沼るカルシーリ(ユークン視点)
「すごい……すごいよぉ……もう、わけがわからないよぉ……!はぁ!はぁ!はぁ!」
カルシーリの熱を帯びた声が部屋に響く。
数分後、僕の執拗な刺激に耐えきれず、カルシーリは糸が切れた人形のようにベッドへ沈み込んでいた。
部屋には、甘ったるい汗の匂いが充満している。窓を開けて換気したいところだが、事後の彼女が風邪を引くと面倒だ。
なるほど。ここを刺激しても意識を飛ばしてしまうのか。また、新しい発見があった。
後で記録しておこう。こういう記録は、積み重ねに価値が出るものだ。
さてと……この実験は終わりだ。明日もやることは山積みだ。早いところ、休んだ方がいいだろう。
とっとと寝てしまいたいんだけど……カルシーリのせいで寝るスペースがない。
まいったな……邪魔だな……
途方にくれてしまうが、ぼーっとしてても仕方ないので、明日の作業手順について頭の中で整理する。
※※※
それから、数十分たっただろうか、カルシーリは薄目を開ける。
どうやら、気絶から目覚めたようだ。
熱の余韻に浸っているのか、ベッドの上で上気した顔をしたカルシーリが、僕の方をぼうっっとした顔で見てくる。
そして、恥じらいながらも、甘えるような、ねだるような声を出してくる。
「ね、ねえ、ユークン。もう一回、もう一回だけ、駄目かな?」
その瞳はとろんとしていて、再び理性の光が消えかかっているように見える。
だけど、ここまで出来上がったカルシーリに何したって、気持ちよくなっちゃうだけだ。新しい発見はないだろう。
僕は、カルシーリを拒絶する。
「ごめんね?カルシーリ、明日もやることたくさんあるから、これでおしまい」
「ど、どうしても、駄目かな?」
「駄目。わがまま言わないで。カルシーリなら分かってくれるよね?」
少し冷たく突き放す。これくらいがちょうどいい。
案の定、カルシーリは捨てられた仔犬のように不安そうな顔をした。
「う、うん。わかった。ユークン、嫌いにならないで……お願い……」
涙目になるカルシーリ。
「嫌いになるわけないじゃないか。カルシーリ、愛してるよ」
僕は彼女の頬に手を添え、優しく微笑みかける。
――「もちろん、愛してるさ。研究対象としてだけどね」
小声で付け足した言葉は、彼女の耳には届かなかったようだ。あるいは、都合よく脳内で変換されたのかもしれない。
なんにせよ、今のカルシーリは面白い。こんな有用な実験体を手放すつもりはない。
※※※
カルシーリに身支度を整えさせる。
「さあ、今日はもう帰りなよ。送ってくよ」
「と、泊まってっちゃだめかな?」
カルシーリは、もっと一緒にいたいようだ。でも、駄目だ。そんなに暇じゃない。ショタロ様のお告げを実践せねば!
「研究があるからね。明日も朝早いし」
「そ、そっか……ね、ねえ……明日も来ていい?」
「もちろんだよ。あの幼虫美味しく食べられる方法、お願いね。カルシーリしか頼める人いないんだ」
そう言うと、彼女の顔が泣きそうになる。
昔から、カルシーリは本当に虫嫌いだからな。
「う、うん……」
「どうしても嫌って言うなら、マリーさんにお願いするけど……」
「頑張る!頑張るからぁ!」
涙を目にためながら、必死にすがりつくカルシーリ。
やれやれ、簡単だな。競争相手をちらつかせるだけで、この通りだ。
「さすが、カルシーリだね。ほらご褒美にもう一回してあげるよ。そこの柱に手をついて、後ろ向いて」
「う、うん!ユークン、好き……大好きぃ……!」
……うるさいなあ。
僕は彼女の叫び声をBGMに、明日の作業手順を何度も何度も頭のなかでシミュレートしていたのだった。
※※※
翌日。
僕は村を歩いていた。マリーさんの実家の商会へ向かう途中だ。
マオートコの婚約者であるマリーさんの実家は商会だ。
魔糸を作るためには色々なものが必要となってくる、そのための調達だ。
のんびりと朝のさわやかな雰囲気を味わいながら歩いていると、前方から肩を怒らせて歩いてくる男がいた。
小鳥のさえずりが聞こえる平和な朝の街道に、似つかわしくない不機嫌な足音が響いてくる。ドカドカと、地面を痛めつけるような歩き方だ。
村長の息子の、マオートコだ。カルシーリと関係を持って、俺に托卵しようとしてきた男だ。
