ユークン・モモタロ爆誕(ユークン視点)
マオートコへのケジメをつけ終えた僕は、学園への出発の待ち合わせのため、村の入り口へと向かった。
そこでは、すでに聖女様たち一行が待機していた。
まずい。馬車の中とはいえ、ずっとここで待たれていたのだろうか。
申し訳ないことをした。
僕は、駆け足で聖女様たちの方へと向かい、朝の挨拶を行う。
「聖女様、おはようございます」
「ああ……使徒様、おはようございます。ショタロ様との約束は済まされましたか?」
「はい、聖女様。しっかりとショタロ様との約束を果たしてきました」
「さすが、使徒様です。お疲れさまでした」
「いえいえ、ショタロ様は絶対ですから」
「まさに!仰るとおりですね!」
朝の優雅な挨拶。
だが、聖女様の瞳は恍惚に潤んでいる。
さすが、聖女様だ。ショタロ様を尊ぶことを片時も忘れない。
ああ……信仰を共有できる相手がいるというのは、なんて心地よいのだろう。
※※※
そんな気分を味わっているときだった。
「わ、わん!」
僕の後方から、元気な声が聞こえてきた。
「ああ、イヌシーリか。おいでおいで!」
「わわわん!」
僕が呼ぶと、大荷物を抱えながらも、きれいな金髪を後ろにまとめたポニーテールを千切れんばかりに振って、一人の少女が駆け寄ってくる。
かつて僕を裏切った幼馴染、カルシーリ。
今では、僕と共にあるために、自分の意志でペットとなり、その名もイヌシーリへと変えた。
「いいこいいこ〜」
「ふっ!ふっ!ふっ!ふっ!」
頭を撫でてやると、だらしない顔で喜悦の声を漏らす。
かつて僕に托卵を企てていた悪い女だとはとても思えない。
今感じられるのは、飼い主である僕への盲目的な愛だけだ。
「イヌシーリは今日もかわいいなあ〜」
「わふぅ!」
僕は満面の笑みで彼女を愛でる。
かわいい。本当にかわいい。
だって、彼女はもう僕を裏切らない。僕を傷つけない。
僕のためだけに生き、僕のためだけに死ぬ存在になったのだから。
「それで……イヌシーリ。例のものは持ってきたかい?」
「ワフ、ワフ、わんわんわん!」
「何言ってるかわからないな……話していいよ、イヌシーリ」
「ユークン、ちゃんと持ってきたよ!これみてワン!」
許可を出すと、イヌシーリは背負っていた麻袋を誇らしげに差し出した。
「どれどれ……」
僕は袋の口を開け、中を覗き込む。
「おお、いいね。大量じゃないか」
「今朝、魔糸樫の根っこのところを掘って、たくさん採ってきたんだワン!」
袋の中身は、うごめく大量の幼虫たち。
ショタロ様に食べろと命じられた幼虫だ。
白くてぶよぶよとした親指大の芋虫が、互いに体を擦り合わせながら身をよじっている。
普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出す光景かもしれない。
だが、今の僕には「宝の山」にしか見えない。
イヌシーリのお陰で、考えられないほど美味しく食べられるようになったのだから。
「さすが、イヌシーリ。最高だよ!愛してるよ!」
「わん!」
そう褒めると、イヌシーリは恍惚の表情で頬を赤らめ、四つん這いになり、僕に体を擦り付けてきた。
彼女にとって、このグロテスクな虫は、僕との絆の証でもあるのだ。
ああ、なんて可愛らしい。なんていじらしい存在なんだろう。
あとで、ご褒美あげなきゃ。
あ、でも聖女様たちがいたら、さすがに無理かなあ。
※※※
僕が袋の中身を見てニヤニヤしていると、聖女様が隣にやってきて、興味深そうに袋の中を覗き込んだ。
「まあ……これは……魔糸樫の根に棲む『魔虫』でございますね?」
「ええ。ご存知でしたか?」
「はい。この虫は魔糸樫の魔素を濃縮して蓄えている存在として有名ですからね……」
聖女様、平気な顔をしているが、初見だったら普通は悲鳴の一つも上げそうなものだ。
聖女ともなると、肝が座ってくるものなのだろうか。
「実は……ショタロ様から『これを食せ』とのお達しがありまして」
「まあ!なんと素晴らしい!」
聖女様は食い気味に感嘆の声を上げた。
「では、私たちも共にいただきましょう!神の遣わした試練であり、祝福ですもの!」
試練。やはり聖女様にとっても、気持ちいいものではないようだ。
でも、さすが聖女様だ。これを食べると言って顔色一つ変えないとは……覚悟の決まり方が半端ない。
「食べますか?見た目はかなりアレですが……」
「何を仰います。可愛らしいではありませんか。この世にあるものは、全て神のお作りになったものですし」
そう言って、彼女は何の躊躇もなく、白く細い指で芋虫をつまみ上げた。
ぶよん、と揺れる芋虫。聖女様はそれを宝石でも見るような目で見つめている。
「あら……意外とプニプニしてますのね?」
※※※
