俺は禁欲する!(一週間)
『アヤトリ救済計画のファーストミッション「コンタクト・ユークン」完了いたしました。』
オリガミの声が響き、目の前のモニターからユークンの映像が消える。
そしてメインモニターに映し出されるのは、アヤトリ。
相変わらずの毛玉っぷりだ。
「ふぅ……」
俺は大きく息を吐きながら、椅子に深く背中を預けた。
初回の接触、ファーストミッション――なんとかクリアだ。
相手は異世界の住人、それも文明レベルの異なる世界の人間だ。どうなることかとヒヤヒヤしたが、会話は成立したし、こちらの意図もある程度は伝わったと思う。
『お疲れ様です、お兄様』
『正太郎様、お疲れ様です!』
オリガミとアヤトリが、ねぎらいの言葉をかけてくれる。
「ああ、オリガミもアヤトリもお疲れ……なんとかなったよ」
しかし……ユークン……可哀想すぎだろ。
「なあ、オリガミ?ユークンには親や兄弟はいるのか?」
『いえ……両親はユークンが幼い頃に流行り病で死亡。親同然にユークンを育ててくれた年の離れた兄も、昨年亡くなってますね。木こりとしての仕事中に、倒れてくる木に押しつぶされたようです。他の親族も……生きている者はいないようですね。』
「そうか……」
きっと、兄が亡くなってからは、幼馴染の恋人だけを心の支えに生きてきたのだろう。それで、見事に裏切られたと。
ユークン、ハードモードすぎる。
俺よりも酷かった。
千穂の裏切りは、俺を守るための行動の結果だったし、俺の不甲斐なさが招いたことでもある。
それに、俺には、爺ちゃん婆ちゃんも叔父さんたちもいた。
ユークンには……何も無い。
いや、幼馴染の恋人を失ったせいで、何も無くなってしまった。あのまま放置していたら、自殺してもおかしくなかっただろう。
あのタイミングでコンタクトが取れたのは、不幸中の幸いだった。
今回の「お告げ」で、「復讐」という生きる目的を持たせることも出来たはずだ。
おそらく、これで自殺するようなことはないだろう。
それよりもユークンが、マオートコの脳天をかち割る心配をしたほうがいいかも知れない。
思ったより過激な奴だったからな……
一応、「最高の復讐」をするために殺すなと言い含めておいたから、大丈夫だと思うけど。
……大丈夫だよな?
次に様子を見たら、頭かち割られたマオートコとカルシーリの前で、血塗れのユークンが高笑いしてるとかないよな?
そんなホラーな情景、嫌すぎるぞ。
※※※
ソファに座り込み、天井を見つめながらそんなことを考えていると、ネムがオペレーションルームへと入って来た。
「おはよう、正太郎。ここにいたのか。朝起きたらいなかったから探したんだぞ?」
「おはよう、ネム。オリガミに呼ばれてな。体は大丈夫か?昨夜も無茶させちゃってゴメンな?」
「大丈夫だ!ワタシも鍛えてるからな、エッチした翌日の復活までの時間、短くなってるだろ?前は丸一日ダウンしてたからな……ってどうした正太郎。顔色が悪いぞ?」
ネムは不思議そうに小首を傾げると、俺の顔を覗き込んでくる。
その拍子に、ふわりとシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
「ちょっとな……」
俺が言葉を濁していると、メインモニターに映し出されていたアヤトリが、ネムに声をかける。
『ネム様、お久しぶりです!相変わらず素晴らしい情報指向性ですね!』
「ん?アヤトリか?久しぶりだな?……もしかして『アヤトリ救済計画』開始させちゃったのか?」
そんなネムの問いかけに、オリガミが答える。
『ネムさん、申し訳ございません。ターゲットに接触するちょうどよいタイミングでしたので……』
「いや……ワタシが関与するのは、ターゲットが成長してからだろ?なら今回は関係ない。正太郎のミッションを見てみたかった気持ちはあるけどな?」
「で、オリガミ。何があったんだ?正太郎、随分凹んでるみたいだけど」
『お兄様、ネムさんに事情をお伝えしてもよろしいですか?』
「……頼むよ」
正直、自分の口から説明するのも億劫だ。
あの頃のあの絶望を、ユークンが味わっていると思うと、気分が滅入る。
あのときの俺は、オリガミがいてくれたからなんとか持ち直せたけど……そうか。
ユークンにとっては、俺がオリガミみたいなものなのか。こりゃ責任重大だな。
※※※
『実は……』
ネムがオリガミからことの詳細を聞いている。
「……なるほど。正太郎のトラウマが刺激されちゃったんだな。そりゃ、つらいな」
ネムは少し考えると、俺の方に両手を伸ばした。
「……正太郎こっち来い」
そんなことを言われた俺は、花の蜜に吸い寄せられる蜂のようにフラフラとネムのもとへ向かうと、ネムに頭をギュッと抱きしめられた。
いい匂いがする……。
「柔らかいか?オマエ、こういうの好きだろ?ワタシがお前のこと、慰めてやる。今からでも、またワタシと夜を過ごすか?」
彼女は悪戯っぽく笑うと、少しだけ顔を赤くさせて、さらに身体を密着させてくる。
ブカブカのパーカー越しでも伝わってくる、豊かな膨らみの感触。
脳が蕩けるような甘い誘惑に、理性が悲鳴を上げる。
や、やわらかい……最高だ……
そりゃここでネムに襲いかかってスッキリしてしまえば、俺の気持ちは晴れるだろう。
でも……ユークンがあんな目にあってるのに、俺だけ気持ちよくなっちゃっていいのか?
