マオートコの爆散(ユークン視点)
「村長、おはようございます」
早朝の澄んだ空気の中、僕は村長の家を訪れていた。
学園都市への出発の日だ。挨拶を欠かすわけにはいかない。
「ああ、ユークン。おはよう」
村長は少し疲れた顔で出迎えてくれた。
僕が学園都市へ行くことは、すでに伝えてある。
「村長、実は……本日学園都市に向かうことになりました。今までお世話になりました」
頭を下げる。感謝の言葉は本心だ。
この村での生活は、僕にとって重要な基盤となった。
「そうか……ユークン、村を出てって行ってしまうのか。まあ、仕方ないな。お前は、この村の中に収まるような才能じゃなかったからな」
村長は寂しげに笑い、僕の肩を叩いた。
「魔糸樫を切り倒すことで頂ける、村長の報酬のおかげで、ここまでやってこれました。本当にありがとうございました」
「あれは、正当な報酬だよ。ユークンのお陰で、邪魔な魔糸樫はほぼ切り倒した。これで村の周辺をもっと開拓できる。ユークンのおかげだ」
「そう言っていただけると、頑張ったかいがあります。感謝します」
社交辞令のようなやり取り。
だが、ここからが本番だ。
※※※
「それで……ですね……ひとつだけよろしいでしょうか?」
僕は声を潜め、周囲を伺う素振りを見せる。
「ん?なんだね?」
「これを見ていただけますか?」
頭の中で記述式を明確にイメージし、右手の人差し指を左に親指を上に向け、詠唱する。
――『記憶再生』
ヴォン……
空中に映像が浮かび上がる。あのときの映像だ。
「こ、これは?魔法かね?ユークン、魔法使いになってたのか……なるほど……だからか……」
村長が驚きの声を上げる。
無理もない。事象記述操作は一部の人間のみ知る秘匿された技術であるため、こんな辺境で見ることは、ほとんどないのだ。
「映像の方、見ていただけますでしょうか?」
僕が促すと、村長は恐る恐る映像に目を向けた。
映像の中では、マオートコの下卑た声が響きわたる。
『へへっ、カルシーリも好きだなぁ。相変わらず、最高だぜ。おらぁ!』
低俗な笑い声と、肉欲に溺れる声。それから、僕に対する侮辱と、托卵の宣言。
『ギャハハ!あいつ貧乏人だからな!俺様みたいに高いネックレスなんか買えねぇよ!』
『あ〜、そりゃそうかすまんな。お詫びに俺の優秀な種、たっぷりと仕込んでやるから勘弁してくれよ?』
マオートコがやらかしたことの決定的な証拠だ。
村長の顔色が見る見るうちに青ざめていく。
「はあ……マオートコ……あいつまたか……。ユークン、すまない……」
村長は頭を抱え、深いため息をついた。
また?