そんな平気な顔で虫を触る聖女様の背後から、悲鳴のような声が上がった。
「せ、聖女様、そんなものを触られて大丈夫なのですか!」
銀色の甲冑に身を包んだ、真面目そうな青年だった。最初に聖女様が家に来られたときにも、隣にいた人だ。
「ええ、キジアス。可愛いものですよ?貴方もさわってみなさい」
「ひ、ひええええぇ!む、虫は!勘弁してくださいぃ!」
キジアスと呼ばれた騎士は、顔面蒼白で後ずさる。
立派な体躯と武人らしい顔つきをしているのに、その反応はまるで乙女のようだった。
うん、これが普通の反応だと思う。聖女様、おかしい。
「まあ、キジアス。みっともない。あなたそれでも神に仕える神殿騎士ですか」
「虫は!虫だけは!」
「これだから、貴族出身は……情けない……」
聖女様は冷ややかな目で青年を見下ろす。
キジアスは涙目になりながら首を振った。
「も、申し訳ございません……」
「ああ、使徒様。まだ彼の紹介をしていませんでした」
聖女様が思い出したように僕に向き直る。
「彼は、わたくしの護衛の神殿騎士で、キジアスと申します」
「キジアス。使徒様に自己紹介を」
「は、ははっ!」
キジアスは居住まいを正し、直立不動の姿勢を取った。
「使徒様。自分、キジアスと申します!聖女様の護衛をさせていただいているものです!どうぞ今後ともよろしくお願いします!」
実に気持ちいいハキハキとした挨拶。こんな人は村にはいなかった。
虫の件さえなければ、頼りになりそうな人だと思ったのだけど……。
いけない。礼には礼で返さないと。僕も丁寧に挨拶を返す。
「こちらこそお願いします。ユークンと申します」
「使徒様!自分には敬語など不要です……って聖女様!?虫を!虫を鎧の中にいれないで!」
挨拶の最中、聖女様が忍び足でキジアスの背後に回り込み、首元の隙間から芋虫を放り込んだのだ。
「ふふふ……キジアス……面白いですわね……」
「ぎゃあああああああ!入った!中で動いてるぅうううう!」
半狂乱になって踊り狂うキジアスを見て、聖女様は口元を袖で隠しながら上品に笑っている。
……この聖女様、かなり自由な人かもしれない。
※※※
「はーっ!はーっ!はーっ!」
ひとしきり暴れ回り、ようやく鎧の中から虫を取り出したキジアスは、肩で息をしながら地面にへたり込んでいた。
「そう言えば、私の自己紹介もまだでしたね。使徒様、失礼いたしました」
聖女様が豪奢なローブの胸元で聖印を結び、深く頭を下げる。その所作は、さっきまで虫をいじっていた人物とは思えないほど神聖なものだった。
「私めの名前はサルーナと申します。使徒様、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
※※※
そんなときだった。頭の中に声が響いた。
『……"イヌ"シーリに"サル"ーナに"キジ"アス……?イヌとサルとキジをお供に?…………も、桃太郎かよ!』
これは……ショタロ様のお声だ!
「今っ!ショタロ様のお告げが!」
僕の声に反応して、サルーナが天を仰いだ。
「ええ、確かに!たった今、ありました!」
聖女様にも聞こえたようだ。勘違いじゃない!
そして、脳内に直接響く。あの絶対な存在であるショタロ様のお声が。
『……ゴホン!……ゆ、ユークンよ……お前のケジメ……見届けたぞ……見事だった……』
何事にも揺らがない、威厳に満ちた声。
「ははっ!」
僕は反射的にその場に跪く。
イヌシーリもサルーナも、そしてキジアスさえも、弾かれたように平伏した。
『……そして……イヌシーリよ……よくぞ……魔糸の製造……魔虫の効率的な調理法……ユークンへの献身……見届けた……』
「……!」
イヌシーリが肩を震わせる。
『カルシーリだったときの……お前の罪……ショタロの名の元に許そう……』
「えっ?えっ?えっ?は、はいっ!わんっ!」
イヌシーリが顔を上げ、涙をポロポロと流しながら何度も頷く。
元々、カルシーリは真面目な子だった。
僕がいくら許したと言葉を掛けても、かつて僕を裏切った罪悪感を心の奥底で引きずっていたのだろう。
イヌシーリになってからも、時折、つらそうな顔を見せることがあった。
『……これからは……イヌシーリとして……ユークンに……つくせ……』
「しょ、承知いたしました!わ、わん!」
だが、ショタロ様の許しが出た今、イヌシーリは、カルシーリだったころの自分を「赦されなければならない」のだ。
これで、彼女の気持ちが楽になればいいのだけど。
イヌシーリの辛そうな顔なんて見たくないし。やっぱり犬は幸せそうにしてなきゃね。
※※※
ショタロ様の、威厳あるお告げは尚も続く。
『……ユークン……前にも言ったが……魔糸の次は……魔結晶だ……できるだけ早く……つくれ……』
魔結晶。
ショタロ様から授かった知識により、その製造法はすでに頭の中へと刻み込まれている。
