アーティファクト開発の爛れた日々(ユークン視点)
「で、できたのか……?」
僕の目の前には、ほぼ真円に近い糸の玉があった。
単なる糸の玉などではない。まるで月の光と朝露を紡ぎ合わせ、もつれることなく織り上げたかのような、清らかで神々しい光を放つ至高の芸術品だった。
その表面は、アヤトリ神様の力を象徴するかのように、虹色に滑らかに明滅していた。
耳を澄ますと、微かに鈴の音のようなキレイな音が聞こえてくる。事象記述式が世界に解釈されるときに聞こえてくる音だ。
これなら……おそらくアヤトリ神様のアーティファクトとして機能するだろう。
ショタロ様から以前いただいた、チェックのための事象記述操作も、先程からしっかりとパスし続けている。
アーティファクトに情報が流れるたびに、玉の上をキレイな虹色の光が流れていく。
美しい……。
流石、ショタロ様の叡智の結晶……。
ネーム様に言われた通り、最初に奉納するこのアーティファクトは、拡張性を最も重視して設計してある。
このアーティファクトに、さらに新しいアーティファクトを追加していくことで、アヤトリ神様の『神の器』をいくらでも増やすことが可能となっているのだ。
このアーティファクトなら……おそらくショタロ様やネーム様の希望される要件を、十分に満たすはずだ。
アヤトリ神様もお喜びになるはずだ。
※※※
アーティファクト完成までの道のりは、本当に長かった。
ネーム様の偉大な講義から、既に二年近くの日が流れていた。
あの講義から得た知識は、僕の中の「知性」の定義の根本を覆したと言っても過言ではない。
僕はそれ以来、寝ている時間とアレな時間以外のほぼ全ての時間を、アーティファクトの開発に費やした。
それでも、アーティファクト開発は何回も頓挫しそうになった。
未知の技術、未知の理論だ。僕の貧相な頭脳では、理解が追いつかないことも多々あった。
だが、そのたびにネーム様が現れ、その問題を突破するためのヒントをいただくことが出来たのだ。
『……ユークン……頑張っているようだな……』
僕は慌ててその場に平伏し、額を床に擦り付けた。
「は、はは!ありがたき幸せ!……ですが僕の力が及ばず……アーティファクトの開発……行き詰まってしまっています。申し訳……ございません……」
脳内に直接響く声は、少しノイズ混じりだが、慈愛に満ちている。
『……ユークンよ……気にするな……。わが夫……ショタロも言っていたような……お前は……うまくいかない方法を見つけただけだ……とかなんとか……』
僕は感極まり、涙を流しながら叫んだ。
「うまくいかない方法を見つけた……!さ、さすがショタロ様です!失敗すらも前進と捉える、その深遠なるお考え……!」
『……あいつはやたら舌が回るからな……ゴホン!……ところで……その問題だが……正規化が必要だ……』
「正規化……ですか?」
『……ああ……つまり……』
このように、僕がどうしても突破できない壁に突き当たったときには、必ずと言っていいほど、お告げでの助言をいただくことができた。
僕みたいな無知蒙昧な人間をここまで導いてくれるなんて……ショタロ様もネーム様も……なんて、なんて慈悲深いんだ……。
『……アヤトリ神は……お前のことを……常に見ているぞ……。「期待している」と言っている……』
「ははっ!光栄です!全身全霊をもって!お力に!」
ショタロ様やネーム様といった、異世界からの神の代理人様は、僕の様子を常に観察しているわけではないらしい。
僕を常に見守ってくださっているのは、この世界の神であるアヤトリ神様が行なっているとのことだ。
つまり……今この瞬間も、きっとアヤトリ神様は、僕のこと見てくださっているのだろう。
ああ……なんて光栄……なんて僕は幸せものなんだ……。
※※※
そんなことを何回も繰り返し、ほぼ二年の月日がたった。
