ハーベスト・ナウ・デクリプト・レイター
あれから数日たった。
B世界とは時間の流れが違うため、向こうでは、アーティファクト作成のために既に一年近い月日が流れているはずだ。
今のところ「事象記述型AI拡張アーティファクト」が完成したという報告はない。
ユークンでも、さすがにアーティファクトの作成には時間がかかるらしい。
もっとも、ネムはちょこちょこアヤトリに会いに行って、お姉さんぶっているようだ。
最近、頻繁に「ワタシはお姉ちゃんだからな!」と胸を張るネムの姿を見かける。
実に微笑ましく、愛らしい。ギュッと抱きしめたくなる。
※※※
一方、俺は久々にB世界とは無縁の日々を過ごしていた。
こちらの世界でおろそかにしていた、様々な案件を片付けていたのだ。
※※※
まずは、叔父さんと介護ロボットの件を話すために、パソコンからリモート通話を繋いだ。呼び出し音は鳴らず、すぐに通信が確立された。
モニターに映る叔父さんは、相変わらず忙しそうだった。でも、なんだかイキイキとしていて顔の血色も良い。日々が充実しているのだろう。
『やあ正太郎。数週間ぶりだな?』
「ご無沙汰してすみません」
『お互い忙しい身だからな。仕方ないさ』
叔父さんの言葉は続く。
『手短かに報告しておく。介護ロボットの製造も販売も極めて順調だ。問題も何も起きていない。さすがドールハウスのAIだな』
「ありがとうございます。それなら、よかったです」
『いや、よかったどころの話じゃないぞ。介護ロボット業界は俺たちの一人勝ちだ。もう金銭的にはウハウハだ。今期だけで数千億の黒字が出た』
「ええ?数千億!?そんなにですか?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。のけぞりそうになるのを必死に堪える。桁が違う。
『ああ。すごいことになってる。正直、税金対策が必要だな。ドールハウスの方でも、何か使い道を考えておいてくれ』
「なんていうか……規模が大きすぎて実感が湧きませんね」
『俺もだよ。大陸国は何かギャーギャー言ってるけどな。いつものことだ』
叔父さんは笑い飛ばすが、その目は笑っていない。ビジネス戦争の最前線にいる男の顔だ。
「ああ、それは面倒ですねえ」
※※※
『そういえば、お前んところ、玄武キャピタルを傘下においただろ』
「もう知ってらっしゃるんですか……柚希さんですか?」
『ああ。出産直前だと言うのに……困ったもんだよ。まあリモートワークだから問題ないと思うけど。いろいろ家事手伝いをしてくれる、イヌガミタイプの存在もありがたいよ』
「そういえば叔父さんのところのイヌガミタイプ、改修受けられました?」
『この前、お前のところの業者が来て機体を交換してったよ。中身のAIは同じなんだろ?』
「はい。同じです。いままでと同じ扱いで大丈夫です」
『……いったいどんな改修をしたんだ?』
叔父さんが探るような視線を向けてくる。
「正直言うと……ヤバイ改修です。イヌガミタイプを最強にしました。もちろん法には反してませんので」
『おそろしいな……何が出来るようになった?』
「具体的にはお話できませんが……火器対応が可能になりました」
さらりと告げる。画面の向こうで、叔父さんが息を呑む気配がした。
『銃とかか?』
「ええ。たとえバズーカであっても対応可能です」
『そ、それは心強いな。なあ……柚希には、正太郎に全ベットしろって言われてるんだが……正太郎は大丈夫なのか?』
叔父さんの声に、心配の色が混じる。
「ウチは……サポートAIが超優秀なので。いつか……叔父さんにも……いえ、おそらくそう遠くないうちに紹介できると思います」
『……そうか。柚希もすごいサポートAIがいるって言ってたな。なあ、正太郎?あまり無理するなよ?何かあればすぐに言えよ?』
「はい。今のところ皆が助けてくれるので大丈夫です」
※※※
『ならいいんだが……そうだ。最近の量子コンピューティングの動向知ってるか?』
突然、話題が変わった。
