僕は成長する!(ユークン視点)
メリメリメリ、ズズズ……ドォォォォン!!
地響きと共に、巨大な樹木が倒れていく。
舞い上がった土煙が、夕日を浴びてキラキラと光っている。
「ほ、ほんとうに……倒せた……」
鋼鉄のように硬化した「魔糸樫」だ。
色々なところにニョキニョキと生えてきては、硬くてなかなか切り倒せない、本当に厄怪な木だ。
普通の斧で切り倒そうとしても、刃こぼれして終わるだろう。だが、僕の手にあるのは、あの神の御使いであるショタロ様がくれた、特別な斧だ。
さすが神の斧だ。
僕は胸に手をあて、ショタロ様への感謝の祈りを捧げたのだった。
※※※
さて……
ショタロ様はこれを保存して、乾燥させておけっていってたよな。
どこで、乾燥させよう?というか、こんな巨木をどうやって運んだらいいんだ?
そんなことを考えていると、巨木が倒れた音に気付いたようだ。
村人たちがやって来た。
「お、おい。ユークン。この魔糸樫、お前が切ったのか?」
「は、はい」
「ど、どうやって?お前に、こんなこと出来るわけないじゃないか!」
「いえ。この、斧……」
そういいかけたとき、気付いた。
斧のおかげなんて言ってしまえば、この斧を奪われるかもしれない。
ショタロ様の神聖なる斧だ。
そんなこと、されるわけにはいかない。村人たちの脳天をかち割らなくちゃいけなくなる。
「……コツを、コツを掴んだんです。死んだ兄さんの、やり方をずっと見てたので」
兄さんは優秀な木こりだった。魔糸樫も日数をかければ、切り倒せるほどに。
僕の言葉には多少の説得力があったのだろう。村人たちは詳しく聞いてくることはなかった。
「なるほどな。まあ今はいい。この木、森の開拓にすごい邪魔だった木でな。正直助かった。多分、村長から、報奨金もらえるぞ」
「ほ、本当ですか!」
「ああ。この木は……たしか30ベンだったかな。お前も兄貴を亡くして大変だったろう。よかったな?」
「さ、30ベン」
30ベンと言えば、僕のほぼ月収である。
それを数時間で稼いでしまったってことになる。
あまりの嬉しさに、思考が追いつかない。僕が呆然と立ち尽くしていると、村人の一人が声をかけてきた。
「なあ、ユークン。この木どうするんだ?湖にでも捨てるか?」
「いえ……家の近くに置いて乾燥してみようと思ってます。何か出来ることはないかと思って」
これは絶対だ。ショタロ様からのお告げなのだから。
「そうなのか?じゃあ、俺たちが運んどいてやるよ。明日から、この先の土地を開拓できるからな!その御礼だ!」
「ありがとうございます!」
村人はそう言うと、馬を使い、木を引きずって行ってくれたのだった。
※※※
切り倒した魔糸樫を運ぶ村人たちの後ろ姿を見ながら、僕は胸に手をやり目を瞑る。
「ショタロ様ありがとうございます。ショタロ様のおかげで……なんとかお金を稼げそうです」
僕は、ショタロ様への感謝の祈りを捧げた。
ショタロ様は言っていた。復讐にはお金が必要だと。
この調子なら、お金儲けについてはなんとかなりそうだ。
マオートコとは違い、村長は人格者だ。報酬を誤魔化すようなことはないだろう。
※※※
さてと……
そんなことよりもだ。僕にはやらないといけないことがある。
気は進まないが、ショタロ様のいいつけを守らねばならない。
残った魔糸樫の切り株を見下ろし、僕は独り汗をぬぐった。
そして、倒した木の根元をほじくり返す。
そこには、魔糸樫の魔力を吸って丸々と太った幼虫たちがうごめいていた。
「うげえ……気持ち悪い。本当にこんなものが食べられるのかな?」
いや、でもショタロ様のいいつけは絶対だ。
ショタロ様は僕に、マオートコとカルシーリへの復讐のための道を示してくださった。
この神の斧と魔法を授けてくださった。魔糸樫を切り倒して、お金を稼ぐ手段を与えてくださった。
この程度の言いつけも守れないなんて、許されない。
見放されて、カルシーリとマオートコに尊厳をズタボロにされる元の生活に戻されるかもしれない。
絶対に、絶対にそんなのは嫌だ。
僕は、数匹の幼虫をとり、近くに生えていた木の大きな葉っぱを切り、それに包む。
帰ったら、これごと竈の火に放り込んで焼いてみよう。ショタロ様も焼けと言っていた。もしかしたら、少しは美味しそうになるかも知れない。
しかし……本当にこんな虫を食べて、このヒョロヒョロの体に肉が着くのだろうか。
いや!だめだ!ショタロ様のお言葉に疑問を持ってはいけない!