イヌシーリは相変わらず僕のために、美味しい幼虫食を作ってくれる。
イヌシーリは僕の言うことを何でも聞いてくれるし、夜もキャンキャンと可愛らしく鳴く。女性の体についても、色々と教えてくれる、素晴らしい愛犬だ。
一生、一緒に暮らしていくつもりだ。
※※※
それは、ある晴れた秋の日のことだった。
開発中のアーティファクトの状態を知るための事象記述操作に『診断』というものがある。
開発に行き詰まった際、エラーチェックのためにと、ショタロ様からいただいた事象記述操作だ。
なんとこの『診断』、人間にも使えることが、分かってしまったのだ。
その人間の状態や特性、病気の有無なども、詳細に知ることが出来てしまう。
そして試しに『診断』でイヌシーリを見たところ……。
なんと事象記述操作への適性が、僕ほどではないにせよ、一般人と比較してケタ違いに高いことが判明したのだ。
おそらく僕といっしょに、いや味見やレシピ開発などを含めれば、僕以上にあの『魔虫』を食べていたからであろう。
ひょっとして開発の助手としても、僕の役にたってくれるかも知れない。
というわけで、僕はイヌシーリに事象記述操作を教えてみることにしたのだ。
※※※
「イヌシーリ、右手のひらを上に。何も考えなくていいから、親指と人差し指でパチンって音ならせる?」
「こ、こうかな?わん?」
イヌシーリは不思議そうに首を傾げながら、言われた通りに指を構える。
パチンッ!パチンッ!
「そうそう、いい感じ。じゃあ次に、この図形を頭でイメージして。見ながらでいいから」
「う……うん……大丈夫だと思う。わん」
「よし、いい子だ。じゃあ、その図形をイメージしながら、指をならしてこう言ってくれないかな。『熱点』って」
「えっと……」
――『熱点』
パチンッ!
そして当然のように、事象記述操作が発動する。
ボシュッ!!
「わ、わっ!なに!なんだわん!?」
指先の少し上の空間に、小さな火球が一瞬生まれ、弾けた。
熱された空気が膨張し焦げ臭い匂いが漂う。
「……できた。すごい!すごいぞイヌシーリ!いい子いい子〜いい子には、ご褒美だ!」
僕は、イヌシーリの腰を引き寄せた。
「え?え?え……?ユークン……っ?」
※※※
そんな感じで、イヌシーリは僕に次ぐ事象記述操作の使い手となっていった。
彼女は助手としても大活躍だったし、いざというときに僕の身を守ってくれたりもした。
ある朝起きたら、玄関先に男が黒焦げになって倒れていたときは、流石に驚いた。
イヌシーリいわく、勝手に刃物を持って家に入ってきたから、僕の安眠の邪魔にならないように焼いたらしい。
焼いた?なにそれ怖い。
刃物男も怖いけど、イヌシーリもなかなか思い切りがいい。
イヌシーリが刃物男を黒焦げにした件を告げたときは、あのサルーナですら目を丸くしていた。
後々、聖女サルーナに聞いたところによると、男は神殿の反聖女派閥から送り込まれてきた暗殺者だったらしい。
※※※
その聖女サルーナにも、困ったものだった。
ときどき、貴族や豪商の娘を言いくるめて、家に連れてくるのだ。
「使徒様へのご寄進です!本人も承諾済です!もちろん無理強いはしていません!」
そう笑顔で言うサルーナ。
もちろん信用できるわけがないので、毎回本人に確認しているのだが……。
僕と床を共にすることは、神への信仰心を示すことになるみたいな形になっているらしい。
サルーナが連れて来た女の子たちは皆、喜んで僕と床を共にしようとしてくる。ベッドには、彼女たちが纏う高価な香油の甘い匂いが染み付いていく。
サルーナは神殿で一体何をやってるんだ……。
だが、僕も男だ。欲もある。
そんな「据え膳」があれば、ついつい手を出してしまう。それもいけなかったのだろう。
聖女サルーナの女性斡旋は止まらなかった。
