カルシーリの絶望(カルシーリ視点)
「うん。そういうのって、一緒にやっていく上で一番大切だと思うんだ。僕はこれから先、『裏切らない人』とだけ付き合っていきたいと思っているから」
ユークンのその言葉は、鋭いナイフのように私の胸を突き刺した。
※※※
私は、裏切り者だ。
はじめは、本当に軽い気持ちだった。
幼馴染で恋人のユークンは、昨年にお兄さんを亡くしてから、ずっと貧乏だった。
生きていくのに精一杯で、私にプレゼントを贈る余裕なんてない。それは分かっていたし、不満を言うつもりもなかった。
だけど、あるときから村長の息子であるマオートコが、私に高価なプレゼントをくれるようになった。
綺麗なアクセサリー、素敵な服……。着飾りたい、可愛くなりたいという私の物欲を、彼は易々と満たしてくれた。
私は、彼を利用してやろうと思った。
下心があるのは分かっていたけれど、物だけもらって、ユークンとは別れなければいい。そう思っていた。
それがいけなかった。
※※※
あるときだった。
「なあ、カルシーリ。ユークンと別れるつもりはないのは分かったよ。じゃあ、これからもプレゼントはくれてやるからさ、抱かせてくれね?」
マオートコにそう言われたとき、私は断るべきだった。でも、一度手にした贅沢を手放すことができなかった。
「温もりをくれない奴に、貢ぎ続けるほどお人好しじゃないんだわ」
「な?ユークンには絶対にバレないようにするからさ。俺もマリーっていう婚約者がいるんだ。バレたら困るのはお互い様だから。な?」
バレなければいい。バレなければ、ないのと同じ。これからもユークンと仲良くやっていけるはず。
私は自分にそう言い聞かせて、マオートコに身体を許した。
それが、終わりの始まりだった。
マオートコはそういう関係に慣れていた。経験の浅いユークンとは比べ物にならないほどに。
気付けば、身体だけでなく心までも持っていかれていた。
後から知ったことだが、女は身を許した相手に対し、好意を持ってしまう本能があるらしい。
プレゼントをもらうたびに身体を捧げ、そのたびに彼への好意が積み重なっていく。
ついには、マオートコの子供を産んで、それをユークンの子として育てる……なんて、恐ろしいことまで考えるようになっていた。
※※※
けれど、あるときからユークンが変わった。
あの硬い魔糸樫を切り倒せるようになり、お金に困らなくなった。
私へ贈られるプレゼントはマオートコよりも豪華になり、彼の身体も見る間に逞しく、精悍になっていった。
そして……何より、夜の時間。
ユークンの技術は驚くほどの速さで向上し、私にマオートコとは比べ物にならないほどの甘い熱を与えてくれるようになった。
激しい陶酔の果て、意識を飛ばすたび、私はユークンにのめり込んでいった。
女は身を許した相手に対し、好意を持ってしまう。
その効果は強い熱を伴う夜の時間であれば、さらに高まるようだ。
そのころには、マオートコのことなんて、もうどうでもよくなっていた。
けれど……そんな私を見るユークンの目は、以前とは違っていた。
優しくはあるけれど、どこか冷めていて、まるで私を恋人ではなくて「モノ」として見ているような……
女の直感で分かった。このままでは、まずい。
それからは、私は必死にユークンに尽くした。
※※※
だが……そのためにはマオートコが邪魔だった。
既に、村の中で、ユークンは、男としてマオートコよりも格段に評価されていた。
マオートコはユークンに嫉妬しているようだった。
その嫉妬を発散するために、私のところにも良く来るようになった。
破滅の予感がする。
もしマオートコとの関係を、ユークンにばらされたら……と思うと気が気でなかった。
仕方ない。
マオートコの子供を生むからといって、マオートコの嫉妬心を鎮め、早くマオートコとマリーさんとの結婚の話が進むことを願うしかなかった。
もし、それが敵わないなら……。
マオートコの脳天をかち割るしかないだろう。
※※※
幸いにもある日を境に、マオートコが私に近づいてくることがなくなった。
その日、マオートコが沈んだ声で話しかけてきた。
「なあ、カルシーリ。ユークンのアレって……そんなにすごいのか?」
何と答えたらいいか分からなかったので、私は正直に答えた。
マオートコの機嫌を取るためとはいえ、もう、ユークンに関して、嘘を付きたくなかったのだ。
「うん。すごいよ。最近のユークンとした後は……いつも気絶しちゃうんだ」
「そうかよ……」
その言葉がとどめとなったのかもしれない。きっと、私と関係を持つことで、ユークンと比べられるのが怖くなったのだろう。
マオートコは、私に一切近づかなくなった。
実にありがたかった。
※※※
それからの私は、持てる時間のすべてをユークンに捧げた。
大嫌いな虫をおいしく食べられるようにしてくれとお願いされたときも、断れなかった。
「マリーさんなら、調理してくれるかも」
そんな言葉がユークンの口から出たときは、身が凍りつくようだった。
マリーさんとユークンがベッドを共にしている姿が、リアルにイメージできてしまったのだ。
マリーさんは大人っぽいしスタイルも抜群だ。ユークンも最近は、精悍な感じになってきている。
二人は見るからにお似合いだった。
「や、やる……その幼虫の調理……するよ……ユークンの役に立つから……」
私はそう答えるしか無かった。
なんだかユークンの気分次第で、ポイって捨てられそうな気がしたのだ。
ユークン大好き!ユークン愛してる!ユークンに私の全てを捧げるから!
