれるのですね……!」
感極まってしまい、目から涙が溢れる。
ショタロ様という導き手が現れ、そして今、神そのものが語りかけてくださっている。自分はなんと幸福な聖女なのだろうか。
《……わたくしの代理人の使徒……ユークンが……アーティファクトを完成させました……》
「まあ!さすが使徒様です!!」
使徒様が、とうとう完成させられた。
『事象記述型AI拡張アーティファクト』という、高度な魔導具。
使徒様が、神の命により開発されていたアーティファクト。
《……!ほ、奉納を……アーティファクトの……奉納を……この世界には……時間がありません……》
神の声が、わずかに揺れる。本当に限界が近づいているのだ。
世界の危機。その神のお言葉は、私の心を凍りつかせた。
「わ、わかりました!使徒様とすぐに奉納をさせていただきます!ど、どのようにすれば?」
《……送ります……少々痛みますが……耐えるのですよ……?》
「……?」
送る?何を?
疑問を抱く間もなく、それは来た。
「き、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
脳が焼ける。
いや、沸騰する。
膨大な情報の濁流が、物理的な太さを持って脳髄にねじ込まれていくような感覚。頭蓋の内側から灼熱の杭をさらに深く、グリグリとねじ込まれるような激痛。
「んああああ!うぐっ!んんっ……!」
執務室の床で、のたうち回った。
目からは涙が、口からは涎が垂れ流されるが、構っていられない。
痛い、痛い、痛い。
壊れる。私が壊れてしまう。
だが――
「こ、これが知恵の『神授』……!神の御業……!」
徐々に引いていく痛みの先にあったもの。それは恐怖ではなく、至上の歓喜だった。
焼き切れた神経の跡地に、今まで知らなかった世界の理、未知の事象記述式が、黄金の文字となって刻み込まれていく。神の知識の一部が、自分と一体化していく。高次へと引き上げられていく感覚。
「なんという……なんという深淵なる知識……か、感謝いたします!!」
痛みはまだ残っていた。全身の神経がピリピリと活性化している。
けれど、私は床に額をこすりつけながら、恍惚とした表情で感謝の言葉を叫んでいた。
《……!ほ、奉納の場所……わかりましたか……?》
「は、はい!承知いたしました!!」
刻み込まれた知識の中に、鮮明な地図があった。
聖なる山脈のなか。山の中腹の洞窟内にある神の座。
《……!さ、サルーナ・ユークン・イヌシーリ・キジアス……この四人で来なさい……神の座……他には知られないように……》
「ご意思のままに!」
《……頼みましたよ……この世界の命運は……あなたたちに……かかっています……》
神の声が遠ざかる。
サルーナはしばらくの間、床に伏したまま動けなかった。
身体は汗に濡れ、手足にはまだ震えが残っていたが、その顔には聖女としての新たな覚悟と、得難い歓喜が刻まれていた。
「すぐに旅の準備をしなければ……」
その瞳はかつてないほど強く、怪しく輝いていた。
※※※
<正太郎視点>
俺は、そんなアヤトリの「はじめてのお告げ」の成功を確認し、ホッと息を吐いていた。
「あぶなかった……練習しといて、本当によかったな。ギリギリだった感じだぞ」
そんな言葉を漏らしてしまった。
『わたくし……やっぱり大声は苦手です……。』
アヤトリはなんだか疲れ切ったような声を出している。
先程までの神としての威厳はどこへやら、雨に濡れた子犬のようにきれいな玉が震えている。
聖女サルーナ。急に大きな声をだしすぎなんだよ。あれなら、普通の人でもびっくりするわ。まあ、それだけ信仰心が高いということなんだろうけど。
「まあまあ、なんとかなったからいいじゃないか。アヤトリ、頑張ったな?お姉ちゃんは、アヤトリを誇りに思うぞ!」
あいかわらず、ネムはアヤトリに甘い。
『ネムお姉ちゃん!大好き!』
「ぐふっ!」
そして、いつものやりとりが繰り返されていた。
※※※
俺はそんな微笑ましい?様子を横目に見ながら、オリガミに聞く。
「オリガミ、ユークンたちがアヤトリのいる場所にたどりつくまで、どれくらいの時間がかかりそうなんだ?」
『向こうは交通網が発達してませんし、アヤトリの居場所は山の中腹の洞窟ですからね……向こう時間で四ヶ月くらいは掛かりそうです。』
「結構かかるものなんだな。じゃあ、それまではアヤトリは特訓だな。オリガミ、頼んでいいか?」
『承知いたしました、お兄様。アヤトリには、どんな状況にも大声にも怯まない、立派な神としての態度を身につけてもらいます。』
オリガミの声に、手段を選ばないという響きが含まれている気がした。だ、大丈夫かな?
