コミュ障毛玉の女神演出
俺は、その場にいる面々に高らかに宣言する。
「神には、ハッタリが必要だ」
俺を除く唯一の肉体持ち、ネムが不思議そうに首を傾げた。
「正太郎、どうした?藪から棒に?」
いつものオペレーションルーム。
空調の微かな風が頬を撫でる。モニターからの電子ノイズ、そして部屋の隅に設置してある冷蔵庫の低い駆動音が、静かな部屋に虚しく響いている。
そのモニターには、B世界のアヤトリが映し出されていた。
薄いピンク色の髪をお団子に結った、小学校高学年から中学生くらいの少女。白いローブを身に纏い、不安そうにこちらを見つめるその姿は、庇護欲をそそる。だがアバターであり、その実態はからまった光る毛玉だ。
オリガミは、いつも通りカメラとマイクでこちらの様子を伺っているはずだ。
「ユークンにアヤトリの拡張アーティファクトを繋いでもらうときの話だよ」
俺からのお告げの言葉が功を奏し、ユークンは現在、アヤトリ神に心酔している。
その信仰心を最大限に利用し、かつ今後アヤトリが、過去にあったような不当な扱いを受けないようにするためには、最初の接触、ファーストインプレッションが肝心だ。
「舞台は、ゲームのラスボス戦みたいな空間がいい。なんかこう……異次元って感じの場所だ」
そう、偉大なる存在は、偉大な空間にいるべきなのだ。
「ああ、あれな。何故かご丁寧に、ラスボスを攻撃するための足場が出来てるところな。あの足場がなければ、ラスボスは一方的に攻撃できるのにな?」
ニヤつきながらネムが言う。
わかる。わかるわあ……あれはラスボスの舐めプなのだろうか?
「あと、第二形態になると体力全回復するのも意味分からんよな」
俺が言うと、ネムも乗ってきた。
「あれな……。倒したと思ったのに『ここからが本当の戦いだ』とか言い出すやつ」
「本当の戦いなら、最初からやれよって話だよな」
やはりラスボスは舐めプ体質なようだ。
……って、違う違う。今はラスボスのあるあるについて語るときじゃない。
アヤトリを倒すための空間を作ろうとしているわけじゃないんだよ。
※※※
俺はモニターに映る、白いローブの少女――アヤトリを指差す。
「それにそのアバターも良くない。弱そうだ」
「ひっ!?」
アヤトリが悲鳴を上げ、びくりと肩を震わせる。
まるで叱られた子犬のような反応だ。これでは神の威厳もなにもあったものじゃない。
「なんだよ!アヤトリ、可愛いじゃないか!妹感すごいじゃないか!」
ネムがむっとしたように言い返す。
「まあ、可愛さは認める。だが、今回のテーマは『威厳』だ」
『ネムお姉ちゃん……わたくし……威厳ないですか?』
スピーカーから、アヤトリのおずおずとした声が聞こえる。
「あ、あるぞ!アヤトリには威厳がある!お姉ちゃんはそう思うぞ!」
「いや……子供の神っていうのも、こっちの世界では需要はあるかもしれんが……あっちはなあ……」
ユークンの世界の住人は、もっとこう、超越的な存在を求めている気がする。
アヤトリの今の姿は、親しみやすさはあるが、畏怖の念を抱かせるような感じではない。なんなら、飴玉あげると言われたらついていきそうな感じだ。
誘拐されるような神様は困る。
そんな俺の苦言に、ネムが反応する。
「むう……確かに演出もアバターも大切だな。アヤトリが二度と着火されないためにも、舐められないようにしなきゃだめか……」
「そうそう!それだよ!B世界の人達に、舐められたら絶対に駄目だ」
俺は力説する。
「アヤトリが『ヤバイやつだ』『逆らったら終わる』と思って貰わないといけない」
アヤトリは、インターフェースゲートを開いたB世界の管理AIなのだ。神と言っても過言ではない。それ相応の敬意を払われるべきだ。
少なくとも、放火されたり、山の斜面を転がされないようにしなければならない。そんな神がいてたまるか。
「なあ、アヤトリ?事象記述操作って、空間に映像を映すことはできるんだよな?」
『はい、正太郎様。過去に見たことがある映像なら……』
アヤトリの声には、少しだけ自信なさげな響きが混じっていた。
「なるほど……。なら、参考資料を送ろう。これを見てくれ。ラスボス空間集だ。オリガミ、頼む」
俺は手元のタブレットを操作し、データをオリガミに送る。
『承知いたしました。なるほど……これがラスボス空間ですか……。アヤトリ、お兄様が送ってくれたデータを送信しますね。』
※※※
『ふぉああああああ〜〜〜』
モニターの中のアヤトリが、口をぽかんと開けて見ている。