この負け犬生活を終わらせられる「きっかけ」をくれたのはショタロ様だ。ショタロ様の言うことは絶対だ!
※※※
結果的に言うと、幼虫は泥臭くて食べれたものではなかった。
それでも、目に涙をためながらも、目を瞑って必死に食べた。
こんなものは、カルシーリに裏切られてたあのときの辛さに比べれば、ゴミのようなものだ。
ただ……なんとなく、自分に足りていないものを摂取できたような気はした。
これを続けていれば、あいつらに復讐できるというのなら、いくらでも続けてやる。
※※※
さて……今、僕の手元には30ベンある。
邪魔なところにあった、魔糸樫を切り倒した報酬である。
報酬を受けとろうと、魔糸樫を切り倒したことを村長に伝えに言った頃には、すでに村長はそれを知っていた。
魔糸樫を切り倒した場にいた、他の村人たちから聞いたのだろう。
村長は、それを聞いて、大喜びだった。
「ユークンすごいじゃないか。本当に、助かったよ。村の発展には、どうしてもあの木が邪魔だったんだ」
そうして、肩の上に手を置かれ、ポンポンと叩かれる。
村長は目を細め、髭を撫でながら言った。
「さすが、あのニークンの弟だな。痩せてるから木こりには向いてないと思ってたぞ。人は見かけによらないもんだな」
嬉しそうにしている。でも、この人、マオートコの親なんだよな。
マオートコの家のために動いたみたいで、なんだか複雑な気持ちだ。
ちなみにニークンとは昨年事故で亡くなった、僕の兄さんだ。寡黙だったけど、父親かわりに僕を育ててくれた。
この神の斧は、兄さんの形見でもあったのだ。
兄さん……なんで……なんで死んじゃったんだよ……。
僕が亡くなった兄さんとの思い出に思いを馳せてると、村長はそんな僕の心を見透かすかのように元気よく言った。
「ほら、これが報酬の30ベンだ。村に、有望な木こりが生まれて、嬉しいぞ!」
そう言って、僕の手に30ベンを握らせる。
正直、見たこともない金額だ。これだけあれば……当分は生活には困らない。
村長は続ける。
「また、魔糸樫切り倒してくれるか?何日くらいで一本切り倒せる?」
「一日に一本ぐらいならなんとか……」
本当は三本くらい行けそうだが、余り目立つのも良くない。
「そんなにか!じゃあ明日からも頼む!邪魔な魔糸樫はまだまだたくさんある!これからは一本10ベン払う。引き受けてくれないか?」
10ベンか……数時間で10日分の給料だ。悪くないどころか、最高の申し出だ。余程、魔糸樫が邪魔だったのだろう。
「わかりました。ただ、集中が乱れますし、兄さんみたいに木に潰されても責任とれないので、見物とかはしないように村の人に言っておいてもらえますか?」
木こりは危険な職業だ。
ニークンの件もあるので、村長も分かってくれるだろう。
本当は「神の斧」を見られたくないだけなのだが。
陽の光の下では、鈍い発光も見えないため、問題はないだろうが、念の為だ。
「わかった。ユークンの邪魔をしないように、村人たちには通達しておく。明日からも頼むぞ!」
※※※
こんなことがあり、僕の目の前には今、30ベンあるわけだ。
これを使ってやらなければいけないことがある。
そう、カルシーリの誕生日プレゼントを買うことだ。
ショタロ様は言っていた。『カルシーリの心を取り戻せ』と。
本当はあんなやつにお金なんて使いたくない。でも……ショタロ様の言うことは絶対だ。
そう言えばショタロ様に見せられた映像に、マオートコがネックレスをプレゼントしたとか言ってたな。
よし!どうせ明日からも10ベンずつ入ってくる。この30ベンを使って、マオートコより高いネックレスをプレゼントしてしまおう。
僕にそんなプレゼントを贈れるわけがないと言っていた、マオートコの面子は潰れるだろう。
村長の息子でも婚約者がいる身で30ベン以上のプレゼントをカルシーリに送るなんて無理だろう。
多分、高くて10ベン程度のはずだ。とはいっても昨日までの僕が丸一日働いた十日分の収入だ。安いものではない。
そんな金額のプレゼントをカルシーリに贈ったことはない。
……カルシーリが喜ぶのも無理はないだろう。くそっ!