「おい!ユークン!」
「ん?マオートコ?久しぶりだね?」
相変わらずの単純な顔立ち。
身長は僕より高い。それなりに筋肉質ではあるが、その質は僕のほうが格段に上に思える。どうやらなにか怒っているようだが、その迫力は皆無だ。
時々感じる、ショタロ様からの圧迫感に比べれば、彼は道端の石ころと変わらない。やっぱりショタロ様は偉大だ。
マオートコは大声で俺に、怒鳴りつけてくる。うるさいなあ……。
「お前、父さんからネックレス買ったろ?あれ返せよ!」
「はあ?ちゃんとお金を払って買ったものだよ?嫌だよ」
「ふざけんなよ!」
「どこが?」
「え……?」
「どこが、ふざけてるの?」
「な、なに?」
マオートコは戸惑っている。口をパクパクとさせて、次の言葉を探しているようだ。
その様子は、陸に打ち上げられた魚を連想させた。
彼には、言葉と言葉で論理的な会話をするということが出来ないかも知れない。
「だからあ、どこがふざけてるって聞いてるの。モヤッとしてて言ってることがサッパリわからないから。もっと具体的にお願いできない?」
「ぐ、具体的だと?」
「そう具体的に。ねえ、僕のどこがふざけてるの?」
「は、話逸らすなよ!」
「話そらしてるのは、マオートコ、キミだよ。もう一度聞くよ?僕のどこがふざけてるの?教えてくれない?納得できれば、直してあげるからさ」
理詰めで追い詰めると、マオートコは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。図星を突かれた子供のようだ。
大声コミュニケーションってやつだな。む?大声コミュニケーションユーザーの生態観察ってのも面白いな?
僕がそんなことを考えていると、マオートコがまた俺を恫喝しはじめた。だから、うるさいって。聞こえてるよ。
「て、てめぇ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!そんなだからカルシーリに馬鹿にされてんじゃねーの!?」
馬鹿にされている?カルシーリに?
僕は思わず吹き出しそうになった。
「カルシーリ?昨日の夜、そのネックレス付けながら、僕のところで、大声だしながら運動してたよ?力尽きちゃったから、起こすのが面倒だったよ」
「き、気絶?」
「ああ、爪楊枝と違うぅ!って言ってたなあ?爪楊枝って何のことだろうね?」
「つ、爪楊枝……?」
マオートコの顔色が変わる。
自分の男として大切なものを爪楊枝扱いされたことに気づいたのだろうか。いや、そこまでの知能はないか。単に彼女の乱れた姿を想像しただけかもしれない。
ちなみに、僕のアレは幼虫を食べ続けていたせいか、数ヶ月前とは別物になっていた。カルシーリいわく、マオートコとは比べものにならないらしい。
僕の体への、フィードバックの情報として受け取った記憶がある。
どうやら、幼虫には滋養強壮の効果があるらしい。
そういえば昨夜のカルシーリ、力尽きちゃって中々ベッドから出られなかったなあ。
研究生活の邪魔をされるのは二度とゴメンだ。マオートコにアドバイスを貰おう。
「ねえ、マオートコ。ベッドでの運動のあと力尽きてる女の子、手っ取り早く起こす方法知らない?起こすの面倒くさくてさ。それに、研究の邪魔なんだよね。君、経験豊富じゃない?教えてくれないかな?1ベンあげるからさ?」
「ふ、ふざけんなよ!」
「足りない?じゃあ、2ベンあげるよ。僕、研究が忙しくてさ、あまりベッドの上を長い間占拠されるのも困るんだよね。考え事したりするのに、寝転がったりしたいからさ」
以前の僕にとっては数日分の給金だが、今の僕にとっては端金だ。これくらい支払っても、痛くも痒くもない。
「じゃ、じゃあお前の家のベッド以外でやればいいだろ!」
「……なるどな!さすがマオートコだね!カルシーリの家にいってやればいいのか。でもワザワザ行くのもなあ……あ、はい、2ベン。貴重なアドバイス、ありがとうね?」
ポイと硬貨を投げ渡す。
「うるさいっ!」
マオートコは、お金を拾い、顔を真っ赤にして走り去っていった。
単純で扱いやすい。彼もまた、良い観察対象になりそうだ。感情だけで動く人間というのは、見ていて飽きない。
実に、面白い!