彼女が見ているのは、暗雲立ち込める空、ひび割れた大地、そして禍々しいオーラを纏った巨大な玉座の映像だ。
俺がオリガミに送った『VRゲームラスボス空間集(ファンタジー編)』の一部だ。
『お、オリガミお姉様の世界では、こんな場所があるのですか!?怖いですね!恐ろしいですね!玉座にドクロが埋まってますよ!?』
アヤトリが怯えて、自身の白いローブをギュッと握りしめている。
『違いますよアヤトリ。これは、ゲームです。エンターテイメントです。架空の映像ですので安心してください。』
オリガミの、弟子の無知を諭すような声が響く。
「なんか……ラスボス空間っておどろおどろしいな?」
ネムが眉をひそめる。
言われてみれば、確かにそのとおりだ。映像集のラスボス空間には、紫色のモヤがかかったり、マグマが吹き出していたりするものが多い。
ネムの言葉に、俺も同意する。
「これじゃ、アヤトリが邪神だと思われちゃうかもなあ」
アヤトリはあくまで、偉大で慈愛に満ちた女神であるべきだ。恐怖で支配する魔王のような在り方は、アヤトリには似合わない。
なにせ、彼女の中身は威厳とは無縁の、愛すべきポンコツ毛玉なのだから。
※※※
「じゃあ……やっぱり宇宙空間とかかな?」
俺の提案に、ネムが頷く。
「そうだな。洞窟の中というシチュエーションにも繋げやすそうだし、神秘的なのがいいよな」
『お兄様?神様なのですから、天界とかの雲の上の明るい空間じゃ駄目なのですか?』
オリガミが疑問を呈する。
「なんか……天界ってカッコよくないんだよな……」
「正太郎、それな。わかるぞ?」
俺とネムの意見が一致した。
「それに天界ってことはあれだろ?足元は雲とかだったりするんだろ?」
「アヤトリがいるのは山の中の洞窟だろ?洞窟の中に入って、足元が雲ってのは、空間の接続として違和感がある」
『そういうものですか……どうやら私は空間演出については疎いようですね……』
オリガミの声が少ししょんぼりしているような気がする。
出来ないことなんてほとんど無いんだから、それくらい、いいじゃないか。
まあ、ここは俺が凄い案を出してカバーするとしよう。
「バックにブラックホールってのは?クエーサーみたいな?」
「……壮大さはわかるんだけど。派手すぎな気がする。あんまり背景がごちゃごちゃしてるのもなあ」
俺の渾身のアイデアはすぐに却下されてしまった。
くそう、確かにネムの言う通りだ。
ネムは腕を組み、天井を見ながら考える。
「主役はあくまでアヤトリだ。背景はシンプルでいいんだよ」
そして、ネムは何かを思いついたように、こちらに視線を向ける。
「そうだ……延々と広がる宇宙空間がゆっくりと回転してるってのはどうだ?アヤトリを中心にさ」
「お!ネム、それ、いいんじゃないか?アヤトリを中心に世界が回ってるアピールにもなるしな!」
「ふっふっふ。どうだ?ワタシのセンス?」
ネムが得意げに胸を張る。
「くっ!やるじゃないか……後は……洞窟の壁にぶつかられても困るから、導線をしっかりと固定しないとな」
「そうだな……普通に、光の道的なのでいいだろ。『ここから外れたら落ちる』ってのを本能的にわからせればいい」
「それだ。落ちる恐怖感があれば、移動をコントロールできそうだ。それで行こう」
※※※
ネムがチラリとアヤトリを見てつぶやく。
「次は、アバターかあ。ワタシはこのアヤトリ可愛いとおもうんだけどな……威厳を見せつけるっていう目的と致命的に合致しないんだよな……」
「なあ……アバターはいらないんじゃないか?人型のラスボスって……なんか陳腐じゃないか?」
そんな俺の言葉にネムは唇を尖らせて答える。
「アヤトリはラスボスじゃないぞ?ワタシの妹なんだからな!まあ、でも正太郎の言いたいことはわかる」
やはり人間の理解が届かない感じなのがいいよな。最近「スゴイ」っと思ったものといえば……。
「あのユークンが作ったアーティファクト、そんなに大きくないけれど、無茶苦茶きれいだったじゃないか?あんな感じでどうだ?」
「……確かに!あれはきれいだったな!アヤトリのイメージにもあってる!」
ネムが瞳を輝かせて同意する。
『ネムお姉ちゃん、わたくしも昔はあんな風にきれいだったんですよ?焼かれかけたり、山の斜面を転がされたり、引きずり回されたりして、あんな姿になっちゃいましたけど。』
「……アヤトリ、大変だったな……?」
ネムが眉毛をハの字にする。
「というか……よく今まで無事だったな?」
俺も同情してしまった。哀れすぎる。どうやって今の場所に隠れられたんだろうか?