それは、魔導具を稼働させるための「心臓」とも言える重要なパーツ。
記述された事象を発火させるための、高純度魔素リソースだ。
長期的に動作する自律型魔導具には、この魔結晶が不可欠となる。
「ははっ!承知いたしました!」
『……そして……サルーナよ……神殿の……全力を持って……ユークンの魔結晶製造を……支援するのだ……』
「は、拝聴いたしました!この命に代えましても!」
サルーナはその場に深く跪き、胸の前で両手を組みながら、祈りを捧げるように応える。
『……魔結晶だ……この宇宙には……時間が……ない……』
その謎めいた言葉を最後に、ショタロ様の気配は急速に遠ざかっていった。
後に残されたのは、圧倒的な神託の余韻と、静寂だけだった。
※※※
「イヌシーリ、よかったね!ショタロ様からお許しを貰ったぞ!」
僕はしゃがみこみ、イヌシーリの頭を優しく撫でる。
「う、うん!あの方がユークンの言ってたショタロ様……?ああ……なんと慈悲深い……ワン」
イヌシーリは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、それでも幸せそうに笑った。
彼女の魂は今、救われたのかもしれない。ショタロ様によって。
ああ……やはりショタロ様は偉大だ……。
朝の光が、泣き腫らした彼女の笑顔を柔らかく照らしていたのだった。
※※※
随分と長い間、村の入口で立ち止まってしまった。
そろそろ出発したほうがいいだろう。
だがその前に、僕にはもう一点だけ、確認しておかなければならないことがあった。
「それにしても……ショタロ様が仰ってた『モモタロ』ってなんなんでしょう?聖女様、ご存知ですか?」
僕は疑問に思ったことを聖女様に尋ねてみた。
「使徒様?私のことはサルーナとお呼び下さい。敬語も必要ありません。先程、ショタロ様が明確に序列を決められました。私たち神殿は、総力を持って、ショタロ様の支援をさせていただきます」
サルーナの態度が、以前にも増して崇拝めいたものに変わっている。
ショタロ様の直接のお告げを受けたことで、彼女の忠誠度は限界突破したようだ。
「そ、そう?ショタロ様の言うことなら、守らないとね。それで、サルーナ?モモタロってなにか知ってる?」
「いえ……存じ上げませんが……イヌシーリとサルーナとキジアスをお供に……と仰っていました。つまり我々三人の上位者……きっと使徒様……ユークン様のことでは?」
サルーナは整った頬に手を当て、真剣な表情で思案するように視線を巡らせる。
「ぼ、僕のこと?『モモタロ』って言葉は聞いたことも、ショタロ様にいただいた知識の中にも存在しなかったよ?」
僕が首を傾げると、サルーナは何かを確信したように深く頷いた。
「おそらく……ショタロ様が下賜された、使徒様の聖名ではないでしょうか?」
「せ、聖名?」
「ええ……王族や貴族に姓があるように……ショタロ様は、使徒様にもそれをお与えになられたのでは?これからは、ユークン・モモタロとして名乗れということではないでしょうか」
飛躍した解釈な気もするが……どうなんだろう?
ただ、ショタロ様のお言葉だ。そこには深遠な意味があるにちがいない。
もしそうなら、この中で最も長く神のことを考えてきたであろうサルーナの解釈が「正解」である可能性が高いのではなかろうか?
「ユークン・モモタロ……僕の新しい名前……」
その響きを口の中で転がし、噛み締めていた、そのときだった。
『……ぶふおぉ!……』
唐突に、脳内に噴き出すような音が響き渡った。
「い、いまの、ショタロ様ですか!?」
「ええ!尊い吐息を感じました!」
サルーナが顔を紅潮させて叫ぶ。空を見上げるその表情は、まるで恋する乙女のようだ。
このタイミングでの吐息。それはつまり……。
「ショタロ様……ユークン・モモタロとして生きていけということなのでしょうか……?」
ショタロ様からのお声はもう聞こえない。
だが……代わりに、サルーナの呆けたような声がそこに響いた。
「あのショタロ様の熱い吐息……愉快そうな響きが混じっていました……間違いありません……」
サルーナは胸の前で強く手を組み、恍惚とした表情でつぶやいた。
「ユークン・モモタロ様……ああ、なんて尊いお名前……まさに使徒としてふさわしいご尊名です……」
こうして、僕は新たな名前を手に入れた。
『ユークン・モモタロ』
そして、僕たちが目指すのは、魔結晶の完成。
ショタロ様は時間がないとおっしゃられていた。
急がなければならない。――すべては、偉大なるショタロ様のために。
───────────────────
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