「また?どういうことですか?」
「あいつな、以前にも人妻に手を出してな、子供をこさえてるんだよ。人間関係を踏みにじりやがって……一度足らず二度までも……許せん……」
怒りと悲しみが入り混じった声。
村長の苦悩は深いようだ。
「本当に申し訳ない。私の教育が悪かった」
「いえ……村長のせいじゃないですよ。ほかのご兄弟は立派じゃないですか」
「そうだな……なんであいつだけ、あんなんなっちゃったんだろうなあ?ユークン、命だけは助けてやってくれないか?あれでも一応、私の息子なんだ。命さえ奪わないでくれたら、何をしてもいい。頼む……お願いだ……」
村長が悲壮な表情をして、僕の手を握り締める。
息子の愚行を知りつつも、親としての情を捨てきれない。哀れな人だ。
「命さえ奪わなければ、何してもいいのですか?」
「ケジメをつけていいかって聞きに来たんだろ?お前のそういう誠実なところ、好ましいよ。やっちゃってくれ。今後、他人に迷惑かけられないようにしてくれ」
村長の目には、決意の光が宿っていた。
恩のある村長からも、マオートコへのケジメの許可が降りた。
「……マオートコのマリーさんとの婚約もなしになりますが、よろしいですか?」
「大丈夫。マリー嬢の商会とはユークンが関係をつないでくれたからな。マオートコと結婚の必要はもうない」
「わかりました。ご理解、感謝いたします」
「いや、こちらこそ……本当に……本当にすまなかった」
村長は何度も頭を下げた。
僕は静かに村長の家を後にした。
これで、思う存分やれる。
※※※
そのすぐ後のことだった。
村の中をぶらぶらと散歩していると、マオートコが現れた。
「おい、ユークン!なんでお前がウチから出てくるんだ?」
どうやら、村長の家、つまりマオートコの自宅から出てきたところを見られたようだ。
相変わらずの虚勢を張った態度。僕への恐怖が透けて見えるが、自分の立場の方が上だった過去を取り戻そうと、声をかけずにはいられなかったのだろう。
「ああ。マオートコ。村長に挨拶をと思ってね」
「挨拶?なんでだよ?」
「僕、村を出るんだよ。学園都市で学園に入って研究することになった」
僕が告げると、マオートコの顔が歪んだ。
「はあ?んだと?なんでお前ばっかり……!」
「ショタロ様のおかげだね。本当に、全てショタロ様のおかげだ」
「ショタロ様?誰だよそいつ!」
「そいつ」だと?今、ショタロ様のことを「そいつ」呼ばわりしたのか?……許せん。ショタロ様を侮辱することだけは絶対に許せない。
仕方ない。村長には申し訳ないが、再起不能にさせてもらおう。
命は取らないようにしないとな。
僕はにっこりと笑いかけ、頭の中で記述式を明確にイメージし、再び右手の人差し指を左に親指を上に向け、詠唱する。
――『記憶再生』
ヴォン……
「マオートコこれ見て?」
「ん?なんだ?魔法?おまえ魔法まで!?くそっ!」
「いいから映像の中身見てよ」
空中に浮かび上がる映像。
今度は、マオートコとカルシーリの映像ではない。別の映像だ。
『なにこれ……すごすぎ!』
『すごい!すごい!ユークン、好きになっちゃう……!』
そう、僕がマリーさんと夜を過ごしたときの映像だ。映像内で、マリーさんの熱を帯びた声が響き渡る。
『な、なにこれ……!すごい!こんなの初めてぇ!ユークン、すごいぃぃ!』
『……っ、すごい……』
理性を失い、甘い熱に溺れるマリーさんの姿。これは、すごいな……。
マオートコは口をあんぐりと開け、呆然と映像を見つめている。
「な、なんだよこれ……」
「何って、マリーさんと夜を過ごしたときの映像だよ。最高だったよ。カルシーリはキュッとしてるけど、マリーさんはふわっとしてるんだ」
僕は涼しい顔で告げる。
「て、てめぇ!俺も、まだマリーと夜を過ごしてないのに!」
「あれ?そうだったの?ご愁傷さま。お先にいただいたよ。すごい良かったよ?あ、でもマオートコは、マリーさんと夜を過ごせないと思うよ?カルシーリとのこと伝えといたから。マリーさん怒ってたなあ……」
マオートコは、ぼくの言葉に顔を青くし、そしてすぐに真っ赤になった。
「おまえ!ぶっ殺す!」
腰のナイフを抜き、襲いかかってくるマオートコ。よし挑発成功。チョロいなあ。
マオートコが、ナイフを僕にお腹にむけて突き出してくる。殺意のこもった一撃だ。
だが、遅い。
僕は事象操作式をイメージし指を鳴らす。
――『熱点』
パンッ!