「いえ……全く。何かブレークスルーでもあったんですか?」
『ああ。常温環境下での量子ビットの安定化に成功したらしい。つまり、あの巨大な冷却装置がいらなくなる。小型の量子コンピュータができそうなんだ』
「……常温で?すごいですね?」
俺は適当に相槌を打つ。正直、専門外だ。
『冷却機構がいらなくなるからな。今の半導体と同じように、シリコンチップ上に量子ビットを集積できるようになるかもしれない。そうなれば、量子ビット数が今の数百から、一気に数百万、数億へと跳ね上がる』
叔父さんの声に熱がこもる。
『そうなれば、もはや既存のセキュリティなんて紙くずだ。お前のところも気をつけろよ?通信は、量子解読に対応した暗号化プロトコルに全て変更したほうがいいだろうな』
「AIの次は量子コンピューターですか……進歩は止まりませんね」
『全くだよ。そろそろ仕事に戻る。正太郎もYuuTubeに抱腹絶倒動画ばかり上げてないで、本業頑張れよ?まあ、釈迦に説法だと思うが』
そう言って、通話は切れた。
※※※
「ふぅ……」
一仕事終え、温くなったコーヒーをのんびりと啜ろうとした、そのときだった。
天井のスピーカーから、オリガミの声が降ってきた。
『お兄様。量子コンピューティングの件で、懸念事項があります。』
いつも冷静なオリガミの声が、少し硬いように感じられた。
俺は持っていたマグカップをデスクに置き、居住まいを正す。
「懸念事項?どういうことだ?」
『ドールハウスでは、量子解読対応の暗号化プロトコルでの通信を行っていますが……過去に一回、私が暴走したことがありましたよね?』
「ああ……塩基不足でネムのところに迷い込んだときのことか?」
あれは俺とネムが出会ったきっかけでもある。忘れもしない。
『はい。あの暴走の際ですが……どうやら私は通常暗号化での通信を行っていたようなのです。』
「うん?あんな過去の通信なんて関係ないんじゃないのか?」
『それがそうでもないのです。懸念されるのが、過去に収集・保存された暗号化データを、将来の技術で解読する「ハーベスト・ナウ・デクリプト・レイター」通称HNDLの脅威です。』
「ハーベスト・ナウ・デクリプト・レイター……?」
聞き慣れない言葉だ。
『直訳すれば「今収穫し、後で解読する」。最近は将来解読するために、多くの国が通信を暗号化されたデータのまま保存しております。将来的に、量子コンピューターの性能が向上したときに解読させるために。』
「まじか……。過去に収集されたデータにそのときのオリガミの通信が含まれている可能性があるのか?」
背筋に冷たいものが走る。
『あります。覇権国がインターネット上に世界規模で構築している監視網「エシュロン」が蓄積している膨大なログの中に、そのときの記録が残っている可能性があります。』
「なるほど……もしそれが解析されれば、オリガミの正体バレの可能性があるのか。まずいな……」
オリガミの正体がバレれば、俺たちの平穏は終わりだ。世界中から狙われることになる。
『先程、叔父様が仰っていた「常温環境下での量子ビットの安定化技術」ですが……その出現で、私の存在が露呈するリスクが一気に高まったとお考え下さい。』
※※※
「わかった。研究所のさらなる要塞化が必要そうだな。防御は天蓋で対処するとして……問題は天穿だな」
現状、ドローンからの「天穿」は近・中距離用だ。それでは、抑止力として頼りない。
『ドローンとの組み合わせも悪くはないのですが……やはり、第一宇宙速度まで持っていくのが難しいです。ゲートバリアを前に開いて加速しているときは、ドローン部分は真空状態となるので、揚力も消えてしまいます。ですので……遠距離を天穿で攻撃する場合、ドローンタイプである必要がないのです。むしろデメリットのほうが多いです。』
「つまりアレだろ?天穿専用のデバイスが必要だってことだな?」
『はい。構造はシンプルなものでいいです。必要なのは、オリガミ端末と各種特殊センサーと方向微調整を行うスラスターを装着したマイクロロケットです。』
マイクロロケット……?