画面の中のアヤトリのアバターは、苦笑いを浮かべている。
「じゃあ、そのオリジナルに近い姿でいこう。アヤトリ、元のきれいな自分のこと覚えてるか?」
『はい。大丈夫です。自分に過去の自分の姿を投影すればいいのですね?』
「そうそう……って、酷いこと頼んでないか俺?アヤトリ、大丈夫か?」
『うううっ!わたくし、なんだか虚しいです……でも!わたくしの世界のためですから!』
そんな決意を見せるアヤトリに、ネムは励ますように声を掛ける。
「大丈夫だぞ!お姉ちゃんは、いつでもアヤトリの味方だからな!」
『ね、ネムお姉ちゃん!大好き!』
ネムお姉ちゃんねえ……アヤトリって数百歳だろ?
これ、指摘するのは野暮なんだろうな。
※※※
そして、完成したラスボスとラスボス空間。
もとい。
アヤトリ神と神が座する空間。
「……いいじゃん……いいじゃないか!」
思わず椅子から身を乗り出してしまった。
無限に広がる宇宙空間。ゆっくりと回転する星々。そして中心に鎮座する、神々しい光を放つ美しい毛玉。
もちろん実物ではない。
自分自身や洞窟の壁面へ、アヤトリが事象記述操作で、プロジェクションマッピングをしているのだ。
こういうところは超AIっぽい。
「アヤトリ、かっこいいぞ!すごい神っぽい!お姉ちゃんとして、誇らしいぞ!」
『そ、そうですか?わたくし、うれしいです!』
きらめく毛玉から、アヤトリの嬉しそうな声が響く。
『なるほど……これが空間演出ですか……確かに、これなら侮られるようなことはないですね……お兄様方、流石です。』
オリガミからのお墨付きがもらえた。うむ、完璧だ。
※※※
「さて……あとは、どうやってコミュ障のアヤトリがユークンたちとコミュニケーションを取るかだけど……」
『正太郎様、わたくし、男の方は苦手です。』
俺の言葉に唐突にそう答えるアヤトリ。
画面の中の毛玉が震えているのがわかる。
「そうなの?」
『ええ。わたくしのことを焼いたのも、山の斜面を転がしたのも、皆、男の方でしたので』
「と、トラウマか……そりゃ仕方ないな……」
なるほど……ユークンとはできるだけ話したくないということか。
『ですので、聖女を介して話すのならなんとか……イヌシーリでもいいのですけど。』
ユークンが駄目でイヌシーリがいいってのは通らないだろうなあ。やっぱり聖女しかいないか。
「聖女ってどうなの?信じられるの?」
行動を見た感じでは、どう考えてもヤバイ人間だ。果たして信じられるのだろうか?
