ウェルカム・トゥ・アンダーグラウンドゥ……
結論から言おう。ネムの動画は、予想していた通り、鬼のようにバズった。
世界中を爆笑の渦に巻き込んだ俺の黒歴史『たってしまって、たてなかった御老公』には流石に敵わないようだが、『御老公なりきりズバーン』とはいい勝負の伸び方だった。
つまりだ。たった一日で400万回近く再生されたらしい。これは立派なバズリと言っていいだろう。
その、動画のタイトルは……。
『さすまど!ちびっこ天才大魔導師の大詠唱(厨二病)』
……あいつ、属性盛りすぎだろ。
それにしても、ちびっこ……か? ネムは確かに小柄だが、本人はお姉さんを自称しているのだが。
いや、ネットの動画タイトルに細かい配慮を求めても仕方ないのかもしれない。
何にせよネムは二十二歳の成人だ。ちびっこ扱いされるのは、かなり不本意だろう。
これは……ネム、怒ってるかもしれん。彼女の怒り方次第では、タイトルの一部は早急に削除申請してもらわなきゃいけない。
ネムは「お姉さん」であることに、奇妙な誇りをもってるからな。
そんな危機回避策を考えていると、耳元のイヤホンから、オリガミがどこか誇らしげに報告を行ってくれた。
『さすがネムさんですね。ですが所詮お兄様の"もっこり御老公"の二十分の一です。まだまだお兄様の足元にも及びませんね。』
オリガミ……そういう競争はしてないぞ?
※※※
俺はベッドから降りると、コテージのリビングへと向かった。
リビングへの扉に近づくにつれて、ネムの悲鳴にも似た絶叫が漏れ聞こえてくる。
どうやら、例の動画の件、すでに知っているようだ。
俺は、覚悟を決めて、リビングへの扉を勢いよく開け放つ。
そこには……大画面スクリーンに映し出されている「あの動画」と、その前で高速ローリングをかましているネムの姿があった。
ネムが、この世の終わりのような悲痛な叫びを上げる。
「うわぁああああああああ!なんでっ!なんでこんなことにぃ!」
小さな頭を抱えながら、まるで苦悩するダンゴムシのように床の上をごろごろと転がっている。
わかる!わかるぞ!黒歴史が世界に解き放たれ、バズってしまった後のあの絶望感!
穴があったら入りたい、むしろ穴を掘ってでも埋まりたいあの感覚!
ああ、今、俺とネムの魂は深く共鳴している……猛烈に親近感が湧くなあ。
※※※
画面の中の『ワタシ』が、とんでもなく自信満々なご尊顔で、高らかに告げる。
『悠久の時を越え、水底の玉座に座す絶対王者よ!我が呼び声に応え、その巨躯を白日の下に晒すがいい!天地鳴動!極大爆釣!!』
やめろ!やめろワタシ!その口を閉じろぉ!
『フィーッシュ!』
『お、おお!さらに大きな魚がかかったみたいだ!流石魔導師様!さすまど!』
『魔導師様、本当に大きいです。流石です!』
ナンパトリオのヨイショに乗せられた『ワタシ』は、ふんぞり返って勝ち誇っている。
『ふっ……たかが水棲生物ごときが、ワタシの絶大なる魔力に抗えるわけもなかろう。その魂、大魔導師への供物として捧げるがいい!』
なんでだよぅ!なんでこんなこと言っちゃったんだよぅ!調子に乗るなよワタシ!
ああああ、恥ずかしすぎる!死ぬ!社会的に死ぬ!
『さすがです!魔導師様!さすが、魔導師様!さすまど!』
さすまどってなんだよ!意味分からん!
バズワードを意図的に作ってるとしか思えないじゃないか!これは、正太郎の陰謀に違いない!
※※※
床を、まるでワニのデスロールのように高速回転するネム。
「うわぁああああああああ!やめっ!やめろぉ!消せ!今すぐ消してくれぇぇぇ!」
「ネム……その気持ち……痛いほど、わかるよ?……プフゥ!」
笑っちゃいけない。同志として、笑ってはいけない場面だ。だが、そう思えば思うほど、腹の底から笑いがこみ上げてくる。
「プフゥ!って笑いながら言うなよ!楽しんでるだろオマエ!」
ネムが涙目で、ジタバタと手足を動かしながら抗議してくる。
そこに、千穂がキラキラした笑顔でトドメの一撃を放つ。
「ネムちゃん、すっごく可愛い動画だと思うよ!私は大好きだな!毎日見たいくらい!」
「千穂ちゃんは、本気で言ってるから何も言えないぃ!」
称賛という名の暴力!