※※※
さてと、ショタロ様のお告げでは、次は魔糸をつくらないといけないらしい。
魔糸を作るためには、魔糸樫の皮を、灰汁の入った水で煮込まなければいけない。
だが、そのための大釜の調達法や川からの水の運搬法について、どうしたらいいかわからない。
考え事をしながら歩いて川辺につくと、ちょうど商会の娘さんでありマオートコの婚約者でもあるマリーさんがいた。
マリーさんは、柔らかなウェーブがかかった亜麻色のミドルヘアをもつ、出るとこは出たスタイルのいい女性だ。
その雰囲気は、ふんわりとしたお姉さんといった感じだ。
川面が太陽の光を反射してキラキラと輝いているが、彼女の髪もまた、それに負けないくらい輝いて見えた。
正直、マオートコにはもったいないと思う。
彼女は川の流れを見つめながら、何か考え事をしているようだった。
僕は彼女に声をかけて見ることにした。商会の娘なら、僕の悩みを解決する手段を持っているかも知れない。
「マリーさん、おはようございます」
「あれ〜ユークンじゃない〜。こんなところに何しに来たの〜?お姉さんに会いに来たの〜?」
「ははは。マリーさんに会いに来たっていうのもあるんですが、ちょっと悩み事して散歩してたら、ここについちゃったって感じですね」
「マリーさんは、こんなところで何を?」
「うん、ちょっと親にお使いを頼まれてね〜。その帰り道に、道草してるところだよ〜」
マリーさんは、かわいらしく、のんびりとした間延びした声で話す。
カルシーリの持つ、脳に突き刺さるような高めの声とは違って、耳に心地よい。それに、この少し間の抜けた喋り方の裏に、商人の計算高さを隠しているのが面白い。
僕はマリーさんと会話をつなげる。なんとか、糸口をつくらないといけない。
「そうなんだね。婚約者のマオートコとは仲良くしてる?」
「うーん。イマイチかな〜。なんか最近イライラしててさ〜」
「そうなんだ。マリーさんも大変だね」
「そうなんだよ〜。分かってくれるのユークンだけだなあ〜。それで、ユークンお悩み事って何なの〜?良ければ、お姉さん、聞くよ〜?」
彼女は僕の顔を覗き込んでくる。なんだか、好奇心旺盛だ。
「ちょっと魔糸樫を煮ようと思ってさ。どうやろうか、水を見ながら考えようと思って」
「そうなんだ〜。魔糸でもつくろうとしてるの〜?」
その言葉に、僕は驚いてしまった。
「え!ま、マリーさん、魔糸知ってるの?」
「うん、知ってるよ〜。作り方は失伝しちゃったって聞いたけどね〜。魔糸樫を煮て作るってことは知ってるんだ〜」
さすが商人の娘だ。博識だ。話が早い。
「そうなんだ……ねえ、マリーさん。大きな釜とかないかな?魔糸樫の皮を煮たいんだけど、入る釜がなくてさ」
「釜か〜風呂釜でいいなら、あるよ〜」
「それでいいよ!貸してくれないかな?」
「いいよ〜でも条件があるかなあ〜」
マリーさんがにっこりと笑う。その目は、しっかりと利益を見据えた商人の目だった。
「条件?」
「魔糸が出来たら、少しでいいからウチの商会に卸してくれないかな〜。その条件飲んでくれるなら、何でも協力するよ〜」
「ほ、本当?水の運搬にも困ってたんだよ!」
「荷馬車とか貸すよ〜。他にも何でも言ってね〜」
「た、助かるよ!本当に助かる!わかったよ。その条件のむよ!」
「そっか〜。契約成立だね〜。これからよろしくね〜」
「こちらこそ!」
やっべ。マリーさん、カルシーリよりよっぽど役に立つ!マリーさん、最高!
僕とマリーさんは、硬く握手を交わしたのだった。
利害の一致した関係というのは、なんて清々しくて合理的なのだろう。
※※※
そんなときだった。
ガサッ!
