カルシーリの焦り(ユークン視点)
で、できた……これが魔糸か……。
動作テスト用の事象記述操作も通る。間違いない。魔糸だ。やっとだ!やっと形になった!
「いやっほーい!できた!できたぞ!」
僕は部屋の中心で、完成したばかりの淡く光る糸を掲げて叫んだ。
指先に触れる糸は、驚くほど滑らかだ。周囲には、事象記述操作の際に生じる、深い森の中のような匂いが漂っていた。
「ゆ、ユークン、どうしたの!?」
僕の叫び声を聞きつけて、家の外で火の番をしていたカルシーリが駆け寄ってきた。煤で少し汚れた顔には、驚きと心配の色が浮かんでいる。
「できた!できたんだよ、カルシーリ!ショタロ様からのご命令を、ついに達成できたんだ!」
「しょ、ショタロ様?ショタロ様って……?」
「ショタロ様はショタロ様だよ!この導きを与えてくださる、神の代行者様だ!」
「か、神……?」
カルシーリは呆然とした様子で僕を見つめている。
無理もない。彼女にはショタロ様の声は聞こえないし、その偉大さも理解できないだろう。
「そうだよ!これも全部カルシーリのおかげだ!カルシーリが色々と面倒な作業を手伝ってくれたから、こんなに早く実現できたんだ!」
「そ、そうかな?私、ユークンの役に立てた……?う、嬉しいよぉ……!」
カルシーリの瞳に、じわりと涙が浮かぶ。彼女はこの数日間、不眠不休で僕を支えてくれた。火の番から、繊維を糸状に撚り合わせる際のアドバイスまで、彼女がいなければもっと時間がかかっていただろう。
「カルシーリ、ご褒美だ。そこに手をついて……こっちにお尻を向けて」
「う、うん……っ」
僕は彼女の献身に応えるべく、その場で彼女に手を伸ばした。部屋の冷たい床の上で、彼女は何度も僕の名を呼んだ。
「カルシーリには本当に助かったよ。特に火の番!あれは一日中見てなきゃ駄目だったから、君がいなきゃ無理だった」
「よ、よかったぁ……ユークン……!」
「カルシーリ様々だよ。それにあの繊維を糸にするときのアドバイス。あれがなければ、ショタロ様をお待たせするところだった。きっと、お喜びだぞ」
「ゆ、ユークンが望むなら……なんでもするからぁ!好き、ユークン、大好き……っ!」
やがて彼女が力なく床に倒れ伏した、その瞬間のことだった。
※※※
『聞こえるか……?ユークン……ユークンよ……』
その声は、僕の脳内に直接響き渡った。
「は、はいっ!」
僕はカルシーリから離れ、反射的に姿勢を正した。両膝を地に付け、頭を垂れ、両手を組む。
傍らには、事後の格好のまま、うつ伏せに寝転がっているカルシーリ。どうやら気絶しているようだ。
くっ!こんなにすぐにショタロ様からのお告げが来るとは……失敗した!
「カルシーリ!その、プリッとした尻をしまえ!」
カルシーリは反応しない。やっぱり気絶しているようだ。
ショタロ様の気配は、既に脳内にあった。
「も、申し訳ございません、ショタロ様!こんなお見苦しいものを……なんなら、引きずって別の場所に移動させますが!」
『……いや……いい……お楽しみのところを邪魔したな……』
「いえ!大丈夫です!彼女には、魔糸作りを手伝ってくれた、ご褒美をあげていただけなので!」
『……ご褒美……か……その女……お前の……気が変わったら……許してやってもいいんだぞ……』
「いえ!ケジメはつけたいと思います!ショタロ様にお手伝いいただいたことなので!」
『……わかった……その女のやったことは……許しがたいが……その後の献身も……忘れるな……』
「はっ!」
さすがショタロ様だ。なんて慈悲深い……。
裏切り者のカルシーリにさえ、情けをかけてくださるとは。
『……魔糸の話だ……できたようだな……』
「は!ショタロ様からいただいた叡智のおかげです!」
『……神も言っている……よくやった……と……』
「あ、あ、ありがたき幸せ……!」
神からのメッセージなんて初めてだ!