お願いだから……お願いだから……私を捨てないで!
※※※
あるときからだった、ユークンの周りに、マリーさんの姿が頻繁にみられるようになった。
二人が立っているのを見ると……まるで夫婦のようだった。
お互いが信頼し合ってる……価値観を共有している……そんな気がした。
それからは、自分の生活を削って、ユークンに全てを捧げた。
幼虫が美味しく食べられるよう、調理の研究も続けた。
ユークンのお願いされたとおりに、釜の火の番などをしていたため、手にたくさんの火傷を負ってしまった。
こんな汚い手で……ユークンに嫌われないだろうか。
でも、ユークンの頼みを断るなんて選択肢はない。私はユークンに全てを捧げると決めたのだ。
そして、とうとうユークンの努力が実ったようだ。
魔糸というものが完成したらしかった。
「いやっほーい!できた!できたぞ!」
最近、喜怒哀楽をあまり示さなくなっていた、ユークンがぴょんぴょんはねながら、顔を笑顔にしていた。
「できた!できたんだよ、カルシーリ!ショタロ様からのご命令を、ついに達成できたんだ!」
ユークンが掲げ持つそれはキレイな光を放つ糸だった。
ま、魔法が籠もってる?なんで?ユークンの知り合いに事象記述操作ができる人がいるってこと?
マリーさん?それとも……
そういえば、最近ユークンがよく口にするショタロ様って誰なんだろう。
ユークンの口調から、その人のアドバイスを受けてたみたいだけど。その人が魔法使いなのかな。
「ショタロ様はショタロ様だよ!この導きを与えてくださる、神の代行者様だ!」
神……?どういうこと?
「そうだよ!これも全部カルシーリのおかげだ!カルシーリが色々と面倒な作業を手伝ってくれたから、こんなに早く実現できたんだ!」
え、本当!?私のおかげ?私がユークンの役に立てた?
嬉しい!嬉しいよぉ!
「カルシーリ、ご褒美だ。そこに手をついて……こっちにお尻を向けて」
ユークンが私の中に入ってくる。
ああ……ユークンが私を求めてくれてる……幸せ……好き……大好き……ユークン、愛してる……
そして私はいつものように意識を飛ばし、気付いたら私はベッドに寝かされていた。
ユークンはニコニコした笑顔で、私に優しくしてくれた。
久々に私のことを、真正面から見てくれた気がする。
幸せ……幸せだよぉ……
※※※
ある日のこと、いつものようにユークンの家に行き、家事や魔糸を作る作業のお手伝いをしていた。
そんなとき、マリーさんがふらっとやって来た。
マリーさんは、ユークンのビジネスパートナーらしい。
この魔糸を、マリーさんは商会で買い取るようだ。
これって、そんなに価値のあるものだったんだ……。
そして、マリーさんがとんでもないことをいいはじめた。
「ねぇ、ユークン、私と結婚しない〜?今ならお買い得だよ〜」
私の心は凍りついた。
「いえ。僕にはカルシーリがいますから。結婚はできません」
ユークンのその言葉は飛び上がるほど嬉しかった。
でも、なんだか軽い気がする。羽根のように、いますぐふわふわとどこかへ飛んでいってしまうような。
適当に場をとりつくろうために出た言葉にしか思えなかった。
私は、ユークンが飛んでいってしまわないように、しがみついてしまう。
「ゆ、ユークンは私と結婚するんだから!マリーさんには、マオートコがいるじゃないですか!」
マリーは、そんな私を面白いものを見るような目で見る。
「ふ〜ん?カルシーリは、マオートコと結婚するのかと思ってたんだけどなあ〜」
その言葉に、私の背筋が凍りついてしまう。なんで……なんで……なんで、そんな言葉が出てくるの?