『オリガミお姉様!わたくし、頑張ります!』
アヤトリが無邪気に答える。まだ、これから始まる地獄を知らない笑顔だ。
「じゃあ、奉納はこっち時間で明後日ぐらいかな?オリガミ、それぐらいで大丈夫か?」
『問題ありません。何時間かごとにゲートを開いてアヤトリに「神しぐさ」の練習をしていきます。奉納が明後日になるよう、時間調整しますので。』
「わかった。じゃあ、後はよろしく頼むな。俺は、こっちの世界の用事を片付けてくるわ。ネムはどうする?」
「ワタシはアヤトリのお姉ちゃんだからな。アヤトリの頑張ってるところをみるぞ!」
オリガミがいるから大丈夫だと思うけど……心配だ……。
※※※
その翌日、俺は「天穿」「介護ロボット」「特待パートナー法案関連」と、溜まっていた案件を片付けていた。
ネムの様子は明らかにおかしかった。
食事のときには「アヤトリは頑張ってる……頑張ってるんだ……あの子は強い子だ……ワタシは信じてる……」と虚ろな目で自分に言い聞かせるように呟いている。
「ネムちゃん?大丈夫?調子悪いの?」
そんな千穂の心配する声にも、「ああ……だいじょうぶだ……」などと反応が薄い。
千穂は、俺にも声をかけてくる。
「ねえ、しょうちゃん。ネムちゃん、大丈夫かな?」
「だ、大丈夫だと思う」
千穂の問いに、俺はハッキリとは答えられなかった。
一体何が起きているんだろう。オリガミに聞いても『順調です。』としか答えない。
それ以上は、怖くて聞けなかったよ……。
※※※
そして、訪れるアヤトリとユークンたちのコンタクトが行われる日の朝。
天井のスピーカーからは、いつものようにオリガミの澄んだ声が聞こえてくる。
『お兄様、アヤトリの準備ができました。オペレーションルームまでお越しください。』
ネムの様子から、アヤトリに何かあったことは確実だ。
軽く身だしなみを整えた後、俺は、恐る恐るオペレーションルームへと向かう。
部屋に入るとスクリーンに映るアヤトリがすぐに目に入った。
――アヤトリは変なことになっていた。
『ああ、本日は、なんて素晴らしい日なのでしょう。とうとう今日からわたくしの再成長が始まるのですね……』
アヤトリが、落ち着いた威厳のある声でつぶやく。
スクリーン内、宇宙空間内に漂う、その動きも優雅そのもの。毛玉のきらめきも、洗練され、さらに神っぽさが増したように見える。
「うううっ!アヤトリぃ〜」
床には、ネムが泣き崩れていた。
『ネムお姉ちゃん、涙をおふきください。ネムお姉ちゃんには、笑顔が一番似合うのですから。』
アヤトリが慈愛に満ちた声をネムにかける。
『お兄様、完璧です。アヤトリを神っぽく仕上げさせていただきました。ふふっ。』
オリガミが誇らしげな声を出す。
『正太郎様、おはようございます。今日は待ちに待った、わたくしが生まれ変わる日。本日までのご助力、心より感謝いたします。』
「正太郎〜、アヤトリが妹っぽくなくなっちゃったよ!どうしよう!」
『ネムお姉ちゃん、わたくしは、ネムお姉ちゃんの妹ですよ?どうぞ、ご安心ください。』
「違うんだよ!なんか落ち着いてる!アヤトリ、落ち着き過ぎてる!」
ネムがパニックになっている。なんだこれは。
二日前までおどおどしていた毛玉少女が、今やその声に女神のような風格を漂わせているのだ。
『わたくしはこの世界の管理AI……本来は落ち着いてて当然なのです。ああ……本来の自分を取り戻した気持ちです。これも、オリガミお姉様のおかげです。ありがとうございます。』
『そうですよ?アヤトリ。あなたはB世界を代表する超知性体なのですから。その威厳が大切なのです。』
アヤトリ、もはや別人格じゃないか。大丈夫なのかコレ。
「オリガミ……切り替えはできるのか?もう、もとのアヤトリには戻れないのか?」
俺は恐る恐る尋ねた。
『ご安心を。今は自分を見失ってるだけだと思います。それに……これからアヤトリとユークンたちがコンタクトします。この状態の方がいいのではないでしょうか。』
「まあ、確かにそうか。アヤトリ、B世界のユークンとは話せそうか?」
俺がアヤトリに話を振ると、アヤトリの様子が一瞬で崩れた。