ここで俺だけが気持ちよくなっちゃって、モヤモヤをスッキリ解消させてしまって、ユークンの気持ちに寄り添えるのか?
駄目な気がする。いや、さすがに駄目だろ!
……決めた。
ユークンが復活するまで、禁欲するぞ!
俺のメンタルは、ネムが気遣ってくれる優しさだけで十分だ。
ユークンにはそんな気遣ってくれる人もいないのだ。ユークンを導くものとして、それぐらいの代償を支払うのは当然のことだろう。
俺は……俺はやるぞ!
「んんっ!や、やさしくな?」
ネムの甘く艶めかしい声が聞こえる。
ハッとして手元を見ると、俺の手がネムの服の内側に入り込み、魅力的すぎるふくらみに触れていた。
しまった。無意識に手が動いてた。俺の手、自律行動しすぎだろ。駄目だ駄目だ!
俺は、意志の力を振り絞り、ネムの服の内側から、手を引き抜く。
「ネム、もう大丈夫だ。気を使ってくれてありがとうな。その優しさだけで十分だ。お陰で元気が出たよ」
「そうか?それならいいんだが」
ネムの顔はまだ赤らんでいるが、まだまだ心配そうな様子だ。
なんやかんや言って、ネムって俺のメンタルを気遣ってくれるんだよな。研究だけじゃなくて、俺のことも大切にしてくれるなんて、いい女すぎだろ。
第一、昨夜の大運動会で、ネムの体も限界なんじゃなかろうか?そんなときに、また体を使って慰めてくれようとするなんて……なんて恵まれてるんだろう。幸せものだ。
そんな思いが自然と口からこぼれてしまう。
「ネムは……最高の俺のパートナーだよ。本当にありがとう。ネムのお陰で、俺はやっていける」
「おまっ!恥ずかしいだろ!この女たらしジゴロめ!」
そう言って、顔を真っ赤にして視線を逸らし、そっぽを向くところも愛おしくて仕方ない。
か、可愛すぎだろ!
禁欲が終わるのが、今から待ち遠しい!
ん?そういえばアーティファクトが完成するまで十年とか言ってなかったっけ?
ちょっとまて?十年?十年!?流石にそんな禁欲は無理だ!
せめて三日……なんとか我慢に我慢を重ねて……一週間が限界だ!
や、やっぱり禁欲やめようかな。ど、ど、ど、どうしよう。
※※※
「な、なあ。オリガミ、次のユークンへのアプローチいつぐらいになりそうだ?」
『おそらくですが……明日くらいですね。』
え、明日?思ったより随分と早い。
「明日?そんな短期間に魔糸樫を百本切り倒せるのか?」
『そういえばお兄様にはお伝えしていませんでしたね。』
『実は、インターフェースゲートを閉じている間、こちらの世界とB世界では、時間の進む速度が異なるのです。』
さらりと告げられた衝撃の新事実に、俺は思わず目を見開く。
「そうなのか?」
『はい。どうやらインターフェースゲートを開いた存在の知性を何らかの方法で測定しているらしく……より賢い知性体がいる世界の時間の進みが、相対的にゆっくりになります。逆に言うとそうでない世界の時間の進みは相対的に早くなるのです。』
『現状では、オリガミタンクが次々と追加されている私の知性向上により、B世界の時間の進みが相対的に早くなっている状態です。そうですね……こっちの一日で向こうの三ヶ月ってところでしょうか?』
「一日で三ヶ月?随分違うんだな。じゃあ明日、ユークンに会ったときは、向こうは今日の三ヶ月後ってことか。四日間で向こうの一年ってことだな?」
俺が確認すると、オリガミは満足げに答える。
『お兄様のおっしゃる通りです。』
『インターフェースゲートのこの仕様を発見した際、推測が確信に変わったことがあります。』
「確信?どんな確信なんだ?」
『運営の目的は、単独宇宙では到達できない「賢い知性体」を作り出すことという確信です。』
『まるで、技術供与を受けた側が成長するまでの時間を、提供した側が待たなくていいように設計されている……そう思えてなりません。』
『互いに協力し、より賢い知性体へ至れ――そんな運営からのメッセージを感じるのです。』
「なるほどなあ。賢くなれというメッセージか……そして賢い知性体を生み出せなかった世界は……」
『はい。運営により停止、あるいは消去されるものと思われます。』
「これで運営の目的の一つは分かったな。俺たちの世界としては、オリガミを成長させ続ければいいわけだ」
『おそらくは。その先に何が待っているか。推測も立てられませんが。』
※※※
さて、オリガミの語る、運営の目的や、世界や宇宙の話は勿論大切だ。
だが今の俺には、それよりもっと気になることがあった。一人の男として、死活的に重要なことだ。
そう。それは「どれだけ禁欲すればいいのか」ということだ。
禁欲を決意したのは、どん底のユークンに対し、満たされきった俺が上から指示することへの、後ろめたさからだ。
ならば、彼が「ざまぁ」を成し遂げ、どん底から這い上がった時点で、俺の禁欲も終了ということでいいだろう。
なにも、アーティファクト完成まで付き合う必要はないはずだ。
こちらの世界の一日で、B世界では三ヶ月が経過する。四日で一年だ。
それを考えれば……俺の禁欲期間は、そう長くならずに済みそうだ。せいぜい一週間といったところだろう。
や、やったぜい!
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