「なんでかなあ〜ユークンなら知ってるんじゃない?」
呆然とした顔をしてユークンを見ると、ユークンは私を見ていた。
その目は、あの「モノ」を見るような目だった。
やめて……お願いだから……その目で私をみないで……
※※※
あの笑顔……こちらを見る目……だ、駄目だ。
マリーさんは、きっと私のやってきたことを知っている……
もしかして……ユークンも知っている?あの反応……あり得る。
どうしよう!どうしよう!
そんな焦燥感に囚われながらも、ユークンにマリーさんをどう思っているかを聞いた。
「マリーさん?綺麗だし、素敵な人だと思うよ。商売人で、『信頼』の重要性を理解しているからね。一度結んだ契約を裏切るようなことはしないだろうし……なにより、人を裏切らなさそうだしね」
う、裏切らなさそう……?
「うん。そういうのって、一緒にやっていく上で一番大切だと思うんだ。僕はこれから先、『裏切らない人』とだけ付き合っていきたいと思っているから」
そうだ……わたしは裏切り者だ。
純真なユークンの気持ちを裏切って、マオートコに身も心も捧げてしまった……。
私は……ユークンに捨てられて当然の存在なのかも知れない。
呆然としていると、ユークンは何事もないかのように、ベッドに寝転がった。
そして、天井を見ながら何やら考え事をはじめたようだ。
それなら、せめてユークンに少しでも気持ちよくなってもらおう。
私はフラフラとベッドに寝ているユークンのところに行き、その体にご奉仕した。
私に出来ること……それはユークンのために……ユークンが喜ぶことのために動くことだけだ。
もう、何も考えたくなかった。
そんな私を見てユークンは言ったのだった。
「犬……飼いたかったんだよなあ……」
※※※
ある夜のこと。
ユークンのお手伝いから帰り、自室で椅子に座り、机に肘を付き考える。
どうすれば……どうすれば、もっとユークンの役に立てるんだろう。
どうすればユークンに私のことを見てもらえるんだろう。
今、ユークンのために、できることがあるとしたら、なんだろう?
家にいるときの私は、最近は、こんな事ばかり考えていた。
……そういえば、あの幼虫、そろそろ泥が抜けているかも知れない。
ユークンのリクエスト。
幼虫を美味しく食べる方法を探してくれというお願い。
この幼虫を美味しく調理したら……よろこんでくれるかな……。
ユークンのためになるのかな……?
そう思うと、居ても立っても居られなくなった。
私は、箱の中でウネウネとうごく幼虫を一匹ずつ手に取り、思いつく限りの方法で調理を試みた。
この幼虫も、私にとって気持ち悪いものではなくなっていた。
むしろ、ユークンと私を繋いでくれる存在。愛しいものだった。
様々な形で調理して幼虫を試食する。
これは駄目だ生臭い。これも……泥臭さが残っている。
このハーブを加えてみたらどうだろう?
だめか……じゃあ、こっちは?……いい感じ!臭みがかなり取れた。
なら、このハーブとこの香辛料を使って、炒めて香ばしさを出せば……。
よし!経験上、これで美味しくなっているはず。
私は、ゆっくりとそれを口にもっていき、咀嚼する。
お、おいしい!
できた!できたよ!ユークン!これならきっとユークンも喜んでくれる!ユークンが私を見てくれる!
見つけた調理法で、数匹の幼虫を調理し、木の容器にいれ、それを落とさないように、冷めないよう、火傷でボロボロになった両手で大切に抱え持つ。
私は心を高揚させて、ワクワクしながら、ユークンの家へと急いだのだった。
きっと、ユークンは笑ってくれる。ユークンの笑顔が楽しみ!
※※※
「ユークン!見つけたよ!あの幼虫の調理法、見つけ……っ」
勢いよく扉を開けた私の視界に、絶望が広がった。
ガシャリ、と。
ユークンとの架け橋になるはずだった木の容器が、手から滑り落ちた。
「な、なにこれ……!すごい!こんなの初めてぇ!ユークン、すごいぃぃ!」
部屋の中には、ユークンの下で、熱を帯びた声を漏らしているマリーさんの姿があったのだった。
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