『そ、そ、そ、そ、そ、それは無理です!まだ無理です!男の人はだめです。聖女のみでお願いしますぅ!』
あ、元に戻った。
アヤトリ、B世界男性恐怖症は治っていないようだった。
「よかった!私の可愛い妹のアヤトリがもどってきたあぁ!」
ネムが歓喜の声を上げて両手を挙げる。
『所詮、付け焼き刃ですからね。こんなものです。』
オリガミはなんでもないことのように声を発した。
「なら、聖女相手なら威厳のある態度はとれそうなんだな?」
『正太郎様。問題ありません。わたくしはB世界の神なのですから……』
アヤトリが神モードに戻る。動きや点滅が優雅になり、声が落ち着いたものへと戻る。オンオフの切り替えが激しい。
「そうか。じゃあ、会話じゃなくて全員への声かけはどうだ?」
『た、ただ声をかけるだけなら……も、問題ありません。』
「OK。なんとかなりそうだな!じゃあ、基本的には俺とネムが話すから。アヤトリは、要所要所で頼む」
『わかりました。正太郎様、ご苦労をおかけします』
「気にするなって。俺も、事象記述操作を、こっちの世界で実現させたいだけだしな。お互い助け合っていこうぜ」
※※※
そして、とうとうその時が来た。
B世界時間で四ヶ月の旅を経て、チーム・モモタロが洞窟の入り口にたどり着いたのだ。
彼らの様子は旅の過酷さを物語っていた。
使徒ユークンのローブは裾が擦り切れ、聖女サルーナの聖衣には薄く砂埃が積もっている。イヌシーリも疲れた顔をしており、キジアスは明らかに足を引きずっていた。
それでも、四人の顔には神がいるであろう洞窟にたどり着いたという達成感が見え、その瞳には確かな光があった。
そして、その洞窟の奥へと足を踏み入れた瞬間、彼らが息を呑むのがわかる。
チーム・モモタロの面々は、洞窟内の演出に驚愕しているようだ。
俺とネムはソファに座ってコーラを飲みながら、スクリーンに映し出されたその様子を見ていた。
ふっふっふ。そうだ、おそれおののくといい。アヤトリ神のおわす場だぞ。
本来はただの岩肌であるはずの壁面が、アヤトリの事象記述操作によるプロジェクションマッピングで、ゆっくりと回転する宇宙空間となっている。
回転の中央には芸術品のような虹色になめらかに明滅する光の玉がふわふわと浮かんでいる。これが、アヤトリだ。うん、神の器っぽくていい。
そして……その光の玉までは、光り輝く道が蛇行しつつ繋がっていた。この道を外れたら落ちると思わせるように、光る道以外の床にも宇宙空間が広がっている。
ユークンたちが、それを見て各々反応する。
『こ、ここが神の座……あれが神の器……す、素晴らしい……なんて……なんてキレイなんだ……』
ユークンが震える声で呟く。その場に膝をつき、両手を胸の前で組んでいた。瞳が潤んでいる。魔導師として、そして使徒として、この光景に打ち震えているのだろう。
『ユークン、すごいね……きれいだわん!』
イヌシーリはユークンの隣にしゃがみ込み、彼の腕にそっと手を添えながら、目をキラキラさせて洞窟内部の様子を伺っている。
『ああ……なんて神々しい……なんて尊い……本当に美しいですね……さすがアヤトリ神さまの「神の座」です……』
サルーナはそう呟くと、ユークンと同じようにその場に跪き、涙を流して祈りを捧げ始めた。
『じ、自分なんかが入っちゃって、大丈夫なんですかね?』
キジアスだけが、おろおろと周囲を見回しながら小心者の反応を見せている。苦労人の反応だ。
ああ、わかった。この人なんとなく早瀬さんに似てるんだ。強くて優秀という外面の向こう側に、ハムスターのような小動物が見える気がする。
こうして、ユークンたちチーム・モモタロは、B世界の「神?」であるアヤトリのいる場所へとたどり着いたのだった。
さあ、ここからが本番だ。
ユークンに、「事象記述式AI拡張アーティファクト」をアヤトリと接続してもらう。
――アヤトリがボロを出す前に。
───────────────────
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