茂みの方から、何かを落とす音が聞こえる。
それと同時に、絶望の気配が漂ってきた。さっきまでの穏やかな川辺の空気が、一瞬にして重苦しい雰囲気へと変わった。
振り返ると、カルシーリが立っていた。足元にはバスケットが落ちている。
なんでこんなとこにカルシーリが?
僕は努めて軽く声をかける。
「あれ?カルシーリ?どうしたの?」
「お、お弁当を持ってきたんだけど……じゃ、邪魔だったかな?」
その視線は、僕とマリーさんの繋がれた手に釘付けになっていた。
「いいや、そんなことないよ!今すごい、嬉しいことがあったんだ!いやー、僕はついてるなあ」
「ユークン〜そろそろ手を話してくれないかな〜」
「あ、マリーさん、ゴメンゴメン!」
僕は慌てて手を離す。
「じゃあ、二人のお邪魔したくないから私は行くね〜。カルシーリもまたね〜」
「う、うん……」
「ユークン、大鍋と荷馬車は後で家まで持ってくから〜」
「マリーさん、ありがとう!よろしく頼むね!」
マリーさんは空気を読んで、颯爽と去っていった。引き際すら心得ている。
出来る女だなあ。マオートコにはもったいないなあ……。
残されたのは、どんよりとした負のオーラを放つカルシーリだ。目には大粒の涙をためている。
「ぐすっ!ね、ねえ……ユークン、マリーさんと仲いいよね?」
「マリーさんの実家の商会にいろいろお世話になってるからね。最近よく話すんだ」
「そ、そうなんだ」
「それで?カルシーリは何しに来たの?」
ちょっと責めるような口調になってしまっただろうか。カルシーリが小さくなる。
「ぐすっ!お、お弁当を持ってきたんだけど……」
「お!幼虫弁当?」
僕は期待に胸を膨らませる。とうとう完成したのか!?
「ユークンごめんね……よ、幼虫はまだ調べてるところなんだ」
「そうなんだ。残念……」
露骨に落胆してみせると、カルシーリが慌てた。
「で、でも、泥臭さの原因は分かったよ!」
「そうなの!?」
「あの幼虫、腐葉土と木の根を同時に食べてるみたいでね。体の中に土が結構残ってるんだ」
「なるほど……」
「だから、土から出して箱のなかで放置しておけば、排泄物と共に土が抜けるんじゃないかなって思って、今、家で何匹か飼ってるんだ」
それを聞いて、僕は思わず彼女を抱きしめた。
「さすがだよ!確かにそれが原因かもしれないね!カルシーリやるじゃない!愛してるぞ!」
「ほ、本当?私のこと、愛してる?」
「うん、愛してる。当たり前じゃないか!」
研究の役に立つ君を、心の底から愛しているよ。
最高の小間使いだ。
「わ、私も愛してるから!もっと、もっとユークンの役に立てるよう頑張るね!私に出来ることなら何でもするから!」
カルシーリは、顔を真っ赤にして、涙目で僕にしがみついてくる。
そのまま僕の唇にむしゃぶりついて来る。あー、僕の言葉で完全に夢中になっちゃったかあ。まあ、仕方ないか。
おいしい幼虫食の模索を真面目にやってるみたいだし、ご褒美はあげないとね。
※※※
「ユークン……ユークン……っ」
僕の腕の中で、カルシーリが熱に浮かされた表情を浮かべて震えている。
外でこういう時間を過ごすのは初めてだが……ふむ。悪くない。
開放感があるし、なにより尻を撫でる風の感覚が新鮮だ。
肌を直接撫でる大気の感触。太陽の暖かさと、風の冷たさのコントラスト。
何事も新しいことにチャレンジすることはいいことだ。新たな経験が新たな発想を生み出すかも知れない。
そうだ……外で済ませてしまえば、事後にカルシーリにベッドを占拠されることもないじゃないか!
素晴らしい思い付きかと思ったが、気絶したカルシーリを野外に放置するわけにもいかないか。回収の手間を考えれば、結局は家のベッドと同じってことか。
まあいい。別の対策を考えよう。
今の僕がカルシーリに期待することは、ただ一つなのだから。
頼むよ、カルシーリ。早く、僕に、おいしい幼虫食を食べさせてくれ。
───────────────────
もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。