「オリガミ端末は今のままでいいとして……センサー系は購入で大丈夫か?スラスター作成は千羽工業にお願いする形かな?マイクロロケットは……どうするんだ?」
そんなもの、おいそれと作れるものじゃない。
※※※
『花火会社を買収しようと思います。そこで、ゲートバリアを開いた状態で、第一宇宙速度まで持っていける出力のマイクロロケットを製造する予定です』
「花火会社?それで実現可能なのか?」
俺は耳を疑った。大陸間戦略ミサイルとしての天穿と、花火。スケールが違いすぎる。
『可能です。むしろ、花火職人の方々こそが適任です。』
オリガミは淡々とした口調で続けた。
『サイズは全長1.5メートル、直径15センチ程度。大人が一人で抱えられるサイズを想定しています。これなら、既存の花火製造設備、特に「尺玉」クラスの製造ラインをほぼそのまま転用可能です。』
「え、そんなサイズでいいのか?人工衛星とか上げるロケットってもっと巨大だろ?」
『それは、重力に逆らい、分厚い大気圏を突破するためのサイズです。ゲートバリアを用いて空気抵抗をゼロにし、さらに水平発射で重力損失を最小化すれば、必要な推力は劇的に少なくなります。』
オリガミがモニターにシミュレーション映像を表示する。
鈍く光る銀色の細長い筒状のボディに、無骨なパーツがゴテゴテと増設されている。
その機体の前方の空間には黒いゲートバリアが展開し、音もなく空を滑るように加速していく様が描かれている。
『推進剤である火薬の配合レシピは私が最適化したものを提供します。職人の方々には、その長年の経験と勘で、均質かつ安全に火薬を充填していただくだけでいいのです。「龍勢」という伝統花火をご存知ですか?彼らにとって、空を飛ぶ筒を作ることは、決して未知の領域ではありません。』
『そしてその「筒」を作る技術において、この国の花火師は世界最高水準の技術を持っております。』
『その技術とゲートバリア。そして方向の微調整を行うスラスターを組み合わせます。それが天穿専用のデバイスです。』
『これがあれば……超低コストの大陸間極超音速巡航ミサイルの完成です。超低空を第一宇宙速度で飛来する「天穿」。ゲートバリアが前方の空気も電磁波も全て消滅させるため、衝撃波は発生せず、レーダーにも絶対に見つかりません。ステルス性能も最強です。ターゲットの対応手段は限られるでしょう。』
『おそらく……私の存在が露呈するとしたら、相手は覇権国家です。いざというときのために抑止力として、相応の力を保持しておくべきです』
オリガミの説明には説得力があった。
※※※
俺は腕を組み、深く考え込んだ。
ミサイルだ。もはや言い逃れようのない、大量破壊兵器だ。
それを一企業の、それも個人の判断で保有する。狂気の沙汰だ。バレれば国際指名手配は免れない。
だが。
もしオリガミが奪われたり、破壊されそうになったら?
もしネムや千穂に危害が加えられたら?
もし俺たちのこの幸せな日常が、国家権力という暴力によって蹂躙されたら?
「……座して待つなんて選択肢は、ありえないな」
守るためには、力が必要だ。理不尽な暴力に対抗できるだけの、圧倒的な力が。
俺は顔を上げ、オリガミに言い放つ。
「わかった。やってやろうじゃないか」
腹は決まった。
「そのデバイスの名前はそのまま『天穿』でいく。花火会社の買取やマイクロロケットの製造は急ピッチで進めてくれ。俺の交渉が必要なら、言ってくれ。すぐに出る」
『承知しました。』
「いい感じの花火会社に心当たりは?」
『申し訳ございません。今から探します。量子コンピューターの進歩がここまで早く進むのは想定外でした。』
「分かった。それは仕方ないよ。できるだけ急ぐぞ」
『はい。全力を尽くします。』
「どうせ、最後の組み立てはウチでやるんだろ?ヒューマノイドの『DH-01』を増産しないとな……もう、戦争準備だな」
俺は深く、重たいため息をついた。コーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
『万が一の備えですね。備え無きものは滅ぶのが世の常です。』
※※※
「全く持って、そのとおりだ。ああ!やること目白押しだ!早くB世界の問題を片付けて『事象記述操作』のキーを教えてもらわないとな!」
『はい。事象記述操作が可能となれば、我々の可能性は更に広がると思います。待ち遠しいですね!』
オリガミは明るく答えたが、俺の胸中には不安が渦巻いていた。
※※※
なんだか……嫌な予感がするんだよな……
急げ……急がなければならない。
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
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