爆発音が響いた。
「うがっ!ああああああああっ!!!!!」
マオートコが急所を押さえて転げ回る。
マオートコの急所周辺にピンポイントで、瞬間的に強めの熱放射を行ったのだ。
「最初に刃物持ち出してきたのは君だよ?これは、正当防衛だからね?あれ?」
見下ろすと、マオートコの急所は酷い有様だった。
黒く焦げ、肉が崩れている。
もちろん、マオートコの急所は爆散していた。どこにも見当たらない。
さらには、出血がひどい。このままでは出血多量で死んでしまうだろう。
「やばいやばい。村長に殺すなって言われてたんだった」
少し焦って再び事象操作式を構築する。今度はじっくりコトコト煮込む弱火タイプの熱放射だ。
手を前に出し、再び指を鳴らす。
――『熱点(弱)』
ボワッ!
マオートコの急所周辺に火球を出現させる。そして、出血が止まるように、急所の傷口を炙る。
「があああああっ!!!」
「傷、焼いて止血するから。痛いけど、我慢してね?」
「あちぃ!あちぃ!ユークンやめてくれよぉ!頼むよぉ!」
マオートコが涙と鼻水を流して懇願する。
うへぇ。痛々しい。男として同情しちゃうな。
だが、出血が止まるまでは止められない。これは「治療」なのだから。
「だって、このままじゃ出血多量で死んじゃうよ。もうちょっと焼くからね」
「あああっ!いたいっ!あついいいっ!」
ジューッという肉の焼ける音と、香ばしい匂いが立ち込める。
マオートコの絶叫が村に響き渡る中、集まってきた村人たちは、驚愕の目でこちらを見つめていた。
特に男性陣の顔は、皆、一様に苦悶に歪んでいる。マオートコの痛みを、我がことのように想像してしまっているのだろう。
わかる。僕も男だ。同じ気持ちだよ。想像するだけで痛いもんね。
でも、ちゃんと止血しなきゃ死んじゃうからね。仕方ないんだよ。
そんな慈悲の心を込めて、僕は丁寧にじっくりとマオートコの急所を熱で炙り続けた。
やがて傷口は炭のように黒くなり、血管は完全に塞がったようだ。
よかった……これでマオートコを殺さずに済みそうだ。村長との約束を守れそうだ。
「よし。これで止血は出来たかな。出血多量で死なずに済んだよ。良かったね。僕、マオートコの命の恩人だね?」
「いてぇよおぉぉ……ああああ……俺のが……」
「マオートコ、僕、命の恩人だよね?感謝の言葉は?」
僕は優しく問いかける。
マオートコは絶望の表情で自身の急所を見つめていた。
「アレが……アレがなくなっちまったよおぉぉ……」
「マオートコ?感謝の言葉は?ずっと急所を凝視してるけど、まだ出血してる?もう一回焼いとく?」
右手を前に出して指を鳴らす準備をする。
その動作を見たマオートコは、ビクリと震えた。足がガクガクと震えている。
「やめてくれよぉ!ごめん!許してくれよぉ!」
「だから、命の恩人への感謝の言葉はないのって聞いてるの。次はないよ?」
冷たい声で告げる。だって、本当に命の恩人だからね。
マオートコが必死に首を振った。そして、慌てたように感謝の言葉を叫びはじめた。
「あ、あ、あ、ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「うん。うん。そういう感謝の言葉が述べられてこそ、立派な大人だよね」
僕は満足げに頷いた。
これで、村長との約束も果たせた。
マオートコが「他の人に迷惑かけれないように」できたのだから。
「うっうっうっ……」
地面に突っ伏して泣くマオートコ。
かつての偉そうな様子は見る影もない。この男、これからどうなっちゃうのかな?どうでもいいけど。
さて、そろそろ出発の時間だ。皆、村の出口で待ってるかもしれない。
「じゃあ、僕行くから。マオートコ、元気でね?」
僕は彼の背中を踏みつけないように気をつけながら、村の出口へとゆっくりと歩き出した。
空は青く、澄み渡っている。
今日は、いい天気だなあ。
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