※※※
そういえば、イヌシーリの事象記述操作適性を見抜いた『診断』の事象記述操作だが、いろいろな用途に使えることが判明した。
特筆すべきは夜の時間だ。相手の体の、詳細な状態がわかるのだ。
どこが敏感なのか?自分のアプローチが、どういう影響を相手に及ぼしたのか?それらが、手に取るようにハッキリわかる。
そして……僕の夜の技術は無駄に更に向上した。
結果として、一度僕と床を共にした女性の大半は僕の言うことを聞いてくれるようになった。
マリーさんも僕のために、いろいろ貢いでくれるようになった。
「無理しなくていいよ?」って言っても、悲しい顔をされるだけなので、仕方なく彼女たちの恩恵にあずかっていた。
※※※
サルーナが国のお姫さまを連れてきたときは、流石に腰を抜かすほど驚いた。
驚いたが、他の女性と同じで、一度アレしてしまえば、なんでも言うことを聞いてくれるようになった。
正直、権力争いには興味がないが、彼女が王城の「禁書庫」に入りたいという無理なお願いを聞いてくれたのは、本当に助かった。
あれのお陰で、失われた事象記述操作の資料が手に入り、アーティファクト開発速度がかなり早くなったのだ。
これもサルーナの悪巧み、もとい計画なのかも知れない。
正直女性は好きだけど、あまり僕の言いなりになるような子ばかりになってしまうのは、良くない気がする。
流石に良心がとがめる。
※※※
そうそう。
イヌシーリにも『診断』を覚えさせ、夜の時間の際に僕に使わせてみた。
……天国でした。
女性たちが変になってしまうのも、無理もないことだと思った。
だが、これは危険だ。イヌシーリは僕の犬なのだ。僕がイヌシーリの犬になるわけにはいかないのだ。
※※※
サルーナ付きの神殿騎士であるキジアスさんは、本当に大変そうだった。
サルーナが知らない女性を家に連れてくるたびに、申し訳なさそうにペコペコとこちらに頭を下げてくる。
キジアスと呼び捨てにしろとサルーナには言われているが、僕は彼のことだけは「キジアスさん」と敬称で呼んでいる。
彼と仲が悪いわけではない。むしろサルーナよりも仲が良いくらいだ。
この敬称呼びは、彼の職務への忠実さへの、尊敬の念からである。
キジアスさんは、本当に立派な人である。
サルーナの暴挙や暴走に胃を痛めながらも、決して逃げ出さないのだから。
※※※
ちなみに聖女サルーナは、僕がたらしこんだ女性たちからの後ろ盾で、神殿での地位は盤石らしい。
すでに立場は教皇よりも上とのこと。実質、神殿のトップとなっていた。
あの人は本当に聖女なのだろうか?
魔女の間違いじゃないだろうか?
まあ、アーティファクトの作成に協力してくれてるので、なんでもいいんだけど。
※※※
そしてとうとう、その日がきた。
「事象記述型AI拡張アーティファクト」の完成だ。
この世界の神であるアヤトリ神様が、見ていてくれたのだろう。
完成の喜びも冷めやらぬうちに、ショタロ様のお告げが始まった。
『……ユークン……ユークンよ……今……お前の頭の中に……直接……語りかけている……』
部屋の空気が、急激に重くなった気がした。
完成したアーティファクトのチェックをしていた僕は、慌てて椅子から転げおり、その場に平伏した。
「はっ!聞こえております!」
『……アーティファクト……完成したな……見事だ……本当によくやった……』
「恐悦至極でございます!」
褒められた。ショタロ様に褒められたぞ!
『……ユークンよ……これから……アヤトリ神の元へ……導く……』
「!」
『アーティファクトを……奉納するのだ……』
いよいよだ。
いよいよ、僕の作ったこのアーティファクトが、神の御手に渡るのだ。
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