実際に、千穂の顔には一点の曇りもなく、ただただ可愛いものを愛でるような表情しか浮かんでいない。
その眼差しは、魔法少女ごっこ遊びに興じる娘を見守る母親のそれだ。そう、千穂はドールハウスのママなのだから。
※※※
ネムが不満気な顔で、ジト目を俺に向けて文句を言ってくる。
「しょ、正太郎……オマエ、ハメたなあ?」
「誤解だって!そんなことないよ!アヤトリが言ってた『詠唱すれば釣れる』ってのは勘違いだったし!動画のアップロード許可も、世界中の人に可愛いネムを見てもらえればいいなって思ってやっただけなんだ!」
もっともらしい理由を並べ立ててみるが、ネムの疑いがそんなもので消えるわけがない。
「あ、あきらかにハメてるじゃないか!くそう……御老公のときのリベンジか……!リベンジなのか!」
「で、でも、俺のときと違って、ちゃんと顔にモザイクかかってるからいいじゃない!」
「ワタシは魔導師の帽子かぶってケープ羽織ってただけだからな……それ以外はいつもの服装だったし、知り合いにはバレバレなんだよぉ……」
声も変えてないしな。
「でも、俺のと違って可愛いだけだからいいじゃないか!」
「二十二歳の厨二病とか、たとえ可愛くても本人にとっては、七転八倒するレベルだ!いや、悶絶ものだ!」
それもそうだ。
うんうん。つらいよな。気持ちわかるよ。
でも大丈夫。こういうのは慣れだから。
慣れてしまえばどうってことはない。その黒歴史の羞恥心も一過性のものだから。
俺は、震えるネムの両肩をガシッと掴み、彼女の耳元に口を寄せ、ジゴロのような声で優しくささやく。
「ネム……こちらの世界へようこそ……」
「ウェルカム・トゥ・アンダーグラウンドゥ……」
「やめろ!古のネットミームをささやくな!うぎゃあーーーー!」
「さすまど!」
「やめてくれぇ!」
ネムは、ふたたび、コテージのリビングをゴロゴロと転がり始める。
床の上を綿密に、自分の服と体で掃除するかのように、部屋の隅から隅まで転がっていく。
おっと、小さいから、小回りがきくようだ。ソファとテーブルの隙間まで、スムーズに悶えながら侵入していく。
あれなら隅の隅にあるホコリまでバッチリと掃除してくれるだろう。
なんだろう。ル◯バかな? 最新式の人力ル◯バなのかな?
そんな、ゴロゴロと転がるネムを見て、千穂は心から不思議そうな声を出すのであった。
「なんで?ネムちゃん、なんで、そんなに苦しそうにしてるの?すっごく可愛いだけの動画だと思うんだけどな……」
……純真無垢!天使!汚れっちまった俺たちには眩しすぎる!
ネムはゴロゴロと転がる動きを止め、そんな千穂をなんとも言えないような顔で見る。
「千穂ちゃん……ほ、ほんと?みんなに恥ずかしいやつだと思われないか?」
「う、うん」
そんなときだった。
プルルル……プルルル……
滅多に鳴らないネムのスマホから、着信音が聞こえてきたのだった。
※※※
ワタシのスマホが鳴っている。
このスマホの番号を知る人間は極端に少ない。
所属機関や少数のアカデミックの知り合い、後は正太郎関係ぐらいか。
そんな、ワタシのスマホが、今、このタイミングで鳴っているのだ。嫌な予感しかしない……。
スマホのスクリーンを見る。
表示されている相手は……正太郎が言う「紳士教授」の名前。
出たくない。死んでも出たくない。だが……また何か研究開発関係の業者の紹介をもらう必要があるかもしれない。
無視するのは社会人として良くないだろう。なにか研究所建設関係での、真面目な用事かもしれないし。
仕方ない……ワタシは震える指で通話ボタンを押し、恐る恐るその着信に出る。
「は、はい。星ヶ谷ネムです……」
『ああ、星ヶ谷先生。お久しぶりです』
電話の向こうから、穏やかな紳士教授の声が聞こえてくる。いつも通りの声だ。
「こ、こちらこそお久しぶりです。ご無沙汰してしまい、申し訳ございません……」
『いえいえ。星ヶ谷先生ほどになると、研究に忙しいでしょうからね?連絡が少なくなるのは仕方ないですよ』
「お気を使わせてしまい、申し訳ございません。そう言って頂けると安心します」
額に脂汗が浮かんでくる。頼む。頼むから大魔導師の話じゃ、ありませんように。
『それにしても……星ヶ谷先生、ドールハウスでの研究生活はいかがですか?』
「い、いかがですかとは……?と、とても刺激的な研究生活をさせてもらっておりますが……」
『いやいや、特に理由はないのですよ?でも、先程、学生にとても可愛らしい……それはもう、大変可愛らしい動画を見せてもらいましてねぇ。んぷっ!』
明らかに笑いを噛み殺している声が漏れ聞こえた。
く、くぅ!まだだ!まだ、ごまかせる可能性はある!