僕は歓喜に震えた。神、そしてショタロ様に認められたのだ。これ以上の栄誉がこの世にあるだろうか。
『……では……次のお告げだ……』
「拝聴いたします!」
『……女が……村に……迎えに来る……中央の学園に……入学してもらう……』
「が、学園ですか?」
『……そこで……研究を進め……魔結晶を……作れ……材料が……特殊だ……この村じゃ……無理だ……』
「承知いたしました!」
『……神は……お前に……期待……している……魔結晶の知識だ……受け取れ……』
「はっ!」
『……準備はいいか……』
「はい!」
直後、僕の脳に、膨大な情報が濁流のように流れ込んできた。
「ぐ、ぐあああああああああっっ!」
前回と同様に、頭が割れるような激痛。脳細胞の一つ一つが、強引に書き換えられていくような感覚。
だが、そんな激痛など、その後に残る甘美な叡智たちに比べれば、安いものだ。僕はそれを知っている。
そうして、痛みが落ち着いたころ、ショタロ様が問いかけてくる。
『……どうだ……?』
「はっ!はあっ!はあっ!す、すごいです……素晴らしい知識……神の叡智……!」
魔結晶製造のための知識だけではない。
事象そのものを記述し、固定化するための技術の片鱗までもが、僕の血肉となっていた。
『……簡単な……事象記述操作の……知識も……入れておいた……うまく……使え……』
「は、ははっ!」
ショタロ様の気配が、ゆっくりと遠のいていく。
僕はあまりの感激に、いつまでも跪いていた。
白いお尻を出したまま、ぴくりとも動かないカルシーリの横で。
※※※
「まさか本当に作っちゃうとはね〜。私の目に狂いはなかったよ、ユークン」
数日後、村を訪れた街の商会の娘であるマリーさんが、僕が作った魔糸を手に取って感嘆の声を漏らした。
「全てはショタロ様のお導きです」
僕は机の上の魔糸を慈しむように撫でる。
「ショタロ様〜?誰なの〜それ〜」
「神の代行者様です。僕がお告げを達成すると、知識と新たな力を授けてくださるんです」
「ふ〜ん、よく分からないけどすごいねぇ。ねぇ、ユークン、私と結婚しない〜?今ならお買い得だよ〜」
マリーさんは冗談めかして、僕の腕に自分の豊かな胸を押し当ててくる。香水の甘い香りが鼻をくすぐった。
「いえ。僕にはカルシーリがいますから。結婚はできません。マリーさんにはマオートコがいるじゃないですか」
「ええ〜?マオートコは、村との結び付きのために親が勝手に決めたことだからなあ〜。お姉さんは、乗り気じゃないんだよね〜」
マリーさんは、甘えるように話し続ける。
「ユークンなら、マオートコよりもずっといい物件だからさ〜お父さんも大賛成してくれると思うよ〜。マオートコなんて、ただのチンピラだからね〜」
「ねえ〜愛人でもいいからさ〜?お姉さんもユークンのモノにしてくれない〜?」
その言葉に、背後で控えていたカルシーリが顔を真っ赤にして割り込んできた。
「ゆ、ユークンは私と結婚するんだから!マリーさんには、マオートコがいるじゃないですか!」
「ふ〜ん?カルシーリは、マオートコと結婚するのかと思ってたんだけどなあ〜」
「な、なんで!」
「なんでかなあ〜ユークンなら知ってるんじゃない?」
マリーさんは意味深な笑みを浮かべて、長い指先で自分の唇をなぞりながら僕を見る。僕はそれには答えないで、カルシーリを見る。
カルシーリはそんな僕の視線にたじろいていたが、声高に叫びはじめた。
「ゆ、ユークン!わ、私はユークンとしか結婚しないから!ユークンの赤ちゃんを産むんだからね!」
「ふ〜ん。まあ、今はそれでいいよ〜。じゃあ、ユークンに指定された方法で、たくさん『魔糸樫』から糸を作るからね〜」
「はい。仕上げは僕が、事象記述操作で魔糸としての固定化を行いますので」