※※※
僕は、村長のところに舞い戻り、カルシーリの誕生日プレゼントに30ベンのネックレスを送りたいと相談する。
本当ならアクセサリーの専門店で買うのがいいのだろうが、この村にそんなものがあるわけがない。
一応、村長は、ビジネスパートナーだ。
ここで僕を騙して、信頼を損なうようなリスクはとらないだろう。
「ん?ユークン、どうした?」
「実は……」
「そうか……カルシーリは幸せものだな。こんなに愛されてて。ちょっと待ってろ。亡くなった嫁のアクセサリーを売ってやる。あるだけ持ってくるから、お前が一番だと思うものを持ってけ」
そして、手に入れたのがこのネックレスだ。
それは、透き通るような薄桃色の宝石――『桜水晶』があしらわれた、白銀のネックレスだった。
華美すぎないが、細工は驚くほど繊細で、職人の腕の良さが伝わってくる。
村長が若い頃、隣国の帝都で特注して奥さんに贈ったものらしい。30ベンを払おうとしたら20ベンでいいと言われた。
「本当にこれを20ベンでいいんですか?もっと値打ちがあるように見えますけど」
「いいんだよ。タンスの肥やしにするよりは、若いもんに使ってもらったほうが嫁も喜ぶ」
村長は豪快に笑ったが、その目は少し寂しそうだった。
そんな綺麗な思い出の品を、僕の汚い復讐の道具に使っていいものだろうか。
一瞬、罪悪感がよぎる。
だが……これはもともと、マオートコの母親の形見でもある。
おそらくマオートコも、母親が身に着けている姿を見たことがあるはずだ。
カルシーリが付けているのを、マオートコが見たら、どう思うだろう。
父親が大切にしていた母の形見を、他の男から自分の愛人に贈られる気分は。
ふと、どす黒い愉悦が胸に広がった。
……僕は、人として大切な何かを失ってしまったのかもしれない。
※※※
「カルシーリ、ごめんね。昨日は体調が悪くてお祝いできなかったんだ。これ、誕生日プレゼント」
目の前には、愛しい恋人がいる。
透き通るような白い肌、長いまつげに縁取られた大きな瞳、そして艶やかな金色の髪。
誰が見ても振り返るような、自慢の恋人だ。
……以前の僕なら、そう思っていただろう。
僕は努めて優しく、桜水晶のネックレスを差し出した。
それを見た瞬間、カルシーリの表情が凍りつき、次いで爆発的な歓喜に変わった。
「なにこれ!すごい!すごいよユークン!本当に私にくれるの!?ユークン大好き!大好き!」
彼女は僕の首に抱きついてくる。香水の匂い。柔らかい感触。
ああ……鬱陶しい。早く離れてくれないかな。吐き気がする。
でも僕には使命がある。カルシーリの心を、マオートコから完全に取り戻さなければならない。完璧な「ざまぁ」のために。
おぞましさをこらえ、腕に力を込めてカルシーリの体を抱きしめ返した。
「愛してるよ、カルシーリ」
そして、深い口付けを交わす。
この後きっと、体の繋がりも求められるのだろう。
まったく、胸糞悪い。
ショタロ様……これも、神が与えたもうた試練なのでしょうか。
※※※
それから、約三ヶ月後。
僕は、ショタロ様のお告げにあった、魔糸樫百本の切り倒しを完了させていた。
魔糸樫は、家の裏に放置して乾燥させている。今は雨が降る時期ではないので、そのまま放置しておいても十分乾燥してきているようだ。
その頃には、僕の体には鋼のような筋肉がつき始め、かつての面白みのないヒョロ男の面影は消え失せていた。
斧を振るうたびに広背筋が唸り、腹筋はクッキリと割れている。
あの幼虫を食べ続けたせいだろう。全てはショタロ様のおかげだった。
カルシーリの僕を見る目が変わってきた気がする。多少は男らしくなれたのかもしれない。
金銭面も安定していた。
カルシーリに散財させられたが、貯金も500ベン以上ある。その程度の散財、痛くも痒くもない。
全ては、ショタロ様からのお告げに従っただけだ。
そんなときだった。待ちに待ったときがやって来たのだ。
※※※
『聞こえるか……?ユークン……ユークンよ……』
「は、はいっ!」
僕は反射的に返事をした。
『今……お前の頭の中に直接……語りかけている……』
間違いない。ショタロ様だ!
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