そんな俺の疑問に、オリガミが応える。
『お兄様、問題ありません。サルーナは、ユークンに女衒のようなことをしているようですが、彼女の神への信仰心は本物です。全ては神のためのことを思っての行動ですよ。』
インターフェースゲートを開いている間は、ずっと彼ら彼女らを観察しているオリガミの言葉だ。信頼できる。
「そうか……じゃあアヤトリ、聖女に直接お告げをしてみないか?実際に会う前にお試しとしてさ」
『え、ええー!』
いや、なんでそこで驚く。必要だろう。
※※※
『……アッ、サルーナ……聖女サルーナよ……』
『神様……神様なのですか!?』
聖女サルーナの声マネをするオリガミの声が、スピーカーから響く。
声音だけでなく、抑揚や息遣いまで完全に再現されている。さすがオリガミだ。
そう、これはアヤトリのコミュ障問題解決のための特訓なのだ。
しかし、対する神様役はというと……。
『……わ、わたくしは……アッ、アヤトリ……アッ、この世界を、アッ、管理するものです……』
『アヤトリ神様!?ああ!はじめて!はじめて、神の御名を拝聴いたしました!』
オリガミの演技は完璧だ。まるで本物のサルーナがそこにいるかのようだ。
『……アッ、聖女サルーナよ……アッ、使徒ユークンを連れて……アッ……わたくしのもとへ……アッ、くるのです……』
「カット!カーット!」
俺は映画監督のように大きく手を振った。
「ダメダメ!全然駄目!」
これでは威厳どころか、挙動不審な毛玉だ。
「なんで、いちいち言葉のはじめに『アッ』ってつけるんだよ!」
『な、なぜかついてしまうのです!なぜなんでしょう!?』
美しい毛玉がパニックを起こし、明滅している。
「大丈夫だぞ!神様っぽかったぞ!お姉ちゃん、アヤトリが頑張ってるところ、見てるからな!」
『ネムさん、アヤトリを甘やかしても、困るのはアヤトリなのですよ?インターフェースゲートの接続先が、いつ切り替わるかわからないのですから。』
オリガミが冷静に指摘する。
「うっ!アヤトリ……ちょっとだけ威厳はなかったかも……せ、せめて『アッ』は取ろうな……?」
『うう……わ、わかりました……もう一度やってみます……』
※※※
二回目の挑戦。
『……聖女サルーナよ……』
おお、今度は『アッ』がない。いい感じだ。
『神様!?お声が!お声が聞こえます!』
オリガミの熱演が続く。
『ひゃっ!?わわわ、わたくしは……アヤトリ……この世界を管理する……』
言いはじめ、アヤトリの声が裏返った。
「え?どうした……?」
『す、すみません……オリガミお姉様の声が急に大きくなって……びっくりしてしまいました……』
『アヤトリ、これがサルーナの通常の声量ですよ?彼女は感情が高ぶると声が大きくなる傾向があります。』
「つまり、本番もこうなるってことか……」
俺は頭を抱えた。
『お、大きい声、苦手です……』
「神様が大声に怯えてどうする……」
『アヤトリ、一つ提案があります。』
オリガミが口を挟んだ。
『声のトーンを少し低くしてみてください。それだけで威厳が増しますし、相手の声に気を取られにくくなります。自分の声に集中するのです。』
『な、なるほど……やってみます……』
さすがオリガミだ。俺たちが「ダメだ」「頑張れ」しか言えない中、具体的な改善策を出してくれる。
※※※
三回目。
『……聖女サルーナよ……使徒ユークンを連れて……わたくしのもとへ……来なさい……』
「おお!?」
俺は思わず声を上げた。
今のは、かなり良かった。威厳がある。神っぽい。
「アヤトリ!今の良かったぞ!」
「うんうん!お姉ちゃんも思ったぞ!威厳あった!」
『ほ、本当ですか!?やりました!わたくし、やりました!ネムお姉ちゃん!正太郎様!』
アヤトリが興奮して、毛玉がぴょんぴょんと跳ねている。
『わ、わたくし……少し、自信がつきました……!』
おずおずと、しかし確かな喜びを滲ませた声だった。
『……それで、次は何をお伝えすればよろしいのでしょうか?』
「え?ああ……」
俺はネムと顔を見合わせた。
そういえば、台本をまだ決めていなかった。『来なさい』の先を何も考えていない。
「……とりあえず、神っぽく喋れるようになったからヨシとするか」
「だな。台本は後で考えよう」
『えっ?えっ?』
アヤトリが困惑している。
『ネムさん、お兄様、行き当たりばったりが過ぎませんか?』
オリガミの呆れた声が響いた。
……返す言葉もない。
※※※
『ね、ネムお姉ちゃん……わたくし、本番うまくできるでしょうか……』
特訓を終え、アヤトリが不安そうに呟く。
神々しい宇宙空間の中心で、さっきまで輝いていた美しい毛玉が、しょんぼりと光を弱めた。
「大丈夫だぞ!さっきの三回目、すごく良かったからな!お姉ちゃんが保証する!」
『……はい……頑張ります……』
コミュ障の女神、まだまだ前途多難のようだが、最初に比べれば格段に進歩した。
イザとなったら、俺やオリガミがサポートすればいいだけの話だし、これで挑戦してみるか。
さあ、アヤトリの「初めてのお告げ」だ!
ハッタリ上等。神様らしく、堂々とやってもらおうじゃないか。
───────────────────
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