「え?ユークン、魔法が使えるの!?」
カルシーリが驚愕の声を上げた。マリーさんは、少しだけ目を見開く。
「カルシーリも知らなかったんだね〜。ユークン、いつのまにか魔法使いになってるんだもん。お姉さん、びっくりだよ〜」
「すべてはショタロ様のお導きです。僕には使命がありますから」
「お姉さんはもう、ユークンに全ベットだからね〜。何か困ったことがあったら、なんでも言って〜。エッチなことでもいいよ〜」
「ははは。そのときは、お願いしますね」
「ユークン、これからもよろしくね〜?」
「はい、マリーさん。これからも、よろしくお願いします」
※※※
マリーさんが去った後、部屋には僕とカルシーリの二人だけが残った。
カルシーリは、どこか落ち着かない様子で、何度も僕の顔を伺っている。
「ね、ねえ。ユークンって魔法使いだったの?事象記述操作が使えるの?」
「使えるようになったのは最近だよ。ショタロ様に教えてもらったんだ」
「……それを知ったのは、マリーさんの方が先だったの?」
彼女の声が少しだけ震えている。自分より先に余所の女が僕の秘密を知っていたことが、そんなに気になるのだろうか。
「うーん。結果的にそうなっちゃったかな。彼女は商売上のパートナーだし、重要性を理解しているからね。カルシーリに話すのが遅れてごめんね」
「そ、そっか……」
カルシーリは俯き、自分の指先を弄ぶ。その指は、魔糸を作るための火の番で負った、数え切れないほどの火傷の痕で荒れていた。
「ね、ねえ、ユークン。ユークンはマリーさんのこと、どう思ってるの?」
「マリーさん?綺麗だし、素敵な人だと思うよ。商売人で、何より『信頼』の重要性を理解しているからね。一度結んだ契約を裏切るようなことはしないだろうし……なにより、人を裏切らなさそうだしね」
「う、裏切らなさそう……?」
「うん。そういうのって、一緒にやっていく上で一番大切だと思うんだ。僕はこれから先、『裏切らない人』とだけ付き合っていきたいと思っているから」
※※※
「…………」
カルシーリは、何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
その肩が微かに震え、顔が青ざめていくのだけが分かった。
かつてマオートコと結託し、僕を裏切って托卵を企てた彼女にとっては、残酷な言葉だったのかもしれない。
僕はそんな彼女の様子に気づかないふりをして、ベッドに仰向けに横たわる。
そして、次なる使命である「魔結晶」製造について、ショタロ様からいただいた知識を脳内で反芻する。
美しい……なんて美しい記述式なんだろう。本当に、本当にショタロ様のお告げを受けられる身で良かった……。
だが、ショタロ様が仰ってた通り、この「魔結晶」の製造は村では無理だ。
施設も道具も材料も人も足りない。
そうえば……ショタロ様は「女が迎えに来る」って仰ってたな。学園で研究しろとも仰ってた。
「学園」ってどこだろう?魔糸製造の約束をした、マリーさんが尋ねてこられる場所ならいいんだけど。
もし遠くなら、魔糸固定用の事象記述操作式をマリーさんに伝えておく必要があるな。
だが、アレはそこそこ複雑な記述操作だ。扱える人材、マリーさんの商会にいればいいけど。
…………
そうか。僕、村を出ることになるんだ。
※※※
そんな考え事をしている僕に、カルシーリがすがりついてくる。
そしてペロペロと僕の体を舐め回しはじめた。なんだか犬みたいで可愛い。
「ユークン、好き!好き!愛してる……!」
うーん、「コレ」どうしようかな?
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