「……い、いったいどんな動画なので?」
『大魔導師がなんとか、かんとか……。すごい可愛らしい女の子が、すごい詠唱を……ぶ、ぷふふぅぅぅぅぅ!!』
「この、ロートルジジイ!いい歳して動画なんて見てないで、論文でも書いてろぉ!大学のルーターでYuuTubeなんてブロックしとけぇ!」
ワタシは、紳士教授ことロートルジジイからの着信を、勢いよくガチャ切りしたのであった。
※※※
スマホを置き、羞恥心のあまり、頭を抱えてうずくまってしまう。
「も、もうあの大学には顔がだせないかもしれない……。学会とかどうすればいいんだ……」
「ネム!大丈夫だ!『もっこり御老公』な俺でも、テレビにも平気ででちゃうぐらいだ!こんなものは慣れだ慣れ!気にするな?」
そんなワタシに正太郎はサムズアップして、いい笑顔で励ましてくる。
「……しょ、正太郎のせいだろうがぁ!」
なんという、ひどいマッチポンプ。元凶はオマエだ。
「ネム。これはな、新しい世界だ。ネムならわかるだろ?辛いとか恥ずかしいとか、そんなことを感じていない人間ってのは、一歩も進んでない人間なんだよ。ネムは、今、一歩前に進んだんだ!」
くそぅ!口がうまい!こいつ。他人事だと思ってペラペラと……。
いや、だが……悔しいが正太郎はこの気持ちを乗り越えてきた。何度も黒歴史動画がバズったにもかかわらず、平気な顔をして外を歩いている。鋼のメンタルだ。
ワタシがこんなことで凹んでいていいのか?
正太郎が出来たことをワタシが出来ない。それは、あの正太郎に精神力で負けたことになるんじゃないのか?
正太郎に負ける?そんなこと許容出来るのか?ワタシはそんな弱い人間なのか?
ワタシはクワッと目を見開き、拳を握りながら、自らを鼓舞するように声を張り上げる。
「否!そんなことはない!ワタシは負けん!」
そんなワタシを見て、正太郎は腕をくんで、うんうんと何度も頷きながら、訳知り顔で言う。
「わかる。わかるぞ?ネムの気持ち。ネムが何を考えて、どうやって気を取り戻したかも全てわかる。俺は経験者だからな!」
くそっ!その上から目線!いつか絶対に痛い目に合せてやる!
※※※
そんなワタシの殺意混じりの視線を真っ向から受け止め、正太郎がスッ……と近づいてくる。
その真剣な顔に、不覚にもドキリとしてしまい、すこし頬を赤く染めてしまう。
そんな正太郎は、ワタシの赤くなった顔にゆっくりと顔を近づける。
そしてワタシの耳元に唇を近づけて、甘く、優しく、悪魔のようにささやく。
「ネム……辛いんだろ?ほら?今日だけはいいんじゃないか?自分を解放しろよ?な?皆には秘密にしといてやるから……我慢しなくていいんだぜ?俺は、全て受け止めてやるから……」
「しょ、正太郎……い、いいのか?」
ワタシの心が揺れる。正太郎の言葉に、張り詰めていた心が少しずつほどけていくのを感じる。
正太郎の甘い声が脳を侵食していく。抗えない。
「もちろんだよ……愛するネムのためだ。あたりまえだろ?」
そして、ワタシの耳に更に唇を近づけ、吐息混じりのハスキーボイスでやさしく告げてくる。
「さあ、千穂にたくさん甘えてこい。ネムも……甘えん坊将軍になるといい」
『甘えん坊将軍』
その言葉の響きが、ゾワッとからだを駆け巡る。なんて甘美な響きなんだ。
正太郎がニヤリと笑い、口を開く。
「…………とぶぜ?」
弱りきっていたワタシの理性は、音を立てて弾け飛んだのだった。
※※※
ワタシは、こちらを見てニコニコしている千穂ちゃんに向きなおり、その柔らかな胸部装甲に、顔面から思いっきりダイブする。
「千穂ちゃん!辛いよおぉ!恥ずかしいよぉ!慰めてぇ!」
突然、飛びつかれて弱音を吐くワタシに、一瞬だけ目を丸くしていた千穂ちゃんだったが、すぐに慈愛に満ちた表情になり、ギュッとワタシの頭を抱きしめて受け入れてくれた。
ワタシは胸の辺りに顔を埋めて、まるで甘える猫のようにグリグリと顔をこすりつける。
くんくん。ち、千穂ちゃんの甘い匂いだ……。荒んだ心が癒やされていく……。
「うんうん。よしよし……。ネムちゃん、大変だったね?辛かったね?……ほら、もう大丈夫。私が、ずーっと一緒に居てあげるからね?」
ああ、ワタシは帰るべき場所に戻ってきたのだ。
※※※
その日、ワタシは理性のタガが外れ、スライムのようにデロデロに溶けて千穂ちゃんに甘えたのだった。もちろん千穂ちゃんも嫌な顔一つせず、優しく甘えさせてくれた。
膝枕もたくさんしてくれたし、頭もたくさん撫でてくれた。プリンも「あーん」してくれた。
間違いない。千穂ちゃん。この子は天使だ……ワタシの天使だ!
星ヶ谷ネム。二十二歳になった翌日。少しだけ大人になった(?)記念すべき日のことであった。
ん?大人じゃない?幼児退行だって?
ちがうちがう。
自分に素直になれるのも大人になった証拠だろ?
……そう思わなきゃやってられん!
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